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第十四話 五日目

 その後、わたしは滞在している砦の部屋で目覚めた。

 どうやらわたしはかなり寝過ごしたらしく、朝だと思ったら、もう昼過ぎだった。


 見知らぬ女性二人が、わたしの側で交代しながら世話をしてくれる。

 彼女たちは王宮からわたしの世話のために派遣された女官らしい。

 軍隊蜘蛛と聖女の出現の報を受けて、騎士団と女官はかなり急いで来てくれた。そのため、予定よりも早く着いたようだ。


「聖女様、魔物が現れて大変でしたわね」


 今いる女官はアムルさんという、結構ハキハキした物言いをする女性だ。

 髪をぴっちり几帳面にまとめ上げている。彼女がポンチョのようなコート下に着ている服は、コルセットを使用しない長いワンピースだ。ウエスト部分を紐で締めて細めている。光沢を放つ繊細そうな布地には、高級感がある。

 女官としか聞いていないが、その中でも上位の立場の方なのかもしれない。漠然とそう思っていた。


「ひどい打撲で、あばらの骨にヒビが入っていたみたいですわ。だから、魔法で治させていただきました」

「ありがとうございます」

「でも、怪我は魔法で無理やり治しましたけど、まだ本調子ではありませんわ。しばらく安静にしていなくてはダメですよ」

「はーい」


 確かに風邪の引き始めみたいに熱っぽくてだるい。そのため、病人みたいにベッドでほとんど横になっていた。


 治療の魔法が気になるんだけどなぁ。どうやって作るんだろう。

 手芸が大の苦手だったのに、すっかり着衣魔法にはまっている自分がおかしかった。


 女官たちの気遣いで、至れり尽くせりだ。ダメ人間になってしまいそうなほどだった。さすが王宮に仕える人だ。優秀すぎる。


 わたしが目覚めた報告を受けて、すぐに団長のアルバートさんが会いたいと希望してきた。

 女官がわたしに関する取次を全部していた。


 彼の無事は嬉しかった。きっと彼のことだから、きちんとお礼を言われるんだろうな。想像するだけで照れくさくなる。


 療養中ということもあり、わたしは体を起こしてベッドの上で対面することになった。背中にはアムルさんが用意してくれたクッションのおかげで背もたれがあり、すごく楽だった。


「水月、第三騎士団団長として、砦を守ってくれたことをとても感謝する」


 アルバートさんは入室するや否や、わたしに向かって床に跪き、頭を下げる。

 今日の格好は、いつものラフなものではなく、礼服みたいに畏まったものだ。

 この国の礼儀作法は知らないが、跪拝きはいは恐らく最敬礼レベルだと感じられた。


「あの、立って頭を上げてください! 気持ちは十分伝わったので!」


 わたしは慌てて彼の謝礼を制止した。

 こんなに崇め立てられても困るよ。わたしが勝手にやっただけなのに!

 彼の大げさな反応はわたしの想像どおりだったけど、やっぱり目の当たりにすると恥ずかしい。


「そうか。では失礼する」


 アルバートさんは立ち上がると、ベッド側に用意された椅子に腰かけた。

 それからわたしをじっと見つめる。

 彼の格好は、シャツとフロックコートに似た上着で、現代みたいに洗練されたデザインだ。襟と袖に煌びやかな刺繍が施されているので、改まった雰囲気を感じる。

 わたしに会うためだけに、そこまでしなくていいのに。


「あの、アルバートさんと一緒に見回りにでかけていた兵士たちですが、彼らは無事ですか?」


 わたしはずっと心配だったので尋ねてみた。

 砦に戻ってきたのがアルバートさんだけだったので、すごく心配していたから。

 すると、彼は明るい笑顔を見せて口を開いた。


「ああ、大丈夫だ。あのとき、軍隊蜘蛛は私だけを狙っていた。他の兵士たちは軍隊蜘蛛に蹴散らされた際に少し怪我をした者もいたが、みな無事だ」

「そうだったんだ! 良かった~!」


 わたしは安堵のあまり、深く息を吐いた。


「これも全て水月のおかげだ。水月のくれたミサンガのおかげで、私は九死に一生を得た。さらに、私のために帰還マフラーを使って助けてくれた御恩も一生忘れない」

「忘れていいから!」


 アルバートさんは身を乗り出すと、わたしの手を両手で包み込んだ。


「ふあ!」


 急に触れられて、指先から緊張が伝わってくる。それから熱を帯びた瞳を向けられて、否応なしに緊張してしまう。

 彼も同じように気が張りつめている。緊張しているのか、唇が少し震えていた。でも、彼は意を決したように息を深く吸い込んで口を開いた。


「水月、どうか私と結婚して欲しい」

「えっ?」


 結婚? 一体、どういうことなの。わたしが呆然としていると、


「アルバート様! 一体何をお考えですか!」


 側に控えていたアムルさんは大慌てで、アルバートさんの乱心を咎めていた。


 婚約もしていない男女が二人きりで会うことは、世間体がとっても悪いらしい。ということで、アルバートさんのお見舞いに女官が同席していた。

 どうりでリブロさんのわたしへの評価が低かったはずよね。


「心から彼女のことを大切に想っているからに決まっているからだろう」


 アルバートさんがアムルさんに生真面目に答える。その顔に冗談は微塵も感じられない。


「だからって、勝手な真似は困ります! 聖女様は陛下に保護されます。その陛下の許可なく求婚など」

「ちょっと黙ってくれないか。私は水月と話しに来たんだ。それにもちろん陛下の許可はもらう予定だ。その前に彼女の想いを聞いてからな」


 若干早口でアムルさんの言葉を遮ると、アルバートさんはわたしに向き直る。


「水月、答えてくれないか」


 アルバートさんが熱のこもった目で見つめる。その期待に満ちた双眸には、不安そうな陰りは全くなかった。

 わたしはこんな展開を想像していなかったけど、よく考えれば彼の行動に納得がいった。だから、わたしはすぐに答えが見つかった。


「えーと、ごめんなさい。あなたとは結婚できません」


 わたしは後ろめたい思いを抱えながら、拒絶を口にした。胸がチクチクと痛む。わたしだって、こんな嫌なこと答えたくなかった。


「……なぜなのか、理由を教えてくれないか?」


 アルバートさんがあまりにも絶望的な顔をするので、わたしはいたたまれずに視線を彼から逸らした。


「だって、アルバートさんがわたしに求婚したのは、わたしが帰れなくなったから、その責任を取るためですよね?」


 そんな愛のない、負い目からの求婚など、してもらいたくなかった。

 いや、そうさせてしまったのは、わたしだ。アルバートさんに死んで欲しくない。そう願ってわたしは彼を助けたけど、彼自身がどう受け止めるかまでは考えていなかった。

 彼はあんなピンチの状況でも、決してわたしに助けを求めなかったのに。

 わたしは彼に重すぎる恩を無理やり背負わせてしまった。だから、きっと彼はわたしに対して責任をとろうとした。

 そんな風に彼の負担になるくらいなら、わたしは彼の前から去ったほうが良かったのかもしれない。


「ち、違う……! わたしは水月のことが好きなんだ」

「そんな言葉では納得できないよ。だって、わたしのことをずっと子ども扱いばかりしていた人のいうことなんて信じられない」

「それは、誤解だ」


 アルバートさんは苦しげだ。でも、彼が納得するまで、言い返せなくなるまで、わたしは付き合うつもりだ。そこまでわたしは無責任じゃない。

 彼を助けた責任をちゃんと果たさないとね。


「どうして誤解だって言えるんですか? わたしのこと、いつも頭なでなでしたり、可愛いって頭にチューしたり、子ども扱いしていたくせに」


 自分で言っていて、超恥ずかしい。

 照れくさくて、思わず口を尖らせてしまった。


「それは水月が悪い。いつも可愛いから、つい理性が」

「それだけじゃない。わたしの口の横についていたチョコを指でとって舐めてたし。これも普通大人の女性にしないよね?」

「ちょっとアルバート様! そんないかがわしいことをいつも聖女様にされていたんですか!?」

「ちょっと君は黙っていたまえ」


 アルバートさんはアムルさんに向かって、氷点下の低声を発する。

 でも、彼はわたしを見ると、熱のこもった、とろけるような笑みを向けてくる。

 その彼の反応が、ちょっとだけ照れくさい。


「それは全部水月への愛ゆえだ」

「そ、そんなことを言って、初めて会ったとき、わたしが聖女だから、誤解されなくて良かったみたいなことを最初に言っていたよね?」

「いや、あれは私が色々と誤解されやすいけど、水月と誤解されるなら、本望だと思っていたんだ」

「えっ、わたしが聖女で良かったってそういう意味だったの?」

「そうだ」


 と、いうことは、わたしの勝手な思い込みだったのか。


「でも、まだわたしがあなたに好かれる理由が分からないよ。わたし、この世界では子どもだって誤解されやすいのに」

「え、違うんですか?」


 ちょっとアムルさん、タイミングが悪い突っ込みは止めて~。先ほどのアルバートさんの気持ちがよく分かって、苦笑いしそうになった。


「分かった。その説明については、少し待ってくれ。証拠を見せたい。すぐに戻る」


 アルバートさんはそういうや否や、部屋から慌てて出ていった。そして、宣言通り、すぐに戻ってきた。かなり急いだらしく、彼の息や格好が乱れている。頬にかかる金糸のような美しいおくれ毛を邪魔そうにかき上げていた。

 その必死な様子も色っぽい――いや、わたしへの説得のためだと思うと、胸がかなり痛む。

 ここまでしてもらう必要はないのに。


「このレンズで、私を見てほしい」


 アルバートさんが持ってきたのは、検知のレンズだ。これで以前、わたしは自分のスキルを調べたことがあった。


名前「アルバート・ヴァン・ヨーデイル・ブルンクル」

年齢「22才」

性別「男」

ジョブ「八剣士」

スキル「手芸レベル8、剣士レベル15、クロスレーティング18」

備考「未婚、可愛いもの好き」


「え、これがどうしたの? なにがおかしいの?」


 アルバートさんのスキルや備考を見ても、予測通りというか。むしろ、彼のスキルすごくない?

 彼は何を言いたかったのだろうか。全然分からなかった。

 むしろ、わたしより若かったことが地味にショック。


「水月、好きだ」


 アルバートさんがいきなり抱きしめてきたので、アムルさんが問答無用でベリッと彼を引き剥がした。今回ばかりは、グッジョブである。


「ちょっと話にならないでしょ!」


 わたしがクレームをアルバートさんにつけると、彼はかなり残念そうな顔をした。まるで、こちらが悪いことをした気分だ。ちょっと言い過ぎたかな。


「その下の方に書かれている好みのせいで、私の女性の好みにまで影響が出ているんだ」


 わたしは一瞬きょとんとした。

 好み? 再度見直すと、「可愛いもの好き」が目に入った。


「つまり、可愛い女性が好きなの?」


 言いながら、アルバートさんの部屋にあったものが思い出される。ずいぶんメルヘンチックな、幼く可愛いぬいぐるみ系が置かれていた気がする。

 ああ、うん。もしかして、もしかすると、アルバートさんは人形みたいに可愛い系が好みだったのかもしれない。


「そうだ。だから、あえて言おう。水月は私の好みの顔をしていたんだ。目はくりっとして愛らしい。鼻は控えめながら形が良くてすごくいい。口は思わずついばみたくなるほど小さくて可愛い。顔の形も小さくて悶えそうなくらい可愛い。動きも小動物みたいにちょこちょこしていて可愛すぎる。何度か押し倒しそうになったが、ここまで自制した自分を私は褒めたい」

「……」


 ストレートな彼の発言によって、わたしの顔が火を噴いたように熱くなっていた。たぶん、わたしの頬は真っ赤に染まっているに違いない。


「だから、水月。あなたが私の前に現れたのは、まさに運命だと思った」

「ち、違うから!」

「水月は私の好みそのもの。性格だって素直で思いやりもある。実に好ましい」


 アルバートさんの本気具合が段々と伝わってきて、わたしは内心焦ってきていた。今まで、彼は愛のない求婚をしているものだと思っていたから、他人事のように冷静に対応していた。でも、わたし自身を好きで、結婚を申し込んでいるのだと理解し始めて、パニックになりそうだ。


 そんなわたしの異常事態に気づかず、アルバートさんはさらにわたしの顔を見つめながら、熱心に語り出す。


「実はマフラーが現れたとき、聖女は帰るものだと思っていたから、あからさまな好意は水月の迷惑になると思っていた。いや、でも水月が可愛すぎて抑えきれなくなり、色々とちょっかいは出してしまったことはあるが。でも、もう私たちを遮るものは何もない結婚しよう」

「でも、」


 わたしがアルバートさんと結婚?

 顔がどんどん熱くなる。やばい沸騰しそう。想像するだけで、おかしくなる。あれだよね。ここで「うん」って頷いたら、キスとか、恋人らしい夜の営みも待っているってことだよね?

 うわっ、すごい興奮してムラムラする。はぁはぁ――って、違う!

 一瞬、意識が飛びそうになり、わたしは慌てて脳内のお色気シーンを打ち消した。

 そりゃ、彼はすごくいい人だよ! 文句のつけどころがない!

 でも、すぐに頷けなかった。相手に断る理由がないのに断りたかった。

 そうなの、わたしが問題なの。相手は王子だし、めっちゃ格差婚じゃん! 不釣り合いすぎる!

 しかも、イケメン過ぎて何度か意識フラフラになったよね? 現に今もやばかった。

 きっと彼と結婚生活しても耐えられるどころか、死亡フラグが立ちそう。大変魅力的な話だけど、命は大事だ。

 ……申し訳ないけど、断ろう。でも、彼を傷つけずに、どうやって伝えればいいかな。


「あ、そういえば。八剣士と聖女って、そもそも結婚できるの?」


 そうだよ。これがあったじゃない。ゲームで散々キャラたちを苦しめた縛りが。


「ああ、問題ない」


 アルバートさんがあっさり即答して、わたしは面食らった。救いを求めるようにアムルさんに視線を送ると、彼女は不思議そうに首を傾げた。


「もしかして、聖女様は魔王が復活したときの八剣士の定めを心配されているのでは?」

「ああ、そうか」


 アルバートさんが何やら合点する。


「魔王の封印のために八剣士は身を捧げる定めだが、魔王が封印されているなら、婚姻は許されている。あのレイトも妻帯者で、三人の子どももいるぞ」

「そ、そうなんだ――」


 最後の交渉材料がなくなり、わたしは窮地に陥る。


 そうか、わたしが知っているのは、あくまでゲームでの話だったんだ。

 でも、今は状況が全く違った。だから、結婚もできるんだ。


「……で、でも、結婚できるとしても、わたしたち、まだ出会って五日くらいしか経ってないのに、そんな大事なことをあっさり決められないよ」


 わたしが苦し紛れに言うと、「それもそうですわ」と側にいたアムルさんもあっさり同意した。

 やった! ついに風向きが良くなってきたぞ。形勢逆転だ!


 すると、アルバートさんがとても残念そうで悲しそうな顔をした。もしかして、わたしに嫌われているって受け取られちゃった!?

 慌てたわたしは「べ、別にアルバートさんが嫌いってわけじゃないからね。むしろ、とても好ましいっていうか……」とフォローを入れた。

 ううう、めっちゃ恥ずかしい。でも、誤解されてアルバートさんと気まずくなるのは嫌だった。


 わたしの気持ちが無事に伝わったのか、アルバートさんの表情が変わって少し明るくなった。


「そうか……。確かに水月の言う通りだ。私が急ぎ過ぎたようだ。でも、私たちはきっとお似合いな夫婦になれると思っていたんだ。水月の好みを見て」


 わたしの好み?

 首を傾げた直後、わたしは彼の言わんとしたことを理解して、ハッと息を呑んだ。

 アルバートさんがわたしの手に自分の手を重ねながら、顔を近づけてきた。

 彼の魅力的な唇が、わたしの顔の脇まで近づき、そっと耳元で囁く。


「水月、私と結婚したら、アレが毎日見放題だ」

「見放題」


 わたしは思わずオウム返しをしてしまう。

 脳内で再現されるのは、あの美尻。

 あまたの尻の中で、ひときわ優れた黄金律のバランスを持つ、至高の尻!

 あれを毎日ですって……!?

 わたしは思わずゴクリと喉を鳴らした。

 わたしは相手の本気を確認するため、探るように彼の目を見返した。

 アルバートさんも真剣だ。冗談の欠片もない。彼は自分自身と同じように、わたしの嗜好をしっかりと理解していた。


 彼は魅了するような美しい瞳をわたしに向けながら、つややかな唇をゆっくりと開く。


「なんなら、触ってもいい」

「します! 結婚します!」


 わたしは彼の手を握り返して、即答していた。

 あの理想の尻に比べたら、わたしのこだわりなど、くだらなく些末なことだった。

 心臓に毛でも生やして乗り切るしかない。頑張れ、わたし!

 あの美しい尻のために!


「聖女様! お気を確かに!」


 アムルさんが叫ぶが、それは全く聞こえていなかった。

 頭の中で、あの美尻をどう撫でまわそうかと考えるのに夢中だった。


「水月、口付けしてもいいだろうか」

「喜んで」


 わたしたちは互いの手と手を取り、誓いの口づけを交わし合った。



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