第五話 二日目 マフラー
「こ、これは……!」
数時間後、アルバートさんが部屋に戻ってくるなり絶句した。
「全部、水月が編んだのか?」
「うん……」
お互いの視線の先には、わたしの編み終わったマフラーがある。
アルバートさんに教わったのは、棒を使った編み物だった。彼から編み方だけ教わった後、彼は仕事でいなくなり、わたしはその間ずっと彼のベッドの上で編み続けていた。
「ごめんなさい。気づいたら、取り返しがつかないほど変になっちゃって……」
教えてもらったときは、案外簡単だと思った。けれども、指示どおりに同じ編み方をしていたはずなのに、いつの間にか間違えてしまったらしく、おかしなことになっていた。編み目が明かに間違っている。
どうして早く気づかなかったんだろう。
しょんぼりと落ち込んでいると、「すごいじゃないか!」と意外にも絶賛の声が返ってきた。
「え?」
きょとんとして、相手を見ると、アルバートさんはキラキラと目を輝かせている。本心でわたしを絶賛しているようだ。
彼もベッドに腰を下ろし、わたしの隣から手元を覗き込んでいた。
「こんな短時間で、もうこんなに編んでいるなんて、すごいぞ」
「でも、こんなに下手なのに」
「最初から上手くできないのは当たり前だ。でも、他の人なら同じ長さを編むのに、もっと時間がかかるんだぞ」
「ふーん」
そっか。わたしって編むのが速いんだ。
下手で救いがないと思っていたから、アルバートさんの褒め言葉は純粋に嬉しかった。
「やっていくうちに自然と上手くできるようになるよ。気にせずどんどん作って欲しい」
「ありがとう。そんな風に言ってもらえるとは思ってもみなかった」
アルバートさんに微笑みながら、脳裏に『ほんと、下手ねぇ』と、母の言葉がよみがえる。
授業で初めて手芸をして完成品を持ち帰ったとき、わたしの母はそう言って「こんな使えないものを作っちゃって」と失笑して見向きもしなかった。
それ以来、わたしは手芸なんて自分がやってもどうせ無駄だと感じるようになっていた。
でも、違ったんだ。手芸の才能が全然ないわけではなかったんだ。
重く閉じられた蓋が自分から外れた気分だった。
「それにしても、水月も私と同じ間違いをするとはな。不思議なものだ」
「えっ、それってどういうこと? アルバートさんも同じミスをしたことがあったの?」
アルバートさんはまるでお店の商品みたいに上手なものを作っている。そんな彼が自分と同じ失敗をしていたとは意外だった。才能がある人は、初めから上手いのだと思っていた。
「ああ。マフラーじゃなくぬいぐるみだったけど失敗してしまって、落ち込んだものさ。でも、まだ幼かった弟はそれでも喜んでくれたんだ。だから、次はもっと上手く作ってプレゼントしたいって思えるようになった」
「そっか~。アルバートさんも同じだったんだ。じゃあ、いっぱい練習すればアルバートさんみたいに上手くなれるかもしれないんだね」
希望が見えてきて、やる気が出てきたわ!
アルバートさんに教わって、マフラーを編み棒から外して端の始末をした。
遂に完成だ!
「では、さっそく水月が作ってくれたマフラーの魔法効果を調べてみよう。ん、これは――!?」
マフラーを手にしたアルバートさんの顔に驚愕が広がる。
「どうしたの?」
「やはり、特殊な魔法効果を感じる。これが祝福なのか」
「すごーい! 具体的にどんな魔法が使えるの?」
「道具で調べないと詳しいことは分からないが、防御力アップの効果を感じる。あと、正体不明なものもあるな」
わたしも自分のマフラーを触ってみるが、何も分からない。
「わたしには何も感じないけど」
「じゃあ、これで見てみるといい」
アルバートさんは虫眼鏡みたいな道具を部屋の戸棚から出してきた。
「それ、なあに?」
「検知のレンズだ。これで覗くと、詳しく性能が見えるようになる。鑑定の神の加護があるんだ」
「へー。そんな便利な道具があるんだ」
ゲームでは勝手に鑑定していたけど、リアルだと道具を使うのね。
「ああ。私物だが、この道具も貴重なものだから取扱いには気をつけて欲しい」
「うん、わかった」
わたしはレンズを受け取ると、自分が作ったマフラーを観察する。
ジッと見ていると、レンズに光る文字が浮かんでくる。
名前「聖女帰還マフラー」
性能「耐久性(低)、防御力アップ(高)、転移(∞)」
使用条件「クロスレーティング1以上、聖女限定」
備考「唯一品」
おお! 異世界系なステータス表示をついに見られたよ!
わたしは思わず感動してしまった。
「へー、この名前は、聖女帰還マフラーだって。アルバートさんの言った通りの性能がある! あと、これはなんだろう? ……転移?」
「どれどれ」
アルバートさんが脇から覗いてくる。
「聖女帰還マフラーだと? そんなアイテムは聞いたことがない。しかも転移のレベルが無限大だ。どんな場所も思うがままだ。……もしかしたら、このマフラーで水月は元の世界に帰れるのでは?」
「わたし、帰れるの!?」
まだ何も仕事をしていないのに。
わたしも聖女だと言われ、役目があると思っていたから、すぐに帰れるとは思ってなかった。だから、このマフラーの登場は、正直なところ拍子抜けな気分だ。
でも、帰れるなら嬉しい。最近は大変なことばかりだったけど、それでもわたしの大事な居場所だから。
「水月にとって大事なものだから、大切にしまうといい」
「うん、そうだね。唯一品って書いてあるし」
「それにしても、すごいな。防御力があるとは思っていたが、最高ランクの高か。さすが聖女の祝福だな」
「でも、使用条件にクロスレーティング1以上ってあるんだけど、わたし持っているのかな。自分のスキルやレベルって、どうやって分かるの?」
「その検知のレンズでも調べられるぞ。自分の手を見てみるといい」
「うん、やってみる」
名前「高里水月」
年齢「24才」
性別「女」
ジョブ「聖女」
スキル「手芸レベル1、魔法付与レベル1、祝福レベル∞」
備考「未婚、過労、尻好き」
「水月、ちょっと待て。最後の尻好きってなんだ」
アルバートさんがまだ覗いていた。しかも、ヤバイものまで見られた!
なんで備考にこんなものが!
「そそそそんなことより、やっぱりクロスレーティングのスキルがないよ。ということは、このマフラーが使えないんだ。どうしよう!?」
すぐに帰れると思ったら、こんなオチが!
使えないのは困るよ!
「大丈夫だ。このスキルは訓練により取得できる。もちろん個人差はあるが」
アルバートさんの力強い言葉がすごく頼もしい。しかも尻の話は華麗にスルーされて一安心よ!
「あぁ、良かった! じゃあ、私も訓練してスキルを取得すれば、アルバートさんみたいに魔法が使えるようになるってこと?」
「そうだ。鍛えれば大丈夫だ。上級スキルになるほど、先ほどのように着衣魔法効果を感知することができるし、使うこともできる」
アルバートさんはわたしを安心させるように満面の笑みを浮かべる。
良かった! じゃあ、クロスレーティングスキルの取得も頑張るぞ!
「でも、上級スキルになるほど、消費する布も増え、裸になっていくがな」
「え、それは困るかも……」
わたしの引きつった顔を見て、アルバートさんは微笑む。
「その羞恥の感情を超越してこそ、上級スキルを取得し、扱えることができるのだ」
「そっかー。そういう葛藤を乗り越えてスキルを得たアルバートさんって、すごいね」
「そうだ、すごいんだぞ。――と言い切りたいところだが、私の場合は八剣士に選ばれたことも大きい。だが、水月はもっとすごいぞ」
「えっ? どういうこと?」
「魔法付与スキルは、訓練で取得できる可能性が極めて低く、ほとんどは天賦の才能だ。水月はそのスキルを持つだけではなく、効果の威力も強そうだ。やっぱり聖女だからだろう」
「魔法付与スキルも、そんなにレアだったんだ。じゃあ、聖女は沢山アイテムを作ったほうがいいよね。でも、マフラーだと長さがあって大変だから、練習に適した別のものってないかな?」
「そうだな。簡単なものか。……そうだ、ミサンガはどうだ?」
「うん。やりたい!」
「じゃあ、これから……と言いたいところだが、水月は夕飯がまだだろう。今日はもうおしまいだ」
「えー? せっかくやる気になっているのに」
「だめだ。顔色が悪いぞ。スキルを使えば疲れる。過労って書かれていたし、今日はもう休んだほうがいい」
「……うん、分かった」




