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魔眼の少女と白猫の賢者  作者: 四季 畑
第1章
13/20

第12話

 「……ーい。おーい」


 声が聞こえてくる。何処かで聞いたような声が。小さかった音は次第に大きくなっていき、やがて私は瞼を薄く開いた。


 「全く、特訓一日目から居眠りなんていい度胸してるよね」


 声の主、白猫のレノンさんに言われて理解した。そうか、私は眠っていたのか。寝惚けていた目をこすり木の幹から預けていた背中を離して背を伸ばす。飛行術の練習で消耗した魔力を回復するために休憩しながらレノンさんと話していたらいつの間にか昼寝をしてしまった、ということかな。


 「……ごめんなさい」

 「……そうやって素直に謝られるとからかいがいが無いんだけどね。まあ寝ようが寝てまいが、魔力を消耗したんじゃ、そんなすぐに魔法の練習は出来ないんだけど」


 レノンさんはつまらなそうに嘆息した。というからかいがいがないって、最初から注意する気が皆無だったんじゃないのか。ちょっと文句を言いたくなったけど居眠りをしていたのは私なので我慢する。


 「で?君はどんな夢を見てたの?」

 「……」


 正直言いたくなかった。昨日と今日の朝、そして先程といい

最近過去の夢を見る。朝に見た夢は幸せそうな夢だと誰もが思うのだろう。けど、私はそうは感じない。

 さっきまで見ていたのも多くの生徒に敵視される原因となった出来事だし、悪い夢と断言できる。

 どう答えるか悩んだ結果、言いたくないと首を横に振った。

レノンさんも何となく聞いただけだったらしく、「そう」と追及することはなかった。

 レノンさんに倣うように私も思ったことを聞く。


 「どれくらい寝てましたか?」

 「ざっと一、二時間くらいかな。だけど君も酷いことしてくれるよね。僕がペラペラ話して、話し相手である君はグースカ寝てるんだからさ。……独り言して盛り上がってる事ほど恥ずかしいのってないでしょ」

 「……悪気は無かったので許してください」


 私が質問するとレノンさんは答えてくれると同時に暗い笑顔で嫌味を吐いてきた。でも思ったんだけど、私は眠っていたんだからわざわざそんな事を伝える必要はなかったんじゃ……。そう言ったら余計に拗ねてしまいそうなので言わないけど。

 想像してみる。一人で話していてチラッと私の方を向き、聞いていなかった事を知って顔を赤くするレノンさん。

 

 「……」

 「何で笑ってるのさ?」

 「……気にしないで下さい」

 「……?まあいいや」


 失礼な想像をしているのを悟らせないようにサッと顔をそらした。レノンさんは小首を傾げるだけで別に気にした風もないのでホッとした。

 そう言えば時間はもうお昼時だしそろそろご飯にしたいな。ここに来る途中で用意したサンドイッチを手に取り口に入れる。うん、美味しい。


 「それじゃ食べながらでいいから聞いてよ」


 前置きをするレノンさんを見る。なぜかドヤ顔をしていた。

 何を話すのか尋ねたらこれからの予定のことらしい。ドヤ顔をしているのは知識を披露できるのが嬉しいのかもしれない。

 

 「まずは、君には飛行術の練習に専念してもらうよ」


 その言葉に妥当だと納得して首を縦に振る。

 飛行術は魔法使いの基礎の一つ。これを箒を使わず自在に使いこなせるようになってようやく一人前だと言われる。魔法実技の授業でもよくやっているし。

 全然なっていない私はまだまだ半人前だということ。魔法の特訓をする前に飛行術を極めようとするのは当然なのだろう。


 「でも今日はちょっとフライングしようかなって」

 「……つまり?」 

 「無詠唱の練習」

 「んぐっ!?」


 つい吹き出しそうになってしまった。

 無詠唱とは魔法の高等技術だ。一学年では勿論使用している人は存在しないし、二学年からようやく教えてもらうのだが、習得難易度が高くて先生や先輩たち曰く、初めはぎこちない人が多い。

 

 「……無理ですよ。これは飛行術とはレベルが違うんです。……私なんかがモノに出来る筈がありませんよ」

 「君はそう思うのかい?でも僕は……」

 

 いきなり私に分不相応な事を教えようとするレノンさんに考え直すように弱音を吐くと、レノンさんは一考する素振りをせず私の目を真っ直ぐ見つめてきた。


 「君は無詠唱が向いてると思うけど」


 確信しているような言い方。

 理解できなかった。どうしてそんな事が言えるのか。

 私は飛行術すらまともに出来ないのに、彼もその様子を見ていたのに。


 「本当にそう思うんですか?」

 「うん」

 「……どうしてですか?」

 「勘」


 短い返答につい体制を崩した。もっといい判断材料はなかったのか、私を納得させる答えを思い付かなかったのか、そんな私の心中とは対称的にレノンさんは笑った。

 

 「信用出来ないかい?だけどこんな言葉があるじゃん。野生の勘って。だから猫の僕がそう直感したし大丈夫だよ!」

 「……その使い方は違うと思いますし、そもそもあなた自分で正体は人間だって話してたじゃないですか」


 とうとう呆れてしまった。不安になっているのが馬鹿馬鹿しくなって嘆息しながら休憩を終えて立ち上がる。

 

 「じゃ、無詠唱の特訓をする前に。では無詠唱と詠唱有りの違いは何でしょうか、はいアルテナ君」

 「……詠唱は時間がかかることで隙だらけになりますが無詠唱は詠唱が必要ないので隙がなくなる、でしょうか」

 「はいそうです。だったら無詠唱のデメリットは分かりますかね?」


 レノンさんの問いに私は眉を潜めた。先生の真似事をしているのは置いておいて、無詠唱式のデメリット……つまりは欠点。考えてみたけど思い付かなかった。


 「その様子じゃ分からないってことで進めるけど、まあ無詠唱を覚えたての初心者にありがちなことだよ。まず詠唱は魔法を自動で発動させてくれる。意思で漠然とだけど効果も調整できる」


 答えられない様子を察して、私の言葉を待たずにレノンさんは説明を始めた。


 「そして無詠唱は魔力操作で一から魔法を作らなきゃいけない。教科書に載ってる初級魔法で例えるなら、『ファイアーボール』で説明するよ」


 ファイアーボール、今では半強制的に学級委員にまでされた哀れな苦労人(と多くのクラスメイトに呼ばれている)、ピーターさんが使っていた場面を思い浮かべながらレノンさんの言葉に続けて耳を傾ける。


 「ファイアーボールはまず始めに魔力を炎に変化させて、それを手の平に集め、球体に形作る。詠唱はこれを魔力を体内で発しながら言葉を紡ぐことで勝手にやってくれる」


 次に、とレノンさんは続ける。


 「無詠唱はそれを全部最初から自分自身でやらなきゃいけないんだ。そしてそれには魔力操作の技術が不可欠。これが未熟だと効果が薄くなったりするし発動しないってこともある」

 「つまりは魔力操作さえマスターすればいいと?」

 「ぶっちゃけそうなるね。他にも集中力とか精神力とかも大事になってくるんだけど。様々な状況に振り回されて心が動揺してちゃいつも通りにはいかないし」


 魔法使いはクールにしなくちゃね、と最後に付け足して無詠唱の説明を終えた。

 まとめると一番大事なのは熟練の魔力操作。後はどんな状況にも対応できる不動の精神が必要になってくる、と。

 

 「よし、説明したし早速始めようか。君はどんな系統に一番適正あるの?」

 「……一番得意なのじゃなければ駄目ですか?」

 「逆に初めての無詠唱を一番得意な系統で練習しない理由ってある?」

 「……あまり、好きではないので」

 「好き嫌いするんじゃありません!」

 「……分かりました」

 

 渋々と言った感じで了承する。後ろでレノンさんが「あれ〜、もしかして面白くなかった?」なんて呟いているけど敢えて無反応を返す。頷いたら面倒な事になる気がするから。


 「……」


 とうとう無詠唱式の実践を始める事になって急に緊張し始めた。大丈夫、これは学園の授業とは違う。レノンさんはきっと失敗しても何も変わらない筈だ。

 ミリアさんには確かに巻き込みたくないから嘘を言ったけど、やっぱり見方を悪く変えられたり一人になったらショックも受ける。あの時リーンさんも離れていったなら私も潰れてしまっていただろう。

 初めての魔法実技の授業を思い出して不安になるけど、何度も問題ないと自分に言い聞かせる。

 深呼吸して調子を整える。

 体の中心から魔力を引き出し、右手に集める。一度に大量の魔力を動かしたりはせずに少しずつ移動させた。

 意外と上手く操作できたことに自分でも驚いた。だけど油断はせず、より慎重に操作に専念する。

 イメージは「雷」の球体。ファイアーボールと同じようになったけど、説明を聞いたからこれが一番やり易いと判断してこの手順を踏んだ。

 最終段階に入り、イメージに照らし合わせて魔法を形作ろうとして掌から雷が生まれかけたところで、目眩がした。


 「!?」


 目眩の次に現れるのは激しい動悸、頭痛、猛烈な吐き気。続々と自分を襲う症状に私は堪らず膝をついた。


 「はあ、はあ、はあ……!」

 「お、おいおい、大丈夫かい!?」

 

 レノンさんが私の変貌に声をかけてくるけど答えることは出来なかった。

 震えが止まらずに腕で体を抱き締める。それでも恐怖は消えてくれない。歯が噛み合わずに音が鳴る。

 怖い、怖い、怖い。自分一人だけ暗闇に満ちた世界に取り残されたかのように錯覚し、私は耐えられずにとうとうその場で嘔吐してしまった。


 「うっ!?」


 体裁なんて気にする余裕はなく何度も吐き、吐瀉物で地面を汚し、喉を酸の味が支配した。

 

 「……【清き水よ、……枯れ果てる……命に……、恵みの慈悲を】……ピュアウォーター……」


 暫くして吐き気が収まり、どうにかして魔法で作り出した水で口元をすすぐ。

 少しは回復したけど未だに悪い気分なのは変わらない。体はだるさが残ってるし、とても魔法の練習をすぐに続行するのは不可能だった。


 「レノンさん、少しだけ、休ませてくれませんか……?」

 「いや、それはいいけどさ……。大丈夫なのかい?帰った方がいいんじゃ……」

 「いえ、休憩すれば、治りますから……」


 レノンさんに断りを入れてふらつく足取りでさっきしてたように近くの木に座る。

 するとレノンさんが私の前で頭を下げた。


 「……ごめん」

 「……レノンさんが謝ることなんてありませんよ」

 

 耳を畳んで目を伏せるレノンさんに気にする必要はないって伝えたけど、改めることはしなかった。その姿はまるで悪いことをして怒られた子供みたいな印象を受ける。別に悪いなんて何もないのに。


 「……一つ、聞いていいかな?」


 レノンさんが呟いて、私は頷いた。


 「君に何があった?」

 「……」

 「さっきのは尋常じゃない怯え方だったけど、もしよければ聞かせてほしいんだ。もしかしたら力になれるかもしれない」


 聞かれるとは思っていた。それに私も、相談すれば何かしら解決の方法が見つかるかもしれないと言う彼に、その提案に飛び付きたくなった。

 でも手を伸ばそうとして、言葉が喉まで出かかったところで、もう少しのところで拒否してしまった。レノンさんは「そっか」と寂しそうに笑う。

 確かに解決するかもしれないし、楽になるかもしれない。でも僅かに彼が私を軽蔑するのではと、そんな考えがちらついてしまった。

 いつか、この悩みを打ち明けられるのだろうか。レノンさんはそれまで待っていてくれるのかな。

 今にも泣き出しそうな曇り空を見上げながら、そんなことを思った。

 


 休憩の後、再び無詠唱の練習をした。だけど結果は芳しくなく、結局飛行術の練習をして今日の特訓を終えた。

 魔力が少なくなった私はゆっくりと歩きながら学園への道を辿り、着く頃には空は暗くなり始めていた。

 夕食は食べるような気分にはなれず、入浴だけをすませ、自室の机で課題を進ませてから寝台に横になった。

 今日は夢を見ないように願いながら目を閉じ、疲労によって時間をかけずに、私は深い眠りの底に沈んでいった。







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