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魔眼の少女と白猫の賢者  作者: 四季 畑
第1章
14/20

第13話

 昨日は疲労の効果もあってよく眠れた。

 枕から頭を持ち上げて、朝にも関わらず窓を覆うカーテンの存在によって薄暗い部屋を見渡す。何も変わらない、もはや見慣れた部屋のままだ。

 窓側に向かい、さりげなく床で体を丸めている白い物体……ではなく白猫のレノンさんを避けてカーテンを開けた。窓から見える景色は清々しい朝を映していて、時計はいつもの起床時間よりも遅い時刻を示していた。疲れていたし当然といえばそうなのかな。

 レノンさんはまだ起きる気配はない。彼が寝ている内にさっさと朝の準備をしようと思い、そっと行動した。

 そして数十分後にはすべての準備が完了した。洗顔、髪の手入れ、着替え等をすませて今は鏡でチェックをしている。見たところ何も問題はなさそう。

 そんなことをしているとレノンさんも起き上がってきた。呑気にあくびをしている彼に私は挨拶する。


 「おはようございます。レノンさん」

 「んー?うん、おはよう」


 目を白毛に覆われた手で擦ると一言。


 「よし、今日は町へ出掛けよう」

 「……いきなり何を言ってるんですか?」


 つい反射的につっこんでしまった。特訓二日目で休むとか継続力が無さすぎると思う。


 「ほら、たまには休みも必要だろう?それに君って学園に入学しに来た以外に町をぶらついたことないでしょ」

 「始まったばかりで休みも何もないと思いますけど……」


 口では渋ってはいるけど、内心楽しみにしている自分がいるのは否めなかった。

 確かにレノンさんの後半の指摘は事実だ。興味はあったけれど、勉強ばかりしていて町を歩き回る機会はなかった。

 だけど流石に丸一日を外出に費やすのは我慢できない。


 「……せめて午前中は特訓にしましょう」

 「そうこなくっちゃ」


 嘆息しながら了承する私に、レノンさんは要望が通ったことに破顔していた。そんな彼に私は顔を背け、自分の心が踊っているのを必死に隠しながら部屋を出た。

 



 「ふう……」

 「はいお疲れちゃーん」


 腰を下ろして息を吐くと同時にレノンさんのふざけた調子の労いの声を受け取った。疲れていたので何も言わないけど。

 結果から報告するならば、昨日よりはかなり進歩したと思っている。

 今日は二十メートルほどまでに高度を伸ばせたし、速度も少しだけ上がった。結果は上々と言っていいよね。

 ところで、レノンさんはよくふざけたり馬鹿に……挑発みたいな事を言ってくるけれど、実はそれは私にやる気を出させるための発破みたいだと、ふと思った。

 彼のその行為に正直な感想を述べるならば、鬱陶しい。でも少しでも意欲を高めるためなのだとしたら、文句を言わずに容認するべきなのかもしれない。鬱陶しいけど。


 「さて、朝に言ってたように残りの時間は町を回ろうか!」

 「構いませんが、私はオススメの場所とか知りませんよ?」

 「ノープロブレム!呪いにかけられてからやることなくなったんで、暇人ならぬ暇猫になった僕がリサーチしたスポットに死角はないぜ!」

 「……そうですか」

 

 悲しい……と感じてしまうのは失礼なのかな。二足立ちになってカッコいい(と本人が思っているのだろう)ポーズを決めているレノンさんに憐憫を抱きながら立ち上がった。


 「あまり期待しないでおきますね」

 「ああ!大船にのった気分で待っていなよ!」

 「話が噛み合っていないの理解していますか?」


 心配になってきた。とりあえずはレノンさんのオススメに従うとしようかな。しっかりエスコートしてもらおう。……こんな考えが浮かび上がる時点で既に毒されてしまっているんだなぁ。町へ向かいながら私は苦笑いした。

 マステイアの南方面は『学区』と呼ばれている。見たことはないけれど、学区には私が通っているマステイア第一学園を除いて二つの学園が建設されている。第二学園と第三学園なんて呼称のされ方をしていて、何か違いがあるのかと問われれば、私ならば真っ先に教育方針だと答える。

 三つの学園では一学年の生徒には共通して魔法の使用に関してのモラルや初歩的な魔法の技術や座学を中心に教え、二学年からはより魔法を本格的に学ばされるんだって。例を挙げるならば無詠唱などを。

 違うのはここから。第一学園は魔法、魔道具や魔法薬などについてバランスのよさそうな教育の仕方をするけど他の学園、第二学園では戦闘を予想した魔法の使い方についてを、第三学園では魔道具や魔法薬に関してを重点的に学んでいくらしい。

 そんな学園の他にも、学区には多くの研究熱心な魔法使いたちが研究棟なんて建物に住んでいて、日夜試行錯誤をしているんだとか。

 こんな長話を何故いきなりしたかと、聞く人がいれば疑問を抱いたと思うけど、私が伝えたかったのはこの国の南部に位置する学区には多くの研究家がいて、決して娯楽を求めている普通の人が来るような場所ではなく、面白そうな物なんて無いと私は思っているということ。

 だから私はレノンさんには期待していないと言ったんだけども、その白猫さんは今は、


 「さあ僕の示した方向へ進みたまえ我が弟子よ!」


 私の左肩へ座って高らかに命令していた。


 「ちょ、……話すならもっと静かにしてくださいよ」

 「ごめんごめん。こういうの一回やってみたくてね」


 折角の外出なのに私の心情はハラハラしっぱなしだった。

 別にレノンさんが肩に乗っているのが嫌な訳ではない。確かに若干重くて違和感があるけど、人混みの中を歩かせることは難しいし腕で持ち運びするのも疲れるけれど、そこは問題じゃない。

 もし人語を解す猫が現れたなんて知られたらたちまち大騒ぎになってしまう。学生が使い魔を飼っている点は心配ない。第一学園以外では使い魔は禁止されていないらしいし、今の私は制服ではないからどの学園の生徒かは判断できないから。

 だけど噂を聞いた()()方面の研究者たちが私の元へ押し寄せる事態なんて想像したくない。レノンさんを差し出したくても契約の禁止事項に触れちゃうし、この国から逃亡するしか選択肢がなくなってしまうのは困る。彼はそうなるかもしれないことを考えているのかな?


 「でもバレてるような感じはしないよ。人多いからね」

 「だといいんですが……」

 「それにこの緊張感がいいんじゃないか」

 「……私を巻き込まないで下さい」


 私はスリルマニアというわけではないのだし、勘弁してほしい。

 だけど私の心配は杞憂に終わり、最初のオススメスポットにたどり着いた。


 「喫茶店……」

 「うん、だってもうお昼だし」


 喫茶『箒星』と書かれた看板が掲げられた建物の中に私たちは入っていった。最初は猫も同席していいのかと不安だったけど、どうやらこのお店は問題ないらしい。

 店内にはお客さんの割合の大半を女性で占めていた。数少ない男性客も女性の友人か恋人と訪れていた。……猫を同伴させている私が惨めに感じる。いや、気のせい気のせい。

 店員の女性には私の要望で目立たない席へと案内してもらった。こういう場所ではよく目立たないところを選んでいるなぁと思い返しながら待っていると、注文していたショートケーキとコーヒーが目の前に置かれた。


 「……ゲロらないようにね?」

 「……そういうことは言わないで下さいよ……」


 正面のレノンさんのデリカシーのない発言に半眼になりながら声を忍ばせて文句を返す。私だって昨日のことは気にしていたんだからあまり触れないでほしい。

 フォークでケーキを口に運ぶ。

 ……普通に絶品だったことに驚いた。

 学区の食事処はすぐにすませられるような料理で味は追求しないところばかりだと聞いていたんだけど、こんな場所ばかりだからこそ、人気がでるってことなのかな。目から鱗が落ちた気分だった。

 学園の食堂も美味しいけど、あそこはケーキは中々出てこないので今後『箒星』にはよく立ち寄ることになりそう。……いつかミリアさんたちと仲直り出来れば一緒にここに訪れたいと思いながら、支払いを済ませて店内を後にした。 

 

 「次はどんな場所に行きたい?」

 「そうですね……」


 そういえばレノンさんは何もない冷たい床で寝ているし、中身は人だけどペット用のベッドをプレゼントしてもいいかもしれない。そう伝えたら、


 「いやー、いいよ床で。せめて中身まで猫になりたくない」

 「女子寮で匿われている癖に……」

 「何か言った?」

 「……独り言ですよ」


 断られたのでこの話はなかったことになった。本人がそういうのならいいけど。

 それだったら特に希望はないし、レノンさんに従おう。

 その結果、私たちは学園と同じくらいの大きさはある白い建物に到着した。


 「遺跡博物館……ですか?」

 「おうともさ!」


 悪いけど……あまり興味がなかった。

 遺跡博物館には何があるといえば、遺跡から発掘した魔道具だったり、そこに刻まれていた古代の文献だったりと遺跡から発見されたものばかりがここに納められていて、遺跡マニアがいれば狂喜しそうな場所。聞いただけなので入ってみないことには分からないけど、私はあまり歴史には関心がないという、研究者の人たちに知られれば喧嘩を吹っ掛けられそうな感性の持ち主なので、自分から入館しようとは思わなかった。


 「まあまあ騙されたと思って入った入った」

 「……喫茶店のときは大丈夫でしたが、ここは使い魔……猫って入れるんでしょうか?」

 「……」

 「……」

 「一か八か、入れるかもしれないという可能性に僕は――」


 駄目でした。入るのを止めようかとも思ったけどレノンさんは「僕のことは気にしないで行っておいで」と送り出された。

 路地裏でシクシクと涙を流しながらハンカチを振る(毛並みに隠していたのかな?)レノンさんに見送られながら私は博物館に足を踏み入れる。

 中は大通りと変わらないくらいの人と喧騒で溢れていて、進むのにも展示品を見るのにも時間がかかってしまった。背が小さいとき地味にこういう場面で苦労するなあ。

 最初に立ち寄ったのは魔道具の展示場。ここには遺跡で発掘された魔道具が飾られている。例えば『魔光灯』と名付けられている、棒に加工された鉱石を取り付けられている魔道具は昼間には光を吸収して蓄え、必要なときに光を灯すことの出来る便利な物だ。ちなみに光を切らしても魔力ならエネルギーの代用は可能みたい。

 魔光灯は今の時代まで改良を加えられ、松明のような形をとっていただけなのに、形状の種類が増加したりエネルギーの変換効率が向上したりと進歩を遂げてきた。無論、他に使われている魔道具にも言えることだけど。

 魔光灯以外にも、手のひら程の小さいものから人よりも大きなサイズの魔道具が入館者たちの目に触れられている。だけど、遺跡で入手した状態のままなのに原型を留めているどころか新品な感じを醸し出しているのが不思議だ。

 これらの展示されている魔道具が詳しく解析されて今の生活に組み込まれているのだと実感し、古代の魔法使いたちに自然と感謝の気持ちが込み上げてきた。長々と突っ立っていても他の人たちの邪魔になるので適度に切り上げたけど。

 次に見に行ったのは古代の文献のコーナー。歴史学とかで習ったりする内容もあるんだけど、直にその目で記録を拝められるのは研究者の人は嬉しいのかな。

 流し読みしていると、ある文献で目を止めた。古代の時代にこの国で起こった戦争、何人もの魔法使いがその命を散らした忌まわしい出来事についての記録だ。

 それはこの国だけでなく、世界各地でも語り継がれているものだった。それこそ英雄譚や子供向けの絵本にも書かれている有名なお話。

 この戦争を起こしたのはたった一人の『終焉の魔法使い』と呼ばれていた男性らしい。容姿は黒髪で金眼、体格は何か特徴があるわけでもなく平均的な成人男性と大差ないと伝えられている。

 彼が戦争を仕掛けた動機は未だ謎に包まれているけれど、一時期『黒髪は例の魔法使いの眷属または転生した姿』なんて風潮があって、黒の髪で生まれた人は周囲の人々に敵視されてかなり苦労したらしい。現在のマステイアでは鳴りを潜めているけど、珍しい色だから良くも悪くも目立っている。

 長い戦いの末に、賢者たちは終焉の魔法使いを討伐。だけど被害は相当なものとなり、培ってきた魔法技術を後世に伝えるために彼らはこの国の至るところに遺跡を造った……。私が知っているのはこんなところ。 

 戦争が終結して賢者たちが死んでしまった後の魔法は、何分もの詠唱を行ってようやく火を起こせる程度まで衰退してしまったらしい。今ではとても考えられないような非効率さだ。

 でも遺された人は根気よく遺跡を開拓して魔法の進化を目指してきた。そうして時は流れていって百年くらい前に、遺跡をより積極的に攻略しようとする集団が現れる。

 それが遺跡調査団。発足して間もない頃は十人程度の構成員が今となっては百を優に越える組織となっているらしい。

 特に近年の彼らの活躍は目覚ましいものとなっている。昨日私がレノンさんから習った無詠唱は、現在調査団が最も調査に力を注いでいる『大遺跡』から発見した技術だ。この技術を見つけ出して以来、魔法の研究は大いに進んでいる。

 この国でそんな大規模な戦争が起こっていた……なんて正直実感は沸かないけれど、遺跡は確かに存在しているんだし、疑いようがないよね。

 そろそろ別のところへ行こうと思ったら、また別の記録が私を引き留めた。今度は私が知らなかった事実がそこにあった。


 「妖精(エルフ)……?」

 

 私の大好きなお伽噺にも出てくる存在が明記されていた。ついその文献に食い付いてしまって他の入館者たちの注目を浴びてしまう。うう……、恥ずかしい、反省しよう。

 赤面しながら文献を眺めていると、古代の時代には魔法使いたちと一緒にいる妖精の存在が描かれていた。姿は人間の手に乗れるような小さい体躯に蝶々のような羽を背に生やしている。

 どうやら妖精は古代の魔法使いたちと密接な関係を築いていたらしい。妖精は自分が認めた魔法使いと契約を結んで彼らに力を貸していた、と書かれている。

 是非この目で直接姿を見てみたいなんて思ったんだけど、残念ながら戦争で絶滅してしまったみたい。残念。

 こんなところでかじりついていても仕方ないからそろそろレノンさんのところまで戻ろう。きっと待ちくたびれているだろうから。けどなぁ……妖精……見てみたかったなぁ。そんな無念を隠しながら博物館を出た。 

 博物館付近の路地裏で待っていてくれたレノンさんと合流する。彼は慣れた動きで私の肩に移動した。なんとも華麗な動き……っていけない、感心しかけてしまった。

 でもレノンさんって一応男性みたいだし女子の肩に乗るのって羞恥心とか生まれないのかな。私は変なことはされてないし彼もただ猫の足で移動するのが面倒ってだけみたいだし、別にいいんだけど。


 「どうだった?」

 「……確かに思っていたよりは楽しかったですね。自分の知らないものがたくさんあって。特に妖精の記述は興味深かったです」

 「そっかそっか。でもまあ、君のことだから妖精見てみたいなんて感想が出てきたんじゃない?」


 ……どうしてこの人には私の考えが分かるのだろうか。人間の心理を掌握するのが上手すぎると思う。レノンさんも私の反応を見て正解だと勘づいたようでニヤニヤしていた。


 「……」

 「ん?ねえちょっと、何で体を揺らしているんだい?もしかしてバレたのが悔しいの?だからってさりげなく僕の事をふりおとそうとするんじゃないよ!いやマジでそろそろ落ちるから止めてくださいお願いしますから!」


 せめてもの抵抗に体を揺らして肩のレノンさんを振り落とそうとする。別にこれは危害を加えようとはしていない。ちょっと遊んでいるだけ。だけったらだけなの。

 まあ残念ながらそんな屁理屈が通るはずもなく契約違反の警告によって私の頭が痛み始めた。流石にこんなことで左目を失いたくないしすぐにやめるけど。だけどレノンさんだって私の事をからかってくるんだし、それが練習の意欲を高めるためだとしても他にやり方を考えてほしいし、これでイーブンにしてもらおう。

 「あー、もうちょっとで落ちるところだった」とぼやくレノンさんと再び町を進んでいく。

 そうして私たちは再び学区を見て回った。魔道具や魔法薬を販売しているお店や他の学園を訪れていたら既に夕暮れ時になってしまい、寮の門限もあって名残惜しくも今は学園への帰路を急いでいた。


 「今日は中々楽しめたんじゃない?」

 「……はい。学区だから楽しめないって決めつけてましたし、それも加算してとても楽しい時間でした。ありがとうございます」

 「そうかいそうかい!僕としては高台にでも行って夕焼けの中、学区を見渡す、なんてロマンチックな展開に持ち込めれば百点だったよ。そうなったら君の事陥落させられたのになぁー」

 

 カラカラと笑うレノンさんに私は微笑む。


 「嘘ですよね」

 「むっ、どうしてそう思うんだい?」

 「いや、そんなことを考えてるなら口に出して言わないですよ。私でも分かります」

 

 あ、でも契約で互いに嘘をつけなくなってるんだよね。それでも本気で言ってるとは思えないし……。冗談だったら契約の範囲外ってことでいいのかもしれない。そういうことにしておきながら私は続けた。


 「本当は私のことを元気つけようとしてくれたんですよね?」

 「べ、べっつにー?そんなことは――イデデデ!」

 「……契約なんかなくてもそれが嘘なのは誰でも分かりますよ」

 

 素直じゃないなぁと私は苦笑いした。

学園への入り口が見えてくると、門の前に三人の男女が並んでいた。あの黒っぽい制服は……。


 「遺跡調査団、ですね……」

 「……」


 遺跡調査団がどうして学園を訪れているのかというと、この学園の地下にある遺跡の定期検査の為。

 遺跡は調査を終えたら価値はないというのは間違い。あるものを目的として壊さずに残しておくらしい。

 だけどもし異常が起こってしまえば生徒の身が安全じゃないのでこうして定期的に調査団員が派遣されて来る。あの人たちはその手続きの最中で、私たちは偶然にもその場面を目撃する、ことになったらしい。

 珍しいとは思ったけど、ジロジロと不躾な視線を送るのも失礼だし目線を下げて彼らの後ろに並んだ。それでも目線が調査団員の人たちに自然と引き寄せられてしまう。

 原因は調査団員の中で一番背の高い男性にあった。二メートルはある長身と痩身が特徴の人。別に背の高い男性が好みって訳じゃないけれど、低身長な私から見ればリーンさんやこの人みたいな背の高い人にはちょっと憧れたり羨ましいって感じるんだよね。二メートルは流石に大きすぎるしそこまでは欲しくないけど。

 少しして長身の方が視線に気づいたのか、後方にいた私に振り向いた。しまった、つい見すぎてしまった。失礼だと分かっていたのにやっぱり不躾だったと、ばつの悪さを感じて頭を下げる。だけど、


 「……っ!?」


 頭を下げる瞬間にその人の目を見たら、全身が凍てつくような、得たいの知れない恐怖を抱いた。人形についてるガラスの目玉みたいな、心が無いような、無機質な目って言えば伝わるかな?

 

 そう、まるであれは――――。


 と、そんな考えが頭をよぎって頭を振った。口にしてはいないけど失礼すぎだ。この人だって気にしていることかも知れないし、ごめんなさいと心の中で謝罪をする。

 男の人も私に興味を無くしたようで顔を元に戻す。そして手続きを終えた仲間の人に続いて学園へ向かっていく。私もさっさと寮へ急いでいった。


 「なんか、こんな夕方に調査団が来るって珍しいですよね。まあ何らかの理由で遅れてしまったのかもしれませんけど」

 「……」

 「レノンさん?さっきから静かですけど。もう辺りに人はいませんよ?」


 自分を誤魔化すように思い付いた話題をレノンさんに振るけれど、その猫さんは神妙な顔をして黙っていた。不自然だと思い声をかける。


 「いやね、身長の高い人いたじゃん?」

 「……!あの人が、どうしました?」

 「羨ましい」

 「……へっ?」

 「僕、人間だったときは小さかったからさ〜、あんなでっかい人は羨ましく思っちゃうんだよね〜。はあ、いいなあ……」

 

 何か分かったのかと思えばレノンさんの口から出た言葉は気の抜けるようなしょうもないことだった。いや、確かに彼にとっては重要な問題なのかも知れないけれど……。

 でも、印象が怖かったってだけで人を怪しいと思うのもひどいことだし、単に私が気にしすぎってだけかもしれない。レノンさんの反応が正しいのかも。

 もうこの事は置いておこう。早く帰って明日の準備を進めなくちゃ。もうすぐ実技の授業もあるし早く寝よう。

 女子寮に着くまでレノンさんと会話をしながら、私は明日からの事を考えていた。




 「やっと終わった……」


 夜の準備を済ませた私は、たった今、机に置いてあるこの二日間の休日の課題を処理し終えたところだった。特に難題だったのがルーン文字学。日が経つに連れてどんどん解くのが困難になっている気がする。

 なるほど、人気がないわけだ。それともリネア先生が特別にスパルタなのか。

 レノンさんにも一応助力を求めてみたけど、「教えられるほど覚えちゃいないぜ!」と胸を張られた。自慢できることじゃないことを自慢された私は汗を流すしかなかった。自分で解決出来たからいいけど。

 そんなレノンさんは既に床でいびきをかいている。私も後は明日に備えて眠るだけ。

 ベッドに入って暗い天井を見つめながら今日のことを思い出した。楽しいことばかりだった。学区はこの国のほんの一部でしかないけれど、少しはマステイアを知れたことが嬉しかった。

 そんな優しい気分に包まれながら、私は眠りについていた。







 





 ……やめて、見たくない。

 そう思っても、私の意思を無視して夢は進んでいく。

 二度と見たくないのに、記憶から消してしまいたいくらいなのに、どうしてこんなものを突きつけてくるの?

 今まで何度もこの夢を見てきた。だけどここまで鮮明なものは、見たことはない。

 お願いだから、私に、こんなものを見せないで。

 だけど、無慈悲にも私の懇願をはね除けてさらに夢は加速する。

 そして、私は最も忌むべき記憶へと再び相対することとなる。


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