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5.硫黄の匂いは愚者を暴く(2)

 その日、ブルジュの警備隊は事件を見事解決した。

 事件とは、ジャックの工房であったラピスラズリ盗難事件のことである。


 職人街の雑貨店では、警備隊員がほっとした表情を浮かべている。

 彼はレオンを探して店へと来た隊員だ。


「偶然とはいえ、君のお陰で犯人が捕まえられた。礼を言うよ」


「はい」


 ラピスラズリを盗んだ犯人を警備隊員に捕えさせたのはセレネである。

 しかし、表面上、それは偶然の出来事であった。


*****


 セレネがラピスラズリという宝石の名を聞いた時に戻る。


(レオンさんのジャケットを手に入れる方法はないだろうか)


 宝石の名を聞いてすぐに、セレネはこう考え始めた。

 

 その理由は、なぞなぞと同じ。

 ヒントがあれば、難しいなぞなぞでも答えがわかる。

 セレネの場合、ヒントは匂いであった。


 セレネは宝石に興味はない。だが、匂いがする宝石なら別だ。

 これが、セレネが『香水バカ』たるゆえんだろう。 


 ラピスラズリは深い藍色の希少な宝石。

 藍色の石の中には黄金色の粒がまるで星のように点々とちりばめられている。 

 

(ラピスラズリの黄金色の粒の正体は、黄鉄鉱。別名、愚者の金とも呼ばれる鉱石)


 黄鉄鉱は金色に輝く鉱石。一見、(きん)のように見える。

 鉱山でこの鉱石を見ると無知な者が金が出たと喜ぶことから、『愚者の金』と呼ばれている。


(黄鉄鉱は割ると硫黄の匂いがする。だから、ラピスラズリを研磨すると中の黄鉄鉱が削れて、硫黄の匂いが漂う)


 もっとも、研磨が終わったラピスラズリの放つわずかな硫黄の香りに気付くことができるのは、セレネくらいだろうが。


 実際に匂いを嗅ぎに、王都の宝石細工職人の元を訪れたこともある。

 ラピスラズリに鼻を近づけ『なるほど。確かに硫黄臭』と呟く少女に、職人はぎょっとした顔をしていた。


(匂いで判断すれば、ラピスラズリを盗んだのは硫黄の匂いがするレオンさん。レモンケーキはレモンケーキでしかないのだから。そして、ジャケットのポケットが匂いの源。ラピスラズリをポケットに入れているんだろう)


 そう考えれば、自然とわかってくることがある。

 レオンの家はジャックの工房の向い。

 レオンは工房の窓が開いていることに気が付いて、忍び込んだのではなかろうか。

 それならば、レオンは商人風の男の目撃情報があったのを知っていて、わざとレモンケーキの香りの男に警備隊員の目を向けさせたのに違いない。


 正義感は人並みのはずだが、セレネはなんとかせねばと焦燥感に駆られた。

 なぜなら、匂いで真犯人がわかっているのはセレネだけだから。


 しかし、『硫黄の匂いがする。あなた、ラピスラズリを持っていますね』なんて言えばどうなるのか。


 何を言っているのだと、信じてもらえないのならまだいい。

 レオンの罪を暴いたところで祝福の調香師だと疑われれば、この町を出ていかねばならない。


(だったら、祝福の調香師だと知られずに彼のジャケットごとポケットの中身を手に入ればいい)


 焦燥感に駆られたセレネが出した答えはこうだった。

 でも、それは簡単なことではない。

 横に立つレオンを時折チラリと見ながら、セレネはどうしたらいいのかと考えあぐねていた。


「さぁ、ラピスラズリを出せ!」


 警備隊員はレモンケーキの香りの男の目前へと迫っている。

 男がいるのは、セレネとレオンがいる窓側の棚の端。店のドアのすぐ近くだ。

 観念したのか。怯えているのか。男は押し黙ったまま、身を固めている。


 すると、その様子をじっと見ていたレオンは焦ったように言った。


「おい、そこにある歯磨き粉を取ってくれ。そして、この歯ブラシと石鹸と一緒に急いで会計しろ。僕はもう行く」


「はい」

 

 レオンは瓶に入った歯磨き粉を指さした。

 それは最近流行しだした白い粉の歯の研磨剤。透明の瓶の中には、白い粉が見える。


「金を出す。ちょっと待て」


 レオンは床に旅行カバンを置き、かがんで中から財布を取るようだ。


(旅行カバン。それに旅に必要なものを揃えているみたい。もしや、ラピスラズリを持って逃げる気?)


 急いで、何か方法を。

 セレネは歯磨き粉の瓶をぎゅっと握りしめ、ハッとした。


(そうだ! これなら、ジャケットを脱がせられるかもしれない!)


「うわっ! な、なんだんだ!」


 次の瞬間、レオンが怒りの表情を浮かべて立ち上がった。

 

「すみません。蓋が突然はずれて。不良品だったようで」 


 レオンのジャケットは、白い粉まみれだ。もちろん、床も。


 セレネはかがんだレオンのジャケットの背に歯磨き粉をぶちまけたのだった。

 かがんいるレオンからは、蓋を開けるセレネは見えないと踏んでしたことだった。


 レオンの叫び声で、警備隊員はセレネとレオンの方を見た。

 レモンケーキの香りの男も、フードで表情は見えないがこちらを向いているようだ。


「おい、どうしてくれる。ジャケットが粉まみれじゃないか。うわっ! 髪にもついてる!」


「ジャケットを脱いでください。粉をはらいます」

 

 セレネはレオンに向かって手を差し出した。


 セレネはこの町に来てから一番長いのではないかという言葉を二言も続けて発した。

 硬いまじめ顔で淡々としたものであったが。

 

「ふん。話せるんじゃないか。おい、汚れが取れなければ弁償しろよ」


 レオンは怒鳴るが、ジャケットを脱いだ。


(思った通り。こうすれば、ラピスラズリがポケットに入っていることも忘れ、慌ててジャケットを渡すと踏んでいた。このジャケット、何度か見たことがあるお気に入りのもののようだし)


 ほっとした表情をまじめな顔の下に隠し、セレネは素早くジャケットを受け取る。


「はい」

 

 途端にレオンは気が付いたよう。


「お、おい。やっぱりいい」


 と言った時にはもう遅かった。

 セレネは素早くポケットに手を伸ばしていた。


「あれ? これ!」


 こう言って、セレネがわざとらしく掲げたのは深い藍色の宝石。

 こちらを見ていた警備隊員の目が大きく開かれるのが見えた。


「おい! それはラピスラズリじゃないのか!」


「ちっ!」


 レオンはセレネをドンッと窓側へ押しのけ、逃げようとした。

 しかし、ドアの付近にいた警備隊員に進路をふさがれた。

 そうなれば、ブラブラ遊んでいた食堂のドラ息子がガタイのいい警備隊員に敵うわけがなかった。


 レオンは捕えられ、周囲で聞き込みをしていた警備隊員に連行されたのだった。

 すべてはセレネの考えた通りに進んだのだった。


******


(事件は解決。私は祝福の調香師だと知られなかった。無口でまじめな店員のまま。フフフ。愚者の金にかけて、硫黄の匂いで愚者を暴いた。なんてね)


 セレネはしゃがんで上機嫌で白い粉が飛び散った床の掃除をしている。

 すると、レモンケーキの香りがまだ漂っていることに気が付いた。


(そうだ。あの人、まだいたんだ)


 セレネはレモンケーキの香りが強くなったのに気づき、顔を上げた。

 すると、そこにはローブを着たレモンケーキの香りの男が立っていた。彼が近づいてきたから、匂いが強くなったのだ。


「お前、祝福の調香師か?」


「えっ? ……いいえ」


 男の突然の言葉にセレネは焦って立ち上がった。


「ラピスラズリから硫黄の匂いがするという話を聞いたことがある。硫黄の匂いであの男が犯人だと見抜いたんじゃないか? そもそも、平民がなぜ高価な宝石のことを知っている?」


「い、いいえ」


 セレネは必至で首を横に振る。 

 余計なことを言わなければバレないはず。あくまでセレネは無口を貫こうとした。

 だが、男のフードの下に見える唇は、なぜか口角が上がったように見えた。


「では、お前が祝福の調香師かどうか真実を教えてくれ。違うなら違うで構わない。ただし、真実を答えなければ『ここに悪女、祝福の調香師がいる』と店の外で叫ぶぞ。経歴を偽って町を転々としているそうだし、祝福の調香師だとは知られたくないはずだ。 真実を教えるか? それとも、叫んだ方がいいか?」


 男の声はなぜか楽しそうだ。しかし、セレネにはその理由を考える余裕はなかった。


「そ、それは……。わ、私は祝福の調香師です」


 祝福の調香師だと知られたくないセレネ、おずおずと真実を答えた。

 その瞬間、男は楽しそうに笑った。


「ハハハハハッ。祝福の調香師とは悪女ではなんでもないではないんだな。無口で素直な女だ。まぁ、容姿も噂とまるで違うが」


「えっ?」


「真実を告げろとは言ったが、『祝福の調香師ではない』と答えれば俺には調べようがない。それなら、諦めようと思ったのに。カマをかけてみて正解だったな。硫黄の匂いはもしやと思ったが、お前に否定されれば、俺には確かめようがないことだった」


 セレネはやっと気が付いた。男にはめられたのだということに。


(硫黄の匂いで暴かれた愚者は、私だったのかも)


 しかし、男の誰なのかも、その意図もわからない。

 

「そんな……。あの、あなたは一体? 私をどうするつもりなんですか?」


 青い顔をしている尋ねるセレネの前で、男はフードをパサリととった。

 体型通り丸い顔。それなのに長い銀髪をきゅっと結んでいるものだから、余計に顔が丸々として見える。


 醜い。そうも言えるかもしれないが、男の香りは相変わらずレモンケーキ。

 いい匂いだな。セレネは混乱する頭でぼんやりと思った。


「俺の名はアスター・ファイストス。警備隊の隊長だ。残念ながら、仕事に熱心ではないせいで隊員には顔も覚えられてないようだったがな。なぁ。お前、俺の為に働け」


 ニヤリと笑う男。その男の正体にセレネは絶句した。

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