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第十話 四日目 弟

 廊下で待機していた護衛兵リブロさんと一緒にわたしは食堂に向かった。

 部屋に一人でいるだけでは、やることがなくて気が滅入りそうだったから。


「おう! 聖女様じゃないか!」


 以前、行列を仕切ってくれた中年の兵士が、手を挙げてわたしを歓迎してくれた。


「聖女様、覚えているか? 俺のこと」

「ええ、以前はありがとうございました。えーと、お名前は?」

「ははは、ガイバーだよ」


 彼はラフな格好で食事をしていた。今日は仕事がない日なのかな。

 わたしがお茶を持って隣に座ると、ガイバーさんからアルコールの匂いが漂ってきた。


「あれ? お酒を飲んでいいの?」

「おう、聞いてなかったのか? 副団長が良いって言っていたんだぞ。非番のときに警戒しなくてもいいって。プハー、久しぶりの酒は旨いな!」

「そうなんだ」


 アルバートさんの口ぶりでは、まだ結論は出ていないように感じたが、気のせいだったのだろうか。

 でも、ご機嫌で酒を飲んでいる人に水をさせなかった。


「ところで、聖女様から何か甘い匂いがするな。何を食べた?」

「あ、分かりましたか? チョコレートです」

「へぇ! あの宝石並みに高価なチョコレートを!?」

「えっ、そんなに高いの!?」


 わたしったら、アルバートさんのチョコになんてことを!

 でも、彼がわざわざあんな恥ずかしいことをした理由が判明して、ちょっと気が楽になった。

 勿体ないから舐めたのね!

 知らなかったとはいえ、食べ過ぎて悪いことをしたなー。

 何かミサンガ以外にもお礼しないとね。


「団長からもらったんだろ? 聖女様、すごく大切にされているな」

「ええ。それはすごく良くしてもらっています」


 これには完全に同意だった。

 砦の人たちも、みんないい人ばかりだ。子どもだって誤解されているけど、それでも丁寧に接してくれる。


 わたしの返事を聞いて、ガイバーさんは目を嬉しそうに細める。


「団長は、どこか他人と距離を置くような人だった。他の団長と違ってプライベートな部屋にも入らせない。でも、聖女様には許している。きっとあの人にとって特別な存在なのだろう」

「いえ、そんなことは……!」


 誤解されていると思ったが、本当の事情を説明できない。

 ただ単にわたしは手芸の件で彼と関わっているだけなのに。

 アルバートさんにとって、秘密を共有しているだけの関係だ。特別というわけではない――はずだ。


「団長は王子だ。しかも八剣士の一人。俺たちと遥かに身分が違うのに、威張らないで気さくで良い方だ。無理難題も言ってこないし、俺たちの体調管理も気遣ってくれる。だが、役目ゆえに常に魔物相手に前線で戦わなくてはならない。身分を理由に破目も外しづらい。だから、息を抜く場所も必要だろう。どうか、あの人をこれからも支えて欲しい」


 ガイバーさんの真剣な言葉にわたしは驚くばかりだ。

 王子だったの――?

 全然、分からなかった。でも、言われてみれば、うなずけるところがいくつもあった。

 あんな若さで団長だし、貴重な検知のレンズやチョコレートみたいな高価なものを持っている。

 手芸用品だって、材料が無尽蔵にあるし、材料費を気にしないのも、王子だったおかげだったんだ。


「そういえば、聖女様は、団長の弟君に似ているな」

「弟君? どんな人なんですか?」

「ああ、聖女様みたいに目がくりくりと丸くて、お人形みたいに可愛いんだ。髪は聖女様のまっすぐな黒髪とは違って、金髪でふわふわしていたな。王宮では、いつもルシウス様は、犬っころみたいに団長の後ろにいた気がするな」


 わたしはアルバートさんの弟の名前を聞いて息を呑んだ。


「ルシウス、様……?」


 全身に寒気が走って、腕に鳥肌が立った。

 そんな馬鹿な。でも、そうだ、そうよ。

 どうして気がつかなかったの?

 手がかりは、最初に目にしていた。

 あの、彼のベッドに飾られていたぬいぐるみ。あれと同じものを王子のルシウスは、家族の形見だと大事にしていた。それをゲームで主人公が見つけたんだ。

 ルシウスはわたしの推しキャラじゃなかったから、さらっとプレイして終わっていた。そのせいで、あまり印象に残っておらず、今まで気づけなかったんだ。


 彼は兄から薔薇の刻印を受け継ぎ、魔王の封印を目指していた。

 その死んだ兄が、アルバートさんだったんだ。

 魔王の封印は、数多の兵士たちと八剣士の血を持って解けたはず。

 彼だけではなく、砦にいる人たちは、みんな死んでしまう運命にあるんだ。


 恐らく、神様は間違えたんだ。私を送る時間と場所を。

 本当は、魔王が復活した後に聖女わたしは現れるはずだった。

 どうりで、帰還マフラーが変なタイミングで作られたはずだよ。


 だめだ。魔王なんて復活させられない。

 アルバートさんが死ぬなんて、絶対嫌だ。


 優しくて、面倒見がよくて、心が広くて。

 柔らかい春の陽気のような温かい彼の側は、とても居心地が良かった。

 彼に撫でられるのが、好きだった。

 あんなに良い人が、死ぬなんてありえない!


「すいません、用事を思い出したので、失礼します!」


 わたしは慌てて席を立ち、護衛兵のリブロさんをつれて移動を始める。


「どうされたんですか?」


 リブロさんがわたしの不穏な雰囲気を感じたのか、怪訝そうに声を掛けてきた。


「ねぇ、魔物がこの砦を落として魔王を復活させようとしたら、まず何をすると思う?」

「えーと、そうですね。まずは砦の結界を壊して、魔物を入れるようにします。それから八剣士を殺害して封印を解きます」

「なぜ、先に八剣士の殺害ではないの?」

「魔王の封印の場所は、同じ結界で入れないように封じられているからです。……でも、それがどうかしたんですか?」


 リブロさんが戸惑いながらも的確に答え、怪訝な表情を浮かべる。


「……いえ、なんでもないわ」


 わたしは説明できなかった。


 なぜなら、裏切者がこの砦の中にいるからだ。


 脳裏によみがえる。ルシウスのシナリオイベント。


「なぜ、兄上を裏切った! わけを言え!」


 ルシウスは裏切者の名前を叫び、復讐に挑んだ。

 激しい死闘だった。裏切者は強かった。互いにボロボロになった。ところが、とうとう相手に止めを刺そうとしたときに恐ろしい事実が判明したのだ。

 裏切者は魔物に操られていただけだった。

 瀕死の体は使い物にならないから、魔物がこっそりと逃げ出そうとしたのだ。

 それに気付いてルシウスはそいつに止めを刺し、正気に戻った相手を看取った。

 涙なしには語れない場面だった。

 本当はいい人だったのに魔物に操られたせいで大事な仲間を自分の手で殺してしまった。それによって苦しみ、絶望の末に死んで可哀想だった。


 恐らく、わたしがここで裏切りの事実を訴えても、砦では裏切者の信頼は絶大だから、新参者のわたしのほうが信じてもらえないかもしれない。ルシウスだって、なぜ彼が裏切ったのか、ずっと怪しんでいた。

 しかも、敵によってわたしが真っ先に口封じされてしまう恐れもあった。


 だから、アルバートさんが戻ってくるまで、わたしが密かに相手を出し抜いて、未然に裏切り行為を防がないと!



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