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魔眼の少女と白猫の賢者  作者: 四季 畑
第1章
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第8話

 「はぁ、はぁ、はぁ……」


 荒れる息。 玉のような汗が額に浮かんでは落ちていく。

 空は太陽が顔を覗かせたばかりで、人々が活動を始めるには少し早い、そんな時間帯。

 アルテナが今いるのは女子寮のベッドではなく、ましてや建物の中ではない。学園内の広場で一人、彼女は立っていた。

 しかしその顔色は晴れてはおらず、むしろ疲労困憊といった様子だった。

 息切れをするほどの激しい運動をしたわけではない。というよりも、彼女はその場からほとんど動いていない。今まで行ってきたのは魔法の訓練だ。顔色が悪いのも魔力の過度な行使によるものである。

 アルテナは普段から早起きという訳ではない。どちらかといえば遅いほうだ。

 新しい環境に生活スタイルを改めた――訳でもない。

 睡眠の欲求に抗ってまで彼女が早起きした理由は、今日の日程に組み込まれている実技の授業にあった。


 (やっぱり、私は――――)


 服の裾で汗を拭い、息を整えながらアルテナは自分の顔を苦虫を噛み締めたように歪める。

 清々しい気分とは程遠い感情を吐き出さずに心に押し込めて、アルテナはふらふらとした足取りで自室へと戻っていった。   



 

 「ふぁ……」


 数時間後、制服を着たアルテナは部屋の前で壁に寄りかかりながら欠伸をしていた。普段の起床時間まで寝ようと思っていたのだが、スッキリした脳は睡眠を拒み、中途半端な眠気を抱えることになってしまったことの代償である。

 今彼女は待っていた。昨夜に出来た学友達を。

 自室付近の寮部屋に挨拶に回り、色々話している内に今日から食堂に一緒に行こうという事になった。アルテナは別にクラスの皆と友達になるというような大層な目標は掲げてはいないが、一人ぼっちの学園生活も望んではいなかった。

 

 「ごめーん。お待たせー」

 「アルテナちゃん、おはよう」

 「ミリアさん、サウラさん、おはようございます」


 若干ソワソワしながら待っていると、二人分の声がアルテナの耳に届く。振り向くとその隣人達が手を振りながら歩いてきた。アルテナも手を振り返しながら頭を下げる。

 一人目はミリア=レイエット。茶色の長髪にカチューシャを付けた、明るい雰囲気を醸し出す少女だ。

 二人目はサウラ=ハンズ。こちらも髪の色は茶色。ミリアと違うのは髪飾りの類いを付けていないことと前髪で顔が隠れており、そこから覗く目は垂れ気味。アルテナと同じように気弱そうな少女といったところだろうか。


 「それじゃ行こうか」

 「あ、ごめんなさい。もう少し待ってくれませんか?もう一人いるんです」

 「へぇ、誰?同じクラスの人?」

 「それは……」

 「待たせたね」


 再びアルテナたちに声がかかる。声の方向に顔を向ければ、金髪の尻尾を揺らしながら近づいてくる少女、リーンの姿が確認できた。

 

 「リーンさんおはようございます」

 「おはよう、アルテナ。悪いね、遅くなって」

 「いえ、私たちも来たばかりですので」

 「そう言ってくれると嬉しいけど……。そんな待ち人の常套句聞かされても余計気を使われてるとしか思えないんだけどねぇ?」

 「本当ですよ」


 リーンと挨拶を交わし、微笑みながら会話をするアルテナ。

 ふと、自分たちだけが喋っていることに気付くと、先程の茶髪の学友二人が呆然としていた。


 「えっと……、お二人はどうしたんですか?」

 「ま、まさか……あなたが言ってた、残りの一人って……」

 「……リーン=ストレーム……!?」

 「えっ?リーンさんの事知ってるんですか?」

 「それは……ねぇ、有名人でしょ。……悪い意味で」

 「……」


 アルテナがミリアたちに自分の友人の事を尋ねると、二人は顔を見合わせながら何とも言えない顔をし、リーン本人は口をへの字に曲げて黙っていた。


 「だってほら、見た目で分かんない?本人の前で言うのもなんだけど、いわゆる不良っていうやつだし」

 「ふ、不良……ですか?」

 「制服だって改造してるし……、まぁギリギリ規則の範囲内なんだろうけど。後は目付きとか鋭いし、高身長なのと組み合わさって、……ちょっと怖いし」

 「でも話してみると優しい人だって分かりますよ?」

 「……そうかも知れないけどさ……」

 「まぁ、アタシも自覚してるよ」


 ミリアが時々リーンに視線を向けながら、アルテナに当人の事を話していると、リーンが話に割り込んできた。


 「だけど人の前だからって理由で、態度を変えるっていうのは少しおかしいと思うよ。アタシはただ自分のありのままを受け入れてもらいたい、だからアタシは自分を変えようとはしない。逆に気が合いそうなやつだったら口調とか容姿とか引っくるめて受け入れる覚悟はある」


 自分の胸を叩きながらそう告げるリーンに、ミリアとサウラが再び顔を合わせ、互いに頷いた。

 

 「……確かに悪い人じゃなさそうね。見た目と違って」

 「……優しそうだね。……思ってたよりは」

 「ったく、どうして最近のやつらは見た目で判断するんだろうね。……まあ分かってくれたならいいけどさ」


 ミリアとサウラが理解を示し、リーンがヤレヤレと肩を竦める。その様子を見てアルテナはよかったと微かに笑っていた。




 「アンタらはどうしてこの学園に来たんだい?」


 場所は変わって食堂の端側に位置するテーブルで、四人が食事をしていたところ、リーンが突然話題を出した。


 「突然だね」

 「そりゃあ知り合って間もないんだし、色々聞きたいと思うのは当然だろう?」

 「それもそっか」


 納得したように目を閉じた後、ミリアは口を開いた。


 「私は遺跡調査団に入りたくてね。サウラは薬師になりたいんだって、親がそうだったから」

 「ふーん。その子の事詳しいじゃん」

 「まあ小さい頃からの付き合いだからね。よく一緒に遊んだ仲だよ」

 「あの、サウラさんたちはどこから来たんですか?」

 「東の『ポルダ』っていう町から。お酒で有名な所だよ。この辺りにも買い取ってるお店もあると思う」

 

 リーンとミリアの会話にアルテナとサウラも加わることで花が咲く。


 「二人はどうなの?」

 「アタシはまぁ、家の事情ってやつさ」

 「私は……その……えっと……」

 「何?私たちには答えさせておいて、ちょっと不公平じゃない?」

 「サウラの夢を言ったのはアンタじゃないか」

 「いいのよ別に私たちは。幼馴染みだし」

 「それはちょっと横暴じゃないかい?」


 言葉を濁すリーンとアルテナに対し、不服だと言わんばかりに詰め寄るミリア。数瞬の後、リーンは溜め息をついた。


 「……まあ確かに平等じゃないとは思うよ。だけどアタシとアルテナはその事についてはあまり答えたくない。……あまり問い詰めないでもらえると嬉しいね」

 「……分かったわ」

 「やけに物分かりがいいじゃないか」

 「本人が言いたくないってことを無理矢理聞き出す趣味は無いわよ。正直恥ずかしがる必要はないと思うけど」

 「アルテナはともかくアタシはそんなんじゃないけどね」

 「じゃあ教えてくれてもいいじゃない」

 「アタシは家の事は言いたくないんだよ」


 最後の言葉は不愉快な感情を滲ませた顔と共に発すリーンにミリアも大人しく引き下がる。

 アルテナとサウラもリーンの事は気になったが、目の前の人物にしつこく問いただす度胸などは微塵も湧かなかった。

 リーンが駄目ならば、とサウラはアルテナに質問を投げた。少々遠慮するような口振りで。


 「あの、アルテナちゃんのその左目って……魔眼……だよね?」

 「……はい」

 「よかったら教えてくれないかな?その眼のこと。あっ!いや、あまり言いたくないなら言わなくてもいいんだよ!?私も嫌がることを無理に聞くなんて事はしたくないし!その、えーと、少しでもアルテナちゃんの事を知れたらなぁって思って、それで……」

 「落ち着いて下さい。私の事を気にする必要はないですから」


 『魔力変質』という現象がある。

 魔力のある人間ならば誰にも起こりうる可能性のあるもので、それが起こった者には普通の人間とは変わった能力が備わる。魔眼はその一例だ。

 一例、というのはただ変質の結果が瞳に現れるというだけで、魔眼の他にも変わった能力を持つこともある。

 例えば魔力が尽きても問題なく動ける、傷の治りが異様に速いなど、一目見ただけでは分からないような変質の仕方もある。ただ魔眼が分かりやすいというだけだ。

 そして魔力変質は生まれた瞬間に既に起こっている場合(血統による影響)と幼い頃に何らかの経験によって変質する場合、そして稀に偶然魔力変質が起こる場合の三通りである。十代を迎えてからでは魔力変質が起こる可能性はゼロになるとされている。

 つまりサウラは後者の可能性を考えてアルテナに魔眼の事を聞くことに本人の許可を取ろうとしたのだ。経験といっても何か精神に大きく影響を与えるもの、つまり辛い出来事を思い出させてしまう可能性を考慮したから。


 「……私のこの眼には自分以外の運が見えるんですよ」

 「「「運?」」」

 

 アルテナの答えに他の三人は首をかしげた。予想していなかった曖昧な返答に戸惑っている様子だ。


 「はい。良いことが起こるなら金色の、悪いことが起こるなら黒とか紫といった暗い色の光粒がその人の周りに浮かび上がってるんです」


 そう言った後に魔眼の少女は苦笑いを浮かべる。


 「残念なことに、その運の原因となる出来事がいつ、何処で、どんなことが起こるのかというのは分からない、ちょっと不便な代物なんですけど」

 「へえー、それってあなたが関与して阻止できるものなの?」

 「……試した事はありますけど、結果として変えられたことはありませんでした。ただその人の身に何かが起こる、だけでは情報が少なすぎますし」


 まさか事が起こるまでピッタリ張り付くわけにもいきませんしね 、と最後に付け加えた。

 顔をアルテナに固定したままでリーンが疑問を口にした。


 「じゃあアタシたち、いやこの食堂にいる生徒(やつ)らの運が常に見えているってことかい?」

 「それは違います。その人を凝視しなければ魔眼の力は発揮されないんですよ」

 

 今度はサウラが手を挙げ、次には質問ではなく『お願い』をした。


 「あの、私たちの運も見てくれない?」

 「……それは構いませんけど気を悪くするかもしれませんよ?」

 「大丈夫よ。別に運が悪かったからってあなたに当たったりしないし、分かってれば注意すればいいだけだからね」


 アルテナが忠告すると、ミリアが代わりに問題ないと主張する。リーンも興味がありそうに笑っていた。もしかしたら魔眼を今時の少女たちがするような占いに使っているだけかもしれない。


 「……そう言うなら」

 

 アルテナが頷き、同意を示すと少女たちの顔をそれぞれ凝視しはじめる。正直、あまりいい気分ではなかったが自分たちが言い出した事なので、三人はじっと我慢する。

 少ししてアルテナは一度目を閉じ、次には困った顔をした。


 「……えっと、三人ともあまり幸運ではない、です」

 「……そっか」

 「……ごめんなさい」

 「なんで謝んのさ。アルテナのせいじゃないだろう」


 リーンがアルテナの頭を撫でるがその表情は沈んだままだ。

 そんな様子を見てリーンは嘆息する。 


 「ったく、無駄話しすぎたね。ほれさっさと食っちまおう。そろそろ時間がなくなるよ」

 「そうね」

 「そうだね、アルテナちゃんも早く食べよう?」


 周囲の者たちが食事をしていて、中には食堂を出ていく人物もボチボチ現れてくる事に気付き、少し急ぎ目に食事を進める少女たち。

 リーンが自分の気持ちを切り替えさせるためにこの状況を利用したのはアルテナでも分かった。その上で気付かない振りをして、心の中でアルテナは彼女に感謝した。

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