第五章 到着
「コース設定了承願います」
メイリンの依頼に対して、次々と了承のサインが送られてくる。
メイリンは〈ブラック・キャット〉をドライブインポイントに向け加速させる。
やがて、虹色の世界がメイリンを取り巻いて流れていく。
「OK、難しいコース設定だったが、よくやった。あとは『墜ちた』時に備えておくこと」
ジョーンがメイリンのシートの背を叩いて声をかける。
「再考が出ると思ってたんですが」
融合解除したメイリンはジョーンを振り返って言った。
「結構、信頼度が高いみたいだね」
ジョーンはほほ笑んでいる。
前の件があって以来メイリンのパイロットとしての能力に、どの船のパイロットたちも一目おいているようだった。
この『悪魔の懐星団』の難コースもメイリンは難なく水先案内をこなしていた。
7回のスタードライブの内、水先案内を2回も指名されたのはメイリンだけだった。
ちなみに、ラムファも1回指名されている。
「なんとか『火炎蛇』がコントロールできるようになったの。メイリン見てくれる?」
ティルミーが晴れやかな顔をしている。
マラケシュまでは残り2回のスタードライブを残すばかりだった。
メイリンはティルミーを複雑な気持ちで見つめていた。
マラケシュに着いたら、この子と別れなければならない。
おそらく二度と会えないだろうと思うとメイリンはやるせなかった。
「へぇ、すごいね。これでマラケシュでの公演も安心だね」
明るく応じて、ティルミーに手をひかれ『火炎蛇』のコンテナに向かう。
コンテナの中には、『火炎蛇』の檻を取り巻くように「銀河大曲技団」の団員たちが集まっていた。ショック銃を携行している団員も数名おり、万が一に備えている。
メイリンは団員たちに混じってティルミーを見守っていた。
ティルミーは『火炎蛇』の檻に一人近付くと頭を垂れなにか祈っているような仕草を見せた。
檻の中でせわしく身をくねらせていた『火炎蛇』がピクリと震えるとその巨大な頭をティルミーのほうに差しのべた。
「開けてください」
ティルミーが静かに言った。
ティルミーの正面の檻が静かに開き丁度人一人通り抜けられるほどの隙間が開いた。
メイリンは胸が苦しくなるような気がしていた。
自分のことならこんな気持ちになったことはない。
凶暴な『火炎蛇』の檻に一人で入って行こうとしているティルミーの小さな姿をメイリンは瞬きもせずに見つめることしかできない。
ティルミーはゆっくりと隙間を通り抜け檻に入った。
『火炎蛇』がティルミーに頭を寄せてくる。
口元からは真っ赤な三股に分かれた舌がペロペロとティルミーに迫る。
メイリンは無意識に拳を握りしめていた。
次の瞬間ティルミーは『火炎蛇』の巨大な頭の傍らに歩み寄り、敏捷な動きでその上によじ登った。
大きな鱗が丁度良い手掛かりとなるらしい。
『火炎蛇』はおとなしくティルミーが頭部によじ登るのを許している。
団員からほぅとため息が漏れる。
「コントロールしてる……」
メイリンはあっけにとられていた。
この巨大で凶暴な怪獣がちっちゃなティルミーを頭に乗せて従順な家畜のようにしている。
「立って」
ティルミーが命ずると『火炎蛇』は頭をもたげてティルミーを乗せたまま大きく上のほうに伸びあがる頭は床から5メートルも上になる。
そのうえでティルミーはすっくと立ち上がり手を振った。
団員からは一斉に歓声と拍手が沸き起こった。
メイリンは自分が涙を流してティルミーを見上げているのにその時まで気付かなかった。
「すごいね、ティルあんな凶暴な怪獣を手なづけるなんて」
メイリンはコンテナの出口から出てきたティルミーに駆け寄った。
もう団員は皆引き上げて、ティルミーは一人残って『火炎蛇』の世話をしていた。
メイリンはコンテナからティルミーが出てくるのをずっと待っていたのだった。
「メイリン待っててくれたの……ありがと……なんとかうまくいうことを聞いてくれたよ」
ティルミーは心持ち元気がない口調で答えた。
「立派だったよ、これでマラケシュに着いても大丈夫だね」
メイリンが言うと、ティルミーはメイリンを見上げた。
その青い瞳から大粒の涙があふれ出す。
「マラケシュになんか着かなくてもいい……」
ティルミーはメイリンにすがりつくと号泣していた。
メイリンは言葉をかけようとしたがなにも言い出せず、黙ったままティルミーを抱きしめていた。
最後のスタードライブも無事に終了した。
到着予定日ギリギリに船団はそろって目的地『マラケシュ』星系近くにドライブアウトした。
黄色の標準型恒星『マモー』とそこを巡る7つの惑星。第3番惑星が目的地『マラケシュ』だった。
赤茶けた色の惑星は大小二つの衛星を従えている。船団はしずしずと進み。
大きいほうの衛星『ケロス』に着陸した。
「ようやくついたな。これほどかかるとは思わなかった」
ジョーンがメイリンのシートの後ろでため息交じりにこぼした。
メイリンは広大な宇宙港にしばし見いっていた。
『中継基地』ほどではないが、ここも衛星の地表のほとんどが宇宙港となっており、文字通り地の果てまで宇宙船が並んでいる。
『マラケシュ』の繁栄をうかがわせるに十分な光景だった。
船団の船は荷物の種類や船の大きさに応じた駐船スペースを与えられたので近くには同じ船団の船影は見えない。
〈グッド・ホープ〉と〈タイクン〉はほとんど衛星の反対側のスポットに回されている。
「手続きが終了次第、荷降ろしにはいる。手すきの者はのは甲板員の手伝いに回れ」
イーノスが宣言する。
メイリンはシートから身を起こした。
〈ファンタジー〉を運び出す手伝いがあった。
メイリンが船倉に降りるとすでに〈ファンタジー〉はクレーンにつるされて船倉から運び出されようとしていた。
その傍らでは「銀河大曲技団」のコンテナが全部で3隻あるシャトルに次々積み込まれている。
メイリンはティルミーを探したが、忙しく動き回る人々の中にティルミーの小さな姿を見つけることはできなかった。
〈ファンタジー〉は船倉から運びだされると〈ブラック・キャット〉の傍らに置かれた。
メイリンは船倉からタラップで地上に降り〈ファンタジー〉に向かう。
地表面は重力が標準に補正され大気の層が張り付けてある。
メイリンは地面を歩いて〈ファンタジー〉の下まできた。
マルチブレスレットから解錠のコードを発信すると船首のハッチが開きタラップが地表まで降りてきた。メイリンはタラップに足をかけた。
〈ファンタジー〉を5キロほど離れた駐船スペースまで運ばなければならなかった。
「メイリン!」
振り向くとティルミーが立っていた。
「どうしたの……ティル……手伝わないで怒られないの……」
メイリンは驚いて言った。
「団長から、ここはいいからメイリンにお別れのあいさつしてこいって言われた。ここにいるって聞いたから……」
「そうか、いまから……」
メイリンが言いかけた時マルチブレスレットの着信がなった。
ジョーンからだった。
「メイリン、〈ファンタジー〉のエンジンチェックのため衛星の周回飛行の許可が降りた。周回軌道の外にはいかないように。……尚、特別にティルミーの同乗を許可する。団長には言ってある。3時間以内に戻ってくること。以上」
「……了解しました……ありがとう……ございます」
メイリンは泣きそうになりながら、ティルミーの手を握ってタラップを上っていった。
蒼穹に浮かぶ小舟のように〈ファンタジー〉は『ケロス』の上空1000キロの軌道上に静止していた。メイリンは思念融合し、〈ファンタジー〉の点検に余念がない。
ティルミーはコックピットの窓越しの眺めに夢中になっている。
『ケロス』はこの高さだとほぼ全体が見渡せる。
さらに主星である『マラケシュ』の赤茶けた姿と恒星『マモー』の黄色い輝きも一望のもとにあった。背景には悪魔の懐星団の光の凝集が白く輝いている。
「補助エンジンは良好、メインエンジンも問題なし」
メイリンは次々と点検を完了していく。
十数分でアクセス制限のある武装以外は点検を終了した。
メイリンはほっと息をついて、ティルミーのほうを見た。
思念融合中なので振り向かなくてもコクピットの中を見渡せる。
ティルミーはおでこを窓にくっつけて外の景色に見入っている。
メイリンはちょっとほほ笑んで、補助エンジンを再起動した。
「補助エンジン出力10パーセント、周回軌道に入る。ティル、シートについて」
〈ファンタジー〉はゆっくりと衛星の周りを航行する。
出力をしぼっていても一周するのに5分とかからない。予定では12周する。
「メイリン、公演には来てくれるよね」
ティルミーがサブシートから声をかけた。
メイリンは手動操縦のチェックの傍ら、ちらとティルミー見た。
「3週間はマラケシュに滞在予定だからたぶん大丈夫だと思う、いつから公演?」
「準備に1週間ほどかかるのでその後になると思う。場所は太守宮前広場だって」
「1週間後か……」たぶんメイリン達のデモ飛行もその頃の予定だった。
「私の出番は多分後半の最後あたりだと思う」
「一番の見せ場になるね」
「うまくいけばいいんだけど」
「大丈夫、きっとうまくいくよ」
メイリンは確信を込めて言った。
あっという間に予定の周回飛行は完了し〈ファンタジー〉は予定の駐船スペースへ着陸した。
二人が動く歩道で〈ブラック・キャット〉に戻ると「銀河大曲技団」の荷積みは終了し、三隻のシャトルは『マラケシュ』に向けて出発準備をしていた。
「じゃぁ……メイリン、いろいろありがと、メイリンのこといつまでも忘れないよ。公演きっと見に来てね……」
ティルミーはシャトルの搭乗口で暗記してきたように一息に言うと下を向いた。
メイリンはティルミーを抱き寄せた。
「ティル……元気でね……私こそありがとう」
ティルミーはメイリンを押し戻すように体を離すと、顔をそむけたまま、一気にタラップを駆け上がっていった。
メイリンはティルミーの姿が消えても、搭乗口が閉まるまでその場に立ち尽くしていた。
次の日、ラムファがやってきた。
デモ飛行まで〈ブラック・キャット〉に泊まるとのことで大きな旅行ケース持参だった。
〈グッド・ホープ〉は衛星の反対側の大型船用の駐船スペースに停泊しているので、特別許可が出たらしい。
「わたし、思いあがっていたのかも」
メイリンは沈んでいた。
「なんのこと、別にあんたが思いあがってた気はしなかったけど、今回の水先案内も完璧だったし。2回ともあたしが一番早く了承したんだからね」
「ティルミーのことよ……」
メイリンは少し上目がちにラムファを見た。
ラムファはすっかり慣れたようにメイリンの居室のたった一つしかない椅子を占拠している。
メイリンはベッドに足を組んで座っている。
小テーブルには食堂から持ち込んだカップ入りのコーヒーが二つ香ばしい香りを醸し出していた。
「あの子、すんなりと行っちゃったみたいだね」
「すんなりとって訳でもないけど、結局、あの子にとって曲技団が居場所なんだね」
「そりゃそうだろ、天涯孤独の子だからね」
「あたしは、もっとあの子が孤独感をもって暮らしてたんじゃないかと思ってたの、だから親代わりのつもりだった……でも結局家族を求めてたのはあたしだったのかも」
「家族……」
「あの子といると家族って、こんなのかなって思うことがあってね」
メイリンは膝を抱いて顔を埋めた。
「メイリン……」
ラムファの言葉が途切れた。
沈黙がゆったりと二人の空間を満たしていた。
しばらくして、ラムファは再び言葉を継いだ。
「うちの親はね小さな造船工房を経営してるんだ。こんなこというとなんだけど、あたしと二人の弟をすごく愛してくれてるの。でもね、あたしはそんな状況がいやだった」
「どうして?」
「結局、幸せって、本当にやりたいことを自分で見つけることじゃないかなって思ったんだ、贅沢だっていわれそうだけど。親の愛情に包まれてのほほんとしていいのかって思うようになって、家を出てアカデミァに編入したの。12歳のときにね」
「途中から入学したの、たった4年でコースをクリアするなんて」
メイリンは呆れて言った。
メイリンは8年間で現在のスキルを身につけている。
途中編入してきた生徒などアカデミァαでは聞いたことがない。
「それまでは家からカレッジに通ってた。4年間はカレッジのエンジニアコースで学んでたので基礎的な学習は済んでたの。アカデミァでは主に専門分野中心に学習したんで何とか卒業までたどりついたのよ」
「努力したんだ」
「自慢じゃないけど初めの一年は人の三倍位やったよ」
「そういうタイプには見えないんだけどな」
メイリンはクスリと笑って言った。
「ひどいな、どんなタイプだと思ってたの」
ラムファもにっこり笑って言った。
〈ファンタジー〉は『マラケシュ』星系を離脱しようとしていた。
デモ飛行を5日後に控え。
今回初めてスタードライブを使ったテスト航行を予定していた。
それは2光年ほど離れている隣の『ジン』という恒星系への短距離ドライブだった。
『ジン』星系は標準型の恒星系で惑星は長楕円軌道を持つ巨大ガス惑星が一つだけの無人星系である。
開発の手は入っていないが無人観測ステーションが星系内に設置されていた。
「コース設定目標『ジン』星系、速度5000光速」
メイリンがコースを示す。
「了承」
ラムファが了承する。
「GO」
ジョーンが命令する。
〈ファンタジー〉はM・Oフィールドの光輝に包まれ、通常空間より消える。
「5000光速が標準モードなんて、すごい船だよ」
融合解除したメイリンがラムファに言う。
「2光年飛ぶのに3時間半くらいだからね」
ラムファも満足そうに答える。
「ところで、ジョーン。武器システムはチェックしなくてもいいんですか」
メイリンが尋ねる。
「そうだな、引き渡し前にはチェックしておく必要があるのだが、実は解除キーを私も知らないんだ。イーノス船長が知っているんだが、どうするつもりなのか、引き渡してからだと、万が一不備があった場合に面倒なんだが」
ジョーンも困った顔をしている。
『ジン』星系は標準型恒星『ジン』と巨大ガス惑星『メタ』の二重星系なりそこねというタイプの星系だった。
『メタ』にはいくつかの大型衛星もあるのだが、現在は近日点にむけて『ジン』に最接近中とあって、その灼熱の地表で開発しようとする者はいない。
他にもっと開発条件の整った星系を数多く持つ『悪魔の懐星団』では捨てられた星系の一つといってよい。
「ドライブアウトしました。メインエンジン出力25パーセント」
メイリンが報告する。
「よし、恒星を周回してから星系を離れる」
ジョーンが指示を出す。
「観測ステーション探知しました。他には特に何もなし」
ラムファが報告する。
「メインエンジン出力15パーセントで『ジン』周回軌道に入ります」
メイリンは〈ファンタジー〉を恒星『ジン』と惑星『メタ』が姉妹のように寄り添う方向に向けた。
「あれっ、エネルギー反応、宇宙船です。惑星の衛星軌道に一隻。所属は……コード探知不能です。恒星に近すぎてこの距離では詳しい情報がつかめません」
ラムファが報告する。
「前のこともあるからな、メイリン、いざとなったら全速で離脱できるようにしておけ」
ジョーンがやや緊張気味に言う。
「了解しました。この船の全速に追いつける船はそうないと思います」
メイリンは答えた。
〈ファンタジー〉は高速で『ジン』と『メタ』に接近していった。
『メタ』からガスの流れが『ジン』に吸い寄せられている。
『メタ』は恒星のなりそこねの惑星だけあって巨大な姿で迫ってきた。
「探知しました。コード認証。先ほどの宇宙船です。G・ギルド所属〈カンテラ〉です。自由商人の船です。でも、これって帝国製の船ですね。エンジンがギルドと別物です」
「自由商人がこんなところでなにしてるんだ」
ジョーンが不審げにつぶやいた。
「商売するにも人がいないだろうに」
「着信しました、流します」ラムファが報告する。ホログラフィディスプレイに男の顔が映る。がっしりした中年の男で顎髭を蓄えている。
「こちら、〈カンテラ〉、G・ギルド所属自由貿易船、どこのだれかは知らないが、救援要請したい。メインエンジントラブルで動けない状況だ。私は本船船長エドガー・グレイ」
「メインエンジントラブルなんて、点検さぼってたのね。エドガー、船変えたんだ」
ジョーンが笑いながら言った。
「お知り合いですか」
メイリンが尋ねる。
「前に同じ船で勤務したことがあるの。腕のいいパイロットだった。独立して20年もなるかな」
ジョーンが懐かしそうに言う。
「返信どうしますか」
ラムファが尋ねる。
〈カンテラ〉は二つの球を円筒でつないだ亜鈴型の中型貨物船だった。
〈ファンタジー〉は〈カンテラ〉の近くに停船する。
「どうも、メインエンジンが不調だったせいか、予定のマラケシュより二光年手前で『墜ちて』しまったんだ。何とか補助エンジンでこの星系までたどり着いたんだが。エネルギーを節約するためにこの惑星の衛星軌道で通りかかる船を待っていたという訳だ。さすがに2週間以上通りかかる船なくて正直まいってたんだ。何しろ食料が尽きかけてたんでな」
「それにしても、どうして帝国製の貨物船なんか使ってるの、ギルド製ならこんなトラブルないのに」
「前の船を壊しちまってな、予算的にこの船しか買えなかった訳、ギルド製は中古でも高いからな」
「どうして、壊したの」
「なに、宙賊の船に体当たりしておしゃかって訳だ」
「まぁ……あなたらしい」
ジョーンは大笑いしている。
「でもよかったよ。通りかかったのが我が天使様の船だったとは」
「エドガー、いまさらそんなこといっても遅いわ」
ジョーンは楽しそうである。
ずいぶん仲の良い二人のやりとりにメイリンとラムファは目を合わせてうなずいている。
結局〈ファンタジー〉がマラケシュに戻り次第、ギルドの基地に連絡して救援を送るということで話がついた。
〈ファンタジー〉はゆっくりと〈カンテラ〉から離れるとメインエンジンに点火して帰路についた。
次の日、〈ファンタジー〉のコントロールルームでメイリンはラムファとデモ飛行の話をしていた。
この日はテスト飛行の予定はなく、朝から作業ロボットが数台でメンテナンスを行っていた。
「ちょっと、あれ、エドガーじゃない、こっちに手を振ってる」
ラムファが窓の外を指さす。
たしかに先日のエドガーだった。
「きっとジョーンに会いに来たんだ」
ラムファがにやりと笑う。
「おあいにくさま、ジョーンはいませんよ」
メイリンもほくそ笑む。
エドガーはコクピットの真下までやってきた。
「行ってみるか」
ラムファはパイロットシートから身を起こした。
「何だ、こんな美女が一緒なんて知らなかったな。昨日は君たちがこの船を飛ばしてたのか。ジョーンがいると思ってたんだが」
エドガーの調子は昨日のままだった。
「ジョーンは〈ブラック・キャット〉の方にいます。今日はメンテナンスなので、あたしたちだけなんです。案内しますか」
メイリンが言うと、エドガーは嬉しそうに笑った。
「そう願えるとありがたいな、天使様とは10年ぶりなんだ」
メイリンとラムファは顔を見合わせた。
「本物だ!」
ほどなく、メンテナンスが終わり二人はエドガーと連れだって動く歩道で〈ブラック・キャット〉に向かう。
気さくなエドガーと二人はすぐに旧知のように話がはずむ。
「こっちのプラチナブロンドちゃんがラムファでこっちの黒髪ちゃんがメイリンか、しっかしいまどきのアカデミァの学生は美人ぞろいなんだなぁ」
エドガーは本気で感心していた。
「おれたちのころは、そんなでもなかったな。ジョーンは別だけど」
「同期生なんですか」
メイリンが尋ねる。
「アカデミァ恒星間パイロットコースで8年間一緒にすごしたよ。その後同じ船に6年ほど勤務した。そして、俺は独立し、ジョーンは船団公社に残った」
「もしかして、ジョーンを振ったんですか」
ラムファがいきなり尋ねた。
「逆だよ。おれが振られたの」
エドガーが面白そうに言った。
「ジョーンはもてもてだったからな」
メイリンとラムファは顔を見合わせて笑いだした。
今のジョーンのイメージとのギャップが大きかったのだ。
「エドガー、もう着いたの」
ジョーンは目を丸くしてエドガーを迎えた。
ジョーンは船倉で荷積みの状況を見ていたところだった。
船倉には次々とコンテナが運び込まれていた。
ほとんどが鉱石のようだった。
フェネトスでは鉱物資源の需要が多いので、帰り荷は大体鉱石関係になる。
ほとんどの船は船倉のキャパシティのぎりぎりまで積み込むこととなる。
「おかげさまで10時間後には救援船がきてな、エンジンの部品を交換して燃料を補給してもらって、あとは自力でやれたよ。それにしても天使様のおかげで助かったよ」
「マラケシュには何を運んできたの」
「太守のオーダーで最高級のアスリン酒を船倉一杯さ。なんでも皇太子の立太子のイベントが国を挙げてあるらしい。それ用だよ。最高級ランクを集めるのに苦労したよ。一時は間に合わないと思ったが、おかげで納入期限にはギリギリ間に合った」
「立太子……、私たちの運んできた船もそれ用なのよ。皇太子の御座船になるらしい」
「あの船か……、贅沢なもんだ、金さえかけりゃあんな船も作れるんだな。まるで芸術品みたいな船じゃないか」
エドガーがため息交じりに言った。
「フェネトスβの造船工房の手作り品だからな……」
ジョーンはちらっと、エドガーの後ろでにやにやしているメイリンとラムファを見た。
「あなた方は所定の勤務につきなさい!いつまでも油を売らない!」
二人は一目散に船倉を後にする。
勤務時間が終わると二人はラウンジへと向かう。
航海中ではないので、勤務が終われば結構自由時間があった。
二人は一応レポートを書くための資料を持参して、ラウンジの一角のテーブルを占拠した。
コーヒーカップが湯気を立てている。
二人はレポートをまとめるよりも、昼間の二人の話で盛り上がっている。
「それにしても、ジョーンがもてもてなんてねぇ」
ラムファがコーヒーをすすりながらつぶやく。
「でも美人だし、スタイルいいし。若い時はそうだったかも」
メイリンもコーヒーをすすりながら答える。
「でも自由商人って、なんか楽しそうな仕事だね。ちょっとあこがれちゃうな、自分の船を持つなんて」
「ねぇラムファ、どうすれば自由商人になれるか知ってる?」
「まず、就労期間で優秀な勤務実績を積み、その後、資格審査をパスすることかな。それと船を借りたりクルーを雇うだけのギルドポイントを持つことか」
「ギルドポイントか、どのくらいいるんだろ」
メイリンは宙を見上げてつぶやいた。
「さぁね。今度エドガーに会う機会があれば聞いてみよう」
ラムファはコーヒーの残りを飲みほした。
二人はようやくレポートに取り掛かり始めた。