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魔眼の少女と白猫の賢者  作者: 四季 畑
第1章
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第19話

 遺跡。古代の魔法使いたちが創造した、未来に生きるであろう人々に自分達が培ってきた魔法技術を伝えるための遺物。しかし彼らの恩恵には簡単にはあやかれなかった。その原因の一つが()法生()、略して魔物と呼ばれる存在である。

 魔物たちは遺跡の守護者であり、普段は遺跡内部を徘徊している。そして侵入者、人間を察知すると同時に問答無用で襲いかかってくる。魔物一体を倒すのに手間取っていると騒ぎを聞き付けた他の魔物に取り囲まれて袋叩きにされてしまうのだ。

 彼らは無尽蔵に産まれてくる。一体が死に、その役目を終えると時を置いて別の場所で新たな魔物が産み出される。そのサイクルの動力源が「マナスポット」と呼ばれる、魔力が溜まりやすい場所だ。遺跡の多くがこのマナスポットに沿って建設されていることが確認されており、そこから組み上げた魔力は内部の破損した箇所の修復や魔物の生産に利用されている。

 最後に、遺跡にはそれぞれ攻略難易度が定められている。SランクからFランクというように。一番難易度の高いSランクの遺跡はマステイアの国土中央部に位置している「大遺跡」。そして、マステイア第一学園の地下に伸びる遺跡はF。一番攻略が容易だと判断され、授業の実習にも使われている遺跡をアルテナたちは進んでいたのだった。





 「ふう……」

 

 軽く息を吐きながら、リーンは周囲を見渡した。そこにはかつてスライムだったものが散乱している。

 ほんの少し前のこと。アルテナと行動していた彼女をスライムの集団が不意打ち同然に襲いかかった。その数、十体。

 一斉に、それも急に襲われれば驚き、詠唱どころではない。だがリーンは冷静に初撃をかわし、強化魔法の詠唱を終えた途端に文字通りスライム共を蹴散らしたのだった。

 リーンが息を吐くとスライムの死骸が一部蒸発し、そのスライムと同じ水色の塊が残される。授業の課題の合格条件に取り上げられていた「スライムの粘液」だ。魔物はこうして体の一部を残すことがある。これらは魔法の研究等に役立てられるのだ。

 リーンが歩き、その粘液を収納しようと近づくのを他所に、アルテナの脳内では死相についての考えを展開していた。


 (やっぱり、スライムじゃ相手にならないよね……)


 目の前の少女の戦い振りを思い返す。どう考えても苦戦していたとは言えない、見事な蹂躙っぷりだった。

 この遺跡の難易度同様に、スライムは魔物の中でも最弱と評されている。実戦経験の少ない魔法使いの卵でもそこまで多勢で襲われなければ倒すのは簡単なレベルの弱さだ。

 友人の勇ましい戦い方を少し尊敬しながら心の隅に置き、再度思考に没頭する。


 (スライムじゃ脅威にはなり得ない。なら下の階層に降りてしまうとか?)


 アルテナたちがいるのは五階層。ここまでならスライムしか現れず、リーンが苦戦するような魔物は、死相の原因となるものがいるとは到底考えにくい。ならばより強力な魔物が出現するより深い階層が死相の示す場所なのかと推測した。が、心の中ですぐ首を振る。

 もしこの推測が正しいものであれば簡単な話、行かなければ済む話だからだ。わざわざ出向いていくような真似をリーンはしないことをアルテナは知っていたし、彼女にも調べる範囲は五階層までと話し合った。

 それでもリーンに取り付く死相は消えなかった。ではその元凶となる存在は五階層内の何処かにいるということになる。

 

 (駄目、全然分からない……!)


 憶測の域を出ない思考にアルテナの心に焦燥が走る。伴って心臓も嫌な鼓動を奏で始めた。

 だからこそ、決して余裕のない状態だったからこそ、それに気付くことは出来なかった。


 「……!?」


 突然、飛行術を行使してないにも関わらずアルテナの華奢な体が一人でに浮いた。腹部に腕のような何かが巻き付いたような感触を覚える。だが周囲には誰も見えない。体が何かに持ち上げられたという感覚だけが伝わってきた。

 驚愕も一瞬、すぐに視線の先にいるリーンに助けを求めようとするも、すぐに口を塞がれてそれも叶わない。

 先程までの不安を上回る未知の出来事にアルテナは恐怖し、固まってしまう。


 (リーンさん……!)


 遠ざかる友人に助けを求めるが声が出せない状態で届く筈がなく、音もなくアルテナは遺跡の何処かへ連れ出されていった。


 「待たせたね。……アルテナ?」


 スライムの粘液を収納し終えたリーンが戻ってくるが、どこを見渡しても、彼女の求める人物の姿は確認されなかった。


 



 「うっ!?」


 時間で言えば十分ほどだろうか。恐怖で固まり、無抵抗のまま、一体どこまで連れていかれるのかと思っていたアルテナは雑に身体を床に放り出された。

 

 「おー、予定より随分早かったなぁ」

 「……マルス、さん」


 声の方向を見るとそこにいたのは壁に背中を預けているマルスの姿があった。やって来たのは魔物が存在しない、前後に二つの通路がある広間。周囲から漏れでる燐光が照らす彼の表情は機嫌の良さそうな笑顔だった。アルテナから見えたそれはお世辞にも爽やかとは程遠いものだったが、それが余計に不安を掻き立てた。

 疑問が頭をよぎる。どうやって自分を連れてきたのか。だが、これだけは理解出来た。リーンが言っていたように自分に対する嫌がらせの為に何かをすることを。


 「おい、もういいぞ」


 にやけ面を変えないままマルスはアルテナではない、彼女の背後に声を投じた。すると誰もいない筈の空間から一人の大柄な少年が現れる。アルテナのクラスメイトの一人でもあり、マルスの仲間の一人のエーゲルだった。

 急に目の前に姿を現したエーゲルにアルテナは瞠目する。


 「だけどデブのお前が随分と手際が良かったなぁ」

 「う、うん。丁度あの女がたくさんのスライムに襲われてたからね。後は……これのおかげさ」


 どこかビクビクとしながらローブの袖を捲ると、露になる腕に巻き付く腕輪――魔道具が顔を出す。

 【ハイドアーム】。魔力を込めることで装着者の姿を透明にすることが出来る性能を持つ。その高い能力から入手するのは中々困難な代物だ。

 目の前でそんな希少魔道具を見たアルテナは驚愕し、合点がいった。あの魔道具の力を使って自分をここまで連れてきたと。そして、ある一つの予想が立った。


 「そ、それ……」

 「んっ?」

 「貴方たちは、それでクラスの人たちに嫌がらせを……?」

 「ああ、その通りだが?」

 「じゃあ、もしかしてサウラさんの時も……?」

 「正解正解。これのお陰で随分と面白かったぜ。特にお前が弱りきっていく様を眺めるのは」

 「そんな……」

 

 アルテナとその腰巾着しか聞いていないのをいいことに薄ら笑いを浮かべ続けながら真実を愉快そうに話すマルス。

 相手の心情を理解出来ないアルテナの視界は涙に滲んだ。


 「どうして、そんな魔道具を使ってまで、他の人を巻き込んでまで、私の事を苛めるんですか……!?私が貴方に何か嫌な事をしたんですか!?」

 「あらら、泣いちゃったよ」

 「答えて下さいっ!」

 「……」

 

 これまで我慢してきた負の感情が爆発したことでアルテナはマルスに捲し立てるように問い詰めていた。

 こんなことになったのはただ自分が苛められているからだけではない。魔法で作られた道具が自分を傷つける為に使われたこと、そして他人も巻き添えに被害を被ったという事実が彼女の心を締め付けたからだった。

 飄々と受け流そうとするも、見たことのない少女の剣幕に押し黙るマルス。

 そして次の瞬間には彼の口からはこんな台詞が出た。


 「……何もねえよ」

 「えっ?」 

 「強いて云えばテメエが推薦者なんて目立つ存在だったからだ」


 心の中でその言葉を反芻させ、意味を理解しようとする。

 つまり、彼がしているのはただ己の嗜虐心を満たす為だけに他人を虐げ、その相手が誰でもよかったのだ。ただアルテナが目についたから。弱そうで、臆病そうで、苛めやすそうだったから。ただ、それだけ。

 典型的な悪の心理にアルテナの心は震え上がり、そしてあの忌まわしき過去を生み出した襲撃者たちを思い出させた目の前の少年たちを睨み付けて、肩を震わせる。


 「たったそれだけで……!」


 怒りの感情が含まれたそれを聞いたマルスは剣呑な視線をアルテナに向ける。次には、舌打ちと共に少年は少女を蹴飛ばしていた。


 「このボンクラが!」

 「あっ!?うっ!?」

 「そもそもテメエみてえなボンクラが俺の前にいるってのが身の程知らずなんだよ!!」


 思い切り腹を蹴られアルテナは悶絶した。ほんの一瞬だけ沸いた反抗心も、自分より上の力に容易にねじ伏せられた。

 弱っていた心が今にも砕けようとしている。

 普段よりも一層強くなった悪意に殴られ、一方的な敵意を向けられ、何度も足蹴にされていき、


 「ちょっ、ちょっとやり過ぎだよマルス君!」

 「なんだよ、いいところで止めんじゃねえよエーゲル」

 

 ジロリと睨み付けられる双眼に一瞬怯むも、舌をもたつかせながらエーゲルは言葉を紡いだ。

 

 「ほ、ほら、メレンの奴がまだでしょ?それなのに本番を前にやり過ぎるのも、いけないんじゃない?」

 「……ああ、そうだったな。忘れてた」


 「いけねえいけねえ」とマルスは機嫌を取り戻したように口端を吊り上げる。


 「ところで推薦者サンよぉ。お前、課題は進んでるのか?」

 「か、だい……?」


 呼吸することが精一杯なアルテナは何のことか分からなかった。が、すぐに思い出す。今行われているのは魔法実技の授業。スライムの粘液を集めるのが課題だったのだが、授業の序盤で魔眼が映し出したリーンの死相、さらにその中頃で捉えたクラスメイトたちの不幸の知らせ。その原因を探る為に行動していたのだった。

 蔑ろにしていたつもりではないし、リーンも調べながら課題を進めていたのだが、心傷(トラウマ)により魔法が使えないアルテナは少しも取り組めていなかった。

 「こればっかりはねぇ」と困ったように笑う友人の姿を脳裏に映す中、アルテナはこれ以上何をするつもりなのかと泣きたくなった。


 「どうせ進んでねえんだろう?あんなショボい魔法じゃスライムすら倒せねえだろうしなぁ」


 一方的に話を進めるマルスの声が遺跡の部屋に響いていく。悪辣な少年はより一層笑みを醜悪なものに変えながら声を発した。


 「だったら、俺たちが手伝ってやるよ」


 そしてアルテナは気付いた。

 ピタ、ピタ、と何か粘性のある物が発する音に。

 段々と近付いてくる音の方向に目を向けると、追いたてられるようにして広間にたった一匹のスライムが侵入してきた。魔法を使えないただの人でも、倒すことの出来る最弱に類される魔物。

 

 「ひっ……」


 そんな存在にアルテナは弱々しく悲鳴を上げた。その様子を見てマルスはニヤニヤと笑う。

 さらには最弱の魔物を誘導した人物がスライムの背後から現れる。マルスのもう一人の仲間、メレン。

 彼はマルスの命令でスライムをここまで連れてきたのだが、正直あまり気乗りしない様子が表情からにじみ出ていた。

 そんな事を把握できる訳がないアルテナ。

 立ち上がって逃げたくても既に逃げ道は三人に塞がれており、不可能。少女に出来ることはスライムを迎撃するか、友人が来てくれるのを祈るか、マルスたちの目の前でなぶられるかの三つ。

 最初にしようとしたのは勿論迎撃。魔法の砲口を向け、魔力を集中させる。猫の師匠との特訓で魔力操作の技術は格段に上がっている。詠唱をせずに父親が使っていた風の魔法を放とうとしたところで、アルテナの視界にはスライムではなく、二つの影が立っていた。

 父と母。罪悪感によって自身が殺してしまったと謝り続けてきた存在がいたのだった。

 父の方は胸に大きな穴が空いており、母の方は下半身が費えていて這いずりながらアルテナを見上げていた。両者共に瞳を怨嗟に血走らせながら娘のことを睥倪していた。


 『お前のせいで……、お前のせいで……!』

 『貴方なんて……、いなければよかったのに……!』


 幻聴を正面から受け止め、顔は蒼白になり身体が震え出し涙ながらに懺悔しだした。


 「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……!」

 「はっ!謝るんなら少しでも魔法を上達するよう努力しろよポンコツが!」


 その謝罪が自分に向けられてると勘違いしているマルスはより上機嫌になる。

 スライムの攻撃行動は主に二つ。酸性の液体を吐き出すか、体当たり。どちらも予備動作が大きいのですぐに見分けがつく。だが様々な負の感情に支配された少女が避けられるかと問われれば、答えは否。

 これがマルスの計画の締めくくり。

 彼はスライムにアルテナの身体を酸性の液体で傷つけさせることで尊厳を踏みにじり、自主的に退学へ追いやろうとしていた。肌への傷は回復魔法で治療すれば痕は残らない。が、心の傷は治らない。

 そうなってしまっては唯一ずっとそばにいた友人ですらどうにも出来ないだろう。

 肩を揺らしほくそ笑むマルスの取り巻きたちはそれを止めることはしない。いや、出来ない。ただ自分たちの支配者の異常なまでの、狂っているとすら言える悪意に一層の恐れを抱く。

 とうとうスライムが攻撃体制に入る中で、アルテナは悪夢の中でただ目を瞑り震えるしかない。そしてとうとう酸の液が放出される、次の瞬間。


 






 「ァァァー……」


 おぞましい叫喚が響いてきた。

 この広間ではない、しかし近くで。

 その音に、その場にいた誰もが凍りついた。

 マルスは待ち焦がれた瞬間を邪魔されるも、怒りを忘れ立ち竦み。

 メレンとエーゲルは謎の叫び声に戦き。

 アルテナも悪夢から強制的に呼び覚まされ。

 スライムも攻撃するのを止めていた。正にその異物の危険性を理解しているように怯んでいた。

 

 「っ!アルテナ!!」


 そんな中ではぐれたリーンがアルテナたちのいる広間に突入する。その脚部は強化魔法の光に包まれていて、彼女自身も呼吸を乱している。友達を助けようと広域を走り回ったことは想像に難くなかった。

 すぐに状況を察するや否や、スライムを足で蹴り飛ばし、死滅するのを確認せずにマルスの胸ぐらを掴み上げる。


 「おいこのクソ野郎共!よくも……!!」

 

 怒りのままにアルテナに手を出そうとしたマルスを殴ろうと拳を繰り出そうとするが、彼女も他の者たちの様子がおかしいことに怪訝な表情をする。

 リーンの耳は自分が入ってきた入り口とは別の、メレンがやってきた方向に傾いていた。

 カチャ、カチャ、と乾いた音が近付いてくる。そしてリーンもマルスを緩慢に下ろし、アルテナたちが呆然と見る方向に一緒に釘付けになる中、それは闇を破って現れた。


 「おい……、なんだよコイツは……!?」


 瞳を震わせながらリーンが誰へでもなく尋ねる。彼女の額には脂汗が浮かんでいた。他の者も同様で、アルテナに至っては身体を抱き締めながらより震えていた。

 それは肉と皮がなく、骸骨だった。

 それは血を吸ったような赤色だった。

 それは右腕が巨大な刃物になっていた。

 その正体をアルテナだけが知っていた。レノンに出会う前によく入り浸っていた学園内の図書館、その棚に並んでいた魔物図鑑にて。

 その名は「スカルナイト」。今いる遺跡には出現する筈のない魔物であり、本来確認されるべきその魔物がいる遺跡の攻略難易度は、D。

 だが、魔法使いの卵たちの共通する考えは一つだった。

 それは、自分たちでは決して勝てない存在だということを、この場にいる誰もが感じ取っていた。






 

 

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