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魔眼の少女と白猫の賢者  作者: 四季 畑
第1章
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第17話

 アルテナは夢の世界で幼い姿の状態で立っていた。

 夢といっても幸せな光景は広がってはいなく、その世界の特徴を述べるなら真っ先に色を挙げるべきだろう。

 空は紅かった。雲も、地面も、背景は血のペンキを垂らしたように紅く染まり、見るものに畏怖の念を抱かせるに至る創りをしていた。

 自分の体を見下ろすと格好は丁度あの、絶望した日の服装で、この世界には似つかわしくない色合いだ。

 ふと、気配を感じて顔を上げると目の前に誰かがいた。自分と同じ背丈と服装をしており、前髪で目元を隠した少女だった。

 水色の髪は紅く濡れ、ボロボロの服から覗く肌は傷にまみれており、そこから血が滲んでいる。何よりアルテナが目を見張ったのは右手から夥しい量の紅液が滴っていたことだった。それなのに彼女の口は笑みの形を描いている。不気味な雰囲気を纏った存在に恐る恐る問いかける。あなたは誰?


 『見て分からないの?私はあなたよ』


 口端を吊り上げたまま少女は答えた。

 否定するように首を振った。違う、私はそんな姿じゃない。私は、そんなに血に濡れていない。

 すると少女は小首を傾げた。


 『忘れちゃったんだ?……だったら思いださなきゃね』


 嫌な予感がして急いで目の前の人物から距離を取ろうとするも、遅いと言うように少女はアルテナを指差す。

 次にはアルテナは体の自由を奪われてしまった。自分の意思では指一つ動かせずに、抗うことすら許されずに後ろを向かされる。そこにいたのは、柱に縛られた一人の銀髪の女性。アルテナを庇って死んだ、アルテナの母親だった。

 一体……一体何をさせるつもりなの!?


 『分かってるんでしょ?あの日と同じ事をするの』


 切迫した疑問にさも愉快な声音を返す少女。

 ゆっくりとアルテナの腕が頭上まで掲げられるのを合図に辺りの地面が盛り上がり、土塊が母親の上に集中し、アルテナたちが幸せに住んでいた家に変化する。

 止めて……。止めて……!

 

 『だーめ』


 慈悲もなく少女はアルテナの腕を降り下ろさせる。家は落下し、あの日のように母親を押し潰した。

 残骸の下から、真っ赤な液体が広がっていく。


 『まだだよ。まだ、これから』


 泣き崩れることも叶わずに、段階は次へと進む。

 二番目に現れるのは、父親。先程の母親と同じく彼の体は柱に縛られていた。

 手の平が向けられ、そこから氷弾が生まれると同時に発射される。

 進路上に阻むものがない氷は勢いに従って父の胸を穿つ。向こう側が見える程に体に大きな穴を発掘した。

 もう……嫌……!


 『はい。これで最後』


 両手を合わせ、アルテナに過酷を強いる少女は終了宣言をする。しかしアルテナ自身はこれに喜ぶことは出来なかった。知っていたからだ。次に自分がやらされることを。

 最後に柱に縛られて現れたのは、あの日幸せを奪った襲撃者たちの一人。父親を弄び、アルテナが殺した男だった。

 あああ……。ああぁぁ……!

 砲口を男に向け、あの時のように手の平が雷光に覆われる。アルテナの瞳を光が焼き付き、その電撃を男の体が黒く焼かれるまで繰り返し解き放った。

 そうして男は地面に倒れ、アルテナは解放される。

 

 『思い出した?』


 アルテナは答えない。答えられない。意思を取り戻した腕の置かれる場所は頭。地面にへたりこみ、頭を覆いながら土の上に涙を落とす。

 酷いよ。どうして、こんな……。


 『何言っているの?全部全部、あなたがしたことでしょ?』

 

 ……私、が?


 『うん。あなたのせいでお母さんは潰されて、お父さんは気を取られて射ぬかれた。そして、保身のためにあの男を殺した。あなたの憧れ続けた魔法によって』


 あの人だけじゃなかった……?私が、お母さんと、お父さんを……。

 ああ、ああ……。


 ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ……!!


 発狂するアルテナの後ろには少女の姿はなく、いつの間にかアルテナの姿は少女のものに反映されていた。

 声が響く。


 『馬鹿みたい。こんな夢の世界の中で今さら悲しむことなんてないのに。そうでしょ?……人殺し』


 最後の言葉だけは、心は冷たく言い放ったのだった。





 「―――――――――――――――――ッ!」


 悲鳴に喉を震わせながら、私は夢から覚めた。


 「はあ、はあ、はあ……!」


 呼吸を乱しながら胸に手を置く。無駄だと分かっても荒れた鼓動を沈めたかった。だけど、


 「……うっ!?」


 猛烈な吐き気を感じて急いでお手洗いへと駆け込み、そのまま吐いた。胃液を何度もぶちまける。

 ようやく嘔吐を止めることができても依然として気分は最悪だった。まだ吐き気は残っているし頭痛や目眩もする。鏡を覗くと、顔色が悪いのが自分でも分かった。

 あの夢を見てから一週間が経過した。寝る度に私は悪夢にうなされ続け、どんどん内容は酷くなっていった。朝から吐いたのも今日が初めてのことで、悪夢は確実に私を蝕んでいる。

 孤児院にいたときも最初はこのような状態になった。あのときも苦しめられたけれど今回と比べるとまだ優しいものだったなと自嘲した。どうやら私は夢とは縁が無いらしい。もっとも、自分のせいなんだけど。

 孤児院の先生や町の人たちは、私のせいじゃないなんて言ってくれたけど、きっと自分で整理をつけなければいけないことなんだ。他人が何を話したってそう簡単には戻らない。

 だけどお父さんの言い付けを破って、初めての魔法で人を殺した私には、当然の罰なのかもしれない。

 

 「……おはよう」

 「……レノンさん。……おはようございます」


 額を抑えながらレノンさんに弱々しく挨拶を返す。

 レノンさんは何か言いたそうにしていた。普通ならビックリするような朝なのに彼は動じていない。舌を巻く精神力だ。

 一週間が経過して、私の特訓もかなり成果が出始めた。飛行術も箒無しで支障がないようにはマスターした。速度はまだそこまで速くないし、飛びながら魔法を使うことは出来ない。

 レノンさんはこうなるのに一ヶ月を要すると想定していたらしく、それよりもずっと早くこの段階に突入した私に驚愕していた。

 魔法の技術は順調に進歩しているし私もそれは実感している。でも、そんな喜ばしい事実に私の心は晴れていなかった。


 「最近ずっと魘されているね」

 「……はい」

 「顔色も悪いし、食事もまともに取ってないんだろう?」

 「……ええ」


 レノンさんにはどうして私が悪夢を見ているのか、どんな夢を見ているのかは言っていない。

 人を殺してしまったと知れば私に対する態度が変わってしまうんじゃないかと、そうなってしまったら嫌だから相談できなかった。契約によって魔法は教えてくれるけど、軽蔑されたまま教えてもらうなんてことは私には耐えられないから。


 「どんどん体調も悪くなっているし、今日は休んだらいいんじゃないかな?」


 レノンさんの提案に私は首を振る。今日は魔法実技の授業がある。成績が悪い私は休むことはしたくなかった。

 それにしても珍しい。今まではここまで突っかかることはなかったのに。もう彼からは私が危険な状態に見えるのかもしれない。

 そうだとしても、今日だけは頑張らないといけない。授業で座学の方は問題ないと思うけど、魔法の授業ではかなり低い方だ。少しでも成績を上げないと本当に私の居場所は無くなってしまうから。


 「でも、それで余計に悪化したら意味ないじゃないか」

 「分かっています。……今日だけは行かせてください」

 「……考え直した方が――」


 「少し黙っててくださいっ!」


 「……」

 「……ごめんなさい」


 声を荒げてしまったことを後悔した。

 気分が悪いせいで自制心が無くなってしまっている。レノンさんは心配してくれているだけなのに、苛立ちを隠せない。

 確かに、私は自分が思っていたより追い詰められているのかもしれない。だけどそれでも――。

 

 「……ん!」

 「?」


 レノンさんの方を見やると、彼は手を広げて立っていた。謎の動作に疑問符を浮かべる他ない。


 「レノンさん?」

 「ん!」

 「いや、どうしてそんなことしているのか教えてほしいんですけど……」

 「んっ!」


 一体彼は何をしたいのか分からない。私に何をさせたいのか分からない。ますます苛立ちが募る。

 それでも堪えて、少し考えた結果……。


 「……掲げて欲しいんですか?」

 「ん!」


 頷いた。

 なぜそんなことを?意味は正直理解できないけれど、うんざりしながらひとまず彼のしたいように従った。

 子猫サイズの体を持って私の顔まで上げる。すると――。


 ――ぷに。


 「へっ?」


 ――ぷにぷに。

 ――ぷにぷにぷに。

 ――ぷにぷにぷにぷに。

 未知の感触を頬に味わった。

 それは柔らかく、弾力があり、正直ずっと味わっていたかった。

 けれど理性はそれはいけないと欲望の沼から脱する。


  「何してるんですか!?」

 「いやー疲れてる様子だったからアニマルセラピーってやつを君に与えようかなーっと」


 若干名残惜しくもあったけどレノンさんの体を顔から離した。本人を問い詰めると訳を話しながらニャハハと笑って軽やかに床に着地する。


 「でも、少しは元気でたでしょ」

 「あっ……」

 「怖ーいお顔が少しは明るくなった」


 言われて気づいた。ほん少しだけだけど、気分が楽になっている。彼は私のためにやってくれたんだ。


 「まあイライラをぶつけられたことを根に持っちゃったっていうのもあるんだけどねー」

 「……それを言っちゃいますか」


 レノンさんの相変わらずな口調に僅かに笑うことができた。


 「僕には今の猫の体を行使して、少しでも落ち着かせることしかできない。後は君次第だよ。……本当は休んだ方がいいって思ってるけど、聞かないだろうからね」

  「……ありがとうございます」


 これ以上の説得は無駄だと判断したレノンさんはさっきの肉球挟みを決行したらしい。だったら最初から喋ってくれればよかったのに……。そうは思っても、心配を無下にした私をまた気にかけてくれたのは嬉しかった。


 「ところで、その魔法実技の授業の内容って何をするんだい?」

 「それは、確か……」


 記憶の引き出しを漁りながら、レノンさんの問いに答えた。


 「遺跡で行うんだとか」

 


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