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魔眼の少女と白猫の賢者  作者: 四季 畑
第1章
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第16話

 ああ、やっぱりだ。

 予感はあった。一つはレノンさんを保護した日の朝に。二つ目はその次の日。カウントダウンのように紡がれる幸せな過去の記憶が夢に出て来て。出掛けた日は夢を見なかったから少しだけ希望を抱いたけど、きっと油断させるためだったんだ。

 瞼を開いて体を起こす。部屋はまだ真っ暗だった。

 寝衣の下は汗で着心地が相当悪くなっていた。気持ち悪い。目を擦ろうとして、水の感覚が。どうやら泣いていたらしかった。

 

 「大丈夫かい?」


 涙を拭いていると一人用の寮部屋で声がした。ここだけでなく、他の学園の寮を探しても深夜に他人の声がするのはこの部屋だけだろうと断言できる。まあそれは人でなく猫なんだけど。

 

 「レノンさん……。起こしてしまいましたか?」

 「別に僕は平気さ。ただ、凄いうなされてたから気になっただけだよ」

 「……まあ、あまりいい夢ではありませんでしたね」


 心配をかけないように笑うけど、あの悪夢の後では笑えず、苦笑いに収まった。

 ベッドから出た私にレノンさんは首を傾げる。


 「何処へ行くんだい?」

 「汗をかいたので着替えます。あっち向いててください」

 「ああ、はいはい」


 レノンさんが背を向けるのを確認して今の服を取り替える。


 「もういいですよ」

 「はいはい。……あれ?それ外着だよね」

 「そうですね」

 「出掛けるの?まだ深夜だよ?」

 「……夜の散歩をしたい気分なんです」

 「そっか」


 見送るレノンさんを置いてこっそりと部屋を出た。我ながら大胆だと思う。自分らしくないとも。これはきっとあの悪夢に突き動かされているが故の行動だ。説明出来ないこの気持ちを、綺麗な景色を見ることで誤魔化したいのかもしれない。

 暗闇に満ちた廊下を部屋から持ってきた簡易魔光灯で照らしながら進む。別に学園を出なければ校則違反ではない。だから私がやろうとしているのは悪いことじゃない。まあ騒がしくしたら、ただでさえ悪い私の評判がさらに悪いことになるから音をあまり立てないように注意しなきゃいけないけれど。

  ……当時の私はとても誰かに心を開くなんてことは出来ずにいて、自分からは人と関わるのを避けるように部屋に籠ったり町の外れで絵本を飽きずに読んだりして過ごしていた。時には院の先生に強く当たったり自分が嫌になって髪も雑に切った。今の短髪はその名残だ。

 現在では大分落ち着いているけど、それでも私の心はどこか空っぽのままだ。ミリアさんたちと一緒にいるときに笑っていたりもしていたけれど、取り繕っていた自覚があって心の底から笑えていなかった。その度にこんな自分が嫌気が差していた。

 町の外で魔法の練習をしたこともあったけど、魔法を、特に雷の魔法を使おうとすればあの忌まわしい光景が飛び込んできて、レノンさんと魔法の練習をしたときのような症状を発するようになってしまった。

 前に魔法の試験をしたときに雷ではなく風の魔法を選んだのは。もしかしたらお父さんが力を貸してくれるかもしれないと思ってのことだった。結果は全然駄目だったけど。

 それからしばらく孤児院で過ごしていたある日、突然学園長が訪ねてきて言った。


 「魔法を習って見ませんか?」


 その誘いは私を迷わせ、結局は頷いて今に至る。

 本当なら即決で断るべきだったのかもしれない。人を殺してしまった私が純粋に学園生活を楽しむ権利なんてないのだから。それも、魔法の学校なんて。

 他人からすれば魔法を覚えたいと思うのはおかしいのかもしれない。魔法を嫌悪しないのは異常だと。

 それでも私が学園長の誘いを受けたのは、魔女のように旅をしたいという夢があったから。

 もしこの幼い頃からの夢させ捨ててしまったら、私は本当に一人ぼっちになってしまう予感がしたから。お父さんとお母さんとの、二人との繋がりが失われてしまうような気がしたから。

 女子寮を出て空を見上げると遮るものは何もなく、綺麗な星海が広がっていた。お父さんと二人で見たあの星空とひけを取らない絶景があった。それでも心が晴れることはない。

 どこかでこんな言い伝えを聞いたことがある。星とは死んだ人の魂が宿る場所で、流れ星が観測された時、それは新たな生命が誕生した瞬間なんだとか。

 少なくとも、私はまだ流れ星を見たことはない。もし、まだ夜空の星にいるのなら、聞きたい。

 ねえ、お父さん、お母さん。私は、どうすればいいのかな。こんな私でも夢を抱いてもいいと思う?

 私の問いに答えるものはいない。星はあの日の前の夜のように静かに私を見守るだけだった。


 「会いたいよ……、お父さん、お母さん……」



 真夜中の時間帯で建物は消灯し、明かりは空の月明かりと路上に設置された街灯。外を出歩く者はほとんど存在せず静寂を掻き消すのは数少ない町の人間の足音、そして夜風のみであった。

 そんな学区の某所にて、二人の人間が密会を果たしていた。どちらも体格は似ている。さらに共通するのは、この真夜中の常闇と同化するような黒いローブを身に纏っており、顔面を覆い隠す仮面をつけていることだ。


 「それで、計画は?」

 「支障は今のところありません。全て滞りなく進んでおります。()も、いつでも用意は出来ているとのこと」

 「そうか、順調で何よりだ」


 二人の声音は人間が出すものとはあまりにも無機質的過ぎていた。その現象を引き起こしているのは顔に張り付いている魔道具の仮面の効果だった。


 「しかし……」

 「どうした?はっきりいったらどうだ」

 

 すると片方の人間が急に言葉をどもらせる。怪訝な雰囲気を出しながらもう一人が尋ねた。話し方からして二人の間には上下関係が存在していることが窺えた。

 一呼吸置いて、自分の考えを言葉にした。


 「本当にこの計画は成功するのでしょうか。口を挟む気はないのですが、自分には少々分の悪い賭けのように思えて……」

 「ふん、そんなことか。心を病む者には多少の荒療治も必要だろう」


 考えを聞いた者は鼻を鳴らして心配はないと伝え、「それとも」と続ける。


 「あの少女を気にかけているのか?」

 「まさか。ただ、失敗すれば勿体無いと思いまして。長年目をつけていれば急に学園に通いだしたかと思えば、芽が出る気配すらなかったですからね」

 「なら安心しろ。これはあの少女を見極めるために行うのだ。成功すればよし。失敗しても遺体はこちらで回収できる。お前が気に病むことなど何もないのだ。それに……」

 

 上司の黒ローブは仮面の奥で口元を吊り上げる。


 「『あのお方』の直々の命令だ。我々はただ言葉の通りに舞台を作り、成り行きを見守るだけでよいのだ」


 そして何処かの少女と同じく建物の窓から覗く夜空を見る。


 「全ては、『あのお方』の御心のままに」





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