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第九話 四日目 板とチョコ

 窓が強風でガタつく音が聞こえる。

 わたしは無事に朝を迎えた。でも、まだ昨日に引き続き、動揺していた。


 頭にチューされた!


 その衝撃と興奮で寝られないと思ったけど、ベッドに横になったら、ソッコーで寝落ちしていた。蓄積疲労、恐るべし。


 でも、こんなにわたしが疲れているのも、仕事で無理をしすぎたせいだったからだよね。

 頑張るのは悪いことじゃないと思うけど、心配してくれる人がいるってことも、よく考えなきゃいけなかった。

 アルバートさんのおかげで大事なことを理解できた気がする。ありがとう!


 ふんわりと頭の中で彼の笑顔が思い浮かんで、浮足立つような幸せな気分になってくる。

 でも、彼から昨日されたことを再び思い出して、顔が沸騰したみたいに熱くなってきた。

 自分の反応が、色々とおかしい。


「お、起きなくちゃ!」


 気分を切り替えようと思って、慌てて体をベッドから出した。すると、朝のひんやり冷え切った空気が、火照った頬と頭から熱をあっという間に奪っていく。ぶるぶると体が震えて、布団の中に思わず戻ってしまった。

 今日の冷え込みは、一段と厳しいようだ。


 いやでもね。寝る直前まで考えていたんだけど、アルバートさんのあの態度は大人の女性に対するものっていうより、明らかに子供向けの対応だったよね。

 頭チューと、頭なでなでだったし。

 他の兵士たちみたいにアルバートさんもわたしを子供扱いしているなら、あれは可愛がりであって、特に深い意味はなかったのだろう。

 そう思うと、とっても気が楽になった。


 ゲームでは、主人公が王宮で注意されていたんだよね。攻略キャラである八剣士を好きになってはいけないって。それでも主人公が八剣士に惹かれて葛藤するシーンは最高だった。

 だからきっと、わたしも聖女なら、八剣士を好きにならないほうがいいんだよね。

 アルバートさんが優しいのは、きっと元からだ。誰に対しても同じ。だから、誤解しないように気を付けないと!


 さて、今日もアルバートさんの部屋に行って、色々と試してみよう。

 覚悟を決めて布団から出て、防寒用の上着を羽織る。

 扉を開けると、リブロさんが廊下で待機していた。


「リブロさん、おはようございます!」


 爽やかに彼に挨拶すると、お辞儀で返された。それから携帯用懐炉を渡してくれる。さっそく首に掛けると、じんわりと熱気が胸元から伝わってくる。


「リブロさんも、ちゃんと休んでる?」


 夜中にトイレに起きたとき、廊下にリブロさんが立っていたときは驚いたものだった。夜まで護衛をしていたとは思ってもみなかったから。


「無理しないでね?」


 自分だって注意されているくせに、つい心配になって口にしてしまった。


「ええ、大丈夫です。ご心配ありがとうございます。聖女様は今日も団長の元へ?」

「ええ、そうです」

「……朝からですか?」

「え、ええ」


 リブロさんの目つきに若干非難めいた感情を感じた気がした。


「朝にわたしが訪問することは、アルバートさんも了承済みだよ?」


 慌てて追加説明したけど、彼の表情は変わらない。無言のままだった。

 もしかして、わたしが入り浸ってアルバートさんの邪魔をしているように見えてしまうのかな?

 誤解だけど、本当のことは話せないため、わたしも黙るしかなかった。

 すると、リブロさんが重々しい空気の中、口を開いた。


「あなたは聖女でしょうけど、ここでは何もできないんですから、団長の仕事の邪魔をしないでください。子どもだからって団長が強く注意できないからって調子に乗らないでください」

「……はい、すいません」


 リブロさんに謝るしかなかった。完全に誤解だけど、誤解させている原因は、わたしにあるから。

 このまま誤解させ続けるのも悪いけど、これもアルバートさんのためだ!


 彼から何も反応はなかったけど、わたしは心を鬼にして、アルバートさんの部屋にまっすぐ向かった。

 すぐに部屋主に寝室へ案内され、さっそく本題の手芸に入る。


「水月の魔法付与のレベルが上がっただと?」

「うん、レベル4になったおかげで、ミサンガの性能が変わっていたの。ほら見てみて」


 アルバートさんに検知のレンズで確認してもらう。


名前「聖女のミサンガ」

性能が「耐久性(低)、防御力アップ(高)、素早さアップ(小)、攻撃力アップ(小)、状態異常抵抗(中)」


「素早さと攻撃力アップがあるな」

「そうなの、レベル2までは防御一択だったのに、レベル3を超えてからは補助系が出てきたの! もっとレベルが上がったら攻撃系も出るかもしれないよね?」

「ああ、そうだな。短期間でやり過ぎだと思うが、よく頑張ってくれた。感謝する」

「うん!」


 えへへ、褒められた。嬉しいな。

 ご機嫌になってニヤニヤ笑っていると、アルバートさんにまた頭を撫でられた。猫がゴロゴロご機嫌になる気持ちが分かってきたかもしれない。


「ところでアルバートさん、一つ気になる点があるんだけど」

「なんだ?」


 アルバートさんは撫でていた手を止めて、わたしに視線を向ける。


「耐久性や、効果ってあるけど、どう違うの?」

「耐久性は、使用回数に影響する。低いと、一回効果を使用しただけで壊れてなくなってしまう。効果については、どんな働きがあるかだが、防御力高だと、普通に剣で攻撃されても、傷が付かないくらい凄い効果を持っている」

「へーすごい! じゃあ、身につけていたら、一撃だけは安全なんだ」

「そうだ」

「でも、クロスレーティングのスキルがない人は使えないんだよね?」

「いや、そんなはずはない。防御や補助系は自然に発動するから大丈夫のはずだ。そういえば、水月にはスキル取得の訓練も必要だったな」

「ええ、そうだけど……」


 アルバートさんに指摘されて、その課題があったことを思い出した。

 今は魔法付与スキルのレベルに専念していたから後回しになっていたんだよね。


「じゃあ、水月。そのミサンガを装備して立ってくれ。私が水月に攻撃してみよう」

「ええ!?」


 実際に斬りつけられるのは怖い気がした。


「大丈夫だ。私を信じてほしい」

「うん……」


 不安があったが、今のところアルバートさんの説明に矛盾や偽りはなかったし、わたしの身を案じて怒る彼がわざわざ危険な目に遭わせることは絶対にないと思った。

 だから、この実験は大丈夫だろう。


 わたしは上着を脱いで懐炉を外すと、最新のミサンガを手首に装備する。準備が整ってから、彼の正面に立った。

 彼は小刀を片手に持ち、鞘からそっと静かに引き抜く。

 きらりと剣の波紋が窓からの光を反射したとき、アルバートさんが動いた。


 一瞬の出来事だった。

 彼の刀を持つ手が鋭く床と水平に線を描く。

 風圧がわたしに迫り、電気がショートしたみたいな衝撃と振動を体に感じた。

 手首からきつく結んだはずのミサンガがずれ落ちる。床に転がったミサンガを拾おうとしたら、ミサンガ自身が花火みたいに細かい粒子となって輝き、儚く消えてしまった。

 役目を終えたら、パンツみたいに綺麗になくなった。


「どうだ、傷がないだろう?」

「ふあ!」


 自分の体を確かめたとき、すぐに異変に気づいた。着ていたシャツの胸元が横に切り裂かれ、さらにボタンがいくつか衝撃で吹っ飛んだせいで、わたしの前がベローンと丸見えになっていることに。

 それをアルバートさんは真正面から遠慮せずにじっと観察している。


「アルバートさんのエッチ!」


 恥ずかしくなって、わたしは慌てて上半身を抱きしめて後ろを向き、彼から体を隠した。

 みるみる顔が熱くなる。


「ちょっと待て、誤解だ! 傷がないか、見ていただけだ! それに多分、見たとしても肌だけだ。……たいらだった」

「アルバートさん、わたしの胸を平らって、ぺったんこって、まな板って言いませんでした!?」

「いや、そこまで言ってない!」


 慌てた彼の声を聞きつつも、自分の体を見下ろし、傷の有無を確認する。

 彼の言う通りだ。体はちょっと赤くなっている気がしたけど無傷だった。


「確かにミサンガのおかげで、傷ついてなかったけど、服まで破らなくても良かったんじゃない? 勿体ないよ」


 じろりと後ろを向いて苦情を言うと、アルバートさんはしゅんと落ち込んだ顔をしていた。


「申し訳ない。私の服に着替えてくれ」


 アルバートさんが用意してくれた服に着替えると、案の定ぶかぶかだった。袖をまくって垂れないようにする。

 でも、先ほどのアルバートさんの失言が棘となって、わたしの胸に刺さっている。


「平らだって、平ら」


 ぶつぶつ恨みがましく呟いていると、


「水月! 良かったら食べるといい。甘いぞ。疲れたときに効果的だ」


 ご機嫌とりなのか、愛想笑いを浮かべてアルバートさんは小箱を差し出してきた。開けてみると、仕切りのある容器にチョコレートみたいな黒くて丸い小さな塊がいくつか入っていた。デパ地下のような高級感はなく、輸入菓子っぽい雰囲気があった。

 何ヶ所は空になっているので、アルバートさんが既に食べたようだ。

 普段のおやつかな?

 一つ食べると、予想よりこってりと甘い味がした。体に染み入るような、そんな旨さがあった。


「おいしいね」


 二つ目に手を伸ばそうとしたら、アルバートさんに止められる。


「待て。二つもあげるとは言ってない」

「……平ら」


 真顔になってボソッと呟くと、途端にアルバートさんの目が泳いだ。


「……あと一つ、どうぞ」


 わたしはお菓子を二つ素早く口の中に入れた。もぐもぐ。口の中がいっぱいで、多分リスみたいになっている。


「これは、貴重なんだぞ! せめて、もっと味わってくれ!」

「モゴモゴ、ありがとうアルバートさん」


 わたしはにこやかに礼を言った。


「……全く、仕方がないな」


 アルバートさんは呆れたように苦笑して、わたしの頭をクシャっと撫でた。

 あれ? 彼のこれまでの反応によって、認識の違いにやっと気づいた。

 チョコレートくらい、また買えば大丈夫と思って食べちゃったけど、どうやらここでは希少品だった?

 彼は刺繍糸をわたしにバカスカ使われても文句一つ言わなかったのに、このチョコレートだけは言及したってことは、そうかもしれない!

 わたしは気づいた瞬間、調子に乗ったことを猛烈に反省した。


「ごめんね! もしかして、とても高価なものだった? わたしの世界だとチョコレートって、庶民のお菓子の一つで、沢山食べても迷惑かけないものだと思ってたの」


 すぐにお詫びをしたいと考えたとき、


「そうだ!」


 わたしは良いことを思いついた。

 ミサンガの山の中から、最初に作ったものを探し出す。えーと、確か赤と黒の組み合わせだった気がする。あれ? 二つある。片手にそれぞれ持ってみると、右手の方が明らかに重い感じがした。こっちかな?


 あたりをつけたミサンガを検知のレンズで覗くと、やっぱり初めて作ったものだった。


「そのお詫びと言ってはなんだけど、この聖女の初めてミサンガを使ってね」

「水月、これはありがたく受け取るが、そこまで気にしなくていいぞ」


 わたしはアルバートさんに聖女が初めて作ったミサンガを渡した。

 彼はさっそく足首に結びつけた。


「水月の手芸はまだ内密だからな。目立たない場所のほうがいいだろう?」


 ミサンガはズボンの裾に隠れて見えないが、これでアルバートさんは一撃だけなら無敵になった。


「ところで、水月。どうしてこのミサンガが、そうだと分かったんだ?」

「え? なんとなく?」


 わたしの答えを聞いて、アルバートさんが意味深に笑った。


「レンズで自分のスキルを見てみた方がいいぞ。もしかしたら増えているかもしれない」

「増えている?」


 言われた通り、自分の手を覗いてみる。


「あ、クロスレーティング1が増えている! でも、どうして?」

「さっき、ミサンガをつけた状態で、切りつけただろう? そのため、ミサンガが自動的に作用した。これによってスキルを得ることがあるんだ。たまたま一回目で取得できてラッキーだったな」

「そっか、いよいよいつでも帰れるんだ。……でも、軍隊蜘蛛の調査は、どんな感じ? 兵士たちの様子では全然見つからないみたいだけど」


 わたしが召喚されるのは、「災いが訪れたとき」とアルバートさんが言っていた。その災いは、どうやら軍隊蜘蛛らしい。だから、その問題の手助けとして、わたしは呼ばれ、役目が終わってから帰った方がいいと考えていたんだけど――。

 いきなり帰還マフラーが出現したから、帰るタイミングを計り損ねていた。


 しかも、軍隊蜘蛛は群れるっていうから、何かしら仲間たちの動きがあると思っていた。ところが、食堂にいる兵士たちからは、そういう緊迫した様子は伝わってこなかった。


 何かおかしい。噛み合わない状況に少なからず違和感を覚えていた。


「周囲を警戒して見回りしているが、蜘蛛はおろか他の魔物も見当たらないらしい。蜘蛛が現れる前みたいに平穏だと言っていた。だから、そろそろ警戒レベルを下げた方がいいと副団長のランフルから言われている。そうでなくても砦生活は娯楽が少ない。いつまでも見通しなく窮屈な生活を強いられないと。私はまだ様子を見た方がいいと思うが、気にしすぎと言われてな……」


 珍しくアルバートさんが愚痴を言っている。

 やっぱり軍隊蜘蛛の対応は大変だったんだね。


「うん、気持ち分かるよ。わたしが現れるのは、災いがあるからなんだよね? 警戒するのは、おかしくないよ」


 自分で言いながら、聖女のわたしがまるで不吉な存在のようだった。


「ありがとうな」


 アルバートさんは少し強張った表情を崩して、ちょっとだけ微笑んだ。


「もしかしたら、水月はわたしを救うために現れたのかもな。……って、さっきのチョコレートがついているぞ」


 アルバートさんは口の端を指す。言われて自分で拭ってみるが、違ったらしく、該当箇所に彼が指を近づけてくる。どうやら反対側だったようだ。

 ティッシュみたいな拭くものはないのかな、とキョロキョロ探していると、彼の手はわたしに位置を教えてくれただけかと思いきや、そのまま指が伸ばされて、唇の端に触れられた。彼は指で汚れを拭い取り、チョコがついた指を躊躇せずに自分の口に入れた。


「ふあ!」


 指を舐めとる濡れた舌が艶かしい。思わず声が漏れてしまった。


「甘いな」


 そう言って微笑むアルバートさんから色気が滲み出ていた。

 子ども扱いされていると理解していなかったら、勘違いして悩殺されていたかもしれない。

 それでも胸に何か突き刺さるくらいの衝撃があった。ホント、麻痺して死にそう。そうでなくても弱っているから勘弁してほしい。

 心臓がドキドキと騒がしいくらい激しく鼓動している。

 最近アルバートさんに色々と動揺されまくっている気がする。

 イケメン、こわい。こわいよ。


 わたしが固まっている中、アルバートさんは我関せず装備をつけ始めた。

 これから見回りらしい。彼も一隊を率いるリーダーとして参加していた。着衣魔法を使うためか、装備は比較的軽装だ。最後に腰に剣を下げる。

 格好だけ見れば、他の兵士たちと区別がつかない。


「団長なのに、どうしてもっと派手じゃないの?」


 わたしは頭の中で、戦国武将の姿を思い浮かべていた。

 鎧と兜は、見ただけで誰なのか分かるくらいアピールしていた。


「敵に狙われたくないからだ。大軍同士の戦争なら相討ちを防いだり、本陣を知らせるために目立たせたりするが、魔物討伐の小部隊では必要ない。むしろ、司令塔が率先して狙われやすくなる」

「そっかー。ちゃんと理由があったんだね」

「そうだ。では、私はそろそろ行くから、水月も自分の部屋に戻るといい」

「……ここで手芸しちゃダメなの?」

「ダメだ」


 問答無用で部屋から追い出された。

 地に落ちたわたしの信用。ううう。自業自得すぎて何も言えない。


「でも、私がいるときは、部屋に自由に入って来てもいいぞ」


 なぜかアルバートさんから鍵を渡された。

 どういうことだろう。どうやらわたしは警戒する心配が全くない存在のようだ。


 でも、この鍵を使えば、アルバートさんの部屋で自由気ままに手芸ができるんじゃないって思ったけど、護衛兵にも誤解されているし、このまま部屋にいても良くないか。

 気分転換に食堂に行こうかな。



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