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魔眼の少女と白猫の賢者  作者: 四季 畑
第1章
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第14話

 ドタバタと足音が鳴り響いている。その原因はたった一人の少女だった。そう、アルテナである。

 落ち着きなく家を動き回っているのはもうすぐ父との約束の日、七歳の誕生日が明日に迫っているのが理由だった。水色の髪を忙しなく揺らし、その顔はニマニマと緩んでいて嬉しさを隠せていなかった。

 そんな一方で頭を抱えているのがアルテナの父親だった。「ぐぬぬぬ……!」とうなり声が漏れており、どう見ても娘の喜び様を微笑ましいと思っていない。彼は本音を言うとアルテナには魔法を教えたくなかったのだ。魔法を使う自分を見る愛娘の視線が心地よかったのが主な理由だ。アルテナが魔法を覚えてしまえばそれも薄れ、失われることが嫌だったからだ。

 確かに彼はアルテナに七歳になったら魔法を教える、と約束した。その訳も嘘偽りないものだ。しかし、父親にはある計算があった。それは子供の飽き性。

 子供とは飽きやすい生き物だ。面白いものがあればすぐに興味をそこに移す。そこで父親はアルテナの心を魔法から別の物に逸らせようとして、これまで様々な物を勧めてみたのだが、アルテナはそれらの全てを看破し、目論みは呆気なく崩れ去って現在に至る。

 アルテナの執心を見誤ったことで心の中は焦りに焦っていた。純粋に喜ぶ娘と計画が失敗し頭を悩ませる父。そんな父娘の様子を外から見ていた母親は、自分の夫に呆れて溜め息をついた。

 

 「なあ、アルテナ……」

 「っ!お父さん、魔法を教えてくれるの!?」

 「……いや、その事じゃないんだ」

 「なーんだ……」


 誕生日まで残り一ヶ月程になった頃から、父親が口を開けばすぐにこの反応をしている。数えるのも億劫になるくらいにはこれを繰り返している。残りの日数が一週間になると母親にも同じようにし出した娘の不動の姿に、両親はとうとう拍手を送りたいとも思っていた。

 求めていた返答ではない事を知ってすぐに快晴だった表情を曇らせるアルテナ。そんな娘を見て望み薄だとは分かっていても父親は尋ねた。


 「本当に、魔法を覚えたいんだな?」

 「うん!」

 「だが練習は辛いぞ?子供のお前には苦しいぞ?ちょっぴりでも弱音を吐いたら教えないぞ?考え直してもいいんじゃないか?」

 「ええ〜?でもお父さん約束してくれたじゃん!」

 「そっ、それはそうだが……。お父さんとしてはもっと女の子の部分を磨いてほしいんだよ」


 魔法の指導に気乗りが薄い様子の父親にアルテナは頬を膨らませて不満を顕著にする。父親は困ったように笑いながら更なる説得を試みた。


 「それに、な?魔法だってその絵本みたいに幸福をもたらすとは限らない。悪用する人間も実際にいるし、子供が思ってるより魔法は残酷なものなんだ」

 「知ってるよ!それでも七歳まで待ったんだもん!ちゃんと約束守ってよお父さん!」

 「ぐぬぬぬぬ……!あくまで食い下がるか我が娘。こうなったら心が折れるような難易度の高い魔法を――ぐへっ!」

 「いい加減にしてください」


 諦めの悪い夫を見かねた母親が後頭部に平手打ちをお見舞いする。父親が顔をあげるとそこには呆れた表彰を向ける妻の姿があった。身を竦ませるがそれも一瞬、直ぐに闘志を纏わせる。


 「で、でもな母さん。やっぱりこんな可愛い娘にはまだ早いと思うんだ。俺たちが特別だったんだよ。だからさ、後三年くらい先延ばしてもいいんじゃないかな〜って。ど、どう?」

 「約束はしてしまったのでしょう?確かに習わせるのは少々早いかもしれませんが父親として、何より一人の男性として二言は無くした方がいいのでは?」

 「しかし……」

 「どうせ、自分が魔法を使う時に目を輝かせる娘が見れなくなるのが寂しいのでしょう?」

 「うぐあっ!」

 「……やっぱりですか」

 

 この調子じゃ全然子離れ出来そうにないとアルテナの母親は頭を抑えた。横から両親のやり取りを見ているアルテナは、新たに許しが出るのを眉間に皺を寄せながら待っていた。

 きっとこの話が頓挫してしまえば父親には勿論のこと、自分にさえも口を聞いてくれなくなるかもしれない。アルテナを横目で見て、そんな考えが脳裏をよぎった母親は再び父親の方を見た。


 「いいですか。あなたのその意見がアルテナを愛してのことだというのは理解しています。でもそれはここまで言い付けを守ってきた娘に対して酷い裏切りだと思いませんか?」

 「……」

 「こんな言葉もあります。可愛い子には旅をさせろ、と。何処かへ行かせる訳ではないですけど、いつまでもアルテナに過保護なのもいけませんし、本人がやりたいと思ったのならいい機会ではないですか」

 「……」

  

 父親の迷いが生じた表情にもう一押しと母親は微笑した。


 「愛しの娘の為だと思って、一肌脱いではいかがですか?」

 「よし分かった!お父さん張り切っちゃうぞ!」

 「……やれやれ」

 「何か言ったか母さん?」

 「いえ別に」

 「やったー!」 

 

 一転して乗り気になった父親に母親は肩を竦めた。アルテナも決着したと分かり両手を上げて顔を綻ばせた。


 (実の娘だというのに……私も大人気ないですね)


 母親ははしゃいで喜んでいるアルテナに、父親に溺愛されている娘に、ほんの少しだけ嫉妬した。

 



 時間が進み、空は真昼を過ぎ、日暮れから宵闇へと変化して、やがて夜空が地上を見下ろしていた。

 町の建物は星空を彷彿とさせるようにポツポツと光を灯している。町の外れで、高台に建っているアルテナの家からはそれが一望でき、アルテナもその景色を眺めることが好きだった。今も入浴を終えて寝巻き姿になりながら、家の外に出て町を眼下に見下ろしていた。

 もうすぐ魔法使いになるための、夢の一歩を踏み出せる。憧れた絵本の中の存在に近づくことができる。アルテナは心のどこかで感慨深いものを感じていた。

 長かった。

 我が儘を言わないように我慢して、お手伝いも進んで行って良い子と呼ばれるようにもなった。

 お母さんに頭を撫でられるのは好きだった。お父さんに頬擦りされるのは……ちょっと嫌だったけど、それでも二人が褒めてくれるのは嬉しかった。

 頑張ったかいがあった。

 そんな感傷に浸りながらその場にただ佇んでいた。


 「……アルテナ」

 「お父さん」


 背後から呼ばれて振り返ると、同じく寝衣になった父親が立っていた。そのままアルテナの隣まで歩いて腰を下ろす。アルテナが時々空や町を見ていると、父親もよくこうして話し相手になってくれた。大抵は星が綺麗だな、いい眺めだね、とそんな会話ばかりなのだが。


 「随分落ち着いてるんだな。俺は寝るまではしゃぎ回ると予想してたんだが」

 「ふーん。……私にもよく分かんない」

 「分からない?」

 「えっとね、嬉しいんだけど、夢みたいっていうか、やっと七歳になれるんだー、って頭では分かるんだけど……」

 「あーなるほど。実感が沸かないってだけか」

 「実感?」

 「嬉しすぎてるってことだ」


 自分でも理解しきれない心情を父親は言い当てる。納得したように何度も頷いた。


 「……ちょっといいか?」

 「何?」

 「どうして魔法を習いたいんだ?」


 前にもされた質問。

 だけど今は真っ直ぐに眼を見てくる。この眼の前なら嘘をついたとしてもきっとすぐに見抜かれるだろう。

 もっとも、誤魔化す理由など在るはずがない。


 「立派な魔法使いになって色んな人を助けながら、旅をしたいの」

 「そっか、お前は変わらないな。まあまだ子供だし、変わることはないか。……俺たちに憧れて、なんて理由ならもっとやる気が出るんだけどな」


 頭をかきながら立ち上がる。

 家に戻る父親の背中をアルテナは追いかけた。


 「朝から始めよう。お前も、早く寝なさい」

 「……うん。分かった」


 入り口をくぐる前に再び空を仰ぐ。

 夜天に浮かぶ月が静かにアルテナを照らしていた。




 「遅いよ!」

 「す、スマン」

 「朝から始めるって言ってたじゃん!」

 「わ、分かったからそんなに怒らないでくれ……」


 そして朝がやって来て、父親が娘に頭を下げる絵面が出来上がっていた。

 どうしてこうなっているか、父親が娘に魔法を指導できる事を想像して嬉しさのあまり眠れず、結局寝坊する羽目になった。約束を破ってしまった父親にアルテナは朝早くからお冠になっているというわけだ。


 「……怒っているところ悪いけど、アルテナも寝坊してたんじゃなかった?」

 「うっ!お母さん、言わないでよ……」

 「うーん、正直に自分も寝坊したって言うなら黙ってたのだけど。あなたもお父さんと同じことをしたんだったら、お父さんだけを責めるのは違うんじゃない?」


 母親の正論にぐうの音も出ない。

 母親の言うとおり、アルテナも寝坊したのだ。父親と同じく、今日が楽しみで眠る時間が遅れて。

 起きた瞬間、もしかしたら父親の気が変わってしまうかもしれない。そんなことを懸念しながら急いで準備したのだが、父も寝坊して取り越し苦労だったことが分かり、苛立ちをぶつけるように父親を咎めていたのだった。

 したことはないが、悪戯を発覚されてしまった子供のような心持ちになり、罪悪感を抱えながら謝った。


 「……ごめんなさい」

 「まあ俺も人のこと言えないしな。お互い、寝坊には気を付けような」

 「……うん」


 落ち込むアルテナの頭に手を置いて父親は笑う。

 結局朝食を済ませてから魔法の特訓を始めることになった。


 「でも俺は嬉しいよ!何だって髪の他にも娘が俺に似ている部分があったんだからな!」

 「あなたの子供でもありますしそれは当然でしょう?というより、欠点を受け継いだことを喜ばないでください。ほら、アルテナもさっさと食べちゃいなさい」

 「はーい……」

 「ほら、謝ったならもうお母さんは怒らないわよ。今日はあなたの誕生日なのだから、いつまでも落ち込まないの」


 母親に言われた通りにアルテナは席に着いた。 

 母の言葉でも沈んだままのアルテナを見かねた父親が口を開いた。


 「母さん、誕生パーティーはいつやるんだ?」

 「……そうですね。六時くらいがいいと思うのですが」

 「えっ、パーティーやるの!?お父さんも一緒!?」

 「ああそうだ!美味しいケーキだってある!プレゼントも、きっと楽しいぞ!」

 「わーい!」

 

 アルテナは嬉しそうに笑顔を咲かせた。

 前回、六歳の誕生日では父親は仕事で祝えなかった。しかし今回は側にいる。パーティーの知らせと相まって気分は一転した。

 

 「それに――――逃げろっ!」

 「へっ?」


 急に変貌した父親に動けずに疑問の声を漏らしたアルテナ。一瞬後、轟音がアルテナの耳朶を叩き――家が爆ぜた。




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