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魔眼の少女と白猫の賢者  作者: 四季 畑
第1章
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第7話

 「し、新にゅ、っ――!?」


 開幕早々に舌を噛み、今度は全身を羞恥で燃え上がらせるアルテナ。生徒たちは苦笑いするもの、失笑するもの、真剣な表情で見守るものと、様々な反応を示した。

 深呼吸をして同じ失敗をしないように心を落ち着けようとする。それでも、緊張によって耳障りなほどの鼓動を響かせる心臓の勢いを抑えることは出来ない。しょうがないと、そんな心臓を無視してアルテナは再び言葉を発した。


 「……新入生代表のアルテナ=ルーツです。今日はこの場に立てること、そして私のような者が代表に選ばれたことを光栄に思っております」


 もつれる舌をどうにか動かして原稿に書かれていた言葉を並べていく。


 「幼い頃から私は魔法に憧れていました。もしこの力で人々を助けられるのならどれだけ誇らしいだろう、と」


 今度こそ噛まないように、失敗しないように、慎重に声を出す。


 「そして、今日から私たち新入生は『魔法界の中心』とも呼ばれるマステイア、その教育機関の一つであるこの学園に入学することが叶いました。立派な魔法使いを志すものの一人として、これ程誇らしいことはありません」


 「私達を送り出してくれた保護者の皆様、そして教師、上級生の皆様に恥じないような、そんな魔法使いを目指すべく、学園生活を送り、学友の人々と切磋琢磨していけたら、と思っております」


 「三年後、今よりも成長して社会に羽ばたいていけるように努力していきますので、御指導の程宜しく御願い致します」


 ペコリとお辞儀をして挨拶を終える。

 会場内で起こる拍手を耳で受け取りながら、アルテナは無表情で壇上を降り、席に向かった。……内心は挨拶を終えたことに安堵したり、先程までの失敗に顔を覆ったりと忙しなかったが。

 そして在校生代表の挨拶や教員紹介等の工程を終えて、アルテナたちはそれぞれの教室へ戻っていく。


 

 アルテナたちのクラスが全員教室へ戻り担任の教師の帰りを待っていると、ノロノロとした足取りで痩身の男性が入室してきた。

 長い黒の前髪が目元を隠しているが、目の下の隈は隠せていない。気だるげな相貌に気だるげな足取り。ダルいと、雰囲気までもがそう言っているかのような存在は億劫そうに口を開いた。


 「えー、では早速入学式定番の自己紹介ってのをする訳なんですが、俺紹介しなくていいっすか?」

 「いや先生なんだからそこはちゃんとしましょうよ!?」

 「え〜、でも入学式でやったし〜」

 

 担任が紹介拒否をクラスに申請しようとして、ある生徒がそれを許さなかった。頭を掻きながら渋々といった風を隠す気もないように、それこそ「しょうがないなー」と言いたそうにしながら担任の男は生徒の要望に答える。


 「えーと?このクラスの担任を務めさせて頂くことになった……あれ、俺の名前何だったっけ?」

 「いや入学式で言ってたじゃないですか!忘れないで下さいよ!?」


 天井に視線を向けて本当に自分の名前を忘れたような素振りをする担任に生徒の突っ込みが飛ぶ。


 「えーとえーと、ああそうだ。はい、今年度からこの学園に赴任してきました、クロウス=ドープです。クロ先生って呼んでください……。趣味は寝ることダラけること。もしお昼寝スポットとか知ってたら教えてくれたら嬉しいです。……こんなんでいい?」

 「むしろあなたはそれでいいんですか?」


 虚無的な笑顔で自己紹介をするクロウス。威厳を微塵も感じさせない紹介に生徒一同で呆れ果てる。

 紹介を終えたクロウスは「終わったら起こして……」と言い残し、何処に隠していたのか、枕を取り出して夢の世界に旅立ってしまった。

 ――この先こんな担任で大丈夫か?と、担任のいびきが響く教室でクラスの心の声が一致してしまう中、気を取り直して前の席の人から紹介をしていく。

 そして最後に一番後ろの隅の席に座っていたアルテナの番になった。


 「入学式でも紹介しましたが改めて、アルテナ=ルーツです。国外からやって来ました。よろしくお願いします」

 「……」

 「……」

 「えっ?それだけ?他にはないの?」

 「あ、ご、ごめんなさい。何を話せば良いのか分からなくて……」

 「例えば趣味とか、得意な魔法とか、何を目指してこの学園に入ってきたか、大体こんな感じでいいんじゃない?」

 「あ、ありがとうございます……」


 あまりに短い自己紹介にクラスメイトの一人から突っ込みが入り、赤面しながら謝罪するアルテナ。

 前の人たちのものを参考にすれば良かったのだが、また緊張で話が耳にほとんど入ってこなかったということは本人にしか分からないことだった。


 「し、趣味は絵――、えーと、ほ、本を読むことで、この学園には魔法を正しいことに……人々を助けられるような魔法の使い方を学べれば、と思ってやって来ました。人付き合いは苦手ですが、どうか仲良くしてください。よろしくお願いします」


 要望通り、より詳しく自己紹介をして席に座る。「絵本を読むこと」と言いそうになって瞬時に訂正出来たことに本人は心の中で胸を撫で下ろしていた。

 こうしてクラスの自己紹介を終えたので、言葉通りに生徒の一人が夢の世界から担任のクロウスを連れ出すべく壇上に上がった。


 「先生、終わりましたよ」

 「ZZZ……」

 「起きてくださいって。もう昼寝の時間は終わりですよ」

 「うう……、あと一……年」

 「どんだけ眠りこける気なんですか!普通そこは五分とかだろ!?しっかりしてくださいよ!」


 今年度は睡眠に費やしたいというクロウスの願望も叶うはずもなく、無慈悲な揺さぶりで現実に戻されてしまう。アルテナもその光景には苦笑いするしかなかった。

 

 「……ここはどこ?私は誰?」

 「そんな棒読みで記憶失ったふりしないで下さい、クロ先生。もう私たちは終わりましたよ」

 「あ、そう。じゃあ今日はもう解散。早速だけど明日は実技の授業あるから。……忘れ物しないように準備をしっかりして明日に備えてください」


 再びノロノロと枕を抱えて退室するクロウス。

 担任が去ると次に起こるのは近隣の席同士のコミュニケーション、友人作りだ。

 ワッ、と教室内が騒がしくなることに怯む中、アルテナもリーン以外の友人を作りたいと焦るが、幼い頃から他人とあまり話したことのない彼女が自分から話し掛けに行くというのはハードルが高かった。

 実は周囲のクラスメイトたちも、推薦者であり色々と注目されている彼女に声をかけようと機を窺っているが、アルテナはそんな様子に気付く事はなく、狼狽える自分にクラスメイト達が怪訝な視線を送っているという風にしか見えなかった。

 

 「おい、アルテナ」

 「……へっ?」

 

 と、そんな自分に急に声がかけられたので驚いて変な声を出してしまう。驚きながら声のした方向を振り向くと、つい顔をしかめてしまった。

 何故ならばその人物は、先程自分のことを敵意に満ちた目で見ていた少年――マルスたちだったからだ。


 「なんだよ、人が折角声をかけてやったっていうのによ」

 「ご、ごめんなさい。あなたは、たしか……」

 「マルスだよ。それとも自分は推薦者だから俺みたいな奴のことは眼中にないってか?大人しそうで随分女王様気取りなんだな」

 「そ、そんなことは……」

 

 ニヤニヤしながら嫌味を言うマルスを前にアルテナはただ苦笑いするだけであった。


 「まあいい。本題に入ろうか」

 「本題……ですか?」

 「アルテナ。お前に決闘を申し込む」


 マルスのその発言に、彼等のやり取りを見ていたクラスメイト達がざわついた。かく言うアルテナも驚きを隠せず、目を見開いていた。

 決闘――古代から行われている魔法使いの儀礼の一つ。

 古代の魔法使いたちは一時期序列を巡って争いが絶えないことがあった。不意討ち、罠、奇襲、それこそ手段を厭わずに仲間を倒して自分が上だと言い張り、時には殺しにも発展してしまう事態も多々あった。

 そして、ある一人の魔法使いがルールを決めた。それが「決闘」である。

 そのルールが出来てからは、魔法使いたちは公平の名の元に序列を競いあうようになった。

 今の平和な時代では序列を争う事こそないが、何か意見が食い違うことがあれば、決闘を行って解決することも手段の一つである。


 「決闘……どうしてですか?」


 この国に来たばかりのアルテナも、常識くらいは学んでいる。もちろん、知っているからこそ決闘を挑まれることが謎だった。

 

 「なに、難しい話じゃない。推薦者であるお前の実力が見たい、それだけの話だ。受けてくれるよな?」

 「……」

 

 周囲の訝しげな視線に囲まれているにもかかわらず、依然としてふてぶてしい様子を保ち続けるマルス。

 アルテナは俯いていたかと思うと、やがて口を開いた。


 「……お断り、します」

 「……あぁ?」

 「お断りします」


 最初は弱々しく言い出し、それによって怪訝な表情をするマルスに今度ははっきりと告げた。


 「なんでだよ。怖いのか?」

 「……私は、人を傷つけるような魔法の使い方はしたく、ありません」

 「固いこと言うなよ。これは決闘だぜ?ちゃんとルールも決められている。大事にはならねえよ」

 「そうだとしても、私はこの決闘は受けません」


 ヘラヘラと笑うマルスを前に、アルテナはどんなことがあっても決闘は受けないと、そう意思表示をする。


 「……それに私は……」

 「私は?なんだよ」

 「……何でもありません。失礼します」


 呟きを聞き返されたが、答えることはなくその場を後にする。

 舌打ちが聞こえて後ろを肩越しに振り返ると、マルスが苛立ちを隠そうともせずに睨み付けていた、かと思えばすぐに口端を吊り上げて笑っていた。

 その表情の変化を不思議に思いながら、アルテナは寮の自室へと帰っていった。

 ――まだ諦めない。そんな意味が込められていることを理解できずに。



 部屋に戻ると、アルテナはすぐにベッドに顔を埋めた。そして足をパタパタさせる。ベッドに埋もれて見えないその顔は真っ赤な羞恥の色。

 脳内では入学式で噛み噛みな自分の挨拶。そして教室での言葉足らずな最初の自己紹介。

 もっと上手く出来なかったのか、あのときこうしておけば、そんな無意味な自問自答が繰り広げられていた。

 そしてピタリと、足のバタつきを止める。

 マルスが何故入学式の日に決闘を申し込んできたのか、あの表情に感じた嫌な予感は気のせいか、そんな考えが渦を巻く。


 (そう、まるであれは私を――)


 そんな結論が導き出されかけたところでコンコンと、部屋のドアをノックする音が聞こえた。

 開けると、そこには朝バッタリと出会ったリーンが立っていた。夕食のために食堂まで行こうという誘いだったので喜んで受ける。

 そして二人で食堂まで向かっていると、アルテナはリーンに話しかけた。


 「あの……リーンさん」

 「ん?なんだい?」

 「マルス……さんのことで聞きたいことが」

 「ああ、一言で表すなら、嫌な奴さ」

 「嫌な奴……ですか?」


 よろしくない評判にアルテナは目を細めるが、リーンもあまりいい顔はしていなかった。


 「ああ。試験を受けてなかったアンタは知らないだろうけど、有名さ。貴族の生まれらしいけどアタシからすればあれはそんな風には見えない」

 「流石にそれは……」

 「いいや、アタシだけじゃなくて他の奴も同じ意見だと思うけどねぇ」


 言い過ぎなのではとアルテナは眉をひそめるが、リーンが意見を曲げることはなく、それどころか他の者もそうだと言い張る。


 「まずアイツの家、グレッツェル家はいい評判を聞かない。相手の弱味を握って脅し、蹴落とす。そして自分より上の奴等に媚を売る。……後半の方は不思議じゃない、誰だってやることさ。だけどね、前の方が特にひどい。実際に貶められて力を失った奴もいるって話さ」


 あくまでも噂だけどね、と言った後に続ける。


 「マルスについては入試の方で色々やってたね。他人を煽ったりして冷静さを欠かせ、失敗するように仕込んでた。それでライバルみたいなやつが試験に落ちたら、思わず同情しちまうくらい馬鹿にしてた」

 「それは……!」

 「分かってるよ、酷すぎってことはね。だからみんなアイツだけには話かけようとしなかったろ?」


 マルスの悪行に怒りを露にしていると、リーンも嘆息しながら頷いて今日の教室内での彼の様子を述べる。

 アルテナも言われてみて気がついた。確かに彼に近付こうとしようとしてた者は、取り巻きの二人以外いなかったと。 

 そして次に思い浮かぶのは、その二人のこと。


 「リーンさん。あの二人って……」 

 「さあ、アタシもよく分からない。まあグレッツェル家を恐れたやつらで媚びへつらってるだけなんじゃないかい」


 アルテナが質問すると、リーンは肩を竦めて顔を横に振るだけだった。が、次にはアルテナのことを真剣に見つめていた。


 「気を付けなよ、アンタも目を付けられたっぽいからね。……用心しときな」

 「は、はい」

 

 入学早々嫌な人に目をつけられてしまったと、アルテナは不安げな表情を滲ませながらリーンと食堂に向かっていった。




 その夜。学園の男子寮――女子寮とは反対の位置で学園に隣接している建物内の部屋で、一つの部屋に三人の男子が集まっていた。マルスと取り巻きの二人――メレンとエーゲルである。


 「チッ、決闘受けてくれんなら話は早かったんだがなぁ」

 「ど、どうするの?マルス君」

 「さすがに女の子を気にくわないってだけで苛めるのは不味いよ」

 

 舌打ちするマルスにメレンとエーゲルが口を出す。

 彼らはアルテナが気に入らなかった。

 年下、背が小さい、容姿端麗……理由は色々あるが、とにかく自分達が苦労して学園に入ったのに彼女は涼しい顔――少なくとも彼らにはそう見えた――で入試をパスしたというのが理由だ。

 そんな話をしていたら、いつの間にか彼女を貶めようということになっていき、今の状況になっていた。


 「推薦者っていうんならそれなりに魔法も使えるだろうしな。……そういや、あいつは……」

 「どうしたの?」


 何かを思い付いた素振りをするマルスにエーゲルが口を出す。しばらくぶつぶつ何かを呟いていたと思えば、次には笑っていた。


 「よし、案が浮かんだ」

 「え?どんなの?」

 「まあ俺に任せとけ。お前らは見てろ」

 

 依然笑いを張り付けたまま、マルスは自室の天井を仰いだ。


 「アイツを引き摺り下ろす」



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