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魔眼の少女と白猫の賢者  作者: 四季 畑
第1章
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第2話

 (……今日も終わりだ……)

 今日の授業が終わり、ガタガタとクラスメイトたちが席を立つ音を聞きながら、私は心の中で安堵していた。

 彼らを観察していると、友人と話している者、先程の授業内容をノートに書き写している者、そそくさと寮に帰ろうとする者など、様々だった。

 私も自分の鞄に教科書などの持ち物をまとめていると、


 「アルテナ、帰ろうじゃないか」


 リーンさんが笑いながら声をかけてきた。断る理由もないので、頷くことでその誘いを受ける。

 私はリーンさんに付いていく形で教室を出る。

 背の低い私と背の高いリーンさんが並ぶ光景は、内気な妹とそれに寄り添う姉のように見えるかもしれない。

 普通なら可笑しくて笑えるのかも。

 ……こんな状況でなければ。


 「あれか?落ちこぼれの推薦者ってのは」

 「何でも学園長が推薦したって話だぜ」

 「可愛らしい見た目して一体どんな方法使ったのかしら?」

 「しっ、聞こえるわよ」

 

 上級生、同級生、男子、女子。多くの人たちが私について話している。そのどれもが私を蔑むような視線を向ける。

 声を潜めていても、私にはちゃんと聞き取れた。感覚は何かと鋭い方だったから。

 耐えるように、涙を堪えるように歯を食い縛る。


 「それにあの眼……」

 「不幸を呼ぶ魔眼、だったか?おっかねえよな」

 「眼帯でもしてなさいってのよね」 


 魔眼、という言葉に心が動揺し、そっと片手で顔を覆う。正確には私の左目を隠すように手を押し当てる。

 リーンさんが心配する素振りをするけど、「大丈夫です」と笑いかけた。実際にうまく笑えていたかは分からない。

 彼らの非難をその身で直に感じながら、私はリーンさんと共に寮に向かって歩いていった。



 

 これが私の主な日常。

 寮の自室で起きて。学園で授業を受けて。それが終われば部屋に戻って課題に取り組むか、図書室で本を読んでいるかのどちらか。

 でも、今日は少し違った。

 ほんの少しの変化。でも私にとってはこれが後に大きな変化になるなんて思いもよらなかったんだ。



「あ……」

 

 寮の自室にたどり着いて、授業の復習をしようと鞄を開いたところで忘れ物をしていることに気がついた。

 教室の机に置き忘れたのだろうと当たりを付け、ベッドに置かれている兎を象った目覚まし時計を見て、本校舎が閉まる時間まで猶予があることを確認し、扉を開けた。


 「おや、アルテナさん。忘れ物ですか?」


 教室に向かって歩いていると、穏やかな声に呼び止められた。


 「あ……、学園長」


 振り返ると、そこに立っていたのは深紅の髪を腰まで伸ばし、リーンさんとまではいかなくても充分高身長といえる背丈を持ち、立派な大人という風貌の若い女性だった。

 学園長ヴェレッタさん。私をこの学園に推薦した張本人であるこの人は教師や生徒、学園内だけではなく国中の人たちからの信頼が厚い。

 魔法使いとしても、一人の女性としても尊敬されている。

 無論、私もその中の一人だ。


 「それとも何か悩みごとですか?宜しければ相談に乗りますよ」


 微笑みながら言う学園長に、私はおずおずといった風に唇を動かした。


 「学園長は、何で私を推薦したんですか?」

 「……」

 「私、実技は全然駄目で、学園長の期待に応えられなくて、筆記だって一番じゃなくて、魔法の素質はないように思うのですが……」

 「……」

 「学園長は、その、どうして私を選んだんですか?私より才能のある人は他にも……」


 自分の尊敬する人物に、独白するように語りかける。

 言い終わって、自分の体が熱くなるのを感じた。

 本音をさらけ出すことが、こんなに勇気のいることなんだと思いながら、学園長の顔をじっと見つめる。

 学園長は少し悩んだように目を閉じ、再び微笑を浮かべた。


 「アルテナさんは、自分が信じられませんか?」

 「それは……その……」

 「では、自信が持てないのなら、私を信じてくれませんか?」

 「えっ?」

 「大丈夫ですよ。あなたには立派な才能が眠っていることを、私が保証します。焦らずに、地道に頑張って下さい」

 「……」

 「えーと……、それとも私も信じられませんかね?」

 「い、いえっ!決してそんなことは!」

 

 学園長の顔が、困ったような笑みに変わる。

 否定するように、私は声を張り上げた。

 すぐに答えられなかったのは、嬉しかったからだ。

 他人に信じてもらえる、ということがこんなに嬉しいと感じるものなんだと思えた。


 「ごめんなさいね。あまり明確な助言を与えられなくて」

 「……いえ。話を聞いていただいてありがとうございます。心のモヤモヤが晴れたような気がします」

 「そうですが。そう言ってもらえると、教育者冥利につきますね」


 学園長は胸に手を当て、ホッと息を漏らした。


 「大丈夫。あなたは偉大な魔法使いになれます。今は伸び悩んでいるだけ。いずれ、努力は報われます」


 私はそんな生徒を何人も見てきたのだから。

 そう言った後に、彼女は過去を振り返るように目を閉じた。

 涙が出そうになった。誰かに、それこそ尊敬する人に、悩みを打ち明けることでこんなにも心が軽くなるなんて思わなかった。

 この人に相談して、本当によかった。

 私は頭を下げながら学園長にお礼をいい、再び教室に向かった。

 期待に応えられるようになることを誓うように、拳をグッと握りしめながら。



 学園長との話を終えて、私は自分の教室に入った。

 案の定、自分が使っていた机の下にノートが落ちてあったのをこの目で確認する。

 リーンさんと話しているあの一瞬のうちに落としたのだろうか?そんな事を考えながら私はノートを手に取った。

 窓の外に目をやると、朝からずっと雨が降り続いている外の様子が見えた。

 私が座っている席は窓側にあり、ここからは中庭の様子が一望できる。

 昼食時にあそこで友人と腰を落ち着けて会話を楽しみながら食事を取れる憩いの場の一つなのだが、この調子では誰も来なかっただろう。

 ザーザーと雨が地面を打つ音がどこか心地よくて、ボーッと窓が映す景色を眺めながらしばらくそこに佇んでいた。

 自分以外誰もいない教室に、雨の音だけが鳴り響く。

 

 ――あの日もこんな天気だったなぁ。

 「っ!」


 頭の中で囁くような、自分の声が聞こえた。

 顔をしかめながら、その思考を忘れるように頭を振る。

 今日の自分が恨めしく思った。

 なぜ今日はこんなにも過去を思い出してしまうのか。

 私はあの夢を、過去の光景を呪う。

 

 (そろそろ帰ろう……)


 自分自身に気分が害されたことに不愉快な思いをしながら、教室を去ろうとして、


 (うん……?)


 中庭の中心にフサッと生え揃っている芝生。

 その中に、緑色に溶け込めていない白い物体が落ちているのが分かった。

 一体あの正体はなんなのか。

 そう思い、私は自分の目を細めてあの白い物体を注視した。


 「あれは……」


 猫だ。白猫だ。

 怪我をしているのか、衰弱して動けないのか。

 少なくともこんな雨の中で、雨宿りもせずに猫があんなところにいるなんて普通じゃない。

 私は、急いで猫のいる中庭に走った。




 しばらくして、私は猫を連れて寮の部屋に帰ってきていた。

 気を失っていたように見えたので急いで中庭に向けて走ったせいで着ていた制服はずぶ濡れになってしまった。今は外出用の服を着用している。

 思い付く限りの手当ては施した。

 お湯で汚れを落とし、毛を洗い、今は冷えた体を暖めるために、その小さな身をベッドの上で毛布にくるませている。

 寮内で動物を飼うことは禁止されているが、今回は非常時だったので許してもらえるだろう。

 他の人に見られなかったのは僥倖だった。正直説明するのも面倒だし、変な事を吹聴されたら堪ったものじゃないから。

 そして、拾った猫に視線を落とす。


 「……」


 真っ白で綺麗な毛並み。

 例えるならば、地面に降ったばかりで何も混じっていない純白の雪のよう……と表現すればいいだろうか。

 思わずその毛を撫でようと、私は腕を伸ばしていた。


 「おいアルテナ」

 「ひゃあ!?」


 コンコンとノックする音を連れて私を呼ぶ声に急にビックリして変な声が出てしまった。

 慌てて口を両手で押さえつける。顔が熱くなるのを感じながら。


 「うおっ、なんだい変な声だして。取り込み中かい?」

 「あ、ご、ごめんなさい……。何でしょうか?」


 ドアを開けると怪訝そうな視線を送るリーンさんが立っていた。

 気を使わせてしまったことに頭を下げながら要件を聞く。

 どうやらお風呂に行こうとして私を誘いに来たということらしい。脇には着替えなどが詰まっている袋を抱えていた。

 そういえば、自分は体をタオルで拭いただけで体が冷えている。いい機会だとその提案に乗ることにした。


 「ありがとうございます。先に行っててもらえますか?」

 「はいよ。ゆっくり歩くからさっさと来なよ」


 鼻歌交じりに浴場へと歩いていくリーンさんを見送って、必要なものを袋に詰める。

 最後にベッドの猫に近づいていく。

 呼吸は安定しているので、目を離しても大丈夫だと判断し、私はリーンさんの元へ向かった。






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