第十章 絡む思惑
ゲド・ジュダル族の族長ギシンは迷っていた。
呼び出しに答えるかどうかである。
主族であるゲド・ミステリオンの族長カジムからメッセージが届いていた。
約束の日まであと7日。
故郷へ帰還の意志があるのならば、今すぐ離反組を率いてミステリオン族長に頭を垂れ謝罪せよというものだった。
7年前、意見の相違からギシンはミステリオンから自分の子族500人を率いてスタークルーザー2隻で離反した。
それ以降、ギシンはマラケシュの反政府勢力と誼を通じ、協力関係を保ってきた。
彼らの依頼を受け、海賊まがいの行為をしたこともある。
また、マラケシュ辺境の鉱山都市を襲い略奪も行った。
最近では、マラケシュの皇太子を暗殺する企てにも加担した。
見返りは資源や食料、反物質燃料それに金だった。
生き残るためには手段を選んではいられなかった。
もともとゲド族はほとんど自前の産業を持たない。
星系から星系を渡り歩き。
その星系の資源を採取し尽くす。
「星喰い放浪者」と蔑称を付けられるのも是なるかなである。
ただそれも母艦『タンカー』があってのこと。
スタークルーザー2隻だけではどうしようもない。
ある所から奪うだけしか生き延びる選択肢はなかった。
それは仕方のないことだった。
先日の皇太子暗殺が成功したのかどうかは不明だった。
いったいあの高速船は何だったのだろう。
ただの豪華クルーザーではなかった。
尋常ならざる船だった。
強力な防御システム、ステルスフィールド、驚くべき加速性能。
コルベット級をはるかにしのぐ戦闘力を持っていた。
このスタークルーザーを以てしても全力で狩らねばならない代物だった。
あるいは、仕留め損ねたのかも知れなかった。
あの時、あの船はスタードライブで逃げた訳ではなかった。
それならばドライブインの軌跡が残る筈。
全く跡形もなく消え失せていた。
何が起きたのか。
見当がつかなかった
反政府勢力には皇太子暗殺成功と報告し、映像も送っていた。
対艦ミサイルの爆発の閃光の後に船影はなくなっていた。
完全に破壊したようにも見える。
だが、残留物が全くないということはあり得なかった。
逃げられた可能性は否定できなかった。
それにしても、貴重な対艦ミサイルを6発も使ったのは痛手だった。
防御力の弱いコルベット級程度なら強力な主砲の一斉射で難なく仕留められる。
今まで対艦ミサイルまで使用したことはほとんどなかった。
なにしろ、対艦ミサイルは簡単に補充が効かない代物だった。
帝国で使用しているものは仕様が違いスタークルーザーでは使えない。
補充できるのは母艦『タンカー』からのみ。
ギシンは呼び出しに応じ主族ミステリオンとともに故郷に帰還する選択肢も考えた。
しかし、主族の長カジムに膝を屈することは誇り高いギシンには耐えられなかった。
もともと怒りに任せて主族を飛び出したのはギシンである。
どの面下げて戻れるというのだ。
そんな時、新たな依頼が来た。
今度はマラケシュ太守の暗殺だと言う。
3日後にコルベット3隻でやって来るとのこと。
飛んで火にいる夏の虫だった。
コルベット3隻程度ならミサイルを使うまでもない。
スタークルーザが皇太子一行を襲ったことは知られていないはず。
通信する暇はなかったし、通信妨害もかけていた。
その後のマラケシュの放送を傍受してもゲド艦のことは一切伝えられていなかった。
太守の行動は、消息不明になった皇太子を案じてのことだろう。
警戒はしていないはずだ。
しかも、今回の報酬は皇太子の時の倍ということである。
ギシンに迷いはなくなった。
マラケシュ全土に激震が走った。
全ての放送チャンネルがハッキングされていた。
そこには行方不明とされている皇太子が映っていた。
「全公国民に告げる。私は皇太子トーマスである。私が行方不明になっていた件について話して置きたいことがある」
皇太子トーマスは落ち着いた雰囲気で話を続ける。
「立太子式の後、私が乗っていた船が突然ゲド族のものと見られるスタークルーザーに襲撃された。護衛のコルベットは全滅した。私はG・ギルドの優秀なパイロットのおかげで九死に一生を得て戻って来た。父の太守が暗殺されたという知らせを聞いて私は確信した。これはゲド族や反政府勢力と結託し太守の座を奪わんとする陰謀である。私と父を排除して太守の座につかんとするものがだれであるかは明らかであろう。私は生きている。そして太守の座は守り抜く。私は今から太守宮に向かう。妨害するものは反逆者とみなす」
凛とした面持ちで皇太子は放送を終えた。
この放送を見たマラケシュの人々は皇太子トーマスの印象をがらりと変えることになった。
確かに立太子式の時は名門の子弟らしい上品さは残していながらも、どこか頼りなげな風情もあった。
しかし、今は一転してカリスマ性を身に着けた施政者としてのオーラを皇太子はまとっていた。
それは皇太子の映像を見、声を聴いたものの心に深く刻みこまれた。
人々は歓喜して皇太子の帰還を歓迎したのだった。
そんな中<ファンタジー>はマラケシュの衛星軌道に到達した。
「衛星軌道に乗りました。ステルスシールド解除してよろしいですか」
メイリンが尋ねる。
「うむ、いいだろう。防御シールドはそのまま、引き続き防御システムはスタンバイだ」
船長席のジョーンが指示を出す。
「殿下、太守宮に降りてもよろしいのですか」
ジョーンの問に皇太子トーマスがうなずく。
メイリンとラムファが座るパイロットシートの後方の席に座っていた。
それは思念融合艦隊指揮者のためのシートだった。
まだシステムは使えないので空席になっていた場所だった。
「もしかするとギボン副太守が悪あがきをするかもしれないので、慎重にお願いする」
「了解しました。着陸準備、目標太守宮。降下開始」
<ファンタジー>はゆっくりと衛星軌道を離れマラケシュ・シティに向け降下を始める。
「ちょっと、大丈夫なの、あの放送の影響があったのはわかるけど。副太守とかその味方の勢力とかの反応が分からないのに、着陸していいのかな」
「まぁ、着陸すればわかるんじゃない」
「そんなのんきな」
メイリンは<ファンタジー>の操縦をしながらパープルと会話していた。
ダイレクトにつながっているので、ラムファには二人のやり取りは聞こえていない。
試用期間ということで船のAIとの思念融合時でなくてもメイリンはパープルを呼び出せるようになっていた。
呪文********を唱えるとメイリンの意識の第3層に施されている心理ブロックに抜け穴が生じてそこからパープルと融合できるのだった。
パープルがその気になれば心理ブロックそのものを消し去ることも可能だそうなのだが、そうすると余計な面倒が生じるそうなのでやらないとのことだった。
そもそも心理ブロックはアカデミアの恒星間パイロットコースに入学時に施されたもので、G・ギルドの恒星間パイロットとしての必要要件であった。
勝手に消去したら問題になるだろう。
今はおおっぴらにパープルとも<ファンタジー>のAIとも融合している。
というか、パープルが<ファンタジー>のAIを支配下に置いている状態でメイリンと融合しているのだった。
そもそも、メイリンと融合しなくても、パープルは周囲のAIを支配できるらしい。
今までもちょくちょく<ファンタジー>のAIとはつながっていたとのことだった。
パープルに言わせれば面倒見ていたそうだ。
結構他のAIにちょっかいを出すのが好きな奴のようだった。
なにしろ「管理権限者」という肩書なのだからそれも当然なのかもしれない。
<ファンタジー>のAIにも勝手に名前を付けてビジュアルイメージまで作っていた。
ちなみに名前は「ファン」。
ビジュアルイメージは6才ぐらいの幼女だった。
メイリンもビジュアルイメージを見たがものすごくかわいい女の子だった。
金髪で巻き毛の天使みたいな幼女。
パープルの趣味なのだろうか…。
「着陸まであと十秒。地上からの脅威は今のところ感知できない」
ラムファの声が響く。
太守宮が大きくなり、出発した時のベランダが眼下に確認できる。
「着陸!」
メイリンは降下速度を緩め、ふわりとベランダに<ファンタジー>を下ろす。
ベランダには人影は見えなかった。
「殿下、もしものことがあるので、護衛の者を先に下ろしますのでお待ちください」
カリム中佐が司令室から出ていく。
護衛の兵士はカリム中佐含めて6名乗っていた。
皇太子の幼少時から仕える信頼できるメンバーだとカリム中佐は言っていた。
タラップが降りるやいなや素早く駆け下りて左右に展開する。
全員がライトアーマーを着用し両手に高出力のビームライフル銃を抱えていた。
「展開完了。今のところ敵対的な動きはありません」
カリム中佐からの報告がパイロットルームに流れる。
「よし、行くぞ」
トーマスがシートから立ち上がった。
「二人はここで待機。なにかあったらすぐに飛べるようにスタンバイ」
ジョーンはそう言い残すと、皇太子の後についてパイロットルームを出て行った。
メイリンとラムファは再び思念融合モードに入った。
皇太子トーマスがタラップを降り護衛の兵士に取り囲まれて立った。
「誰かくる」
ラムファが言う。
メイリンも前方から近づく10人ほどの人々を見る。
武装しているものはいないようだ。
「先頭の人は教団の枢機卿じゃない」
メイリンは先頭の豪華な衣装を着て杖をつく人物を注視した。
皇太子に祝福を与えた教団の神僧だった。
たしかアーダムとかいう名前だった。
「パープル、ウェーブってだれでも使えるわけじゃないよね」
メイリンはパープルに尋ねた。
「そうだね、最低でも第3層の意識領域が活性化されていないと使えない能力だね」
「思念融合と同じ領域?」
「領域としては同じだが、ウェーブ能力はアクティブな能力なので、使うにはパッシブ能力である思念融合よりも高いスキルが必要だね」
「アクティブな能力?」
「AIを操作し、思念を人の意識に同調させ様々な干渉を行う能力さ。もともとはAIと人との意識の融合状態を管理するために特化した能力だったんだ。今は人間同士がダイレクトにリンクする能力として使われている」
「あなたが人の意識も支配できるって言ったのもそのこと」
「ぼくはウェーブより高次な能力も使えるよ」
「もっと高次な能力」
「まあね」
「皇太子と枢機卿が話をするみたいだね」
ラムファの声が飛び込んできた。
皇太子の前まで歩み寄った枢機卿に向かって皇太子一行は片膝をつき組んだ両手を頭の上にかざし拝礼している。
「なんで枢機卿がここにいるのかな」
「もしかしたら放送のせいかもね」
「皇太子の放送を聞いてきたわけ」
「内容じゃなくて、あの放送にかぶせたウェーブに気付いたのかも」
「ウェーブを」
「ああ、皇太子の放送に『信頼』と『共感』のウェーブをかぶせたんだ」
「それで、見た人はみんな感動してたの」
「普通じゃ分からないレベルで入れたんだが、第5層まで活性化してると言われる枢機卿なら見抜けるかもね」
「第5層まで活性化って、どんなレベルなの」
「ごくまれなレベルだよ。多分聖アシン教団内でも少数だと思う。最も第5層は広大な領域なので、全てを活性化するのは至難だ。せいぜい一部分の活性化だろうけど、生身の人間としては最高レベルと言ってもよいな」
「どんなことができるレベル」
「下位のAIと人間の意識への干渉ができる。つまり第4層以下に相当するAIと第4層以下の領域を活性化されている人間の意識への干渉」
「AIって、あの太守宮の奥にある御柱みたいな」
「そう、ここにあるのは封印されていなければ第4層レベル相当の『タワー』だよ。封印されてなければね。たとえ封印が解かれて自律したAIになっていたとしても第5層能力者ならある程度以上は扱えるだろうな」
「二人がなんか話してるよ」
ラムファの声が割り込んでくる、メイリンは皇太子と枢機卿に注意を向けた。
「よくぞ御無事で、皇太子殿下」
「枢機卿猊下こそ、わざわざのお出迎え恐縮至極です。放送を御覧になったのですね」
「いや、見るというより感じておりましたぞ、どうやって『信頼』と『共感』のウェーブを放送にお乗せなさったのですか」
「はて、ウェーブなぞ私ごときに使えるはずもなく。なにを仰せなのかとんと検討が付きません」
皇太子は枢機卿の言葉にきょとんとした様子をしていた。
もちろんウェーブをかぶせたのがパープルの仕業とは知る由もない。
「ちょっと、やっぱりばれちゃってるみたいだけど、どうするの」
「別にかまわないよ、枢機卿が皇太子の頭を走査しても問題ない。『ファン』を経由してハッキングしてウエーブも乗せたんだ。皇太子は経由していない。痕跡は皆無さ」
「ハッキングしたのが分かって問題ないの」
「そこは、皇太子のたっての希望でG・ギルドが持てる技術の総力を挙げた結果とでも言い逃れできるだろ」
「誰が、それを言うわけ」
「思念融合モードで、この船から放送電波を流したのは君だよ」
「あたしが!」
メイリンは絶句した。
どうせならパープルに最後まで面倒見てもらいたい。
そもそも皇太子の放送の言い出しっぺはパープルなのだから。
「僕の存在は、極秘事項なので」
今更そんなとメイリンは思ったが事はどんどん進行しているようだった。
皇太子は枢機卿と肩を並べるように太守宮の中へと向かう。
「見えなくなっちゃう」
「大丈夫、カリム中佐の意識を通して、現状は把握している。なにか異変があったら、君に教えるよ」
パープルがあっさりと言う。
「カリム中佐の意識って」
「ちょこっと意識の片隅をお借りしてるだけ」
「そんなことできるの」
「君と共生している状態ではね」
パープルは当たり前のことのように言った。
メイリンはまた絶句している。
「もうこれで経過報告を待つだけだな」
ジョーンが船長席から立ち上がる。
「二人とも融合解除していいぞ。敵対行動は今のところないようだ」
「了解」
メイリンとラムファは融合を解き、コクーンから出る。
「コーヒーでも飲むか、メイリンは」
「私も貰うよ」
コーヒーサーバーの方に向かうラムファの後ろ姿を見ながらメイリンは呪文を唱える。
「パープル、どうなってる」
「見てごらん」
メイリンの意識の中に皇太子の背中とその向こうに立つ枢機卿が見える。
カリム中佐が見ている光景のようだ。
「そんな、あの二人は…」
メイリンは思わず言葉を発する寸前でこらえる。
枢機卿に並んで立つ二人の人物。
片方は死亡したと言われていた皇太子トーマスの父親である現太守リチャード7世。
もう一人は、シーカ七星連邦戦闘母艦『玄天』艦長のアリス准将だった。
「あの二人はホログラフィ映像だね。どうやら太守は無事のようだな」
「パープルどういうことなの、話も聞ける」
「やってみよう」
皇太子の声が聞こえてきた。
「父上、ご無事だったのですか。これは一体どういうことですか。私にはなにがなんだか」
「トーマスよお前こそ無事で何よりじゃった。お前が遭難したと聞いて反政府勢力の手にかかったのではないかと思ってな、なんとか陰謀の首謀者であるはずの副太守のしっぽをつかみたい思って、枢機卿とアリス准将に頼んで一芝居うってみたのだ」
「枢機卿はともかくもシーカに助力を請うとはいったい」
トーマスはいぶかしげな口調である。
「なに、以前から護衛契約を結んでおったのだ。お前の帰国に際して、反政府勢力が何かやらかすのではないかと危惧してフェネトスとマラケシュの往復の護衛を頼んでおったのよ。もっとも、今回の件では、追加オプション契約を新たに結んだ訳じゃが」
「あらかじめ私の護衛を頼まれていたのですか。私はてっきり、偶然に助けてもらったとばかり思っておりました」
トーマスは呆然としてつぶやいている。
「マラケシュ太守もずいぶん景気がいいらしいね。戦闘母艦一隻を護衛としてチャーターなんてどのくらい積んだのかね」
パープルもあきれたようにつぶやいている。
「もともと私たちの通商路の安全確保の為の出動計画があったのです。そこに太守からの依頼と言う事で、いわば一石二鳥というわけですね」
アリス准将が少し微笑みながら補足を入れている。
「じゃあ父上が乗っていたコルベットが破壊されたというのは」
「あれはフェイクじゃ。私は予め反政府勢力に情報を流した上で、コルベットでお前が行方不明になった星系まで行った。そこで、『玄天』と待ち合わせておったのじゃ。案の定ゲド艦が現れたが『玄天』に手も足も出ずに補足されたわ。今はこうして『玄天』からアリス准将と一緒に話をしているわけじゃ」
「そんな、じゃあ僕の放送は意味なかった訳ですね」
「そんなことはない。立派な演説だった。国民もあの放送を見て、この国の将来を任せられる者はお前しかいないと確信しただろう。父も同じだ」
「父上…」
トーマスの声が震えている。
ギシンは近づいてくる3隻のコルベットをスクリーンで確認する。
巡航速度でゆっくりとギシンの艦が隠れている巨大ガス惑星の軌道に迫って来た。
どれに太守が乗っているのか不明だが問題ない。
3隻とも破壊すればよい。
手始めに最後方の艦から仕留める。
他の2隻が逃げようとしても加速はスタークルーザーが上回っている。
(せめてクルーザー級で来るべきだったな。)
とギシンはほくそ笑む。
そうすれば少しは相手になったろう。
「あと100万キロです」
探知士の報告を受け、ギシンはガス惑星の衛星の影から艦を最高加速で発進させる。
一直線にコルベットの小艦隊に向かう。
コルベット小艦隊はゲド艦を探知したのだろう回頭を始めている。
(遅すぎる)とギシンは思った。
あの皇太子が乗っていた高速船に比べればまるで蝸牛のような鈍重な動きだった。
「射程に入り次第一斉射撃。目標は最後尾の艦、次は右側の艦だ」
「了解、射程まであと15秒」
射手が主砲の制御パネルに指を走らせ照準を定めている。
その間にもスタークルーザーは空間を切り裂くようにその楔型の艦体を加速させていく。
「射程まで、あと3秒、2秒、1秒、ファイア!」
青白いビームが2条、空間を走り、最後尾のコルベットに突き刺さり閃光を発した。
「なんだ…」
スタークルーザーの司令室に同時に声が上がる。
必殺のビームはコルベットの遥か手前で壁に当たったように四散していた。
「族長、何らかのフィールドが存在しています、ビームのエネルギーが消滅しました」
「なんのフィールドだ。防御シールドではないのか」
ギシンは怒鳴った。
あのコルベットにそんな防御兵器がある筈がない。
「敵機多数出現。囲まれています」
探知士が悲鳴に近い声で告げる。
ギシンはスクリーンを見て凍り付く。
スタークルーザーの周囲の空間に無数の機体が現れ突進してくる。
「シーカのファイターです。総数50機、逃げられません」
「防御シールド最高レベル、対空砲火全て使用しろ。進路変更して全速で切り抜けろ」
ギシンは矢継ぎ早に指示を発し、艦長席のひじ掛けを握りしめた。
よりによって、シーカの戦闘機とは。
攻撃力、機動性、組織的な戦闘形態などどれをとっても最強と言われている。
それが50機も。
ギシンは死を覚悟した。
防御シールドは第1波の攻撃で消滅した。
対空火器や主砲塔、対艦ミサイルランチャーは第2波の攻撃ですべて破壊された。
絶妙なピンポイント攻撃だった。
ゲド族のスタークルーザーがわずか2回の攻撃で丸腰の状態になってしまった。
(これがシーカ軍の実力なのか、第2次長征でゲド族大連合軍が撤退を余儀なくされたのもシーカによる後方支援部隊の殲滅だったという。相手が悪すぎる)
ギシンは艦長席の通信機をオンにした、この星系の外縁部に待機しているはずの僚艦につなぐ。
通信機のスクリーンに長い銀髪の若い女性の顔が映った。
「族長どうされたのですか。事が終わるまで通信はするなとのことですが」
「ジーナよく聞け、本艦は現在シーカの戦闘機部隊と戦闘中だ。すでに本艦には戦闘能力はない。今から自爆する」
「そんな!今すぐ助けに」
「無駄だ、わが部族を滅ぼすつもりか。子供たちまで巻き添えにすることは許さん」
僚艦には乗員の他に非戦闘員の女、子供、老人達を集めていた全部で400人ほどになる。
逃げ延びられれば部族が存続できる可能性は残る。
何としても逃げ延びさせねばとギシンは思った。
「主族からの通告は知っておるな」
「はい、それには応じぬとの仰せでしたが」
「事情が変わった、今すぐランデブーポイントに行き、主族の族長にこのことを話し、帰順を申し出ろ。この責任はすべて族長ギシンにあるというのだ。ミステロンもお前たちを見捨てはしないだろう」
「族長…父上、そのような」
「黙れジーナ、今後はお前が族長として我が部族を守るのだ。子供たちを頼む。父の過ちを心に刻み部族を導いていけ。族長として父として最後の頼みだ。よいなジーナ」
「父上…」
ジーナの両目から涙がとめどなく流れ落ちた。
ギシンは大きくうなづき通信を切る。
司令室の全員が自分を見ていた。
「お前たち聞いた通りだ。全員退艦しろ。俺はこの船と運命を共にする。これまでよくやってくれた」
「族長水臭いぜ。俺たち100名誰一人逃げようなんてものはいない。ゲド族の誇りを見せてやろうぜ」
「ばかやろう、無駄死にしてどうする、力ずくでも退艦させるぞ」
ギシンは艦長席から立ち上がる。
「族長、通信が入りました。映します」
通信士が叫ぶ。
「なんだと」
ギシンはスクリーンに視線を移す。
ショートカットにした黒髪の少女が映っていた。
黒い瞳がギシンを見つめる。
「私はシーカ七星連邦所属艦『玄天』第1戦闘機部隊長リサ・クルス中尉。貴艦の戦闘能力はすでに皆無。降伏を勧告する。他に選択肢はない」
「なにを言っている。降伏などせぬわ。ゲドの誇りを見せてやる」
司令室の全員が吠える。
ギシンはスクリーンに映る少女の姿に驚いた。
娘のジーナよりも年若いではないか。
それであの戦闘機部隊の隊長とのこと。
自分の目が信じられなかった。
ギシンは口を開こうとした。
(せめて部下たちでも…)
「それしかないのですよ。あなたたちには」
リサの言葉の直後、ギシン達の意識は闇に沈んでいた。
(これひと段落つくか)
紫の枢機卿アーダムは太守と皇太子のやり取りを見ながら思った。
後は自領の星系に逃亡した副太守の処遇をどうするかである。
それと、シーカの戦闘母艦が拿捕したゲド艦の件もある。
先の大戦以来、ゲド族と帝国は休戦中である。
それは、帝国の同盟国であるシーカも同様である。
『玄天』がゲド艦を破壊せずに拿捕したのも、あえて事を荒立てることを避けての措置であろう。
「アリス艦長殿、拿捕したゲド艦をどうなさるおつもりかな」
アーダムが尋ねると、アリス准将は太守と枢機卿に交互に視線を走らせ、
「今、ゲド艦の艦長と思しき人物を尋問中です。すでに副太守との関係は明らかになっています。反政府勢力の裏で糸を引いていたのも副太守という証拠も明らかです。ゲドは惑星1つ分の資源と引き換えに今回の件を受けたそうです」
と答えた。
「惑星1つ分の資源と引き換えにですと。それは明らかな内政干渉行為ですな。休戦中というのに」
アーダムはいぶかしげにつぶやく。
「どうもこのゲド族は大戦後にこの地に逃亡し、何らかの事情で帰国できなかった連中のようです。本国の動きとは無関係かもしれません」
アリス准将の言葉にアーダムは少し安堵した。帝国とゲド族の関係が悪化し、再び戦火を開くようなことになっては一大事になることであった。
一部族が独断でやった行為なら、納めようもある。
なによりも、帝国軍が直接関与しなかったのは不幸中の幸いであった。
こちらにも被害は生じているが、あくまで、一自治領の範囲内であった。
アーガムは教団本部へ送る報告書の中味を考え始めていた。
一つひっかかりがあった。
あの皇太子の放送だった。
あれには明らかに『信頼』と『共感』のウェーブが同期されていた。
あんな真似ができるのは教団でもかなり高位の存在である。
第3層を極め、第4層に達する能力がないとあんなことはできないはずである。
もちろん皇太子ではない。
皇太子はG・ギルドに留学し、思念融合コントロールを身につけているが、それは第3層の一部の領域の活性化にすぎない。
現に、立太子式の折、皇太子を走査してそのことは確認済みである。
(では、いったい誰が。)
アーダムは考え込んだ。
その時、ぞくりとする気配がした。
何かがアーダムを見ている。
アーダムの第5層に達する能力がなかったら気づかないようなかすかな気配。
アーダムは慎重にその気配を追った、それは皇太子の背後にいるカリム中佐からだった。
(まさか、カリム中佐が能力者なのか)
アーダムはさらにその気配を追跡した。
それはカリムを透過しその奥にいる人物にたどり着く。
少女の姿が見えた、黒髪、黒い瞳、まだ十代半ばほどの少女の姿が。
見えた途端、ビジョンは閉じた。
(あれは…)
アーダムはその姿を記憶に焼き付けた。
一度でも見たことのある人物なら特定できるはずだった。
教団のデータベースを使う手もある。
「見つけてみせるぞ」
アーダムはほくそ笑んだ。