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第三章 悪魔の懐街道にて

 新しい積み荷には猛獣だけではなく、「銀河大曲技団」の団員たちも含まれていた。

<ブラック・キャット>は貨物船なので、乗客用の客室はない。

100名ほどの団員たちは長さ30メートルほどの居住用コンテナを10棟持ち込んで船倉に並べそこで生活していた。

船倉は直径250メートルで高さが60メートルの巨大なドーム空間で必要に応じて立体ブロックに仕切れるようになっており、搭載余地は十分あった。

メイリンは、時間が空いている度に船倉を訪れるようになった。

団員は様々な星系の出身者で、使われている言葉も何種類かあったが、アカデミアで銀河文明の主要言語をたたきこまれているメイリンにとって言葉で不自由することはなかった。

何人か顔見知りもでき、猛獣など見せてもらったりして、メイリンは退屈しなかった。

「また、来たのか」

フロストもあきれ顔である。

初めて船倉で団員達を見かけた時からメイリンは一人の少女がずっと気になっていた。

年齢は10歳を少し過ぎたぐらい、ショートカットにした銀色の髪、褐色の肌、青い瞳。

ちょこまかとコマネズミのようによく働くのである。

いつも大きなバケツを抱えて猛獣の入っているコンテナに出入りしている。

猛獣の世話係のようだった。

一仕事終えたのか船倉の隅の水場でバケツを洗っている少女にメイリンは近づいた。

「こんにちは」

メイリンが話しかけると、少女はいぶかしげにメイリンを見つめた。

澄んだ海のような青い瞳だった。

メイリンは何かがそっと心の中に入ってくるような気がした。

少女はメイリンをしばらく見つめていたが、何かを考えるような表情になり視線をそらした。

「わたしはメイリン。メイリン・ロータスト。この言葉わかるかな?」

メイリンは自分を指さして名乗った。

帝国の領内で使用される標準語であるコズミックインペラトールを使っている。

「わたしは、ティルミー。言葉はだいたいわかるよ」

少女は自分を指さして名乗った。

コズミックインペラトールだが発音はあまり正確ではない。

「どこの出身なの、お国はどちら?」

メイリンが一言一言ゆっくり尋ねる。

少女はちょっと逡巡するような表情を見せたが、メイリンを見つめて「ゲド・ミステリオン」とはっきり告げた。

G・ギルドの通商圏にある主要国家の言語は一通りアカデミアで学んでいたメイリンだが、ゲド語は部族によって方言がたくさんありメイリンが学んだのはその中で標準語と言われるラブルンダー語だった。

「わたしのゲド語わかる」

メイリンがラブルンダー語で話しかけると少女は目を丸くした。

「私の言葉をしゃべる人に初めて会った。あなたはゲド族じゃないでしょう」

「わたしはG・ギルド出身だけど、ゲド語はアカデミアで習ったの。あなた、ゲド族出身なのね、どうして一人だけなの」

「親たちは遭難して、私一人だけ助かった。曲技団の人に拾われて世話になっているの」

ティルミーの青い瞳が潤んで、涙が一筋頬を伝って流れた。


「その日は朝から銀龍の機嫌がよくなかったの、団長には言ったんだけど、金龍とペアでないと格好がつかないって言われて、仕方なく出しちゃったんだ。やっぱり暴れてしまって、金龍にかみついて、大げんかになって、シールドがこわれそうになったので、二匹とも殺されてしまったの。私は大丈夫だったんだけど、他の人たちがパニックになってしまったの」

 ティルミーは青い瞳から真珠の粒のようにぽろぽろ涙を流しながら、「事故」の説明をした。

この少女は話をしていても感情が高ぶるとよく涙を流した。

それが自然な感情表現のようだった。

二人は船倉の片隅に放置されている荷物に腰を下ろして語り合っていた。

知り合って二日目だというのに、もうメイリンを姉のようにしたっている。

「金龍」、「銀龍」というのはドラン星系原産の飛翔生物で蛇のような体に8対の羽で空を飛ぶ生き物だった。

体長は10メートル以上になり、ウロコの色によって金とか銀とか呼ばれている。

「銀河大曲技団」の出し物の一つが「金龍」、「銀龍」の空中バトルでそれぞれの背に乗った者たちがビームを打ち合って疑似戦闘を行うものだった。

看板の出し物の事故で看板の猛獣も失ってしまったわけだ。

「メインの出し物がなくなってしまったので、マラケシュに着くまでに、『火炎蛇』が使えるようにしておけと団長から言われているの」

「あんな大きな、凶暴そうな生物をあなたみたいな小さな子に調教しろって、ひどい話だね」

メイリンの言葉にティルミーは頭を振った。

「あたしでないとできないの、猛獣たちと話が出来るのはあたしだけ。あたしはアニマルスピーカーなの」

「アニマルスピーカー……」

 メイリンはアニマルスピーカーという能力があることは知っていた。

テレパシーの一種で動物に自分の意志を伝え支配することのできる能力者のことであり、動物の思考を理解することのできる能力者のことでもある。

「話ができるの」

「ええ、でも、まだ完全にコントロールすることはできない、今回みたいに一度暴れられるとどうしようもなくなるの」

「人間も?」

「人間の思考や感情は複雑過ぎてあたしには無理、ちょっと覗いただけでもこっちが混乱してしまうから、意識的にシールドしているの」

「パイロットも思念融合している時以外は無意識的にシールドしてるんだけど、似てるかもね」

メイリンはちょっと考え込んで言った。

パイロットの場合は船のAIと心を通わせている訳だ。

「生まれた時からその力を持ってたの」

「親は何か気づいていたみたい。でも、7年前私が5歳の時に母親達と乗っていた船が小惑星に衝突して遭難してしまって、私だけが緊急脱出用カプセルで漂流していたのを曲技団が乗っていた商船に拾われたの。それ以来、団長の養女として世話になっているの。それから曲技団のアニマルスピーカーの師匠に付いて5年間修行した。師匠が去年事故で亡くなってからは、この曲技団のアニマルスピーカーはあたしだけになっちゃった」

「お母さん達の安否はわからないの」

「まったくわからない……」

ティルミーの目から再びぼろぼろ涙がこぼれた。

メイリンはその肩にそっと手を置く。

「あたしの両親もね、4歳の時に、事故で亡くなったらしいの、それから10年以上ずっとひとりぼっちだった」

ティルミーは驚いたようにメイリンを見つめた。

「そうだったの……」

メイリンはティルミーの髪に触れてみた。

絹糸のように細くしなやかな銀髪がメイリンの指の間を流れた。

「うん……」

 メイリンの胸に何とも言えない暖かな思いが満ちてきた。

 

非番の度にメイリンはティルミーを訪れては、いろいろな事を教え始めた。

曲技団ではもちろん学校に類するものはなく、ティルミーは大人達の知識の聞きかじりしか知らなかったのだ。

乾いた砂に水がしみこむように、短い時間でティルミーはいろいろな知識を身につけていった。

メイリンは時には姉であり、教師であり、また、母代わりの存在となっていた。

その間も船団は順調に航行を続け、1ヶ月後、悪魔の懐街道に入って最初の補給地に到着した。

惑星国家メドキラ所属のその星系は街道の途中の星がまばらな星域にあった。

 標準型の恒星〈ミネルダ〉が黄色の光を注ぐ惑星〈タラ〉は赤茶けた砂漠の星だった。

地表には鉱石の露天掘りの大きな穴が至るところにクレーターのようにあいていた。

その軌道上に町があった。様々なステーション群がぶつかりそうな近さで集まっている。

G・ギルドの補給ステーションもそこに浮かんでいた。

フェネトスの補給ステーションを小型にしたようなプラットホーム型のステーションに船団はドッキングした。

早速、ラムファがやってきた。

「なんか、学校みたいだね」

メイリンとティルミーが船倉の片隅で学習している傍らにやってきたラムファが開口一番発した言葉だった。

二人の前の携帯用ホログラフィパネルに銀河系の地図が映し出されていた。

メイリンはティルミーに第二銀河文明の現状を説明していた。

神聖(ホーリー)銀河(ギャラクティカ)帝国(エンパイア)の勢力圏はこの青い部分だよ」

銀河系を8等分した星域部分が拡大され、その中に青い光の塊が浮かび上がった。その中の更に8分の一ぐらいの範囲である。

「帝国ってたったこれだけなの」

ティルミーが尋ねる。

「この範囲だけでも含まれる星系は数億、領有する有人星系だけでも50万以上あるんだ」

メイリンが説明する。

「オリエンテラ星団はここ」

青い光の塊から更に外縁部方向に距離を隔てた部分にぽつんと緑の光の塊が浮かび上がった。

「こんなに小さいの」

「これでも球状星団一個分だよ。含まれる星系は50万以上、所有する有人星系は10万以上」

「星系の数は少ないのに有人星系の数は10万」

「オリエンテラは計画的に惑星開発しているの、惑星開発技術も高いので有人星系も多いの」

「神聖銀河帝国はスカスカなんだね」

「人口の集中度が高いのよ、首星アスリーヌを中心に半径50光年の黄金星域に全人口の半分が集中しているの」

 画面に赤いシミのような光がボウッと浮かびあがった。

帝国の勢力圏を隔てたオリエンテラと反対側の部分に不定形に広がっている。

「これがゲド族の勢力圏と言われている所だよ」

「こんなに広いの、帝国の3倍ぐらいあるよ」

「でも、有人星系はたった一つ、ラブルンド星系だけ。後は部族単位で星系から星系を渡り歩いて資源採取を生業としているの。部族数は20万以上といわれているけれど、詳しいことはわからない」

「じゃぁ、私の部族は?」

「私たちのデータベースに登録されているゲドの部族はいわゆる10大部族系に所属している部族以外はほとんどないの、未知の部分が多すぎるんだ。ゲド・ミステロンも見つからなかった」

「そう、でもなんで勢力圏とこんなに離れた所で私は拾われたんだろう」

「ねぇ、この子どこで拾われたの」

ラムファが尋ねた。

メイリンはディスプレイから顔を上げラムファを見た。

「悪魔の懐星団なんだって。団長から聞いたから間違いない」

「じゃ、あの船……」

ラムファがあわてて口をつぐむ。

「もう、話したよ、エルフィンから聞いたことは全部」

 メイリンがぼそっと言った。

ティルミーは沈んだ顔でディスプレイを見つめている。


「ねぇ、マラケシュに着いたら別れなくちゃならないのに、あれじゃ別れが辛すぎない?」

ラムファが心配そうに尋ねる。

二人は船倉から、船員用のカフェに場所を移して話をしている。

「あんたも辛いだろうけど、あの子は本当にあんたのこと身内みたいに感じてるよ。あんなに小さくて、耐えきれないんじゃないかなぁ」

「どうしたらいいかな、あたしもその時の事は考えてないわけじゃないけど……」

メイリンの顔も曇りがちである。

「そうそう、別件だけど、マラケシュで、今度引き渡す船のお披露目があるって聞いた?この補給ステーション宛にマラケシュ太守から要望が来ていたらしいよ」

「〈ファンタジー〉のこと?お披露目って、なにをする訳?」

「デモ飛行だよ、それで船団長から私とあんたがパイロットに推薦されたんだって」

「まだ、聞いてないよ。ずっと船倉にいたから、なんで、私たちが推薦されたんだろう」

メイリンはとまどっていた。

「船長達からの推薦らしいよ。マラケシュに着くと、荷下ろしやら、新しい積み荷の交渉やら、船のメンテナンスやらで、正規の乗員は忙しいからね。研修生は暇だろうってことだな」

ラムファは楽しそうだった。

その時メイリンの左手首のマルチブレスレットに呼び出し音が鳴った。

イーノス船長からだった。


「話は聞いているようだな、マラケシュで引き渡す宇宙艇のデモンストレーション飛行をやってもらう。パイロットは君がメインでラムファ研修生がサブで入る。ジョーン副船長が船長代理で乗船する」

イーノスがおごそかに告げた。

「どんなことをすればいいのですか」

メイリンが尋ねるとイーノスは一冊のタブレットを渡した。

「それに全部入っている。明日まで目を通しておきなさい、明日から3日間であの船の操作をマスターすることができるかな」

「3日ですか」

「4日後には出発する。次の停泊地まで1ヶ月間はあの船を動かせないからな」

「飛ばしていいのですか!」

「この星系内だけだ。スタードライブの使用は禁止だ」

「はいっ」

メイリンは目を輝かせて答えた。


 〈ファンタジー〉は船倉から引き出され、補給ステーションのプラットホーム上に置かれていた。

小型ながらも、その優雅な船体でひときわ目立っている。

「各セクションチェックOK、異常なし」

メイリンが報告すると、ジョーンは一つ頷いた。

「サブ・パイロット、飛行コース確認」

「えーと、発進後軌道面に沿って惑星軌道離脱、その後最外縁惑星軌道めざします。速度は軌道離脱後光速の5パーセントを維持、第4惑星軌道通過後25パーセントまで加速します。最外縁惑星軌道通過後帰還コースに入ります。後は来たときの逆」

ラムファが答える。

「帰還コースに入ったら、もう一度コース確認だな」

ジョーンがちょっとあきれて言う。

「メイン・パイロット、発進せよ」

ジョーンのOKが出た。

「〈ファンタジー〉発進します。補助エンジン出力10パーセント」

〈ファンタジー〉はゆっくりとプラットホームから浮かび上がると見る見る高度を上げていき、十分に離れた後メインエンジンに点火し、あっという間に見えなくなった。そんな〈ファンタジー〉をプラットホームの上から大勢の見物人に混じってティルミーも羨望のまなざしで見送っていた。


「メイリン、この船いいよね、そう思わない」

 ラムファの声が頭の中に響く。

「うん、すごいね。さすがにオーダーメイドの船だけのことはあるよ。操作性が抜群だ、手足を動かすよりも簡単みたいだ」

メイリンが答えるとラムファはうれしそうに笑った。

「やっぱり、あんたもそう思う、すごい船でしょう」

「そろそろ軌道を離脱するぞ、航行している船も多いので慎重に」

ジョーンが二人に釘を刺す。

 航行しながらもメイリンは〈ファンタジー〉の機能チェックに余念がない。

オーダー船だけあって、通常の船には装備されていない機能がいろいろあった。

メイリンが驚いたのは、こんな小型船なのに、武装していることだった。

アクセス制限があって、内容は伺い知ることはできなかったが。

エネルギーの配分を見るとかなりの規模の武装のようだった。

「ラムファ、この船武装してるよ。G・ギルドで武装船を輸出しているなんて知らなかったな」

「最低限の防衛用でしょ、なにしろ太守のオーダー船だからね」

ラムファは珍しくもないといった風である。

そうこうしているうちに〈ファンタジー〉は最外縁惑星軌道に達していた。

「ようし、帰還するぞ、サブ・パイロット、ルート確認」

ジョーンが宣言する。

「左舷上方宙域に探知反応、大型船が接近しています。距離十光分」

ラムファが報告する。メイリンはラムファの指摘する宙域を注視する。

確かに何かが近づいてくる。

メイリンにはそれが巨大な紡錘型をしているのがわかった。

全長2000メートル以上ある巨艦だった。

「どこの船だ、サブ・パイロット照合せよ」

「照合終了、シーカの船です。映します」

 ホログラフィスクリーンに、メイリンが見ているリアルタイム画像が映し出される。

両端が尖った紡錘形の船である。

「これは、シーカの戦闘母艦(クィーンビー)……」

ジョーンがつぶやく。

「データベースによりますと、この船はシーカ七星(セブンスター)連邦(フェデレーシェン)所属艦〈玄天〉です。……戦闘機一機接近中!」ラムファの声が緊張する。

メイリンは一機の戦闘機らしき物体が〈ファンタジー〉めがけて高速で接近するのを見た。

それはどこか甲虫を思わせるような形をしていた。

「どうしましょう、武器システムにはアクセスできませんが」

メイリンがジョーンに尋ねた。

「シーカとG・ギルドは友好関係にある。多分哨戒機だろう、こちらの素性を確認に来たのだ。この船はオーダー船なのでデータベースにはないだろうからな。所属はまだG・ギルドなので問題ない」

ジョーンは落ち着いている。

甲虫戦闘機は〈ファンタジー〉の針路の正面からどんどん近づいている。

「ぶつかりそうなんだけど」

ラムファが少し焦ってつぶやく。

メイリンはじっと近づく機体を凝視する。

「10キロぐらいの距離ですれ違う針路だね。ギリギリってところだな。かなりいい腕してる。あと120秒ですれ違う」

「直リンク通信受信。」

ラムファが報告するや、ホログラフィスクリーンに一人の少女の顔が映し出された。

黒い瞳でまなじりが少し上がったアーモンドアイ。

すっと通った鼻梁。

やや薄いが形のよい唇をきりりと結んでいる。

ショートカットの少しウエーブがかかった黒髪。

「こちらはシーカ七星連邦所属パトロール機〈マハラジャ〉そちらの所属を明らかにして欲しい。識別コードの送信を要望する」

凛として胸に心地よく響く声が流れた。

「よろしいですか」

ジョーンの許可を待って、メイリンが答える。

「こちらは、G・ギルド所属艦〈ファンタジー〉識別コードを発信する」

見ると相手はメイリンをじっと見つめている、思念融合パイロット同士の直リンクモードなので、時間差はほとんどない。

メイリンも相手を見つめた。

黒い瞳がお互いを見ている。

「受信完了。認証しました。……私はリサ・クルス、あなたは?」

「メイリン・ロータスト」

 リサの唇がほころび白い歯がこぼれる。

「よい航路をメイリン」

「よい航路をリサ」

その瞬間、戦闘機が〈ファンタジー〉の傍らを猛スピードで通過した。

そして、何かに打ち返されるように方向を変え、母艦の方向へ遠ざかっていく。

「何なの、あの子、なんであんな操縦できる訳」

ラムファがわめいている。

「シーカのファイタービーだな。機動性では現時点ではナンバーワンの戦闘機だろう。それにしても、今のパイロット、見事な操縦技術だ、まだ年若いのに……。シーカのパイロットもレベルが高いのがいるな」

ジョーンが感心している。

「ビーっていうより、まるでビートルよね」

ラムファがぼやく。

「それにしても、あのような戦列艦が単艦でこんな星域にいるとはな」

ジョーンが小首を傾げている。

「シーカはこの星系に基地をおいています。多分そこへ向かうと思われますが、基地の護衛の為ではないのですか」

メイリンが答える。

ジョーンは眉根を寄せて考え込んでいる。

「シーカは資源確保に熱心だからな。この星系もそういう点では重要なのだが、基地防衛のための戦列艦派遣でもないだろう。なにか他の理由があるのかもな」

 その後、補給ステーションに帰着してからも、メイリンの頭の中には出会ったばかりのリサ・クルスの顔が貼り付いて離れなかった。


「どうだった、〈ファンタジー〉は」

 イーノス船長の問いにメイリンは少しとまどった。

「船は、素晴らしいと思います。ただ、いったい何の目的で作られた船なのですか。単に、マラケシュの太守が御座船として使うにしても、スペックが高すぎるのではないかと思います。速度といい、武装といい、それに、多分ステルスフィールド発生装置まで装備してますよね。ちょっとした軍艦なみですよ」

 イーノスは感心したようにメイリンを見た。

「今日一度操船しただけでずいぶんあの船について知ったようだね。確かにあの船はマラケシュ太守の特別なオーダーで造られたものだ」

「特別なオーダーって?」

「それは企業秘密だ」

イーノスは少し口元をゆがめて言った。


 次の補給地までの1ケ月間、メイリンはマラケシュと悪魔の懐星団そしてシーカについていろいろ調べてみた。

『悪魔の懐星団は300年前までは未開の地だったが。今のマラケシュの太守の祖先が植民し今日に至っている。主な支配勢力は帝国のマラケシュ自治領だが、いくつかの独立惑星国家も散在する。豊富な鉱物資源、特に金とプラチナの産出量は帝国でも屈指で、繁栄の源ともなっていた。首星はマラケシュ。有人の鉱山惑星が数多の星系に存在している。太守といっても実質は国王と同じである。現太守はリチャード七世。皇太子は長男のトーマス小惑星爵である。重力場の変動が激しい為、スタードライブシステムが原始的だった頃は宇宙船の遭難事故が引きも切らず、「死の星域」というありがたくない呼び名があった。現在でも『墜ちる』ことは珍しくないが、宇宙船の性能も向上し、大きな事故につながる例は大幅に減少している。最近の大きな事故としては40年前の貨客船「トリニク」の惨事が有名でこのときは乗員乗客合わせて1000名余が命を落としていた。帝国の自治領だが、独立王国同様の大幅な自治権を認められており、経済規模は帝国の自治領の中では群を抜いている。主な交易相手として近隣にあるG・ギルドとシーカ七星連邦があり。それぞれに補給基地を提供している。』

シーカについては、

『シーカ七星連邦は7つの主星系と28個の有人惑星(衛星)をはじめとする108の星系を支配下に置き。首星シーカンと6つの副首星を持っている。国民皆兵の軍事国家として有名で男女を問わず14歳で軍に入隊する。10年間の兵役義務のあとも職業軍人となるものは多い、主な産業は武器及び工業製品、鉄鋼の輸出、それに護衛目的の艦隊派遣である。特に首星のあるシーカン星系は鉄と銅の資源が豊富である。機動性に富んだ宇宙艦隊は規模こそ帝国に劣るが精強さでは銀河随一と呼ばれている。「鉄火の国家」とか「用心棒国家」などと呼ばれることもある。』


「G・ギルドの最大の弱点はフェネトスのあるフェリン星系に鉱物資源がほとんどないことだからね。自前の資源開発もやってるけど、マラケシュやシーカとの友好関係は生命線なのよ」

早速調べたことをティルミーに教えていた。

ティルミーはふんふんとうなずいてメイリンの説明を聞いている。

「それとね、調べてみてわかったことだけど、マラケシュは政情不安が続いているの。反政府勢力がいくつかの鉱山都市星系を実効支配していて、内戦状態といってもいい状態なんだ」

「戦争してるの」

「ええ、辺境地帯だけどね……」

メイリンは少し言いよどんだ。

「銀河大曲技団」は数ケ月に渡ってマラケシュに属するあちこちの星で興行する予定だった。


「ドライブアウトまで、15秒」

メイン・パイロットシートのケインが報告する。

「通常航行準備、メインエンジン起動準備よし」

サブ・パイロットシートのメイリンが報告する。

補給地まで残すところわずかである。

次回のスタードライブが終われば、一か月振りの寄港となる。

虹色の世界がほころび、目の前に通常空間が開けた。

「緊急連絡です。〈グッド・ホープ〉から、映します」

メイリンが報告するやいなや緊張した面持ちのキニスン船団長の顔がスクリーンに映し出された。

「現在、所属不明船から停船を要求されている。急に攻撃された。本船は無事だが、ファルコンは損傷をうけた。人的被害はないが予断を許さない状況だ。タイクンがアウトしてきたら対策を考える」

「所属不明船だと……まさか宙賊(マフィア)……」

ケインは緊張した声をあげた。

「探知しました。前方に所属不明船3隻」

メイリンは冷静に報告する。

「3隻だと……ありえない」

ジョーンはつぶやいて後ろの船長席を見る。

「どうしますか船長」

「とりあえず、キニスンの言ったとおりタイクンがドライブアウトしてきたら、対策会議をする。それまで現在位置を動くな」

イーノスは静かに答えた。

メインスクリーンには葉巻型をした船が3隻映し出されていた。

大きさはゲドのスタークルーザーを一回り小さくしたくらいである。

「これは帝国のコルベットタイプじゃないか、なぜ帝国の船が砲撃を……」

ケインが驚きの声を上げる。

「旧タイプだな、だいぶ前に退役しているタイプだ」

ジョーンは眉根を寄せながらも冷静に分析している。



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