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それはとても美しい景色だった  作者: 夏川ちひろ
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第一話 Flicker of Light

 もう少しで日が落ちる夕暮れ時、白い杖をついた青年が一人で道を歩いていた。その足取りは慎重だが、進む足は迷いなく道を知る者の足取りである。白髪に白い肌。色を失った様なその姿は、周囲に生きる『普通』の人と比べて紛れもなく異様なものだった。車を運転する男性は、一般的な日本人と同じく黒髪に黄色の肌をしており、特にこれといって変わり映えのない姿だ。ランニングをする、たった今白い杖をつく彼を追い抜いて行った女性は、ピンクのメッシュの入った髪を靡かせて青年を振り返る。

 青年は『異様』だった。

 太陽が沈む逢魔が時のその瞬間までは。

 太陽が沈む瞬間、青年は立ち止まった。それとは知らずの行動である。瞬間空に線が走る。隕石。ほんの小さな欠片であるが、人に当たりでもすれば穴が空くどころか、バラバラになる代物である。線は一直線に青年目がけて引かれていく。そして、青年は白く濁った何も写さぬ瞳を開いた。

第一話 Flicker of Light

 バラバラになったはずの『何か』は、一変した世界を写し出した。都会の真ん中だろうか、巨大なビルが立ち並ぶ。そして、犬の顔を持つ二足歩行の人と獣が混ざった様なもの。また、形容しがたいタコの様な頭部と手足を巧みに使いながら、道路を横断する化け物。今しがたまで青年が歩いていた、殆ど人が歩いていなかった道路と変わり果てた、犇めく異形達の姿に混じり、普通の『人間』も多数歩いている。何よりも、それら全てが青年にも『見える』という事。

「これが、世界。……随分過激だ」

 青年はこの世界を見る、ほんの少し前を思い返す。

「本当に無様ね。誰からも必要とされない。……いいえ、金づるとして家族からは見られていたみたいね。哀れ、本当に哀れ。……そんな哀れな貴方は最後に不幸か幸運か、隕石に当たってバラバラになりました」

 何もない。聴覚以外の全ての感覚がない空間に、鈴のような女性の声だけが反響して聞こえる。言われたとおりに、これが死か、と何となく考える。生きているときも実感など殆ど無かった。死んだとて変わりはしない。

「そんな哀れな貴方に、二つの選択肢を与えましょう。一つは全てを忘れて、新たに生をやり直す道。普通ならこちら側が一般的ね。そして、もう一つは、別の世界で生きる道。これは、余りに哀れな貴方に課せられた可能性の話し。どう?魅力的でしょ?その何も写さない目を無かったことにして新たな生を得るか、その目を持ちながら違う世界を生きるか。二つに一つよ」

「別の世界で」

 この時始めてこの空間で声が発せられるとわかった。声に変わりは無いようだ。

「そうよね、その目で散在苦労してきたんだもの当然生まれ変わりを。……何ですって?」

 鈴のような声は、驚きに満ちていた。まるで絶対に破られないと信じられたベルリンの壁が崩壊したときの様な、驚きと喜色を含んだ声色である。

「貴方正気?その目、そのままで別の世界に行くのよ?法が守ってくれるとは限らない、身寄りは無い、頼りは目が見えない自分だけ。そんな世界に行きたいの?」

「この目には慣れてる。非常識な発言にもね」

「あらそう?失礼したわ」

 全く悪びれる事も無く、鈴のような声は体裁だけの謝罪を返してきた。しかし、この空間、音の反響も無ければ、風の吹く様な素振りもない。本当に五感の内、聴覚以外奪われたかの様な空間だ。

「この目が不幸なんじゃ無い。僕は人に恵まれなかった。ただ、運が無かったんだ」

「まるで、言い聞かせてるみたいね。僕のせいじゃ無いって。それじゃあ見せてあげる。責任が付きまとう世界ってやつをね」

「どういう意「神は等しく人を愛するものなのよ。背けていたモノから、嫌って程現実を見せつけられなさい」……何を?」

「餞別よ。見せつけられた、その先。観ててあげる。せいぜい、楽しませなさい」

 青年の意識は、再び騒音と鮮明な景色へと戻る。目に見える全てが新鮮だ。いや、見えるモノ以外も新鮮だ。こんな騒音の真っ只中に立つのは初めてだ。

「これが色。これが遠近感。これが動き……」

 ただ不思議を解明するために辺りを見渡すが、そこで青年はふと気づく。皆が目を合わせてこない……。不可思議だと。何もわからない自分が何を知るべきか。考えて思い至る。

「あの、すみません。この辺りで仕事を斡旋している場所を教えて頂けないでしょうか?」

「……なに言ってんだ?そんな目してヒーロー以外に就けるかよ。物騒な奴だな」

 青年は大福の様に白く丸い、それでいて人型の不思議な生命体に声を掛けてみた。しかし、返答はぶっきらぼうなものだった。目。また、目である。目が見える今、何が悪いのか皆目見当も着かない。

「誰か!助けてっ!人攫いですっ!」

 その声に思わず反応して顔を向けると、ちょうど人混みが分かれる瞬間を見た。青い髪の少女に三メートルはある巨漢と、狼の獣人が先ほどの言葉通りに迫っている。それも、人を包める程の袋を持参して、である。確かに人を攫う姿に見えるが、群衆の中何故こんな行動を起こしているか疑問である。

「貴方!その目!虹色の目の人!助けてあげなよ!ヒーローでしょ!」

 青年の目を見た触手に包まれた物体が、視線を集める様に指差し、と言うか触手を向けて、声をあげて青年を煽動しようとしている。どうやら、新たな青年の目の異常とは、虹色の目を指していたらしい。

「虹色の目?なんで僕だけに?皆で助けに入れば良いだろ」

「人混みで人攫いなんてするんだ!どんな『異能』を持ってるか、分からないだろ!あんた、そんな目してるんなら助けろよ!」

 そうこうしている内に人垣は、青年の方に向けて開き始めた。他力本願もいいところである。

「すみませんっ!助けて!虹色の目の人……。お願いし───」

 悲痛な声をあげて助けを求める青い髪の少女は、そう言い残して袋の中に放り込まれる。瞬く間の犯行に、何をする事もできなかった。いや、しなかった。群衆に紛れるために、青年もまた、何もしなかったのだ。

「手間掛けさせやがって……。おい、そこのヒーロー崩れ!手ぇ出すんじゃねぇぞ。お互い賢く生きようや」

 そう言って、巨漢の異形と狼の獣人は去って行く。青年へは非難の目が向けられていた。

「おい、あの目の男。見て見ぬ振りだぞ。どうなってんだよ、ヒーローだろ?」

「ヒーロー崩れでしょ?目立つだけで、大したことも出来ない異能なのよ」

「あの子どうなっちゃうのかしら……。ヒーロー崩れなんかに頼るんじゃなかった」

 何もしていない群衆から、何もしていない青年が責められる。世界が変わっても、何も変わらない。青年は異常で、大衆は青年に何も期待しないのである。

「ふざけるなよ。何が虹色の目だ!何もしていないのはお互い様だろ……。ちくしょう!見過ごせるかよ!」

 青年は走り出す。生まれて初めての責任に追い立てられ、訳も分からずに、初めて走る。ただ、少女を救うことが、異常からの脱却になると信じて。人混みをかき分け、一際開いたスペース、人攫い達の後を追いかける。大通りを抜けて路地へ、そして、更に奥へ───。

「おいっ!お前ら、その子を返せ!」

 やっと追いついた汚い路地の真ん中で、青年は二人の異形に威勢よく声を掛ける。何が出来るとも分からない。ただ、そうしなければならない気がした。

「おい、あの腰抜け、追いかけてきたみたいだぜ?何が出来るよ?一人で」

 ずいと巨漢がこちらに振り向く。手にしていた少女の入った袋を隣の狼の獣人に預けて、拳を握る。殺る気、と言うやつである。

「返せよ。その子が何したんだ!お前ら何様だよ!」

 歯がカチカチと鳴り出しそうになり、膝はガクガクと震える。それでも青年は、少女を助けねばならないと、言い聞かせていた。

 巨漢の拳が振り上げられ、青年を見据える。その拳は迷うことなく青年の顔面へと吸い込まれる様に───。

「神は等しく人を愛するものなのよ」

 あの鈴の様な声が、どこからか青年に向けられた気がした。

 ぐちゃりと完全に潰した感覚に巨漢はニヤリと笑みを浮かべ、潰した拳の感覚を確かめながら手を引く。そこには───。

 何も変わらない青年と瓦礫に変わったコンクリートの姿があった。

「バカな!?鉄も砕く俺の拳だぞ!なんでお前が、無事でいられる!」


 その驚きは青年にもまた、同じものだった。潰された、と完全に思った。なのに、自分の頭部は無事である。不思議で片づけられるものではない。

「そこまでだ!下郎!」

 困惑する路地に怒声が響く。それは、困惑を吹き飛ばす様に、颯爽としたものだった。

「見えぬだろう!今、幾万の刀がお前の前にある。手を引かねば落とされると覚悟せよ!」

 その声の主の居場所は、一目瞭然である。青年の更に後方、ちょうど十字に道が分かれている場所からである。ここまでは、軽く十メートルは離れている。

「……お前!無限の、ちくしょうここまでだ!行くぞ!ウルフラ!」

「なに寝ぼけた事いっとんよ。俺の脚ならあんな奴……」

 瞬間新たな来訪者は手を振り、キッと、ウルフラと呼ばれた狼の獣人の足下に線が引かれる。これは、最後警告である。そう、示していた。

「クソっ。行くぞ!」

 そう言い残して、袋を置いて二体は去って行く。この世界に来たことに始まり、青年は突然の連続で頭が全くついて行っていない。しかし、新たな来訪者が敵で無い事は何となく分かった。

「見ていたぞ!私の刀の無限と同じく、無限の命でも有しているのかね?その目で夜に出歩くだけはあるな!」

 新たな来訪者は、男か女かも分からない声に、フードを目深に被った不審者だが、正義感が強い事はなんと無しに分かった。

「夜に出歩く?それに、無限の命って?僕ここには詳しくないんですよ、教えて頂いても?」

 そう言われると来訪者は、ポカンと口を開けた。何も常識を知らないのか?と言った風である。

「いや、異世界ってやつ、かな?とりあえず、違う世界から僕ここに来たんですよ」

「……異世界?世界を渡る異能か?伝説や空想では聞いているが実物するのか……?いやしかし、嘘を吐いている風にも見えん。これは、本物なのか?其方、名は?」

 ぶつくさと独り言を言った後に、来訪者は唐突に青年の名を訪ねた。まあ、異世界から来ましたという青年に対しては、とても歩み寄った対応だろう。

「名前は……。あれっ?───僕、名前を忘れてる?」

「名前を忘れる?世界を渡る代償か?……仕方ない、フォウと名付けよう。意味が知りたいか?異世界者。これはこの世界で、四番目の、を意味する」

「四番目?何で四番目何だ?」

 青年、フォウと名付けられた者は当然の疑問を口にする。すると来訪者はフンッと鼻を鳴らしながら、腰に手を当てて自信満々に次の言葉を溜めに溜めて口にする。

「それはな、フォウ。この世界は最初何もなかった。そこに、第一の異世界者が現れて天を創った。そして、第二の異世界者が地を。そしてそして、第三の異世界者が歴史を創った。これぞ、この世界最大の宗教、天地教の教えだ!」

「天地教?あの、さっきから質問に殆ど答えて貰えてないんだけど……。順を追って教えてくれない?」

 フォウが質問を続けるとバッと来訪者は手を翳した。

「フォウ。それ以上は今は知らなくていい。私は無限の刀、ミィと呼べ。では、さらばだー!」

 そう言い残し、無限の刀、ミィは路地を駆け抜けて行った。去り際に、袋の結び目のみを切り捨てるという神業を見せつつ去って行く姿に、フォウはただ唖然とするしかなかった。

「うぅ……年寄りでもないのに節々が痛い。これだから乱暴者は嫌いですー」

 フォウが唖然としている間に、袋の住人、連れ攫われていた青い髪の少女が恨みを口にしながら這い出てきていた。相当乱暴な扱いだったらしく、そこかしこを擦っている。

「あっ!聞いてましたよ、フォウさん!助けに来てくれてありがとうございます!無限の刀のミィさんにも会いたかったなぁ……」

「───ああ、えっと君。君じゃ失礼か。名前教えてくれる?」

「私の名前はレミリです。……あの、本当に異世界から来たのですか?」

「そっか、レミリさん僕が異世界から来たのは本当だ。だから、この世界の常識を教えて欲しい」

 そう言うと、レミリはビシッと指を立てて気合いを入れている。どうやら、先程までのやりとりはレミリ的にも、もの申したいものだったらしい。

「はい、まず貨幣と言うものがあります!イェンという単位で硬貨、金属の小さな円盤と、紙幣、掌サイズの紙でできている物があります。法と呼ばれる遵守しなければならないものがあり、国と呼ばれる集団が……「ストップ、ストップ!たぶん僕の世界とそこらは大差ない。だから、僕が夜に出歩くと困る理由と、無限の命とやらについて教えてくれ」」

 レミリの捲し立てる様な勢いの説明を一旦止めて、フォウは自分が知らなければならない事を優先して聞いてみた。そうしなければ、彼女が満足するまで延々と語り尽くされていたことだろう。

「それなら、簡単です。夜になると、人々は異能に目覚めるのです。フォウさんは無限の命をお持ちなんですよね?」

「それだよ、無限の命。どうして、無限の命なんて言葉が出てくるんだ?」

「だって、ほら」

 そう言ってレミリはフォウが叩きつけられた壁を指さす。無残に砕かれたコンクリートと血溜まり。なる程。これは致命傷だ。

「これ、普通なら死んでるよね?これが、無限の命?」

「そうです!普通なら死ぬほどの傷を無傷に変える異能。それが、フォウさんの異能だと推測できます!」

 そう言うと、レミリはガシリとフォウの手を握る。ぷにぷにとした、少女特有の柔らかい掌にフォウの片手が包まれた。

「フォウさん!貴方はヒーローになるべきです!それも、特別な。どうです、私達の元に来ては!」

「私達の元?君もヒーローなのか?誘拐されてたのに?」

「ウッ、それは、私向きではなかったというか、抵抗すると殺されかねなかったからというか……」

 酷くばつの悪そうな顔をして、レミリは俯いてしまった。地雷を踏んでしまったのだろう。非力なことが、彼女のコンプレックスなのかもしれない。

「すまない、野暮なことを聞いた……。それはともかく、僕もちょうど仕事を探しているのだ。良ければ、紹介を受けたいのだが───「おいっ、あっちだ囲め!無限の刀はいねぇはずだ!捕まえるぞ!」」

 返事に重なり、怒号が路地裏に響く。あちこちから聞こえる足音から、どうやら囲まれているのは間違いないようだ。

「こうなれば、汚名返上です!行きますよー!」

 レミリがそう言うとフワリと体が浮き上がり始める。それも徐々に速度を増して、空中へと体が投げ出されて行く。

「さあ、目的地は迷宮古書堂の最奥!かっ飛ばしますよー!」

 建物が点で見え、現代的な風景と荒野が見える。ここは、この街は窪地にできたものなのだ。更に外の道路やぽつりぽつりとある民家や店らしき物まで見える高さまで飛び上がると、レミリは一気に下降する。

「うおおおおっ!落ちる!死ぬ!」

「大丈夫です!フォウさんは無限の命!それに、私の第一のサイ、浮遊は、こんなことで死んだりはしないのです!」

「サイって何だーっ!」

 フォウの疑問は闇夜に消えて行く。

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