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魔眼の少女と白猫の賢者  作者: 四季 畑
第1章
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第1話

 魔法大国マステイア。名前の通り世界の中でも魔法技術の最先端を行くこの国は、世界中から魔法を学ぶために入国する人間が後を断たない。

 そのためにこの国は他国の人間からはこう呼ばれている。

 「魔法界の中心地」と。

 訪れる人にとってその目的は様々だ。ただ単に魔法を極めたいという人間。魔法薬や魔道具の製作等、魔法関係の仕事に就くため、家業に魔法を活かすためという人間。偉大な魔法使いとして後世に名を残すことを目指す人間もやってくる。

 勿論入国審査も入念に行われ、危険人物と判断された者は国内に立ち入ることさえ出来ない。入国できたとしても教育機関の試験は厳しく、故郷に蜻蛉返りする人間もよく見られる。

 が、中には学園に見込まれて試験を素通り出来る優秀な人材も存在する。入学試験を合格すること自体ハードルが高いが、推薦状を持って入学する者たちはクラスメイトからも一目置かれる存在となる。

 しかし、それは才能への嫉妬にも繋がりやすい。推薦者は尊敬される存在でもあり、同時に妬みの対象にもなり得るのだ。


 




 私――アルテナ=ルーツは寮の自室から学園の教室へ向かっていた。コツ、コツ、と靴音はリズムよく鳴っているのに顔は強張っているのを廊下の窓ガラスを見て知った。このままではいけないと両手で頬を叩いてそのまま揉んだ。

 

 「集中しなきゃ……」


 私はポツンと自分に言い聞かせるように呟く。

 しばらく歩いていると目的の教室、その扉の前に着いた。内側からクラスメイトたちの楽しそうな話し声が耳に届く。

 深呼吸して覚悟を決めたように扉を横にずらす。ガラガラ、と鳴る音と共に喧騒はピタリと止み、代わりに出迎えるのは冷たい視線と自分のことであろうひそひそ話。

 

 「……っ」

 

 視線を肌で感じながらも、私は気が付いてない体を装いつつ、いつも自分が使う席へと向かった。

 教室には白い長机がいくつか並んでおり、後ろに来るにつれどんどん床が高くなる構造になっている。

 私が向かうのは目立たない、邪魔にならないだろう一番後ろの、端っこの席だ。

 

 「おい、待てよ落ちこぼれ」


 威圧的な声を投げられた。下げていた目線を声の方に向けると、進路を阻む形で三人の男子が正面に立っていた。自分より背の高い男子に怯む。

 

 「そうビビんなよアルテナ」


 一番前のリーダー格の少年が顔一つ分上の高さから笑いかけてくる。灰色の前髪を七対三の割合で分け、嫌らしい笑みを張り付けた顔からは「嫌な奴」というような印象を与えている。

 よく言う。あんな怯ませるような声を出しておきながら、と心で吐き捨てながら少年の目を見据えた。


 「マルスさん……。その、どいてほしいです……」

 「おいおい、ホームルームまで時間あるし少し話そうぜ」


 マルスと呼んだ少年は私の要求を受け入れずに話を続ける。彼の今の話し方は友人にするようなものだけど、私と彼はそんな仲じゃなくて、かなり嫌われている方だ。


 「なに、要件ってのはさ、教えて欲しいんだよ。俺たち、いやこのクラスメイトに……な」

 「……何を、ですか?」

 「……決まってんだろ。一体どんな不正を働いてこの学園に入ったかをだよ」

 

 聞き返すとマルスさんは先程までの薄ら笑いを引っ込めて、見下すような、そんな極寒の視線を向けはじめた。


 「……不正なんて、してない……です……」

 「嘘つけよ。じゃねえと、お前がここにいる説明がつかないだろ。なぁ?魔法能力最下位のアルテナちゃんよぉ!」


 自分に向けられる苛立ちが含まれた声に萎縮し、ただでさえ小さな身をさらに小さくしてしまう。それほどまでに私は目の前の少年に恐怖を感じていた。

 いや、この人にだけじゃなく周りの視線にもだ。私を蔑むようなものばかりの眼差しが怖かった。

 でも彼らは悪くなくて、悪いのは私。

 私は試験を素通りしてこの学園に入学したのに、それに相応しい成果を出すことが出来なかったんだから。

 だけど、敵意や失意を全て受け止めて平然とすることは私には出来ない。


 「どうやったんだよ。金でも積んだのか?それとも教師の弱味でも握ったのかよ?おい、黙ってねえで何か言えよチビ!」


 四面楚歌な状態に私の目が潤み始めてくる。目元を隠すように顔を俯かせて唇を噛んで悲しみを堪えようとする。

 マルスさんは私の様子に気が付かずに、さらにヒートアップする――と思っていたら、


 「止めな。男のくせにウダウダとみっともない」


 後ろから制止の声が響いた。

 振り返ると、私よりも、マルスさんたちよりも、クラスメイトのなかで一番の高身長をもち、長い金髪を後ろで纏めた女子が入室しているところだった。

 マルスさんの罵声が止み、教室には一瞬の静寂が訪れる。それを破ったのは、マルスさんの鼻を鳴らす音だった。


 「何だよリーン。今俺はアルテナと話している最中なんだ。他人の会話に割り込むのは行儀よくないんじゃないか?」

 「そうかい?アタシには年下の女の子をクラスで虐めてるような感じに見えたんだけどねぇ」


 リーンと呼ばれた少女は私を背に庇ってマルスの前に進み出る。高身長の少女が顔一つ分の高さから、いじめっこの少年を見下ろす。奇しくもマルスさんが私にしたような、似たような状況になっていた。

 

 「じゃあ何か?お前は確信してるってのか?このチビが何の不正もせずに推薦者に選ばれたって?実技が壊滅的なこいつが!?」

 「逆にアタシも聞いとくよ。アンタらはこの学園の教師たちの目が曇ったと言うのかい?」

 「っ!」


 マルスさんが問うと、リーンさんは逆に問い返してきた。何の淀みも、迷いもない彼女の問いに、マルスさんの返答を待たずにリーンさんは話を続ける。


 「推薦者は厳正な審査で選ばれる。そしてその中にはどうやってか知らないけど、魔法の素質も大きく含まれてる。なによりお前のいうチビを推薦したのは、あの才能を見抜くことに長けた学園長って話じゃないか。それだけで信頼に足る要素は揃ってると思うんだけどね?」


 クシャッと私の水髪へ片手を落としながらリーンさんは己の考えを述べる。不敵に笑いながら。


 「まあ、確かにまだコイツは推薦者として大した実力は持っちゃいない。もう少し見守っていてもいいんじゃないかい」


 マルスさんは反論しようと言葉を選び、結局は出来なかった。それほどまでにこの学園の生徒たちにとって教師たちは、学園長は信頼に足る人物と言われている。

 代わりに舌打ちを残し、逃げるように自分の席に戻っていた。追いかけるように後ろにいた男子二名も続いていった。


 「リーンさん……、ありがとうございました……」


 私が自分を救ってくれたお礼を友達に述べると、返ってきたのは軽いチョップだった。


 「たく、私が来るまで部屋の前で待ってろって言ったじゃないか。忘れてたのかい?アルテナ」

 「ごめんなさい……」


 謝ると、フッと笑いながらチョップの形を解き頭を撫でる。別に責めてるわけじゃないと伝えるように。

 私とリーンさんが知り合ったのは入学式の日だった。

 入学式の会場に向かおうと寮の自室の扉を開けたところで、同じタイミングで彼女も向かいの部屋から出るところだった。

 自分よりも遥かに高い身長などで生み出された存在感に私が怯んでいるところで、リーンさんは「そんな怯えるんじゃない。取って食う真似なんてしないよ」と肩を竦めながら冗談交じりに笑いかけてくれた。

 そのときはホッとしたのを覚えている。身長が高く怖い印象だけれど心はとても優しい、俗にいう姉御肌なのかもしれないという考えに至った。

 なにより、国外からこの学園にやって来て知り合いもいないために心細い思いをしていたので、この人に会えて良かったと彼女との出会いに感謝した。

 それから入学式の会場に向かう間、互いについて少しだけ語りあった。

 それで彼女についてほんの少しだけ分かったのは、家柄こそ貴族ではないけれどそれなりに裕福な環境で育ったらしいこと。その家での堅苦しい生活が気に入らず、口調もこのような風になってしまったのだとか。

 それ以来、リーンさんとの関係は友人と呼べるまでに発展していると私は思っている。

 推薦者でありながら実技が壊滅的なまでに下手だという事実を目の当たりにしてもなおリーンさんは見下そうとせず、むしろさっきのように周りの悪意から守るように立ち回ってくれている。敵意に囲まれながら学園を退学しようとしないのも、この人の存在が大きかった。

 ある時、どうして自分を庇ってくれるのか聞いたところ、


 「アンタみたいなチビを虐めるほど、アタシの心はひねくれちゃいないよ」


 とのことらしい。


 担任の男性教師が入室してホームルームが始まった。相変わらず覇気が感じられない、眠そうな顔で欠伸をしているけれど、全員慣れたようにスルーしていた。

 話を聞きながら、自分のこれからについて考える。

 筆記は今の成績を落とさないようにしながら、実技も推薦者として向上を目指さなきゃいけない。

 だって。

 学園長の目が曇っていないことを証明することを。

 リーンの信頼に答えることを。

 自分がこの学園にいる資格を示すことを。

 私の夢を叶えることを。

 それを出来るのは他でもない、自分だけだから。

 決意を胸に秘めながら、私は授業の準備を始めた。


 



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