第二章 『中継基地』にて
船団は通常準光速航行を挟みながら3回のステップでスタードライブをこなし、フェネトスを出て7日目に《中継基地》に寄港した。
《中継基地》はG・ギルドが領有する自由貿易港であり首星フェネトス・トリニティに次ぐ人口を誇っている。
ここ以降、悪魔の懐街道に入ってしまえば300光年の間G・ギルドの補給ステーションはない。
この《中継基地》で準備万端ととのえて行かねばならなかった。
メイリン達はまだ50光年ほどしか航行していないので、補給やメンテナンスにそれほど時間がかからない、二日間の滞在で悪魔の懐星団へ向かう予定だった。
「100号エレベーター出口で待機すること、現在下降中、後5分」
ラムファからのメッセージが左手首のマルチブレスレットから流れた。
メイリンは軌道エレベーター地上ステーションの溢れかえる人波の中にいた。
ステーションのアトリウムの透明な天蓋を通して銀の針を天に刺したように軌道エレベーターのシャフトが空に向かって延びているのが見える。
その先に軌道上のステーションがあるはずだ。
船団の船の中で〈グッドホープ〉は図体がでかいため、〈タイクン〉は積んでいるものがものだけに、地表には降りられない。
軌道上のステーションに繋留されそこから地表へは軌道エレベーターを利用しての移動となる。
メイリンはラムファが出口から人波に押されるように出てくるのを見つけて手を上げた。
「ごめん、待たせた、このエレベーター結構遅いんだ」
ラムファは相変わらずの美貌を輝かせて白い歯を見せた。
ラムファのスタードライブ実習も上出来だったようだ。
今日は久しぶりの休暇というわけだった。
「さて、どこへ行こうか」
メイリンが尋ねるより早くラムファはメイリンの手を引っ張って歩き出した。
「ちょっと、どこ行くの!」
「まず、タクシー拾わなきゃ、歩いていくわけにはいかないでしょ!」
二人はアトリウムの出口に向かった。
「お客様どちらまでですか」
宙に浮かんだピンポン玉ぐらいの大きさの目玉がしゃべる。
タクシーに乗り込んだ二人は顔を見合わせた。
《中継基地》のタクシーはAI制御で目玉はその端末ナビだった。
タクシー本体も上半分が透明で巨大な目玉のような球形をしている。
「バザールへ行きたいんだけど」
ラムファが言った。
「所要時間2時間ですがよろしいですか。天殻貫通エレベーター利用の方が早く着きますが」
「いいわよ!飛んでるほうがいいわ」
ラムファはエレベーターは嫌いらしい。
タクシーは二人を乗せて空に舞い上がると猛スピードで上昇を開始した。
「大気圏薄いね」
メイリンがキャビンの外に目をやりつぶやいた。
地上は地平線の彼方まで様々な形の船で埋め尽くされている。
先ほどの軌道エレベーターと同じようなシャフトがあちこちから突き出ている。その先の軌道上プラットホームもこの高さからだと視認できる。
その遙か下方でうっすらと空気の層がゆらめいている。
「直径5000キロちょっとの衛星じゃ重力少ないからね、建物以外の発着場は重力補正してないし。しかし、地表をほとんど発着場にしてしまうんだからすごいね。350年もかかったんだって、知ってた」
ラムファは眼下に目をやりながらメイリンに答える。
フェネトスの箱庭的な人工世界ともひと味違った光景が広がっていく。
頭上には巨大なガス惑星『ガズボット』がオレンジの縞模様をぼんやりと浮かび上がらせている。
さらに遠くには赤色矮星『エリリス』が小さな赤い光の球になっている。
「現在ノースポールに向かっています」
しばらく飛行した後、突然目玉ナビがしゃべりだした。
「ノースポールは天殻を支える5000本の天柱の中でサウスポールと共に最大のもので、同時に内部世界への入り口ともなっております……」
「あっ見えたよ。ほら!」
ラムファがメイリンの肩をたたいて指さした。
子供みたいに夢中になっている。
前方の地平線の一部がせり上がり巨大なクレーターの縁のように盛り上がる。
縁を越えるとそこは巨大なすり鉢状になっており、底に巨大な穴が開いていた。
タクシーはその穴の中に急降下でつっこんだ。
巨大な縦穴の中をタクシーは飛行していく。
壁面が発光しているのでトンネルを上下に行き交う様々な飛行物体が目に映る。
角張った貨物シャトルが多い。
「現在ノースポールシャフトを下降中、あと少しで内部世界に抜けます」
ナビが言い終わるか言い終わらないかの内に目の前が広々と開けた。
タクシーは水平線まで続く大海の上を飛行していた。
「うしろ見て」
ラムファが言う。
メイリンが振り返るとそこには巨大なノースポールがあった。
空間を仕切る巨大な壁が屏風のように海面からそそりたっている。
かなり遠ざかって初めて山脈のような壁の両側に空間が開けるのが見て取れ、それが天地をつなぐ柱だと分かる。
今通って来たシャフトはその中にある。
その開口部も通り抜けた時は巨大だったのだが今では小さな節穴程度だった。
天殻に接続している柱の上部は雲に霞んで見えない。
まさしく天を支える柱というに相応しい偉容。
古びた巨木のような圧倒的な存在感だった。
目を前方に転じると円弧が空と海をくっきりと分けている。
風が強いのか三角形の波が一面に白い波頭を散らしている。
青く澄んだ海水はかなりの深さまで見通す事ができるが魚影は見えない。
晴れ渡った空を飛ぶ鳥の姿もない。
遙か上空にあるはずの天殻は視認できない。
あっけらかんとして空と海だけがあった。
この茫漠とした広がりのまっただ中にどちらの青にも浸食されずに、ぽつんと黒い点のようにメイリン達のタクシーは浮かんでいる。
「大地中海です。この内部世界のサウスポールからノースポールまで一つにつながっており全表面積の85パーセントを占めています。二つの大陸がありますが。最大の大陸はエアス大陸で首都アガルタ市の所在地です。バザール市はモオン大陸にあります。あと二十五分ほどで到着します」
「これだけの水、もともとあったわけじゃないよね」
メイリンがラムファに話しかける。
ラムファはキャビンの透明窓に顔をくっつけるように外の景色に見とれている。
海が好きらしい。
「ガス惑星の他の衛星をばらして持ってきたんだって。もともと何十個もあったんだから。ばらせばこのくらいの水ができるってわけね」
「正確に申し上げますと。もともと地表下に氷床としてあった水が約67パーセント。
他の衛星から持ってきた水が約33パーセントになります。大地中海はG・ギルド領内での最大の海となります。なお、内部世界は重力と気圧をフェネトスと同じ標準に補正しております」
ナビが口をはさむ。
さっきからの二人の話を聞いているようだ。
けっこう賢いAIらしい。
水平線の向こうから蜃気楼のように、次第にせり上がってくるあまたの尖塔の姿が見え出した。
白く輝くその景観は今までの空と海一辺倒の風景とは異質な観があった。
近づけば近づくほどその全体像がはっきりと目に映りだした。
それはまるで、町全体が一個の巨大なオブジェと言ってもよいほどだった。
「バザール市です。5大都市の一つで人口3500万人です。G・ギルド以外の出身者も多く居住しておりまして、本星一番の観光地となっております。特に中心部にあるセントラルミュージアムは他に類例がないほどの……」
ナビが饒舌に説明しているが、二人はろくに聞いていない。
目の前の景観に心を奪われている。
「どちらに降りられますか」
「おすすめの所でいいわ」
ラムファは景色に見とれながら言った。
二人の目の前に広大な階段がはてしなく続いている。
間口は1000人が横一列に並んで登れるほど広い。
傾斜は急で上がどこまで続いているか下から見えない。
登っている人影もここからは見えない。
「ここ、どこよ」
メイリンはぼそっと尋ねる。
「セントラルミュージアムの入り口みたいだね」
上方を見上げながらラムファが答える。
「どうせなら上で降ろしてもらえばいいのに」
メイリンはちらとラムファを見てつぶやいた。
「案内板があるよ」
ラムファが宙に浮かぶホログラフィパネルをのぞき込んで言った。
“真理への階段 苦難を経てこそ真理は開かれる。
尚、高齢の方、病弱の方、障害がある方、気力が充実しない方はエレベーターをご利用ください“
「どうするの」
メイリンがラムファを見た時にはラムファはもう三段目に足をかけていた。
2000段の石段は重力が標準の四分の三に補正されていたとはいえ一気に登り切るには結構きつかった。
二人は最後は這うようにして登り切った。
目の前にそそり立つミュージアム入り口の巨大な円柱群を前にして二人は顔を見合わせた。
入り口のすぐ脇にタクシーの発着場があり、どうみてもさっきまで乗っていた目玉らしいのが客待ちしている。
幸いミュージアム内での移動は自走式チェアになっていた。
二人はチェアに座り込むとフロントパネルのメニューをのぞき込んだ。
「全部は見切れないから、ここでしか見られないものにしようよ」
メイリンはパネルに指を触れてメニューを切り替え切り替え見ているラムファをたしなめた。
すっかり夢中になっている。
「うん、そうか……どれにする」
「スペシャル展示ってのがあるよ。まずそれを見て、余裕があれば他も見よう」
ラムファも納得した。
メイリンはパネルに指を走らせ、スペシャル展示を選択した。
チェアが浮かび上がり動き出す。
“知られざるゲド族の真実”
入り口の大理石のアーチ上に発光文字が輝く。
チェアは展示室の前で止まり二人を降ろして行ってしまった。
二人はアーチをくぐった。
二人は周りを360°取り囲む宇宙空間の中に立っていた。
説明が流れる。
「360°ホログラフィルームにようこそ。ここでは、第二銀河文明三大勢力の一角を占めるゲド族の今まで知られなかった姿を紹介します。使用する映像はこの度G・ギルドと通商友好条約を締結したオリエンテラ政府の提供によります」
メイリン達の目の前に異様な宇宙船が近づいてくる。
今まで見たこともないその姿にメイリン達は目を見張る。
艦首部分は円錐で胴体は少し引き延ばした長楕円体。
本体周囲に四つの小さな長楕円体を下半分を長軸に平行に埋め込んだような形をしている。
艦尾は球形で巨大な球面に無数の小球が結露した水滴のようにくっついている。
「これがゲドの部族船です。これは、恒星間移動形態になります。全長は約10キロ、最も太い部分の直径は2キロです。最大で500万人がこの中に乗っていると言われています」
「これって世代間宇宙船みたい」
ラムファが思わずつぶやく。
二人はいままでこんな巨大な宇宙船を見たことはなかった。
今までゲドの船といったら楔型の戦闘艦であるスタークルーザーぐらいしか知られていない。
200年前、第二次ゲド戦争時に帝国軍を脅かしたモデルである。
そもそも、部族船というものがあることさえ知られていなかったのだ。
「こんなのがあるんだ」
メイリンもその姿に圧倒されている。
映像が変化していた。艦首部と艦尾部が胴体部分と別れている。艦首部分がクローズアップされる。先端部分から三分の一あたりまでが四つに分裂し一つ一つが楔型の艦となる。さらに残った円錐台の上面に開口部が四つ生じそこから小型の楔型の艦が続々と現れる。
「大きい楔型の艦は戦闘空母。小さいのはスタークルーザーです。この艦首部分がゲドのバトルマザーと言われる戦闘母艦です。4隻の戦闘空母と多数のスタークルーザーを搭載しています。艦の全長は3キロ。底面の直径も1.5キロに及びます。分離後の本体部分も強力な宇宙戦闘母艦となっています。分離した全長800メートルの戦闘空母には戦闘機200機以上が搭載されています。本体部の戦闘母艦にもスタークルーザー40隻の他に戦闘機300機以上、更に重装歩兵が多数搭載されており、空陸戦両用の兵力となっています。帝国軍の一個戦隊に匹敵する兵力といわれています」
「一艦で艦隊並の兵力なんて」
ラムファはいちいち感動してため息をつく。
素直な性格らしい。
映像は艦尾の球形船のアップになる。
小さな球が一斉に本体から飛び散る。
「これはタンカーと呼ばれる補給船です。直径3キロで内部には工場設備もあります。飛び散った小球は「採集船」とよばれるものです。直径100メートルでタンカー一隻につきおよそ二百隻搭載されています。ほとんどが自動で、主に資源採取活動を行います」
真ん中の部分がアップになる。四つの長楕円体も本体と分離する。
「これがマザーベースと呼ばれる基地母艦です。宇宙船というよりもコロニーと行った方が近いものです。本体部分は全長4キロ直径1.5キロ。四つのサブユニット部分は全長2.5キロ直径800メートル。全部合わせて400万人以上の居住者がいると思われます」
「人口密度高そうだね。フェネトスを超小型にした感じだ」
メイリンの言葉にラムファもうなずく。
次の映像を見た途端二人は声を失った。
宇宙空間が「部族船」で埋め尽くされている。
黄色い光を放つ恒星を背景にして浮かぶ青い惑星を取り囲むように無数の「部族船」が集結している。
「ゲドの大結集の映像です。30年に一度、大王を選出するために、全部族が聖都ラブルンドのある星系に集結している様子です。およそ4万隻の「部族船」が確認されました。ここから推定するにゲドは2000億人を超える人口と思われます」
「人口では帝国の半分程度ね、それでも、G・ギルドの5倍以上かぁ」
ラムファのため息。
ホログラフィルームを出て次の展示室に入った二人はまたびっくりした。
そこは巨大なホールで、なんと全長200メートルに及ぶゲドのスタークルーザーの実物がそっくり展示されていたのである。
しかも自由に乗船して見学可ということだった。
故障して遺棄されていたのを曳航してきたらしい。
二人が隅々まで見て回ったのは言うまでもない。
「もう、とっくに昼すぎてるよ。なんか食べよう」
ラムファが悲鳴をあげている。
メイリンがいつまでたっても展示室から離れないのである。
いままで見たこともない展示ばかりなので仕方がないのだが、朝早くから出てきて動き回っているのだから悲鳴も当然である。
「そうか、たしかカフェかレストランがあったはずだな」
メイリンも言われて初めて空腹に気づく。
二人は展示室の出口を出て、並んでいる自走チェアの一つに乗った。
ナビで調べると見るとかなりたくさんのレストランがある。
「どれにしようか……」
ラムファが例によって次々とナビのページを切り替えている。
「どうせだったら、珍しいものがいいな」メイリンが言うと、ラムファの指がぴたりと止まった。
「これ、どう」ラムファの指す店を見てメイリンもうなずく。
真っ白な大理石の屋外テラスからバザールの町並みが一望できる。
色とりどりの布製日よけ傘。
竹製のテーブルと椅子が並ぶ。
メイリン達はその傘の一つの下に座って、レストランのメニューを見ている。
「オリエンテラの料理って、食べたことないけど……どれにしようか」
ラムファがぶつぶつ言いながらメニューをめくる。
「ランチセットがあるよ。それでいいんじゃない。単品見てもどんなのかよくわかんないし」
メイリンが言うとラムファもしぶしぶ承諾する。
ランチセットといっても中身は今まで口にしたことがない、嗜好をこらしたもので十二分に満足できる食事だった。
二人は空腹の助けもあって、出された料理を全て平らげた。
デザートは色とりどりのフルーツがのったケーキだった。
「これで終わりか、じっくり味わわないと」
ラムファが竹製のフォークをケーキの上に乗っているフルーツに刺そうとした。
「ふにん」
突然ラムファの膝の上に何か小動物がはい上がって来て鳴いた。
「なにっ!この子どこからきたの」
ラムファはフォークを置くとその小動物を胸元まで抱き上げた。
「猫?」
メイリンは首をかしげた。
見たことのない生き物だった。
銀色の毛皮、とんがった耳、丸い目は金色。
大きさはラムファが両腕ですっぽり抱けるくらいだった。
しきりに、にんにん鳴いている
「これって、なんていう動物かな」
ラムファが頬ずりしながら言う。
動物が好きらしい。
「猫みたいだけど……、だいたいどこからきたの。このレストラン、ペットOKだった?」
メイリンもどんな動物か確証がない。
「ねぇ」
ラムファが素っ頓狂な声を上げる。
「この子尻尾二本あるよ」
ラムファが持ち上げるのを見ると銀色の尻尾が二本ぶらぶらゆれている。
その生き物はしきりとラムファのケーキのほうに首を伸ばして鳴いている。
「ケーキ食べたいのか」
ラムファがフォークの先に赤い果物を刺して顔の前に近づけてみる。
「!」
一瞬にしてフォークの先にあったものは消えていた。
小動物はごろごろ満足そうにしている。
「今、どうやって食べた。メイリン見てた」
「見てたけど、口全然動いてないよ」
二人は呆然としている。
「あのぅ……申し訳ありません。ご迷惑おかけして」
まさに「玉をころがすような」という形容がぴったりするような快い響きだった。
はっとして声の主の方を見た二人は更に呆然としてしまった。
妖精?天使?メイリンの脳裏に一瞬そんな言葉が浮かんで消えた。
それくらい目の前に立っている存在は衝撃的だった。
「わたくし、エルフィン・ランと申します。この子ったら、目を離した隙に店の方に遊びにきてしまって……お客様の料理に手をつけるなんて、本当に申し訳ありません」
少女が申し訳なさそうに立っていた。
小柄で年齢はメイリン達よりも下に見える。
亜麻色の軽くウエーブがかかった髪は背中の中頃まである。
なんと言っても金色の長い睫に縁取られた深緑色の瞳と薄緑色が透けて見えるような肌の色をメイリンはいままで目にしたことがなかった。
華奢な体にまとっている衣装は虹色の光沢を放つ薄い紗のローブのようなものだった。
両肩からあらわになった両腕を体の前で交差するように指を絡ませて手を組んでいるがその両手首には金のブレスレットが輝いている。
目の前の存在が夢の中の出来事のような気にさせるほどの美少女だった。
さすがのラムファも顔色なしといったところだ。
「わぁ」
ラムファがうめいた。
メイリンは声が出ない。
何かわけのわからない衝撃がメイリンを支配している。
「ミァラ!だめでしょ。勝手に出てきたりして」
顔に似合わぬ厳しい口調だ。
「この子ミァラって言うの。なんという動物?」
メイリンがようやく声を発した。
ラムファはミァラと呼ばれた生き物をエルフィンに差し出した。
「はいっ!逃げないようにしてね」
「ありがとうございます。この子はチェシャキャットという生き物です。太古の種の猫とは全く異なる生き物で、《インダー》特産の生物なのです」
エルフィンがミァラを抱き取りながら答える。
《インダー》とはオリエンテラの首星である。
「あなた、オリエンテラの方なの」
メイリンが尋ねる。
「ええ、そうです、先月から親善使節としてここにまいりました。この店もその時から開いています。あなた方はG・ギルドの方ですよね、ここにお住まいの方ではないのですか」
「あたし達フェネトスのパイロット研修生なんだ。これから悪魔の懐星団にいく途中なの」
ラムファがようやく元の調子に戻ってきた。
回復は早いらしい。
「そうでしたか……、せっかくのお食事を台無しにしてしまって、そのケーキお取り替えします」
「いいわよ、フルーツ一かけぐらい……」
ラムファが絶句する。
「えっ」
メイリンも思わず声をあげた。
二人の目の前にあったケーキはフルーツの部分がきれいさっぱりなくなっていた。
「どうやって……」
ラムファがうめいた。
「ミァラは転送能力を持っているんです。ごく短い距離に限ってですが、えさを直接お腹に取り込んでしまうのです。このフルーツはインダー産でミァラの好物なんです。一つ貰ったので全部欲しくなったんです。食いしん坊なもので」
「触れなくても食べられるなんて、この子すごいね」
メイリンもあきれてスポンジだけになったケーキを見た。
ミァラは満足げにごろごろ言ってエルフィンに顔を擦りつけ甘えている。
「ねえ、この子の口は何のためにあるの」
メイリンが尋ねた。
「多分、昔は直接補食してえさをとっていたのでしょうが、突然変異で特殊能力を持つ種になってまだ間がないのだと思います。《インダー》にオリエンテラ人が入植した五千年前にはもうこのような特殊な種になっていたのです。ただ、個体数はとても少なくて確認できているのは数千頭です。大暗黒期以前に比べると今は手厚く保護されています」
エルフィンは優しくミァラの首筋を掻いている。
「珍しい生物なんだな」
ラムファも感心している。
新しいケーキがきたので早速フォークでフルーツを突き刺してほおばっている。
今度はなくならなかった。
「オリエンテラの親善使節って、ミュージアムの展示も一ヶ月前からってこと。あのゲドの映像すごいな。どうやって撮影したの」
メイリンもケーキをつつきながら尋ねる。
「《オリエンテラの目》という小型のロボット船を派遣して撮影しました。ゲドの動向は注視する必要があります」
エルフィンが答える。
隣の椅子を持ってきて座っている。
ミァラは膝の上で気持ちよさそうにとろんとしている。
「あのスタークルーザーはどうやって手に入れたの」
今度はラムファが尋ねる。
「《オリエンテラの目》が発見しました。幸いこの近隣の宙域だったので、G・ギルドに協力してもらって、ここまで曳航してもらったのです」
「そんなにあちこちにあるの《オリエンテラの目》って」
重ねてラムファが尋ねる。ケーキは全部食べ終わっている。
「必要に応じて各地に派遣しています。オリエンテラは第二銀河文明の諸国の中では辺境地帯にあるので、情報はとても大切です」
「ところでこの近隣の宙域って、もしかして」
メイリンがケーキの最後のひとかけらを口に放り込みながら尋ねる。
「はい、悪魔の懐星団の中です。多分スタードライブ中に『落ちて』しまったところ、星のかけらと激突したのだと思います船尾部分に大きな損傷がありました。航行不能状態になったので遺棄したのだと思います。救命ボートやポットが全部なくなっていました。近くにはいませんでしたので、他の船に救助されたのでしょう。ここに曳航して修理したのがあれです」
エルフィンはにこやかに話しているが、聞いている二人にはそれどころではなかった。
「ところで、何か珍しいものってないかな、おすすめでもあれば聞かせて」
ラムファが下方の町並みを見ながら言った。
メイリンはもっとエルフィンと話をしていたかった。
初めて会った瞬間からこの少女に何か特別な気持ちが貼り付いていた。
「よろしかったら、私が案内します。私もまだ来て1ヶ月ほどですので余り詳しくはないのですが、市内の名所ぐらいは案内できますから」
もちろん、二人に異存はなかった。
エルフィンは優雅な反重力グライダーに二人を乗せバザールの繁華街へと誘った。
「ねぇ、なんか注目されてるんだけど、あたしたち」
ラムファがメイリンにささやいた。通り過ぎる人々が必ずこっちを見て行くのである。
G・ギルドの人々だけでなく、あきらかに他の星系出身者とおぼしき人々も同じ反応を示している。
「あたしたちってより、エルフィンが注目されてるんじゃないの」
メイリンは、余り気にしていない。
繁華街の石畳の舗道を歩きながら店のショーウインドウの商品に夢中になっている。
「あのっ、すみません、一枚撮らせてもらえますか」
赤毛の青年が、ホログラフィカメラを手にして三人の前に立ちふさがった。
三人は顔を見合わせた。
「別にいいけど」
ラムファである。
ちょっと髪の毛を気にしている。
「わたしでよろしければどうぞ」
エルフィンもにこやかに答える。さすがに親善大使である。
「ええ、まず一枚」
青年は三人の写真を一枚撮った。
「どうぞ」
青年は三枚のカードを一人ずつ手渡した。
カードには三人が寄り添った立体映像が浮かび上がった。
「それさしあげます。それから、……黒髪のお嬢さんのをもう一枚いいですか」
「あたしのっ!」
メイリンはびっくりして青年を見た。
天下の美少女二人を差し置いて自分の写真を撮りたがるなんてこの青年なんのつもりよと思っている。
「あなたのような美しい黒い髪を見たのは初めてなんです。黒い瞳もミステリアスで魅力的だ。ぜひ撮らせてくださいお願いします。一生の宝にしますから」
メイリンは面食らった。
ラムファとエルフィンを見ると口に手を当てて笑いだしそうな風情である。
メイリンの様子がおかしくてたまらないらしい。
結局、メイリンは青年の要望に応えて写真を撮らせた。
青年は十枚以上のショットを撮って、ベストショットを三枚ほどメイリンにくれた。
散々礼を言って青年が去った後で、メイリンは青年のくれた写真を見た。
ラムファとエルフィンも傍らから覗きこむ。
「ほぅ、やっぱり黒髪ってインパクトあるよね」
「本当に、引き込まれそうな瞳ですね、最初にお会いしたときからそう思ってました」
ラムファとエルフィンがほめるのをメイリンは居心地悪そうに聞いていた。
「黒髪フェチって…」
今までアカデミアではいろんな髪の色や目の色肌の色の人たちとずっと一緒だったが、確かにメイリンほど黒髪で黒い瞳の子はほとんどいなかった。
どちらかをいうと人と違っているのがあまり好きでなかっただけに、それが魅力的ということは今まで認識したことがなかったのだ。
繁華街を後にして、再びグライダーに乗った三人はバザール市の上空を滑空する。
町全体が一つのオブジェの様に作り上げられているのが上空から見るとよくわかった。
建ち並ぶ針のような尖塔群はそのまま天殻へのエレベーターになっていて先端からシャフトが上空に向かって延びている。
「あれっ何かな」
メイリンが下方を指さしてエルフィンに尋ねた。
白いテントのようなものが半ばしぼみかけてオブジェに貼り付くようにあった。
「《アスリーヌ》から来ていた曲技団が昨日まであそこで公演を行っていたのですが、ちょっと事故があったようで、急遽撤収してしまったのです。結構評判の公演で、私も機会があれば、見たかったのですが」
「《アスリーヌ》から。ずいぶん遠くからきているんだね」
ラムファが言った。帝国の首星は《中継基地》から8000光年以上離れている。
「いろいろな星系を渡り歩いて公演をしているので、直接から来たわけではないのです。本当ならあと一ヶ月ほど公演する予定だったのですが」
「事故って」
メイリンが尋ねた。
「なんでも猛獣ショーの最中に暴れた猛獣に出演者が襲われて、観客の目の前で猛獣を射殺してしまったそうです」
「そりゃ、大変だ、見てた人たちはショックだったろうね」
「明日にも他の星系に移動してしまうようです」
エルフィンはちょっと考え深げな表情をしてそのしぼみ掛けたテントを見つめていた。
人工太陽が傾き、帰らなければならない時間になり、二人はエルフィンに見送られて、天殻貫通エレベーター乗り場にやってきた。
今度はラムファもエレベーターを利用せざるを得ない。二人はエルフィンと再会を約束してエレベーターに乗った。
20分ほどで地上に着き、メイリンはラムファと別れて〈ブラック・キャット〉にもどった
「あれっ」
船に乗り込もうとしたメイリンは歩みを止めて上をみた。
貨物運搬シャトルがなにかコンテナのようなものを船倉に運んでいる。
「追加の荷物?」
メイリンは小首をかしげた。
「どうも予定外だがしかたないな」
パイロットルームでイーノス船長とジョーン副船長が話し合っている。
メイリンは帰着の報告をし、サブパイロットシートに腰をおろした。
聞くともなく二人の会話が耳に入る。
「マラケシュの大使からの依頼だ。ついでにということらしいが、なにしろものがものだからな。本来なら引き受けたくはないが、他の船に押しつけるわけにもいかんだろう。搭載余地は本船が一番あるわけだからな」
「それにしてもG・ギルドでは認めがたい荷物ですね。明らかにG・ギルドでは運送規約違反です」
「帝国の貴族からの要請はむげには断れない。特に相手が有力貴族の場合はなおさらだ。本船が断っても結局、船団の他の船で引き受けざるを得なくなる」
「それにしても、明らかにトラブルの種なのに、それを知って運搬を引き受けるなんて」
ジョーンは憤懣やるかたない口調だ。
「まあしかたないだろう、こちらには迷惑はかけないと誓約しているわけだし、ギルドの運送センターにも特別許可は得てある」
イーノスも渋い顔をしている。
ジョーンはそれきり口をつぐんでしまった。
重苦しい沈黙がパイロットルームを支配した。
メイリンは当直が終わり自室に戻る途中、船倉に寄ってみた。
宇宙艇〈ファンタジー〉の置いてあるブロックがフェンスで区切られ、反対側にさっきみたコンテナがおいてある。
一辺十メートルほどのそのコンテナは他の新たに積み込まれたらしい大小様々なコンテナと一緒にそこにあった。
いつのまにか積み荷が多くなっているのに驚き、メイリンは近くの甲板員詰め所にいってみた。
主任甲板員のフロスト・ローが眉根をよせてモニターをチェックしている。
「こんにちは、フロスト、忙しそうだね」
メイリンが声を掛けるとフロストはモニターから顔をあげてメイリンを見た。
「よぅ、メイリン珍しいな、船倉にくるなんて」
「何を積み込んでいるの、こんなごちゃごちゃしたコンテナ」
「そうなんだ、困ったもんだ、予定外の荷物の上にとんでもない代物だ」
「何なの」
メイリンが尋ねるとフロストはモニターへ顎をしゃくった。
「見てみろよ、今運び込んだコンテナの中身だ」
メイリンはモニターをのぞき込んではっとした。
モニターに映っていたのは頑丈そうな檻とその中にとぐろを巻く巨大な蛇のような生物だった。
「それは、エキストラ星系産の火炎蛇だ、ここあるコンテナには全部こんな生物が詰まってるんだ」
「もしかして、アスリーヌの曲技団の荷物」
「よく知ってるな、なんでも事故があって、早々にここを引き払って、マラケシュで公演することになったらしい。困ったもんだ、この船は生物運搬仕様じゃないんだから。全く面倒なものをひきうけたもんだ」
フロストはぶつぶつ言いながら頭を掻いた。
《中継基地》が次第に遠ざかる。
傍らの《ガズボッド》もオレンジの縞模様をぼやけさせていく。
メイリンはパイロットシートに埋まりながら、後ろ髪引かれる思いがしてならない。
エルフィンとの出会いの時感じた衝撃は単にその人間離れした美しさに対してだけではなかった。
何か別のものがあった。それが何かわからない。
言葉にして表現できない何かがあった。
「メインエンジン出力40パーセント。星系の重力圏脱出まで後十分」
ケインがテキパキと《ブラックキャット》を操作していくが、メイリンはどこか遠くでそれを見ている。
やがて虹色の世界が広がった。