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魔眼の少女と白猫の賢者  作者: 四季 畑
第1章
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第6話

 (緊張するな……)


 目覚めて最初に思ったことは、不安だった。

 新しいベッド。見慣れない薄暗く白い天井。初めて持つ机。

 住み始めて間もない、学園の女子寮の与えられた部屋でアルテナはベッドから起き上がった。

 今日はマステイア第一学園の入学式の日。

 普通の人間ならばこのような、新しい生活を迎え始めるときに抱える心情は、新たな生活に心踊らせるか、馴染めるか不安に思うかのどちらかだろう。彼女の場合は後者だった。

 僅かに乱れている鼓動のリズムを感じつつ、アルテナは準備を進める。学生服に着替え、机の上に置いてある推薦者の挨拶の原稿を何度も読み返していると、そろそろ部屋を出る時間になっていた。


 「はぁ、イヤだなぁ……」


 アルテナは溜め息と共にそんな心の声を呟きながら部屋のドアを開けた。その顔はこれからの事に対しての不安に満ちていた。

 しかし、


 「「あっ」」


 ガチャ、と扉の開く音が二つに重なりあう。それと同時に扉を開いた者たちの声も。

 偶然にもアルテナの前の部屋の住人と出発時間が被ってしまったのだった。二人は目を合わせる。


 「……」

 「……」


 二人の間に気まずい空気が流れる。

 ここが町に建てられている宿ならば互いに不干渉、或いは少し頭を下げる程度でよかっただろう。しかし、これから共に学園生活を過ごす者同士。それはよろしくない。

 入学式が終わり、学園から戻ってきた後で周辺の部屋の者に挨拶にでも伺おうかと思っていたのだが、予期せぬタイミングで出会ってしまい、何を話せば良いのか、話しかけるのはどっちが先か悩む状態になってしまった。

 しかし、アルテナだけは別の事に気を取られていた。


 (お、大きい……!)


 そう、目の前の人物は色々と大きかったのだ。背丈とか、迫力とか、胸とか、それはもう色々と。とても自分と少し年上という認識は持てない程。

 今も大きく開いた口から、「あわわ……!」という声が漏れてしまっている。視線は主に頭部と胸部の間をさ迷っている。

 目の前の人物はそんなアルテナの様子に気が付いて、緊張しているのが馬鹿馬鹿しくなったように溜め息を吐いた。


 「そんな怯えるんじゃない。取って食う真似なんてしないよ」


 そこで、目の前の少女が若干勘違いをしながら口を開いた。

 へっ?という呟きと共にアルテナは現実に引き戻される。

 彼女から発せられる雰囲気からはとても想像できない――失礼かもしれないが――穏やかな声音だったからだ。


 「アタシはリーン。アンタは?」

 「アルテナ……です」

 「アルテナ、ね。良い名前じゃないか」


 リーンと名乗る少女は不敵な笑みを浮かべる。

 それがアルテナとリーンの初めての出会いだった。


            ☆


 アルテナとリーンは女子寮から自教室に向けて一緒に歩いていた。互いの事について話しながら。


 「リーンさんは何処からこの学園へ?」

 「おいおい、さん付けかい?まあいいけどさ。アタシは国の北側からだね。『ウィスト』っていう町からやってきた」

 「それはまた随分遠くから……」


 アルテナがリーンの出身地に目を開いた。

 ウィストという町はマステイアの最北端に位置し、学園からは大体正反対の場所にある。年中気温は低く、冬には大量の雪が降り積もる。二人が入学したばかりの今の時期では未だに多くの雪山が残り、住人たちは雪かきに性をだしているだろう。


 「わ、私は、実はこの国の外からやって来まして」

 「おいおい、アンタの方が遠路遥々ってやつじゃないか」

 「い、いえ。国外といってもかなりマステイアの近くの所からで……」

 「ふーん」


 リーンは頭の後ろで手を組んで納得したような声を出した。


 「ちょっと……いいですか?」

 「あん?」


 恐る恐るといった風にアルテナが手をあげる。それはいかにも聞きにくいことを聞くといったような様子だった。


 「リーンさんは、その、昔からそのような口調何ですか?えーと……」

 「……あー、まぁ自覚はしてるさ。あんまり女子らしくないって事はさ」

 「……ごめんなさい」


 何でアンタが謝るんだよ、とリーンは溜め息混じりにそう呟いた。


 「アタシはさ、家こそ貴族とかってお高い身分じゃない。だけどさ、親が五月蝿いんだよ。礼儀を覚えろだの作法をしっかりしろだのってさ」

 「……リーンさんの家って、一体?」

 「まあ色々とあんのさ、アタシの家には。それでよく親に反発してたらいつの間にかこんな口調に……って訳さ」


 ばつが悪そうに苦笑いを浮かべ、アルテナから視線を反らしながらリーンは喋り続けた。

 アルテナはリーンの話の光景を想像した。カンカンに怒る父親の男性に怒鳴り散らすリーン。……失礼にも容易に想像できてしまった心の中の自分を彼女は叱りつけた。


 「アンタの故郷は?」

 「自然豊か……と言えば聞こえはいいんですけど、近くに小さな町があるだけの田舎の方で……」


 今度はアルテナが自分の出身について話す。そこで見ていた景色を思い出しながら、彼女は自分が住んでいた場所のことをリーンに伝えた。

 懐かしさに、別の感情を隠すようにしながら。


 「へぇ、良さそうな場所じゃないか。ウィストは騒がしい町だからアタシはそういう静かな場所に憧れるんだよ」

 「え?そうなんですか?」

 「おや、知らなかったか。あるんだよ、人を集める名物ってのが」


 いつか遊びに来るといい、というリーンの誘いにアルテナは頷いた。アルテナ自身、一人ではあまり遠出をしたことがなく、それに夢は旅をすることなので、自分が見たことのない地に足を踏み入れることを想像して僅かに心を踊らせた。

 

 「そういやアンタはどうしてこの学園に?ちなみにアタシは親に無理やり行かされたよ」

 「あ、私は夢……がありまして」

 「夢?どんな?」

 「あ、あはは……」

 

 童話に影響を受けて、とは言えずにアルテナは笑って誤魔化す。そんな下手な誤魔化し方をする彼女に配慮してリーンも話題を変えた。


 「アルテナは随分小さいね。アタシは随分デカイ方だと思うけど、アンタはとても十五歳とは思えない小ささだね?」


 強引に話題を変えるリーン。はっと我に帰るアルテナはその疑問に答えた。

 

 「あ、はい。私は十三歳ですよ?」

 「……ってことはあれかい?今年の推薦者ってアンタなのかい?」

 「……そういうことになりますね」

 「……」


 リーンは表情を険しいものに変えた。数瞬、間に沈黙が訪れる。

 マステイアの教育機関には「推薦者制度」というものが存在している。簡潔に説明すると、話題になっている人物を学園の職員たちが入学を誘い、相手が了承すればそのまま試験を素通りして学園の生徒に仲間入り、というような制度だ。

 推薦者に選ばれるには様々な条件があるらしいが、アルテナは誘ってきた相手――学園長のヴェレッタ――にいくつかの質問をされただけであまり分からなかった。

 この人は自分より才能をある人を目の敵にするタイプの人間なのだろうか?不穏な空気の中、アルテナがそんな事を考えていると、リーンはその口端を吊り上げた。

 

 「そりゃすごいじゃないか」

 「……へ?」

 「目の前の部屋の住人(やつ)が推薦者なんてなんだかアタシも誇らしい気分になってくるね」


 アルテナが呆気に取られていると、リーンは何度も頷いていた。その様子を見ているアルテナの胸中は……罪悪感で埋め尽くされた。


 「あ、あの!私はっ」

 「っと。もうすぐ着くね。お喋りはここまでにしようか」


 アルテナがリーンに何かを伝えようとすると、もうすぐ自分たちの教室に着くところまでやって来ていた。会話が中断されてしまったことに顔をしかめるアルテナの表情に気付かず、リーンは先に教室の扉を開いた。

 

 「私は……」


 一人取り残された廊下でアルテナは誰も聞くことのない呟きを溢す。数秒後、リーンに続いてアルテナも教室に足を踏み入れる。

 教室の中は既に多くの生徒が着席していて自分とリーンが最後だったのかとアルテナは遅刻していないことは理解しつつも何処か居心地が悪そうに空いている席に向かった。


 『もしかして……あの子が?』

 『水色の髪にあの魔眼……間違いないな』

 『小さくて可愛いわね』

 『容姿がよくて魔法も凄いとか……世の中不平等だよな』

 『俺、入学式が終わったら告ってみようかな』

 『やめとけって。実は性格が悪い子でしたってなったらお前立ち直れんぞ』

 『でも、話しかけるくらいは……!』


 アルテナの居心地が悪いのは最後に教室にやって来たからだけではなかった。声を潜めているが、実はしっかりとアルテナの耳に入っている話し声。ほとんどが彼女への称賛と羨望の声であり、それがアルテナを狼狽えさせていた。


 「……」


 しかし、ただ無条件に褒め称えられるだけではなかった。突き刺さる視線の中には敵意にも似たものが含まれている。アルテナがチラリと視線だけをその方向へやると、彼女の方を睨み付け、決して友好的ではない目線を送る少年たち――マルスのグループ――がいた。

 その視線に意味もなく緊張し、半ば焦りながら席に着く。

 

 「おーし、全員揃ったな。じゃあ入学式に向かうぞ。しっかり並べー」


 前の教壇から気だるげで抑揚の無い声が届く。声の主は黒の前髪で目元を隠し、陰鬱な雰囲気を漂わせる痩身の男性、このクラスの担任が立っていた。

 座ったばかりなのに直ぐに立つことになったアルテナは、入室したときにそう言ってくれればいいのに、と思いながらクラスの列に並び、足音だけを鳴らしながら入学式の会場に歩いていった。

 

 入学式の会場は既に在校生や教師、来賓で埋め尽くされていた。彼等の拍手で迎えられながら、アルテナたち新入生は用意されていた席に着く。

 全ての新入生が座り終えた後に長い拍手も連られて徐々に止む。カンカン、と壇上に上がる音を鳴らすのは学園長、ヴェレッタ=マークリルだ。


 「新入生の皆様、この度の御入学おめでとうございます。私たちマステイア第一学園は貴方達を歓迎します」


 ヴェレッタは母親が子供に掛けるような、慈愛に満ちた表情付きの優しい声音で語り出した。


 「ですが、私は今までの学園長のような、気の利いた言葉を言えそうにありません。ですので、私の率直な想いをお伝えさせて頂きます。魔法は……使い方次第では人の役に立つこともでき、そして、人を傷つけることも可能です」


 そう言うと彼女は表情を一転させ、真剣な顔つきになる。

 確かに彼女の言う通りだ。

 暖める火はあらゆるものを灰に変える。

 恵みの水はあらゆるものを押し流す。

 どんな恩恵も使い方を変えれば災厄を生むことは否定できない。ましてや、魔法のような大きな力なら尚更だ。


 「貴方達がどのような道を選ぼうと我々は尊重します。ですが、どうか悪い考えを持たないで下さい。……魔法を、悪事の道具に使わないで下さい」


 そう言って、ヴェレッタは頭を下げた。

 きっとそれは彼女の願いだった。熱心に魔法を研究する者の一人としての、誰よりも魔法に真摯に向き合っている者としての想いだった。

 会場が拍手に包まれる。誰もがその手を叩き、感動の眼差しで壇上の人物を見た。

 ヴェレッタは再度頭を下げ、その場を離れた。チラリと、アルテナに一瞥を向け、僅かに微笑む。

 当人もその様子に気付いて顔を強張らせた。そうだ、もうすぐ新入生代表(じぶん)の挨拶だと。

 在校生代表……先輩が新入生歓迎の言葉を伝えているにも関わらず、アルテナの頭のなかにはその内容は全く入ってこない。それほどまでに彼女はいっぱいいっぱいだった。


 「では次に新入生代表の挨拶に移ります。新入生代表、アルテナさん。お願いします」

 「は、はい!」


 とうとう自分の番がやって来て、名前を呼ばれてアルテナは立ち上がった。 

 一瞬言い淀んでしまったことに顔を発火させながら壇上の階段を上る。クスクスと笑いを溢す生徒の存在を知覚しながら、アルテナは何故推薦者が新入生代表をするのか、とこの学園の制度を呪いながら壇上に立った。


 



 






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