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魔眼の少女と白猫の賢者  作者: 四季 畑
第1章
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第4話

 「『こうして魔女は男性と結婚し、いつまでも幸せに暮らしましたとさ』……はぁ〜」


 陽光が地上に降り注ぐ。

 二階建ての木造の家、その庭の中に設けられた椅子と机。そこにポツンと座り、地に届かない足をブラブラと遊ばせながら、少女は絵本を読んでいた。

 やがて読み終わり、少女はパタン、と本を閉じると感嘆の意を込めて、もう何度も繰り返しているように溜め息をついた。

 その表情はまさに夢心地とでもいうように恍惚としていた。

 少女がこの本を読み終えたのは今回が初めてではない。自分で読んだ回数はもう十回を優に越える。

 子守歌代わりに母から読み聞かせられた事を含めれば、その限りではない。

 普通の子供ならばとっくに飽きて本棚に仕舞われ、たまに手に取って思い出を懐かしむための品になるはずのその絵本はこの通り、見事に少女の愛読書となっていた。

 絵本を買ってもらったばかりの頃は、少女はまだ自分で絵本を読めなかった。文字を読むことができないために。

 そのような理由によって、少女は母親に何度も読んでほしいとねだんだ。母親はいい機会だと、少女に文字を教えた。

 そうして一人でも絵本を読むことが出来るようになったのだ。決して母親が、実は読み聞かせるのが面倒になった、というわけではない。

 

 「いいなあ、私も魔女になりたいなあ」


 少女は眼を閉じて想像する。絵本の主人公である魔女の姿を。

 黒いとんがり帽子に、真っ黒なローブ。そして魔女に力を与えてくれる不思議な杖。それらを自分の服装に置き換えて、頭のなかで魔女になりきった。

 もし自分がこの絵本の中に入ることができて、魔女の役になりきれたなら――そんな子供がするような妄想の世界に少女が浸っていると、背中から少女に呼び掛ける声が聞こえてきた。


 「アルテナ、またその絵本を読んでいたの?」

 「あ、お母さん!うん、そうだよ!」


 慣れ親しんだ声音に少女が振り返ると、銀髪の髪を腰まで伸ばし、微笑みながら歩みよってくる少女の母親がいた。

 少女は母のところへ走って、その勢いのままに抱きついた。

 母親はそれを軽々と受け止め、娘の頭を愛でるように撫でる。


 「アルテナは本当に魔女さんが好きね」

 「うん!あとね、ようせいさんも好きー!」


 母のお腹から顔を覗かせて笑顔を咲かせる少女に母親は言った。


 「ねえ、アルテナ」

 「なーに?お母さん」

 「他の絵本も買ってあげましょうか?」

 「えっ、本当!?やったー!」

 「それじゃあ、今度町へ行くときに探しましょう。お父さんも一緒にね」

 「うん!」


 両手を上げて喜びを表しながら庭を駆け回る少女の背中を母親は微笑ましそうに眺めていた。


 「ああ〜……おはよう母さん、アルテナ」

 「お父さんおそよー!」「おそよーございます。アナタ」

 

 ガチャっという玄関の扉が開く音と共に気だるげな声で己の家族に挨拶しながら、少女の父親が頭をかきながら現れた。

 髪の色は少女のものと同じ水色で、寝癖によってボサボサになっている。服装は未だに寝巻き姿のままで、起床したばかりだということを、髪の寝癖とともに示していた。

 少女と母に地味に寝坊したことをからかわれていることに対して父親は盛大な欠伸をすることで返事をした。

 少女は父親の元へ向かい、自分の胸に秘めていることを言おうとしたが、それよりも先に父親が口を開いた。


 「な、なあ、アルテナ。もうアレはしなくていいのか?」

 「あれ?あれってなに?」

 「アレだよアレ。『空中高い高い』。好きだったんだろ。最近やれてないし、その、ど、どうだ?」

 「うーん……」


 『空中高い高い』。父親が以前、少女にしていた遊びの一つ。魔法で少女の体を浮遊させ、上下に揺らすという遊びだ。

 少女が先程まで読んでいた、母からあの絵本を贈られるまで、父親にねだっていたが最近は全然頼み込んでこないどころか父親との交流も少なくなってきたので今回は父親から誘ってきたと言うわけだ。

 何かを期待する父親を前に暫く悩んでいたがやがて少女は、


 「もう飽きちゃったからいい!」


 眩しいくらいの向日葵の笑顔を咲かせて答えた。その笑顔はなんの悪意も感じられない、無邪気そのものだった。


 「うぐっ!そ、そうか……」


 それに反して父親の方はガックリと項垂れた。他の人が見れば父親に失意のオーラが迸っているような、そんな光景が見えるかもしれない。父親の頭の中にはきっと先程の少女の言葉が反芻されていることだろう。

 少女は何故父親が落ち込んでいるのか分からず、笑顔を維持したまま小首を傾げていた。

 今も父親からは、「べ、別にまだ子供だしな……」「だけどかなーり心に来るというか……」「俺、そのときになっても耐えられるのか……」とぶつぶつと何かが聞こえているが、まだ五歳の少女には一体何の事だか理解できる筈もなかった。


 「しっかりしてください。今からそんな調子じゃこの先、心が折れる程度では済みませんよ。女の子ですし」

 「ああ……、そうだよな……。覚悟、しとかないとな……」

 「?」

 

 今も若干ヘコんでいる父親に母親が呆れた表情で溜め息をつく。父親の方も、母親の言葉を受けてようやく立ち直り、顔を上げた。笑顔が若干引きつっていていて、無理矢理作ったような感じになっているが。


 「アルテナ。お父さんに何か言いたいことがあるんじゃなかったの?」

 「あ、そうだった!」

 「な、なんだ?もしかしてお父さん大好きってことを……」

 「え?違うよ?」

 「ぐああああああああああああああああああ!」

 「いい加減にしてください……」


 希望を見出だしたように一瞬父親の顔に光が灯るが、再び娘の無邪気な言葉によって絶望に叩き落とされた。

 今度は四つん這いになる父親に母親は頭を右手で押さえた。


 「アルテナ。もう喋っちゃって」

 「え?でもお父さんが……」

 「いいから」

 「う、うん……。あのね、お父さん」

 「な、なんだ……」


 自分の母に促されるままに、少女は父に自分の心に秘めていることを告げた。


 「私に魔法を教えて!」


 落ち込んでいた父は空気を一変させ、真剣な態度になった。母親も笑顔でも怒るでもなく、何も言わない。


 「どうして急に魔法を習いたいと思ったんだ?」

 「えっとねー?魔女になりたいから!」

 「魔女?」

 「あの絵本のことですよ。アナタ」

 「ああ、『魔女の旅』か。……俺達に憧れて、とかって理由だったら感動ものだったんだけどな」


 母親の指摘に父親も納得がいったかのように頷いた。

 少女は後半の台詞を聞き逃しながら、父親の返事を待った。

 父親も母親の代わりに娘に読み聞かせたことがあったので、――自分から申し出た――内容は粗方把握していた。

 父親は暫く目を閉じて、そして神妙な顔付きで娘に言った。


 「分かった。でも今は駄目だ。お前が七歳になってからだ」

 「どうして七歳なの?」

 「お父さんたちが魔法を習い始めたのがそれくらいだからな。それに、その時の気分で魔法を簡単に覚えさせる訳にはいかないんだよ」


 そして次には、父親の顔は優しいものに変わっていた。


 「たが、もし七歳になってもお前の気持ちが変わらないんだったら、まだ魔女を目指したいのであれば、私はお前に魔法を教えよう。お母さんも協力してくれるだろうな」

 「ホントに!?」

 「ああ。ただし、ちゃんとその気持ちを保ったままならな」

 「やったー!お父さんだいすきー!」


 自分の願いを叶えると宣言してくれた父親に、少女は先程母にしたように、飛び付いて抱き締めた。


 「……」

 「アナタ?」

 「なあ母さん……。俺、凄く幸せだ……」

 「……そうですか。よかったですね」


 娘に一番言って欲しかった言葉を聞いて、両目から感動の涙を静かに流す父親。母親も目を閉じて微笑んだ。

 二人がそんな表情をしていることを、父のお腹に顔を埋めている少女には知るよしもなかった。

 ただ少女は自分が魔女になることを夢見ながら、その時を楽しみにしていた。


             ☆


 「またこんな夢……」


 マステイア第一学園。その女子寮にある自室の中で、アルテナはまだ眠気が残る顔で白い天井を見上げながらそう呟いていた。

 ありふれた家族の光景。父と母に囲まれながら自分の無垢な夢を告げて笑う少女。

 あの夢の中では皆が笑っていた。誰一人として不幸な者などいなかったはずだ。約一名、苦しそうなリアクションをしていた者はいたが。

 幸せな夢だったと、他の人からすればきっとそう思うのだろう。

 だが、アルテナの顔は悪い夢でもみていたかのように歪んでいた。


 「どうして……」


 ベッドに横たわっていた体を起こして片手で目を覆い、疲れを感じさせる溜め息を漏らす。

 時計を見ると、そろそろいつも起床している時間だということを表している。

 本日は休日だが、自分が苦手な魔法を教えてくれる相手が現れたので、その相手と約束をしている。

 そして、その相手であるレノンは……、


 「ZZZ……」


 部屋の床でその白く小さな体を丸めて気持ち良さそうに眠っていた。

 床なのによくもまあ平気で眠れるものだと、アルテナは少し感心しながらその猫を眺めていた。

 暫くして、レノンはその小さな体をビクッと震わせたかと思えば、体を起こして背伸びをした。

 閉じていた瞼から覗く綺麗な緑色の瞳を顔ごとこちらに向けた。しかし、その顔はどこか疲れを滲ませている。


 「……やあ。おはよう、アルテナ」

 「……どうしたんですか?顔色が優れないようですが」

 「君もそう見えるけど?まあ僕は悪い夢を見たからね」

 「夢……ですか?」


 アルテナは夢と聞いて少しドキリとした。

 そんな様子に気付かずにレノンは夢の話を続ける。


 「そうなんだよー。実はドラゴンが僕の目の前に降り立つところから始まってねー」

 「それは……随分と怖いですね」

 「でしょー?君に分かる?叫ぶでもなく暴れるでもなく、ただじっと見つめられる、あの何をされるのか分からない恐怖をさ」

 「さ、さあ?」


 顔を青ざめて体を震えさせるレノンにアルテナは汗を流した。


 「それで、続きは?」

 「いや、後は捕まってしばらくたったら上空でポイってされた」

 「最後、説明雑になってませんか?」

 「ごめん。ちょっと話すのが面倒になっちゃった」

 「そこはもう少し頑張りましょうよ……」


 こんな調子で本当に魔法をちゃんと教えてくれるのかと、アルテナは目の前の雑な猫に不安を感じたながら、ベッドから出た。


            ☆

 

 そして着替えをしようとしたところで、私は重大なことに気がついた。

 この部屋には私とレノンさんだけがいる。

 私は女子。対してレノンさんは男。

 これはつまり、その、えーと、ど、同棲というものなのでは………?

 いや、でも、魔法を教えてくれるって契約してくれたし、部屋にいるぐらいは問題ないのだけど、でも流石に着替えを見られるのは、は、恥ずかしいというか……。

 そんなことを考えて耳まで真っ赤になっていくのを自覚していると、後ろからレノンさんが話しかけた。


 「あー、えっと、君が着替えたりしてるときは壁側を向いてるから。耳も塞いでおくし」

 「あ、ありがとうございます……」

 「まあ本当は僕がこの部屋から出ていければいいんだけどね。でももし他の人に見つかったら面倒なことになるしなぁ」


 背中を向けて耳を畳んで前足で押さえているレノンさんにお礼を言って着替え始める。

 しばらくして着替えを終えた。


 「じ、準備、出来ました。……見てませんよね?」

 「嘘をついたら君の奴隷になるんだよ?見るわけないじゃん」


 ハッハッハ、と笑うレノンさん。


 「では、私はこれから学食に行くんですけど、レノンさんに何か持ってきた方がいいですかね?」

 「いや、この体になってから食事や排泄とかはしなくても問題ないようになってるんだよ」


 「どんな仕組みになってるんだか」と、レノンさんの呟きを聞き取ってそういうものなのかと納得した。


 行ってきますと言ってから、私は学園の近くに建てられている食堂に向かった。

 食堂は三階建てになっており、下の階層ごとに一年、二年、三年専用の場となっている。

 私は一学年なので、食堂の一階で食べることになる。

 あれ?そう言えば、何でレノンさんは寮でペットを飼うことを禁止している事を知っていたんだろう?

 後で聞いてみよう、と私は取り敢えずその思考を隅に追いやった。


           ☆


 休日など関係ないとばかりに、食堂は大変賑わっていた。

 生徒人数はクラス毎に四十名。それが四クラス。すなわち、学園の全生徒は、約480人ということになる。

 私が今いるのは食堂の一階。

 そこには、一学年の生徒たちが自分達の番を今か今かと待ちわびるように並んでいた。

 ようやく自分の番になって、持っていた皿にパンやサラダなどを盛り合わせていく。基本、休日はバイキング形式なのだ。

 朝食の準備を終えて、空いている席を探してキョロキョロとテーブルを見渡していると、


 「アルテナ。こっちだよ」


 私の名前を呼ぶ声に振り向くと、リーンさんが端っこのテーブルの席を用意して手招きしてくれていた。

 頭を下げ、お礼を言いながらその席に座らせてもらう。

 食事をとりながら、お互いの今日のことを話し合う。

 

 「アンタは今日どうするんだい?」

 「えっと、魔法の練習をしようと思ってて」

 「そっか。アタシは今日、用事もないし手伝うことはできるけど、いるかい?」

 「ありがとうございます、リーンさん。でも大丈夫です。魔法を教えてくれるっていう方がいたので、その方に付き合ってもらいますから」


 ピタッとリーンさんの手が止まった。


 「アルテナ。ソイツは信用できるのかい?」

 「へっ?」

 「気付いてると思うけど、アンタはこの学園じゃ有名だ。それも悪い方にね。……騙されるんじゃないかと私は心配している」


 リーンさんが険しい表情で私の目を見て問いかけてくる。

 ソイツは信用できるのか?、と。

 気付いていない振りをしているけど今も私たちに……、私に敵意や嫌悪感のこもった視線を感じる。

 確かに今の私にとって、この学園は肩身が狭い。

 ……騙されるかもと思われてもしょうがないかもしれない。

 そんなリーンさんに対して私は……微笑んだ。

 

 「ありがとうございます、リーンさん。でも大丈夫です。この学園の方ではないのですけど、訳あって信用できる方ですので」

 

 信用がないと言われればその通りかもしれない。

 だけど、リーンさんのこの表情は真剣そのもの。

 真摯に私を心配してくれていることがなにより嬉しかった。

 私がそう言うと、リーンさんは一転して表情をいつものように不敵な笑みを浮かべた。


 「アンタがそこまで言うのだったら信じていいんだろうね。悪かったよ、疑って」

 「い、いえ。むしろ私を心配してくれてありがとうございます」

 「アンタの師匠か。よかったら私にも紹介しておくれよ」

 「ア、アハハ。機会があったら……」


 もしこの人にレノンさんを紹介したら……、喋る猫に出会ったら、どんな反応をするのだろう。

 リーンさんと別れた私はそんな事を考えて汗を流した。


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