第二話 砦到着
わたしたちが到着した場所は、魔法の発動の言葉どおりであれば、クレフォード砦であるらしい。アルバートさんは門の近くまで歩くと、門番の兵士に二人分のマントを用意するよう指示をしていた。
その渡されたマントのおかげで、わたしたちは何とか丸裸状態から脱することができた。
残念ながら、アルバートさんの美尻も見えなくなっちゃったんだけどね!
目の前には、身長の三倍はある大きな城壁のような塀があった。その奥には、沈みかけた夕日に染まった巨大な要塞がそびえ建っている。
石を積み重ねた建造物は分厚く堅固そうで、表面は苔むしていた。
まるで廃墟のようなおどろおどろしい雰囲気で、圧倒されて尻込みしそうになる。
背後を向けば、一本の上り坂が岩壁に挟まれてカーブしながら伸びている。そのずっと先には高台があり、そこにあった木々たちは大きな影の塊みたいになっていた。既に夜に飲み込まれていた。
アルバートさんに助けられなかったら、今でもあそこにわたしはいたんだ。想像しただけで恐ろしい。
門は大きく開け放たれていて、入り口には松明が既に灯されていた。煌々と燃え盛り、辺りを明るく照らしている。
側を通ったときに熱気が微かに伝わって温かかった。冷え切った体に染み入る感じ。思わず足を止めそうになっちゃった。
団長が帰還したためだろう、部下と思われる若い兵士たちが一斉に集まって彼を出迎えた。二、三十人は軽くいるんじゃないだろうか。砦にいる一部の兵士たちだろうけど、瞬時に駆けつけてくるくらいだから、すごい人望である。
職業柄ということもあるんだろう。兵士たちはみんな大柄で、女性としても小柄に分類されるわたしは、彼らを思いっきり見上げて首が痛いくらい。ますます自分が小さく感じる。
「団長! よくぞ御無事で! 見回りをしていた団長がいきなり彷徨える羊に飛ばされたときは、もう駄目かと思いましたよ」
「一人で生きて帰ってこられるとは。さすが団長だ」
「クロスレーティング最高レベルは、最強っスね。マジ、ソンケーッス。」
部下は口々にアルバートさんを褒め称えていた。
どうやら、彼だけ部隊から一人はぐれてしまったみたいだ。
「うん。みんな出迎えご苦労。再び会えて嬉しく思う。最後の魔法を使うまで追い詰められたが、聖女のおかげで危機を切り抜けられた」
「聖女!?」
みなの視線が一斉にわたしに集まる。
「彼女が、あの聖女なんですか!?」
「でも、団長。彼女もいっしょに驚いているみたいですけど」
部下の一人がわたしを見ながら指摘する。
そりゃあ、そうだよ。そもそも聖女ってなに?
アルバートさんの言葉は初耳だったし、わたし自身ですら自分がその聖女だと自覚が全くなかった。すぐに信じられるわけがなく、彼らと一緒にわたしもびっくりした顔をするしかなかった。
「彼女に全く伝えてなかったからな。でも、大丈夫だ。私の刻印が彼女は伝説の聖女だと教えてくれた。しかも、彼女の祝福のおかげで私は加護を得た。間違いない」
「おお、八剣士でもある団長がおっしゃるなら間違いないですね!」
アルバートさんの説明を聞くや否や、周囲から歓声が上がる。
えっ、刻印!? 八剣士!? この世界にもあるの?
『クロスマジック』の攻略キャラは八剣士とも呼ばれ、その証に体のどこかに痣が現れる。それを刻印と呼んでいた。八剣士は聖女の力の影響を受け、聖女が持つ祝福のおかげで彼らは力が強まる。
そういえば、アルバートさんの背中に花の痣があったことを思い出した。あれが八剣士の刻印だったんだ。
ゲームでは花の刻印を持つ者を『薔薇の剣士』と呼んでいた。刻印は剣士ごとにそれぞれ異なる。
知れば知るほど、この世界とゲームの世界観が、とても似ている気がする。
でも、ゲームでは『薔薇の剣士』はルシウス王子で、童顔のショタ向けキャラだった。
彼の攻略のために、彼の落とし物を探して彼の親密度をあげたんだよね。「ぼくの大事なものを見つけたからって、調子に乗るなよ」って生意気ばかり言ってたなぁ。
だから、全然この世界とゲームでは設定が違うんだよね。
そもそもアルバートという八剣士はゲームにはいなかったし、何度もプレイしたけど、こんな砦でのイベントはなかった。
なにせ、物語の舞台は王宮直轄の軍学校。主要キャラたちはほとんど学生ばっかりで、学園生活を通して主人公は攻略対象たちと仲良くなっていった。
あー、良かった。わたしが知っているゲームの話とは全然違う。ちょっとだけハラハラしちゃったよ。なにせ、あのゲームはちょっとでも選択肢を誤ると序盤で最終戦にいきなり突入してしまったり、どの選択肢を選んでもバッドエンドにしか辿り着かなかったりと、どうしようもない地雷ゲームだったから。
それでも、絵師さんのこだわりなのか、攻略キャラの体形の描き方がエロ格好良く、それが気に入っていたんだよね。
そっかー。『クロスマジック』に似ている世界で、わたしが聖女かぁ。すごいじゃん! 世界にとって特別な存在だよ!
あっ、でも。このゲームの聖女って確か服を作る必要があるんだよね。
服かぁ、服なのか……。
「しばらくこの砦で彼女のことを保護する。彼女に失礼がないように他の者にも伝えてくれ」
「はい! 了解いたしました!」
「あと、軍隊蜘蛛らしき魔物に一体遭遇した。その一体は討伐したが、もしかしたら他に仲間がいるかもしれない。これからの見回りは、最高警戒レベルで当たるように」
アルバートさんの忠告に部下たちの顔色が強張った。
「軍隊蜘蛛だと……?」
「そんな化け物が現れるなんて……」
「今までそんな魔物は現れなかったのに。おそろしい……」
「あれに見つかって団長は生きて帰ってこられたのか……」
「一体、なにが起こっているんだ?」
「もしかして魔王復活か?」
ざわめきが広がっていく。
えっ、もしかして不穏な予感?
「みなの者! うろたえるな! 言い伝えでは、災い訪れたとき、聖なる乙女が現れるとされる。きっとこの危機を乗り越えるために神が彼女を遣わしてくれたのであろう。希望はある。恐れることはなにもない!」
アルバートさんの一喝で、すぐに部下たちが鼓舞される。表情から恐れがなくなり、目に輝きが戻ってくる。士気が一気に高まった気がした。
「そうだ、我々のもとに聖女が現れたのだ。絶対に負けることはない!」
「ブルンクル王国万歳!」
「聖女様万歳!」
なんかすごい期待されているんですけど!
困ったなぁ。胃がキリキリする。
それから、アルバートさんに命じられた部下たちにわたしは部屋を案内されて、その日の晩は休むことになった。