第八話 三日目 手芸禁止!
「水月、どうした!?」
「はっ!」
アルバートさんの声で目が覚めて起き上がった。気付いたらわたしは彼のベッドで休んでいた。
「大丈夫か?」
アルバートさんに尋ねられて、反射的にうなずく。
意識がはっきりしてくると、徐々に寝る前の記憶がよみがえってくる。
ミサンガの作りすぎで疲れてしまい、朦朧とした意識の状態でベッドに横になってしまったことを。
「ごめんなさい。勝手にベッドを使ってしまって」
「いや、それはいいんだが、このミサンガの山はどうしたんだ? 無理するなと言ったのに」
アルバートさんの表情が険しくなっている。もしかしなくても、怒っているようだ。
ミサンガ五十個がサイドテーブルの上に山となって置かれていたら、誰だってやり過ぎだと思うよね。自分でもびっくりだわ。
でも、没頭しちゃって止められなくなったんだよね。
いや、心の片隅で止めなくちゃダメだよって、思ってはいたのよ!
でも、あともうちょっと作ったら、レベルが上がるかもしれないって思うと、ズルズル続ける原因となってしまった。
ホントこわいわ、過集中。
「ごめんなさい。レベルが上がったら、性能に変化があるのか気になっちゃって。こんなに刺繍糸を使ってごめんね。でも、これを見て!」
そう言って、彼に最新のミサンガを渡そうとしたら、彼は首を振って受け取ってくれなかった。
「材料の件は気にしなくてもいい。私が希望したのだから。だが、やり過ぎは、水月の体調に影響があるから困る。前にも言ったが、自分の限界以上にスキルを使い過ぎると犠牲になるのは自分の体だ。ギリギリまでスキルを使うのは、やめて欲しい」
「うん、ごめんね」
「昼ご飯は食べたのか?」
「……あの、ごめんなさい、まだです」
食べる前に疲れて寝てしまった。
アルバートさんから盛大なため息が漏れた。それから彼は仁王立ちでわたしを鋭い目つきで睨みつける。
わたしがビビってのけ反った途端、わたしの鼻先に彼の指を突きつけられた。
「しばらく私がいない間の手芸は禁止だ!」
「ええええ!?」
抗議しても信用できないの一言で、撤回してくれなかった。
そりゃ、言いつけを守れなかったわたしも悪かったけど。
せめて頑張ったところは、褒めて欲しかったな……。
前みたいに「沢山作ってすごい」って。
「ほら、食事に行くぞ。これ以上痩せてどうするんだ」
「……うん」
昼食兼夕飯をアルバートさんと食べたが、彼は不機嫌なままで会話は全くなかった。
刺々しい彼の雰囲気にとてもいたたまれない気分になる。せっかく手芸を通して彼と仲良くなれたのに。
その後、彼は無言なまま、わたしを部屋に送ってくれる。
コツコツと硬い石床から靴音が聞こえるだけだ。
すごく憂鬱な気分だった。こんな風に彼を怒らせてしまうなら、頑張らなきゃ良かった。
悲しくなって泣きそうになる。でも、彼の手前、泣くわけにはいかなかった。わたしが悪いのに、彼がいじめているみたいになってしまう。
「送ってくれてありがとう。じゃあ、おやすみ」
そう言って部屋の扉の前でアルバートさんと別れようとした。ところが、いきなり彼に腕を掴まれた。
びっくりして相手を見上げると、彼はバツが悪そうな顔をして、目線まで自信なさそうに泳いでいた。
「あの、その、悪かった」
歯切れは悪かったが、彼が突然謝ってきた。
「あんな風に怒るべきじゃなかった。水月は私の要望を聞いて頑張ってくれていただけなのに。だけど、水月に何かあったらと思うと、心配でたまらなかったんだ。その不安を勝手にぶつけてしまって、本当に申し訳ない」
わたしよりも大きいアルバートさんの体がこのときばかりは、なぜか縮こまって見えた。彼からまっすぐな誠意が伝わってくる。
わたしって現金だ。彼に謝ってもらったら、先ほどまでの絶望的な気持ちは吹き飛んでいた。
彼は軍隊蜘蛛の件で警戒している最中だった。神経を尖らせていてピリピリしていたのかもしれない。それなのに、わたしのことで気を煩わせて申し訳なくなった。
しかも、彼の気遣いを無視したみたいになってしまった。
彼が気分を害してしまった気持ちもよく分かる。無茶したわたしが悪かったんだ。
「わたしもごめんね。心配かけて。わたしもちょっと頑張りすぎちゃった。気をつけるね」
「ああ」
アルバートさんを見上げると、彼と目が合った。仲直りできて自然に笑みが浮かぶ。彼もこちらを見て嬉しそうに微笑む。
気がつくと、アルバートさんのもう一方の腕がわたしに向かって伸びていた。それだけではなく、彼自身も近づいて背中に腕を回された――と思ったら、彼の胸元がわたしの目の前にあった。
つまり、わたしはすっぽりと彼に包み込まれていた。
「あなたが悲しそうだと、私も辛い。おやすみ、水月」
頭に「チュ」という音とともに柔らかい感触がした。
わたしの頭上にはアルバートさんの頭ぐらいしかない。
「ふあ!」
ももも、もしかしてキスされました!?
驚いて相手を見上げると、笑顔のアルバートさんと目が合った。
わたしの戸惑った表情に気付いて、彼の顔が少し曇る。
「もしかして、今のは良くなかったか?」
「いえ、悪くはないけど、びっくりして」
「そうか。なら良かった」
アルバートさんが眩しいくらいの嬉しそうな笑顔を向けてくる。
「ほんと、水月は可愛いな」
悩殺台詞まで!
わたしが思わずフリーズしていると、彼はわたしの頭をなでなでして満足そうに帰っていった。
頭に残る柔らかい感触が、脳内リピートする。
顔から湯気が出そうなくらい熱くなって、茹でダコになりそう。
気分は、タコ。軟体動物よ!
それどころか、思考がもっと低下して、わけワカメになっていた。
自分の部屋に入ったけど、しばらく混乱して、深海の海藻気分でふらふらと漂っていた。
でも、わたしはこのとき浮ついていて全然気が付かなかった。
護衛兵が側で苦々しく見ていたことに。




