表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/16

第三話 二日目 副団長ランフル

「水月、早くから来てもらってすまない」


 翌日、わたしは朝からアルバートさんに呼ばれていた。

 黒板と机と椅子があるだけの簡素な会議室にわたしを含めて三人いた。


「いえ、大丈夫です」


 自分が聖女と思われているなら、事情聴取は仕方がないと思われた。

 気にしていないと、微笑みながら答える。本日のアルバートさんは、当たり前かもしれないが服を着ていた。防寒用の上着の下には、厚手のシャツと綿パンで、彼の隣にいる渋い中年のおじさんと似たような格好だ。軍の支給品なのかもしれない。


「私の隣にいるのは副団長のランフルだ」

「はじめまして」


 アルバートさんから紹介を受けて挨拶すると、ランフルさんは黒くて鋭い片目を細めてにやりと笑った。もう片方は眼帯をしているため隠れている。瞳と同じ短髪の髪はカールしていて、窓から入る日の光を受けてツヤツヤ輝いている。


「おう、よろしく頼むぜ。聖女様」

「はい、よろしくお願いします」


 このランフルって人は、ちょっと威圧感がある。なぜだろうと思ったら、彼の視線がずっとわたしを捉えているからだ。何か見逃すまいと、探るような目つきで。

 しかも、彼の体格も軍に属しているだけあって骨太で頑丈そうだ。

 こういう眼帯キャラって、ファンタジーの世界でよくいるよね。たいてい人相が悪いし、性格も癖があったりするんだ。この人はそうじゃないといいなぁ。


「ところで水月。その服はどうしたんだ?」


 アルバートさんが話しかけてきたので、慌ててランフルさんから視線を戻した。


「これは兵士さんから貸してもらいました」


 わたしも二人と似たり寄ったりな格好をしていた。少しわたしには大きいけど、実務的なデザインで動きやすい。

 砦の中にいても、隙間風だらけなので、服の上にポンチョのような防寒着を羽織っている。中には携帯用懐炉を首から下げている。

 今朝、あまりの寒さに布団から出られないでいたら、当番の護衛兵が持ってきてくれた。


「そ、そうか……。すまない。聖女にはふさわしくない格好をさせて」

「いえ、大丈夫ですよ?」

「いや、でも、女性が男性の格好をしているなんて……」


 二人は困ったような表情を浮かべている。

 兵士用の支給品であろう衣類は、お世辞にも質はそれほど良くなかったけど、きれいに洗濯されていて清潔感があった。そのおかげで使用していても、不満はなかった。


「いいえ。全然気にしていませんよ。ところで本日はどのようなご用件でしょうか?」


 価値観の違いだろうか。そこまで服にこだわりがなかったので、わたしはさっさと話題を変えた。


「お気遣い、申し訳ない。実は、水月はいきなり見知らぬ世界に来たと言っていたな。その事情について聞きたいのだが、良いか?」

「はい」


 アルバートさんの確認にわたしは素直にうなずく。

 既にわたしが聖女だとアルバートさんから保証されているだけではなく、「災い訪れたとき、聖なる乙女が現れる」という言い伝えを彼から聞いていたから。だから、別の世界から来たことを隠す必要を感じなかった。そのため、ここに来た経緯を二人に話すことにした。


 わたしは故郷の日本で、いつものように日付が変わるくらいまで会社で働いていた。

 いわゆるブラック企業ってやつ。毎日終電は当たり前。いつも寝るためだけに家に帰っていた。


 なにしろ働き過ぎて、慢性的な過労状態だったんだもの。

 消えない吹き出物。胃痛と頭痛は日常茶飯事。もう薬が手放せない。

 でも、生活しなきゃいけないし、オタ活にだって資金がいる。それに、奨学金の返済が終わるまでは、こんなオーバーワークの職場でも辞められない。


 そんな状態だったけど、この山場が終わったら楽になるはずだと信じて頑張っていた。


 その日も目をつぶると、いつもどおり意識があっという間に溶けていくように沈んでいった――はずだった。

 そうだ。その日は何かが違っていた。つぶっているはずの目に、急に眩しい光が差しこんできたんだ。

 強烈な光だったけど、不思議と不快感はなかった。

 でも、わたしは眠かった。睡眠を邪魔する刺激をただただ鬱陶しく感じていた。


『水月、水月や』


 とはいえ、抵抗する気力もないので目をつぶったまま必死に我慢していると、誰かが耳許でささやいてくる声が聞こえた。聞いたことがない厳かな年配の男性の声だった。


『私は神だ。よく話を聞くがいい』


 最初は気のせいかと思った。


『お主は選ばれた。どうか我が世界のために働いてほしい』


 でも、気のせいと流せないほど、やたらとはっきり意思のある存在だった。


「これ以上は、無理……。それよりも、寝かせて……」


 どこから話しかけられているんだろうと、まとまらない頭でぼんやり考えていた。


『お主なら、どんな苦境も乗り越えられるだろう』


 それって、うちの鬼上司の常套句みたいだよ……。

 そう文句を返したかったけど、疲れているせいで再び口を開くのも億劫だった。


『水月よ、行くがいい。新たな世界で己の役目を果たすのだ。』


 まぶたに感じる光は、ますます強くなった。

 正直、話が呑み込めなかった。何がどうなっているのって、すごく困惑したものだ。


『汝に力を授けよう。新たな世界を生き抜く聖なる力だ』


 そういうよく分からないのはいらないと思ったけど、わたしの意思に反して、温かい何かが体の中に流れ込んできた。


『……はっくしょん! おっと、うっかり入れすぎたが、まぁ多くて困ることはないだろう』


 ……ここまできて、という夢なのかな、と思うことにした。

 明晰夢めいせきむだっけ? 自分が夢を見てるって認識できるのって。通勤中に読んだラノベの影響かしらと考えていた。


 相変わらず疲れていて動かないけど、温かい何かが身体を巡っているのは、悪い気分じゃなかった。


『ぅおっほん。いざゆかん! 水月よ。』


 男の気合いの入った掛け声が聞こえたら、今度はぐるぐると目が回るような感覚がしてきた。

 遊園地のアトラクションに乗っているような感じだ。

 もう、本当につくづく不思議な夢だなぁ。そう呑気に感想を抱いたとき、


『……あ、まずい。間違えた』


 男の間の抜けた声が聞こえた。

 絶対この人、ドジ属性を持っているよね。続く相手のミスにわたしはフフッと微笑んで――、それから完全に寝落ちしたのか記憶がなかった。

 その後、わたしはあの見知らぬ場所で目が覚めたんだ。




 二人に話し終えたけど、あの謎の男が色々と失敗した件については伏せた。わたしもその影響が良く分からなかったから。

 不必要に他人から不審に思われるのは、避けたかった。


「その謎な声の主は、おそらく本人が名乗ったとおり神かもしれないな。この世界には創造神ベネシスがいる。聖女を他の世界から遣わすのも、その神だと言われている」

「うん、我が世界を助けて欲しいって言っていたから、そうかもしれない。もしかして、言葉に不自由しないのも、その神様のおかげなのかな?」

「ああ、恐らく創造神の加護のおかげだろう。ところで、聖女の祝福についてだが。水月は何か知っているか?」


 アルバートさんのその単語を聞いて、内心ドキリとする。


「祝福ですか? いいえ何も」

「実は聖女が作ったものには祝福が宿ると言われている。だから試しに何か作ってみて欲しいんだ。材料なら、言ってくれれば探して用意させる」


 相手から期待の眼差しを向けられる。

 やっぱりゲームに似た世界なら、聖女に服を作って欲しいよね。


「いえ、その、残念ながら無理です。作り方が分からなくて」

「簡単なもので、いいんだ。服ではなくて、アクセサリー系でも。なんならハンカチでもいい」

「いえ、本当に何も分からないんです。手芸をしたことがほとんどなくて」

 

 言いながら、相手に対して大変申し訳なかった。

 けれども、少しでも誤解されては困るから、本当のことを正しく伝えるしかなかった。


「今まで作ったことがないと?」

「……はい」


 アルバートさんの驚愕の目を向けられる。胃が痛くなるのを感じながら、わたしはうなずいた。

 すると、目の前の二人の男たちから息を呑む音が聞こえた。


「マジか。貴族の箱入り娘だって、ハンカチくらいは作れるし、レースだって編めるのに」


 ランフルさんの非難にわたしは首をすぼめる。


「ごめんなさい……」


 謝るしかなかった。

 なにしろ、手芸に今まで全く興味がなく、家庭科の授業の作品作りでさえ、家に材料を持って帰って近所に住んでいた祖母にやってもらったくらいだ。

 自分で完成させたことはない。


 『クロスマジック』の聖女は八剣士のために服や装飾品を沢山作る必要があるが、わたしにはそれらを制作するための知識が全くない。逆立ちしてもない。ないったら、ない!


 『クロスマジック』のゲームでは、魔王が復活して世界が困っていたので、主人公は魔王封印の手伝いをして元の世界に帰った。

 だから、きっと今回のわたしの場合は、軍隊蜘蛛の件でみんな不安がって困っているから、その問題を解決しないとわたしは元の世界に戻れないのかもしれない。


 でも、全然役に立てないって、どういうことなんだろう。

 ゲームみたいにわたしも、手芸の得意で大好きな女の子だったら良かったのに。

 

 聖女が来たと、兵士さんたちも喜んでいたのに。

 そう思うと、大変申し訳なくなってきた。


 会議室はシーンと静まり返った。

 ランフルさんからため息が漏れる。


「団長、どうするんで?」

「最悪替えのきく八剣士とは違い、聖女は一度現れたら次いつ現れるのか分からない。だから、王宮で保護する決まりとなっている。ところが、今は周囲に強い魔物が確認されているにも関わらず、まだ討伐されていない。安全が確認されない以上、彼女を砦から出すわけにもいかない。だから、ここでしばらく滞在するなら、その間に手芸スキルを上げたほうがいいと思うが、誰か教えられる者はいるか?」


 アルバートさんの問いにランフルさんは眉を寄せて困ったような表情を浮かべる。


「手芸を教えられる者ですか。ここには兵士たちしかいないんで、身の回りのことは簡単な手直しは自分たちでやってますけど、さすがに服の繕いは近くの村の針子に頼んでいるみたいですぜ。ちょっとここでは無理なんじゃないですか? 村に兵を派遣して呼び寄せますか?」


「いや、兵の数は限られている。これ以上は連絡用に兵は割けない」


 アルバートさんの結論にランフルさんは合点する。


「転移魔法のアイテムがなくって、聖女と軍隊蜘蛛の件で王宮に早馬を既に出しましたからね」

「ああ、だから魔物の探索に兵を回したほうがいい」


 アルバートさんはそう言うと、立ち上がった。


「早馬が到着するのに二日くらいか。そこから王宮から聖女の迎えが来るまで、恐らく三日くらいか。それほど長い日数というわけでもない。だから話はこれで終わりにしよう。ランフル、ご苦労だった。仕事に戻ってもいいぞ」

「はい、分かりました」


 ランフルさんは席から立つと、わたしを見た。感情のない義務的な片目が、見下ろしている。


「聖女様、むさくるしいだけで何もない砦ですが、王都に行くまでごゆるりとお過ごし下さい。安全のため護衛もつけますから、何か用事があれば、そいつらに遠慮せずお申し出下さい」

「は、はい」


 ランフルさんは挨拶を済ますと、さっさと部屋から出て行った。


 教えてくれる人もいないなら、ここでのわたしは用無しかぁ。

 消沈してわたしも立ち上がり、出て行こうとした。そのときだ。

 アルバートさんがわたしの腕を咄嗟に掴んだ。それから彼はわたしの耳元に顔を近づけてくる。

 キラキラと輝く美形の顔が間近にあり、思わず頭が真っ白になる。そうでなくても、彼は理想の尻の持ち主。否応にでも緊張してしまう。

 何事かと慌てたとき、アルバートさんがその綺麗な唇を開いた。


「昼食の後、私の部屋に来て欲しい。いいね?」


 問答無用の目力を向けられる。魅惑の眼差しに逆らえるはずもなく、わたしは気付いたら、うんうんと張り子の虎のように首を縦に振っていた。

 それを彼は見届けると、部屋を颯爽と去っていった。

 わたしはそれを放心しながら見送ることしかできなかった。


 部屋に来いですって!?

 部屋って個室でしょ。密室でしょ?

 イケメンと二人きり……!?

 だ、大丈夫なのかなぁ。彼は助けてくれた恩人だから、疑うような真似はしたくないけど。

 うーん、わざわざ二人きりで会う目的が分からない。しかも、あんな風に人目を忍ぶように会う約束をするなんて。


 わたし、一応これでも年頃の女の子だから、色々と警戒しちゃう。


「あのー、大丈夫ですか?」

「はっ!」


 どれだけ立ち尽くしていたんだろう。

 すっかり考え込んでいたらしい。


 護衛兵らしき人がわたしを心配そうに廊下から見つめている。

 いつまでも会議室から出てこないわたしを心配して、わざわざ声を掛けてくれたようだ。


「あ、ごめんなさい。今、行くね!」


 わたしは慌てて護衛兵のもとへ向かった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ