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魔眼の少女と白猫の賢者  作者: 四季 畑
第1章
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第18話

 午前の授業が終わり、生徒たちが食堂や中庭で昼食を済ませた後にやってくるのは当然、午後の授業。

 だけど私たちのクラスだけは少し特別な時間割だった。午後の三、四限が一つの授業に割り当てられるという普段はあまり見られないもの。そしてその授業とは、魔法実技。

 

 「……」


 クラスメイトが指定された扉の前で並ぶ中、私は具合が悪いのを隠すので精一杯だった。これが終われば少しは楽になる。そう自分に言い聞かせながら立っていた。なのに、


 「……おい。さっきから黙ってるなよな?落ちこぼれ」


 さっきからマルスさんたちが私に絡んでくる。まるで私の気分の悪さを分かっていて敢えてやっているみたいに。もしそれを見抜いていて余計に気分を悪化させたいなら彼らの目論みは成功している。人を貶めることを楽しんでいる笑みが、声が頭の痛みを強めてつい顔を苦痛に歪めそうになる。

 でも私には、心強い味方がいてくれた。


 「そっちこそヘマしないようにするんだね。ボンボン」


 リーンさんが私を背に庇うような形でマルスさんに相対する。舌打ちしながらも余裕を崩さない悪趣味な男子たちは鼻を鳴らして正面を向いた。私たちも前に視線を飛ばすと担当の先生がやってくるところだった。


 「おし!全員揃っているな!……揃っているよな?」

 「自信たっぷりに言ってから不安にならないで下さい先生。大丈夫です。既に確認済みですから」

 「おお!さすが苦労人と名高いルービスだな!……あってたよな?」

 「……はい。(先生にも、そう思われるのか……)」


 ピーターさんが項垂れてしまう一方で先生は安心したように豪快に笑いだした。

 この調子の変動が著しい人はバール=マット先生。がたいのよさと頭部に巻かれているバンダナが特徴で、実はバンダナの中身は何も生えていないのでは、と囁かれているのを聞いたことがあるけれど、どうなんだろう?まあ詮索はしない方がいいよね。

 

 「今回の魔法実技は事前に伝えたと思うが遺跡で行う。不安か?だが授業だしどうにか乗り越えてくれ!では説明するぞ!」


 ポケットからメモを取りだし内容を読み上げていく先生。

 ざっくりまとめるとこのようになった。


 ・遺跡内にいるスライムを十五匹討伐すること。

 ・証明として渡されたビンにスライムの粘液を詰めること。

 ・五階層より下の階層に進出しないこと。

 ・時間に注意すること。


 渡されたポーチを開けると遺跡内の地図、無色透明なビン、腕時計の三点が収まっていた。地図は迷子防止のため、ビンはスライム十五体分の粘液が丁度詰めることが出来る大きさで、時計は時間になったら音がなる仕組みらしい。

 

 「早い順で成績が高く評価されるから全員頑張るように!えっと、他には……ないな!よし、始め!」


 宣言すると先生は扉の横の出っ張り、鍵に手をかざした。この鍵は特定の人物の魔力に反応すると自動で開閉するようにされているらしい。

 扉が開いた先にあるのは地下へ繋がる幅が広い階段。そこへ私たちはぞろぞろと足を踏み入れる。

 カツンカツンと薄暗い空間に足音が響き、少し長いと思い始めたところで階段を降りきる。もう一つの扉を越えると、私たちは古代の産物へ初めて訪れた。


 「すげぇ……」

 「綺麗……」

 

 遺跡を構成する青白い石材からは淡い光が漏れだしていて、魔光灯が必要ないぐらいには明るさを保っている。どこか神秘的な光景にクラスメイトたちから感嘆の呟きが漏れだした。

 だけど、恐らく私だけは遺跡に対する感動を飲み込むものを胸の内に飼っていた。

 それは――既視感。

 

 (私は、ここに来たことがある?)


 ありえないと、その考えを否定する。

 なぜなら私たち一学年はこの遺跡に入り込んだのは今回が初めてだから。それ以前に私が最初にマステイアにやって来たのは今年になってから。物心つく前に両親に連れられてきたという話は知らないし、この遺跡は学園関係者しか入ることは出来ない。だから私はこの場所に来たことなんてない……筈。

 夢の中で似たような場所を見たという方がまだ説得力があると思う。それで片付けてしまえばいいのに、なんで私はこの感覚を無視する気になれないんだろう?

 よく分からないけど、胸の高鳴りが知らせてくる。私はこの場所を、知っている。


 「アルテナ」


 私の名前を呼ぶ声に肩を揺らす。

 意識を現実に戻すとリーンさんが顔を覗き込んでいた。

 いつの間にか他の人たちは先へ進んでいたところだった。そんなに時間を掛けたつもりじゃなかったんだけど。


 「何してんだい?早く行かないと授業が終わっちまうよ」

 「えっと、リーンさんこそ何でここに?今日の授業はペアを組むものではなかったと思いますけど……」

 「そりゃあアンタが心配だったからに決まってるだろう」

 「えっ?」


 なんてことのないように言うリーンさんに呆気に取られる。そんな私の様子を滑稽というように彼女は肩を竦めた。


 「バレてないと思ったかい?無理しているだろ」

 「……少しだけ、です」

 「少しだけ、ね。普段なら体調管理をしろと説教したくもなるけど、多分そうじゃない。アンタが真面目な奴ってのは知ってるつもりだし、そっちから言わない限りアタシは何も訊かないさ」


 でもさ、とリーンさんは目を背けながら頬をかいた。


 「せっかくの友達なんだ。少しは、頼ってほしいね」


 その表情を見て、胸が痛くなった。

 だって私と仲良くしてくれたせいでリーンさんは傷ついて、ミリアさんやサウラさん、他のクラスメイトたちにも迷惑をかけてしまった。本来なら私は誰にも接するべきじゃないのに、今もリーンさんの優しさに甘えたいと弱音を吐く自分に嫌気が差した。


 「でも、アンタの体調だけじゃないんだ。アタシがついてきたのは」

 「……?」

 「マルスの野郎さ」


 マルスさん、その名前を聞くだけで自然と顔をしかめるようになってしまった。気を付けないといけないと思いつつ、首を傾げた。どうして彼が?


 「今回の授業は先公は目の届いていない。嫌がらせをするには絶好のタイミングだろう。その時の為にアタシがいれば守ってやれるからね。……迷惑かい?」

 「……いえ」


 授業のことばかりでマルスさんが授業中に関わってくることは考えていなかった。

 やはり自分はいろんな人に迷惑をかけてばかりだと、そんな罪悪感が募る。俯いていると、次にはリーンさんはいつかの日のように頭を撫でてきた。


 「……?」

 「ったく、だからさっき言ったばかりじゃないか。頼れって。そんな思い詰めた顔をするくらいならさ、感謝してくれた方がよっぽどいい」

 「……あ」

 「……」

 「ありがとう、ございます……」

 「そう。それでいいのさ」

 

 顔が熱を持つことを知覚しながら、要望に沿って感謝の言葉を伝える。満足したようにリーンさんは唇を喜びの形に曲げた。

 自分は他人と関わるべきではない。この気持ちは払拭されてはいないけど、これだけは断言できる。

 この人と友達になれて、この人に出会えて、本当によかった。

 胸の中に嬉しさが芽生えようとしたけど。


 世界はそれを許さなかった。


 (……えっ!?)


 心が驚愕に支配され、目を見開く。

 その理由はリーンさんを見つめていたことでその力を意識せず発揮してしまった私の左目が。

 魔眼が、リーンさんの不幸を告げていたから。それも、かなりの不幸が。

 こんなの、私は見たことがない!サウラさんの時よりもひどい!

 これじゃあ、リーンさんが死んじゃうってこと……!?


 「お、おい……、大丈夫かい?」


 私の変貌具合に訝しげな視線を送るリーンさんに気づいた。そうだ、早く知らせないと!


 「り、リーンさん!逃げて下さい!!」

 「逃げろって、何からだよ?」

 「そ、それは……。とにかく早く――」

 「落ち着きな。ゆっくり深呼吸するんだ」


 言うことを聞いてくれない彼女に理不尽な怒りを抱えてしまうけど、確かに順序よく説明しないと納得させられない。

 息を吸って、吐いて……。

 取り敢えず内容は纏めることができた。


 「魔眼で、見えたんです。あなたの不幸が。サウラさんの時のように階段から落ちるよりも、危険だって伝えてて……。死相と呼ぶに値するものが、見えてしまって……」

 「……」


 拙い言葉を黙って聞いてくれたリーンさんは瞑目した後、言った。


 「……アタシはその魔眼の力を分かっているし疑っちゃいない」

 「な、なら……!」

 「でもクラスメイトの奴らはどうするんだい?」

 「あ……」

 「現状分かっているのはただこのアタシが死んじまうかもってだけ。もしかしたら他の奴らだって同じ状態かもしれないだろ。調べて、この推測が正しかったとして、それを信じさせる方法は?」

 「……」


 ……何も言えなかった。

 確かに現実的じゃない。私は学園一の嫌われものだ。失礼だけれど、リーンさんもあまり他生徒に人気があると言えない。

 この二人でどうやって説得するの?熱心に根気よく伝えて、その行動が都合よく心を打って全員で避難ができるって?滑稽過ぎて逆に笑えない。


 「先公になら多少可能性は上がるかもしれないけど、その原因を見つけないことには始まらないだろう。危ないんだろうけど、それが最善だと思うね」

 「じゃあ、それは私一人で……」

 「阿呆。ロクに魔法を使えないし、おまけに調子が悪そうだからアタシがついてきたんだろう。時間も無さそうだし早く探すよ」


 背を向けて遺跡の奥へ、薄暗い闇に進むリーンさんが自ら死地に赴くように感じてしまい、泣きそうになりながら私は彼女を追いかけて行った。



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