第四話 二日目 団長の部屋
言われたとおり、昼食後にアルバートさんの部屋まで護衛兵に案内してもらって、わたしはドアをノックする。といっても、団長の部屋はわたしの隣だった。何か異変があったら、すぐに気付くからという理由らしい。
「どうぞ」
中から返事がしたので、覚悟を決めてドアノブを回した。
いくら美尻イケメンでも、好きでもない男に襲われる気は全くない。だから、こっそりと抵抗用の武器を隠し持ってアルバートさんの部屋までやってきた。
わたしは良くて人並みの容姿をしている自覚はある。むしろ童顔で、今まで幼く見られた。だからなのか、同性の友人たちには可愛がられたけど、異性には正直もてたこともない。
けれども、砦での暮らしでは慢性的な女子不足だ。食堂は男子だらけでわたし以外に女子は見かけなかったし、護衛兵も女子は聖女だけだと言っていた。
女子が珍しいのか、聖女が珍しいのか分からないけど、砦中の兵士たちにわたしは注目の的だった。
戦時中の食糧難の状況のとき、普段は食べない雑草を利用していたと聞いたことがある。
そんな中、ポッと現れた女子が美味しそうに見られても不思議ではない。
現に、通りすがりの兵士たちにまで「かわいいね」と声をかけられていた。
砦の周囲は自然だらけで、近くに繁華街がある様子もなかった。
この砦にいる兵士たちは、いったいなにで欲求不満を発散しているんだろう。
こんなことを考えるのも失礼かもしれないけど、ここにいる若い体力のありそうな兵士たちが、女子に飢えていても、何もおかしくはないと思った。
だから、アルバートさんが雑草に食指を伸ばす可能性も否定できない。
それに、恩人を疑いたくないけど、人目を避けてコッソリと自室に呼ぶなんて、相手の下心をひしひしと感じてしまう。
でも、本当に真面目な用事だったら、無視したら悪いし。
不安が渦巻く中、彼から用件を聞きに来た。
部屋を開けると、中にはアルバートさんだけがいた。簡易的なテーブルに向って彼は椅子に座っていた。紙に何か書きものをしていたらしく、ペンを置いていた。
団長の部屋は、まるで書斎のようだ。
必要な事務用品と書類が置かれている。少しだけ違うのは、装備品が壁に飾られているぐらいだ。
アルバートさんは顔を書類から上げると、わたしの後ろにいた護衛兵に視線を向ける。
「君は廊下で待っていたまえ。私が声を掛けるまで中に入らないように」
そこまで人払いをするなんて、やっぱり他人に見られてはまずいことをするのね……!
わたしも一緒に部屋を出たかったけど、まだ決定的な被害を受けていないので、動けなかった。
でも、わたしの中ではいつでも逃げる準備はできている。
アルバートさんはわたしを見て、ぎこちない笑みを浮かべる。何か後ろめたい気持ちでもあるみたいだ。
「水月よく来てくれたね。実はあなたに見てほしいものがあるんだ」
そう言いながら、ギシリと椅子を軋ませながら立ち上がる。
「な、なんですか……?」
「詳しくは、こっちの寝室に来れば分かる」
アルバートさんが目配せした先には、一枚のドアがあった。この部屋の奥に、寝室が続いているようだ。
わざわざベッドがある部屋でしなくちゃいけない話ってなんでしょうか!?
嫌な予感しか思い浮かばない。そっとウエストに挟んだ鋏に手を伸ばす。
アルバートさんがドアを開けて中に入るように促す。
わたしは意を決して足を踏み入れた。
「えっ?」
部屋の光景を見た瞬間、思わず声を上げてしまった。
視界に入ったのは、綺麗に整えられたベッドだ。その上には、色んな種類の可愛らしいぬいぐるみが沢山置かれている。うさぎやくま、ねこ。つぶらな目をした動物たちがところ狭しと枕の周りに飾られている。
しかもフリフリのレースつきの服まで着せられている。衣装まで凝っていた。
壁一面に大きく飾られている美しいタペストリーは、全部刺繍で縫われている。曲線が美しい植物紋様と幾何学模様を組み合わせた素晴らしいデザインだ。
他にも、籠に入った花束が飾られている。よく観察したら、生花じゃなくて、全部布で作られているものだ!
立体的な鳥の絵も飾られているが、それも全部手芸品だ。
ファンシーな毛糸で編み込んだ女の子向きの可愛いショルダーバッグまで下がっている。誰が使うんだろう。
「うわー、可愛い! こんなにいっぱいの手芸作品を一体どうしたんですか?」
彼女からもらったのかな。
「……実は、私が作ったんだ」
「えっ、アルバートさんが!?」
ぎょっとして思わず彼をガン見してしまった。
これを全部作ったとなると、かなりの手芸の腕前だ。プロ並みにも見える。
「水月、そんな大きな声を出さないでほしい」
「ご、ごめんなさい。でも、どうして内緒にしているの? 朝のときに言ってくれれば良かったのに」
こんなに上手いのなら、副団長ランフルの前でアルバートさんがわたしに教えると言っても構わなかったのでは。
わたしの指摘にアルバートさんは眉を顰める。
「世間一般的に縫物は女の仕事と言われている。だから、ここにいる兵士たちは繕いを他所に頼んでいるんだ。そんな中、団長の私の趣味がばれてみろ。敬意と信頼が失墜だ」
「そ、そんなに深刻な問題だったんだ……」
だからって、あんな誘い方されたら、誰だって誤解するよー。
あー、もう色々と想像して恥ずかしい!
疑ってごめんなさい。穴があったら入りたい心境になる。
「そうだ、騎士としての風上にも置けない存在なんだ、私は。だが、私は自分の恥よりも、聖女の祝福というものを見てみたかったんだ。せっかく身近に聖女がいるなら、その秘儀を我が目で。だから、水月にはここで練習をしてほしい」
「もしかして、アルバートさんがわたしに教えてくれるんですか?」
「そうだ。時間の許す限り付き合うつもりだ」
「そうだったのね。それなら是非よろしくお願いします!」
彼は恥を忍んで教師として名乗り出てくれたんだ。受けないわけにはいかない。それに願ったり叶ったりだ。
問題を解決しないといけないし、わたしも聖女の祝福に興味があった。何ができるか楽しみだ。
お辞儀をすると、はずみで隠し持っていた鋏が床に落ちた。
大きな音が立ち、アルバートさんにも気付かれる。あ、ヤバい。
「なぜ、鋏がここに?」
「えーと、魔物が出るっていうから、護身用にです。元いた世界は魔物なんていなかったから」
まさか、アルバートさんを疑っていたとも言えず、慌てて誤魔化す。すると、彼は大変心配そうな表情でわたしのことを見下ろした。
「そうか。不安にさせてすまなかった」
彼の大きな手がわたしに伸びてきて、びっくりする。
彼の手はわたしの頭を優しく撫でた後、すぐに離れた。やましさのない、安心するような手つきだった。
「だが、危険な状況では細心な用心のおかげで命を救われることもある。今みたいに引き続き、警戒した方がいい。私はあのマフラーのおかげで、今回砦まで帰れた」
わたしは素直にうなずいた。でも、今度はすぐに落ちない場所に仕舞っておこう。
相手を見上げれば、彼はまるで家族を見守るような温かい眼差しでわたしを見つめていた。
純朴な想いを感じて、わたしは猛烈に申し訳なくなってきた。
やっぱりアルバートさんはいい人だった!
色々と疑って本当にごめんね!
「それにしても、聖女があなたで良かった」
「え?」
意味を掴みかねて首を傾げると、アルバートさんは腕を組んで苦笑した。
「異性と二人きりだと、色々と誤解されやすいだろう? 特に私の場合、色々と立場があるから。でも、あなたとなら何も問題ないと思ったんだ」
アルバートさんは少しだけ照れくさそうに笑った。
そっかー。団長ともなれば、モテモテだよね。
でも、わたしが聖女で良かったってどういうこと? もしかして、相手がわたしだと、二人きりでも誤解されづらいって思っているのかな。
そ、そりゃあ、わたしは童顔だし、こんな格好だから男の子に見えなくもないけど……。こんなイケメンに真っ向から対象外って言われると、ちょっと凹むものがあった。
「色々大変だったんですね」
「ああ、実は……」
アルバートさんはわたしの悲しみに気づかず、過去の出来事を語り出した。目が合っただけで女性にストーカーされたり、勝手に付き合っていると噂を流されたりしたと。縁談もかなり申し込まれて、中には既成事実を作ろうと屋敷に侵入しようとしたり、薬を仕込んだりした犯罪紛いの者までいたらしい。
「その中で、いいなーって思う人はいなかったんですか?」
「距離感なく、相手に配慮のない人間など、顔の見た目がいくら良くても底が知れている。恐怖でしかない。しかも、自分の趣味を止めてでも付き合いたい女性はいなかった。だから私は八剣士として身を捧げ、妻を娶る気はないと断ってきた」
アルバートさんのトラウマは深刻そうだった。
イケメンも大変なんだね。ご愁傷さま。
でも、こんな彼なら、二人きりの状態でも安心して学べると感じた。
ゲームの中で聖女は八剣士を好きになってはいけないと言われていたし、わたしも彼を意識せずに済んで良かったのかも。
「よし、じゃあ、時間が勿体ないから、さっそくやろうか」
「うん!」
ゲームではレベルを上げれば、その分だけ色々できることが増えていた。頑張って上げるわよー。