ヴィラン総力戦
「動くんじゃねぇ! 動いたらこのガキの命はねぇぞ!」
良く晴れた午後の大通りに野太いダミ声が響き渡る。
普段は買い物客等で賑わう場所は普段とは違う喧噪で騒然としていた。
「13時頃、銀行に押し入った犯人グループは現金を奪い逃走、6人中5人は既に確保されましたが、残り1名は警察の追跡を受け、逃げ込んだ21番アベニューで居合わせた子供を人質にとっています。犯人は数件の強盗容疑で指名手配されているジェイソン・ウィリアムズと判明しており……」
警察が張った規制線のそばではアナウンサーらしき女性がカメラに向かい緊迫した状況をリポートしていた。
その規制線の中では警察車両で包囲された犯人の姿が見える。
犯人は落ち着きなく周囲を見まわしながら、右手の銃を泣いている子供の頭に向けて辺りに怒鳴り散らす。
「妙な動きをするんじゃねぇ! 少しでも動いたらガキの頭を撃ちぬくぞ!」
「落ち着くんだジェイソン、君の言う通り周りの警官は動いていない。少しリラックスしようじゃないか。」
興奮する犯人をなだめるようにニック・ヴァレンタイン警部は拡声器越しに話しかける。
「うるせぇ! 気安く呼ぶんじゃねぇ! あと上でブンブンうるさいヘリをどかせろ!」
「ヴァレンタイン警部」
後方に詰めていた警官の一人が目立たないようにやってくる。
「スナイパーはどうなっている?」
「現場に向かっていますが、あと10分はかかるとの事です。それと【アライアンス】から蒼い疾風がこちらに向かっているとの連絡がありました。」
「まだ時間稼ぎが必要か……現場周辺のヘリを遠ざけるように報道関係に要請をしてくれ。それと一緒にいた母親は?」
「現在2名の警官が付いて抑えています」
「出来るだけ丁重に頼む」
了解の意を伝え、後方に下がる警官を横目にニックは時間を稼ぐべく犯人に話しかける。
「ヘリについて今要請を出した。他に要望があるか?」
「速い車を寄越せ! あと邪魔くせぇパトカーをどかせ!」
「わかった! 手配しよう。パトカーも少し後退させる」
「早くしろ!」
ニックは犯人を刺激ししないよう、緩慢な動きで包囲している警備車両に向けて、指示を下すのだった。
*
-クソが!
ジェイソンは内心で毒づいた。
計画は完璧なはずだった。
なにせ犯罪計画の天才と呼ばれる男に書いてもらった筋書きだ。
奴から受け取った計画書を読んだ時は鳥肌が立ったくらいだ。
それが、仲間の一人が欲をかき、予定よりも金の回収に時間が掛かった事でケチがついちまった。
「クソガキ! いつまでも泣いてんじゃねぇ!」
ガキの泣き声が余計に癇に障りやがる。
泣き喚くガキに向かってもう一度怒鳴ろうとした時……
「子供はもっと大切に扱うものだ」
すぐ後ろから聞こえてきた声に振り向こうとした瞬間、頬に凄まじい衝撃が走り、目の前が真っ白になった。
*
それは一瞬の出来事だった。
人質となった子供の泣き声に苛立っているジェイソンの後ろに青いフィットスーツを着た男が現れたと思うと、突然ジェイソンが吹っ飛んだのだ。
子供は何が起こったのかわからない様子で男に抱えられていた。
「確保!」
ニックが指示を出すと周囲の警官が即座に倒れて気を失っているジェイソンに向かっていく。
青いフィットスーツの男はというと、子供を抱きかかえながら、ゆっくりと歩み寄って来る。
「助かったよ! ブルーゲイル」
ニックはブルーゲイルと呼んだ青い男にそれまでと打って変わった気さくさで話しかけた。
「気にしないでくれニック。近くで用事を済ませたついでだ」
その男の姿は異様だった。
180cmを超える恵まれた体格を青い上下のフィットスーツで覆い、その各所はワンポイントの真っ白なラインが入っている。
鍛えこまれた筋肉はフィットスーツで更に強調され、まるで美術館で目にするギリシャ彫刻のようにも見える。
顔は人の顔を抽象化したような仮面で覆われどのような表情か伺い知れないが、ニックや子供も含め周囲が気にするような素振りはない。
それは、彼がヒーローだから。
「ジョナサン!」
慌ただしく行き交う警官の隙間を縫うように女性が急いで向かってくる。
「ママ!」
ブルーゲイルがゆっくりとジョナサンを地面に降ろすと、顔を泣き濡らした女性に一目散に駆け寄って抱き着いた。
「あぁ、私のジョナサン……無事で本当に良かった」
母親は涙に塗れた顔に安堵を浮かべながら幼い我が子を掻き抱く。
「ありがとうございます、本当にありがとうございます……」
「いえ、当然のことをしただけです。」
そう言うとブルーゲイルはしゃがみ込み、ジョナサンに目線を合わせた。
「ジョナサン、よく頑張ったな。君が我慢してくれたおかげで犯人を捕まえる事ができた。」
「ほんと? 僕もブルーゲイルみたいにヒーローになれるかな?」
「ああ、頑張ればなれるさ。」
憧れのヒーローのお墨付きに少年は満面の笑みを浮かべ、ブルーゲイルを見つめる。
「ぼく、頑張ってヒーローになる! ママやみんなを助けるんだ!」
「その意気だ。頑張れよ! 未来のヒーロー!」
ジョナサンをそう励ますとブルーゲイルはニックに手を挙げて挨拶した後、指定された次の事件現場へと急いだ。
現場に向かってる途中、右腕に装着している通信機から連絡が入った。
「こちらブルーゲイル」
「はぁ~い、こちらアライアンスのアイドル、セブンだよ!」
通信機越しに気が抜けた若い男性の声が聞こえてくる。
「セブン、次の現場に向かっている最中だがどうした? いつもより声が固いぞ」
「ハハハ、さすがBG! 持つべきものは親友だね! 緊急事態なんだ! 中堅以上のヒーローは全員アライアンス本部に集まってくれ!」
「本部に? いったい何があった?」
活動中のヒーローを本部に呼び戻すという前例はブルーゲイルの比較的長いヒーロー経験に置いても記憶がなかった。
「申し訳ないけど通信では話せない。ただ、現在発生している同時多発的強盗事件もそれに関連している可能性が高いんだ」
「しかし、事件現場はどうする?」
現在発生している事件を放って戻る事はできない。
「今、ニュービー達を複数人で向かわせてる!」
「ヒーローの新人たちか……了解、本部に向うよ」
いつもは軽妙で真面目さが足りないオペレーターの慌てた様子に軽い危機感を覚えながら、ブルーゲイルは本部に向けて駆け出した
*
20×××年
人類は変革の時を迎えた。
突如、特殊な能力に目覚めた人々が世界中に現れたのだ。
能力者と呼称されるようになった人々はとんでもない怪力を発揮したり、空を飛べる者、肉体を変化させる者など、様々な能力が発現し、世界は混乱の渦に包まれた。
混乱がある程度収まると、世界各国で自国の能力者の管理を行おうとするが、一部の能力者はそれに激しく反発、反政府組織「ネスト」を結成し、その能力を使って破壊テロや犯罪等を行うようになる。
国連はこれを憂慮し、各政府管理の下、災害や犯罪から人々を守る「アライアンス」を設立し、対応に当たった。
これにより、人々はアライアンス側の能力者をヒーロー、ネスト側をヴィランと呼ぶようになる。
アライアンスは大々的にそのイメージを活用し、ヒロイックな衣装を推奨する事で正義の味方である事を民間人に積極的にアピールした。
その結果、ネスト側も自己主張が激しい者が多い事とヒーロー達の容姿のあてこすりからより悪役のようなデザインの衣装を好んで着るようになるのであった。
*
ブルーゲイルが本部に到着すると、既に多くのヒーローたち集まり騒然としていた。
「よぉ、BG」
「ヘビーパイロ、お前も来ていたか」
ブルーゲイルを愛称で呼んだ男の名はヘビーパイロ。
ブルーゲイルと同じくヒーローの中堅どころである。
鋼鉄をも溶かす炎を自由に操り、その見栄えも良い為、子供達を中心に人気が高い。
「そりゃあ、本部のお呼びとあれば来ないわけにいかないだろ?」
大げさに肩をすくめる
「セブンの様子ではかなり緊急性が高いようだが……」
広い本部エントランスの奥から大柄な男性が現れると、ざわついていた場が静かになった。
男の名はチーフ。
アライアンスに置いて全てのヒーローを束ねるリーダーである。
「ヒーロー諸君。任務中にも掛からわず、招集に応じてくれて感謝する。」
その場にいるヒーロー達を見渡し、バリトンの効いた声で続けた。
「ネストの調査に当たっていたシャドウから奴らの本拠地を発見したとの連絡があった」
「見つかったのか!」
「シャドウのやつ、やりやがったな!」
チーフの発言に静まっていたエントランスは再び騒然とする。
シャドウは影に紛れる能力を持っており、調査や潜入を得意とするヒーローだった。
「だが、喜んでばかりもいられない事態が起きている。」
チーフはそう言うとエントランス上に巨大なディスプレイを表示させた。
「奴らの巣はこの本部から300km離れた渓谷地帯にある」
「あれ? その辺りって以前に調査したことなかったっけ?」
飛行を得意とするヒーローのハニービーが声を上げた。
「ハニービーの言う通り、以前このエリアを調査したことがあるが、発見はできなかった。」
「なら、どうして今回は発見できたんだ?」
今度はサメの顔をしたサイバージョーが声を上げる。
「これを見てほしい」
ディスプレイに表示された新しいレイヤーには渓谷地帯のある一点が大きく反応している事を示していた。
「奴らの拠点を中心に膨大なエネルギーが集まっている。目的は不明だが、なにか大きな計画を起こそうとしている可能性が高い」
「本拠地がバレる危険を冒してでも実行する価値があったということか?」
「その通りだブルーゲイル。今回同時多発している銀行強盗事件も、我々のかく乱を目的とした時間稼ぎだと思われる。セブン、次の映像を頼む」
「1時間前、我々からの情報を受け、拠点周辺に展開した軍が、本拠地に向けて大規模な砲撃を行ったが、ネストの能力者に阻まれ効果は上げられなかった」
ディスプレイの映像が切り替わると、軍がネストの拠点に向け攻撃を行う様子が映りだした。
地上からの多連装ロケットや高高度からの爆撃などが映されるが、そのどれもが見えない壁にぶつかったように爆発したり、弾頭がピタリと空中で止まってしまい、効果が全く出ていなかった。
「見えない壁で防いでるのはザ・ウォールの仕業だろうな」
「ああ、それと弾頭を空中で止めてるやつ……サイコローチか」
「このような状況を踏まえて、我々アライアンスにも出動要請がかかった」
エントランスのいたる所でヴィランの能力について分析が始まったが、チーフが遮るように状況について説明を続ける。
「巣に潜入しているシャドウの報告では所属するヴィランが勢ぞろいしているとの事だ」
そう言うとチーフは集まっているヒーローたちをゆっくり見まわした。
「過去の因縁を払拭する為にも、我々も総力を以て臨む必要がある!」
チーフはそう力強く宣言し、セブンに目配せをするとディスプレイには立体的な戦略図が表示された。
「まず、この作戦は強制ではない。参加の可否は自由だが、参加した場合は特別手当と成果に応じてボーナスをアライアンスから支給する」
「ヒュウ♪ ヴィランをぶっ飛ばせてボーナスもらえるなんて最高じゃねえか!」
「ウメコは相変わらず物騒だな……」
「あぁん!? その名前を呼ぶなって言ってんだろが! ぶっ殺すぞ!」
「バーストプラム! 暴れるのは結構だが説明の後にしてくれ。話を続けるぞ」
バーストプラムが暴れる様子を慣れたようにたしなめ、チーフは話を続ける。
「参加するヒーロー諸君は30分後、発着エリアから軍が用意したガンシップで現地に直行する。現地上空到着後、軍の援護射撃及びシャドウが内部施設の爆破を行い、牽制したところで上空から敵拠点付近に降下、無力化を行う」
「随分と強引な作戦だが、嫌いじゃないぜ」
戦闘好きのヒーローであるマキシマスが獰猛な笑みを浮かべる。
「諸君の活躍に期待する! それでは解散!」
チーフがエントランスを去ると、ヒーローは各々発着スペースへ移動し始める。
「BGはどうするんだ?」
「もちろん参加するさ」
ヘビーパイロの問いかけにブルーゲイルは迷うことなく答えた。
「これ以上、奴らの好きにはさせない」
「だな。奴らとの腐れ縁をそろそろ燃やし尽くしてやるぜ」
ヘビーパイロはそう意気込むとブルーゲイルと共に発着スペースに向かった。