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手向け舞  作者: 山中 洸
8/10

其の捌

公会堂の事務所からごみの出し方と今月の収集日が書かれた紙を貰ってきたトオルが、じっと考え込んでいたかと思うと、唐突に切り出した。

「ウマさん、やるなら今晩しかないんだけど」

「そうか、やるか」

「うん、揺さぶってみようかと思うんだ」

 誰をと聞く必要はなかった。トオルは天野が参考に添えてくれた相関図の山城の顔写真を、さきほどから人差し指でモールス信号のように叩いていた。

「ふたりを呼び出さなければいけないんだけど」

「山城と川久保か。それは俺の仕事だな。何時にする?」

「舞台が終わって、着替えて、ええと七時かな」

「神龍会の事務所でいいかい?」

「うん、そうして」

 ウマが詳しく聞くことをしなかったのは、トオルに任せて一緒に行動すれば結論が向うからやってくるからだ。

 ウマに預けてある着物は父親が舞台で着ていたもので、幟と同じデザインが施されている。

 袖を通すと引き締まった気持ちになるのは、父親の形見だということもあったが、これから闘いに臨むための衣装だからでもあった。後ろで束ねていた髪を梳くと解放された艶さえある黒髪が肩のあたりで揺れた。少しだけアイシャドウを入れ、紅をさすとそれだけで江戸の昔とも現代とも、またアニメの世界とも解釈できる不思議な女の美しさが出来上がった。

 どんぶりと呼ばれる腹掛けと細みのパッチという馬の脚の衣装に着替えたウマが迎えにきた。

 誰にも見つからないように気を配りながら駐車場に止めてある元選挙カーに乗ろうとしたとき、思わずウマが驚きの声を上げた。

 助手席に作務衣姿のおりんが当然といった顔で座っている。トオルとは故意に目を合わせないようにしているようだが、ぴしりと伸びた背筋から決意の深さが伝わってきた。

「なんだ、おりん、なんでここにいるんだ」

「一緒に行きます」

「一緒に行くってどこへ?」

「わかりません」

 どこで何をするかはわからなくても、どこかで何かあるらしいという勘が働くのは、小娘とは侮れない、アスリートとして、また格闘家としてのおりんの本能かもしれない。おりんの思いが伝わったこともあるが、それ以上に山城たちに指定した時間が迫っていた。

「しょうがないなあ、連れて行ってやるが、邪魔するなよ」

「一緒に行くの?」

 女形に作っていることを忘れて、素になったトオルが聞く。

「しょうがないだろう。しかし大した勘だな」

「武道家の勘ってやつかなあ?」

「いや、どちらかというと動物の本能に近いんじゃないかな」

 ウマは運転席に座りエンジンを始動させた。その場にはふさわしくない軽薄な、緊張感のないセルの音が響いた。

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