その川底には
くもり空。
二重にかかる橋。
手前側。錆びついた橋の欄干に、ぼくはそっとひじをついた。
コート越し。骨が凍える冷たさと、ざりとザラつく感触を僅かに不快に思いながら、ぼくは淀んだ川を眺めている。
ほつほつほつと沸きあがる泡が萌黄のヘドロをかき混ぜながら、腐った匂いを撒き散らす。
やがて一向に動かない、厚ぼったい川の表層から引き上げられた糸の先に赤い釣鐘状の生き物が、糸を離してなるものかとしつこくしがみついているのが見えた。
「やあ、憂鬱な顔をしてどうしたんだい?」
釣り糸のたらし主が、うつむくぼくに話しかける。
彼と話すのは、今が一度や二度じゃない。
死にたいと思い川を眺めていると、決まって声をかけてくれる。
ぼくにとっての救世主。
それが背の曲がったちっぽけな、それでいて温かなぼくのよく知る源さんだった。
源さんは、橋の下に住むホームレスだった。
白髪頭にぼうぼうのひげ、染みのある皺の刻まれた顔に、青くてありふれたうすっぺらいジャンパー。擦り切れたズボンを幾重に重ね、しまいにはビニール袋を絡み付けて穿いている。
橋の下の橋台にブルーシートをたれかけて、そうして生計を立てていた。
ビールケースは彼の椅子。
ダンボールはテーブルだ。
黄色くなったしわくちゃの手でザリガニを無造作にバケツに放り込み、喰うか? と声を張り上げて、源さんがぼくに問いかけた。
いつものようにあいまいに、ぼくはそっと首をふる。
源さんとのやり取りは、その日のそれが最後となった。
ある寒い日の朝だった。
橋の下からブルーシートがどかされて、源さんの家は打ち捨てられた。
あの日聞いたパトカーの、無情なサイレンを忘れない。
源さんは住む場所を奪われて、次の日、川に身を投げた。
虹のでた日の青空よ。
雨で剥がれた欄干に、ぼくはひじをついている。
ほつほつほつと沸きあがる、川底に押し込められたちっぽけな命。
淀んだ水を見るにつけ、僅かな気力が注がれる。
陰鬱な、しかしあたたかなエールをもらい、ぼくは橋をあとにした。