其の肆
「どうだ、これが新聞の力だ。『春を惜しむ雪の舞い』、見出しがちょっと甘いが、よく書けているだろう、いい記者がいるようだ」
翌日の会場は満席になっていた。前日の一座の様子を伝える新聞を手にしたウマがご満悦の表情で、鉄扇の練習をしているトオルに記事が自分の手柄であるかのように話した。練習を中断して、トオルが新聞に目を落とした。
「ウマさん、これ」
トオルが鉄扇を左手に持ち替えて、ウマが手にしている新聞を指差した。スーツの似合わない中年男が不自然な笑顔を作っている、いかにも地方版らしい人物評が載っている。
「うん?この親父がどうかしたのか?」
「そうじゃなくて、こっち」
トオルは自分の記事の下段を指差した。ウマが声に出して読み上げた。
「……同市野崎にある、背の滝の滝壺に人が浮いているのを早朝釣りに来た釣り人が見つけ、警察に知らせた。死亡が確認されたのは清原町でスポーツジムを経営する佐野美由紀さん(三〇)で、滝に落下して頭を打ったものとみられる。警察では事故と自殺の両面から調べを進めている。……この記事がどうした?」
「その女の人、覚えているよ」
記事の横にはスポーツ紙であれば見出しに美人と入れられるだろう顔写真が、不鮮明ながら掲載してある。
「一昨日客席にいたよ。芝居を見に来るのに和服だったから、良く覚えているよ」
「別に珍しくもないじゃないか」
ウマが、おかしなことを言うといった表情になった。
確かに地方では着飾って芝居見物に来る女性も多く、和服で来る女性も珍しくない。他の娯楽も多くなったが、芝居見物だけは別だと考える風潮が今もわずかながら残っていた。
「でもね、その着物、半端じゃなかったもの」
「半端じゃないって?」
「そう、藤紫の柄で、作家の作品だよ。値段にしたら二百万円ぐらいするんじゃないかな」
女形を演じるトオルは着物には詳しかったし、また好きだった。時折、作家の展示会を観るために銀座などに足を運ぶこともある。
「に、二百万?」
ウマは改めて記事の写真を食い入るように見たが、顔写真だけだから、わかるはずはない。
「よく覚えていたなぁ」
「大事なお客様だもの、当たり前だよ」
たとえ芝居をしながらでも、踊りながらでも客席を確認するのは役者の大事な仕事だ、と父親に教えられていた。客に合わせて踊り方を変えるくらいの技が必要だと教えられていたのだ。
今回の公会堂は客席が暗いので顔を判断するのは難しかったが、高級な着物を着たその女は、いやが上にも目立った。トオルの踊りが終わり、緞帳が下りる直前に席を立ったが、大柄でモデルのような体型なのに不思議と和服が似合っていたことと、軽く目礼した女と視線が合ったような気がしたのでなおさら鮮明に記憶に残っていた。
「どうしたんですか、会館を閉めるから、早く帰ろって言っていますよ」
そう声をかけたおりんはまだ作務衣姿のままだった。時間にうるさいのは公共施設の特徴だ。
おりんは新聞を見て、
「この人なら私も覚えてます。出口で会ったとき、若いのに頑張るわね、と声をかけてくれました。綺麗な人でした」
「ねえ、ウマさん、明日の朝、舞台の前にこの場所に行けないかな?」
鉄扇をバッグにしまいながらトオルがウマに言った。
「何しに」
「何って、お参りにさ」
「だったら、お花は私が用意します」
「おりん、お前も行く気か?」
「当たり前です。声をかけてくれた優しい人ですよ。当然行きます」
おりんが小鼻を膨らませた。




