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魔眼の少女と白猫の賢者  作者: 四季 畑
第1章
12/20

第11話

 次の日、早朝から学園にきたリーン、ミリア、アルテナは医務室にやって来ていた。サウラの容態を確かめるためだ。

 昨夜に女子寮前の階段から転げ落ちたサウラをここに運んだ三人は彼女を医務室に在中していた教師に任せて女子寮へと帰っていった。

 その後は、そんなことがあっては勉強会などできずそのまま解散の流れとなり、共通の友人の無事を祈りながら三人はそれぞれの自室で眠れない夜を過ごしたのだ。

 

 「……開けるよ?」


 リーンが同意を求め、ミリアとアルテナが短く頷く。

 三人はサウラの無事を願い入室する。

 その中でもアルテナは阻止できなかったことで責任を感じていたことから、二人よりもサウラの事を案じていた。


 「……サウラ?」


 ミリアは幼馴染みの名前を呼ぶ。

 その声に答えるようにモゾモゾと布が擦れる音が聞こえ、白いカーテンに人間のシルエットが映った。

 

 「は、はーい……」

 「サウラ!」


 サウラの声が聞こえるや否やカーテンを抉じ開け、その先にいる彼女のもとへ飛び込むサウラ。

 リーンとアルテナも心の底から安堵した。頭に包帯を巻いているが、その他には異常は見られない。記憶を失っているということも無さそうだった。


 「えーと、ごめんね?心配かけちゃったみたいで」

 「本当よ!階段で足を滑らせるなんて!」


 微笑みながらサウラが謝るとミリアは厳しい口調で答える。

しかしその双眼には涙が溜まっており、心配していたからこその言い方だったのだということがサウラには伝わった。自分の膝に顔をのせているミリアの頭を撫でながら、改めて「ごめんね?」と謝罪した。


 「とにかくまあ、何も無さそうで何よりだよ」

 「うん、先生にも当たりどころがよかった、って言われたよ。今日一日は休んで明日から授業に参加しなさいって」

 「それが妥当だろうね」

 「だけどルーン文字学の課題が出来ないや。ミリア先生に怒られちゃうね」

 「……話せばそれくらい許してくれるわよ」

 「あはは、そっかぁ」

 「……」


 他の友人たちが話をしているのを見守っていたアルテナは複雑な思いを抱いていた。

 勿論サウラが助かったことに対しては喜んでいる。が、情報不足だったとはいえ、事前に彼女の身に何かが起こるのを知っていて阻止することが出来なかった事が、アルテナに居心地の悪さを与えていた。

 

 「アルテナちゃんも来てくれてありがとう」

 「……はい」


 罪悪感に支配され俯くアルテナにサウラは笑いかける、


 「ねえ、アルテナちゃん」

 「……?」

 「自分を責めないで。分からないことは多かったし、心配かけちゃったけど私も結果的に無事だったから大丈夫だよ」


 自分を気遣ってなのか、本当にそう思っているのか自分では判断できなかったが、やがてアルテナは頷いた。


 「だけど災難だったね。よりにもよって階段で足を滑らせるなんて」

 「……うん」

 「サウラ?どうしたの?」


 突如としてリーンが不幸を労る言葉をかけるが、サウラは言葉を濁し、ミリアが疑問を抱く。


 「……えーとね?あの時後ろに引っ張られたような気がして」

 「おいおい、あの時は私たち以外には誰もいなかったし、透明人間のせいとでも言いたいつもりかい?」

 「どうだろ?気絶する前の記憶が曖昧になってるのかもしれない」

 「ちょ、ちょっと、後遺症とか大丈夫なんでしょうね!?」

 「そ、それは心配いらないから」


 取り乱すミリアに落ち着かせるような声をかけるサウラ。そんな彼女たちに呆れながらリーンは肩を竦める。

 その後は少し談笑して三人は医務室を後にし、教室に向かった。


 

 「……ごめん。忘れ物してきちゃった」


 教室に向かうため、三人で肩を並べながら廊下を歩いていたところに、ふと鞄を開けたミリアが苦笑いをした。


 「おいおい、昨日は偉そうなこといってたのにアンタだって忘れてるじゃないか」

 「それを指されると痛いけどあなたたちも見ておいたほうがいいんじゃないの?」

 「……私は、大丈夫でした」

 「……ッチ。アタシも人のこと言えなかったね」


 リーンがからかうように笑うとミリアは顔をしかめながら、他の二人に確認を促す。アルテナとリーンも鞄を開けると、リーンだけが舌打ちをする。

 忘れ物をした二人に先へ行けと言われ、アルテナはその通りにした。

 サウラの見舞いにいつもより早く起きたので時間にはまだ余裕があり、急ぐ必要はないので彼女たちの遅刻を心配する必要はない。

 しばらく白い廊下を歩き教室の扉が視認するが、アルテナはその扉を開けるのを躊躇った。本人にも上手く説明することの出来ない、確証のない嫌な予感があったからだ。

 しかしこの扉を開けなければ自分は教室に入れない。立ち往生して遅刻するのも嫌だったので、予感を無視して扉に手をかける。

 ガラガラ、と音を鳴らせながら入室し、何人かのグループを作って会話をしていたクラスメイトたちから視線を浴びるが、直ぐにそれも霧散し、再び室内は喧騒に包まれた。

 先程も説明したように、まだ時間は担任のクロウスがホームルームのために教室を訪れに来るには早い。とは言っても彼はいつも遅刻気味なので、起こす係のピーターがわざわざ職員室に赴いて彼を連れてくるのだが。そのためクラスメイトは未だ半数程度しか揃っていなかった。

 アルテナも最近頻繁に使っている席に向かおうとして、それを阻まれる。見上げるとそこには何度か見た顔、というよりアルテナにとって悪い意味で覚えられた顔の持ち主であるマルスがいた。


 「よお、アルテナ。お友達が大変だったらしいな」

 「……話が早いですね」


 ニヤニヤとした笑みで語りかけてくるマルスに心の底から込み上げてきた嫌悪感を堪え、表情に出さないようにする。

 再びクラスメイトの視線を感じながら、目の前の少年たちだけを視界に収めた。

 

 「どいてくれないと席に着けないのですが」

 「まあすぐに終わる話だ。我慢してくれよ」


 やんわりとアルテナの申し出を断ったマルス。従う他ないのだろうと判断し、黙ってマルスの言葉を待った。


 「しかし、最近あんたのお友達は大変らしいな。物がなくなったり水がぶっかかったり、サウラに至っては階段から転げ落ちたんだって?」

 「……よく知ってますね」

 「ああ、偶然耳にしたんでな」

 「偶然……?」


 言葉を交わしながらアルテナは嫌な予感がした。目の前の少年の言葉を止めたい衝動に駆られるが、理性でそれを抑える。


 「ところでな、俺は思うんだけどよ」


 そう言った直後、マルスは唇を三日月型に曲げて、教室内に響き渡るように声を発する。



 「もしかしてお前の魔眼は、視たやつを不幸にする能力なんじゃねえのか?」


 突然のマルスの発言にアルテナは時が止まったように固まった。いきなり何を言い出すんだこの少年は、と。

 魔眼がそんな効果なら眼帯をするなり対策をする。どうしていきなりそんな事を言い出したのか分からなかった。マルスは未だ表情を変えない。


 「……え?マジ?」

 「そんなの、疫病神じゃん……」 

 

 クラスメイトはざわめき始める。その様子にアルテナは不穏な空気を感じた。まるで彼の発言をどちらかと言えば信じている方に傾いているように思えたから。

 今度はそんな彼らにマルスは話を振る。


 「お前らも覚えはあるんじゃねえのか?最近嫌な事?が起こりやすいってことがよ」


 するとアルテナたちを見ていたクラスメイトの口々に証言が出始めた。


 「そう言えば俺は、昨日他のクラスの奴と衝突して飯を溢しちまってたけど」

 「わ、私は急に転んで怪我をしたわ」

 「僕は目覚まし時計が壊れて遅刻した!」

 「大事にしていた髪飾りが無くなったわ!」


 次々と上がっていく不幸な出来事に愕然とし、同時に心の何処かで理解した。入学式の日の教室で決闘を申し込まれ、断り、教室を去る間際に見たマルスの顔。あれはこの事を意味していたのだと。

 そして、それは正しかった。


 (……上手く燃え広がったな)


 内心でマルスはほくそ笑み、計画が上手くいったことに大手をあげて歓喜した。

 彼の『計画』のネタばらしをするなら答えは単純だ。取り巻きのメレンやエーゲルと共に学園の生徒たちにこっそりと嫌がらせを働き、その悪徳をアルテナの魔眼のせいにして彼女に濡れ衣を着せること。発言のなかにはマルスたちが手を下していない自業自得、或いは純粋に不幸な出来事もあったのだが、それも合わせて計画に相乗効果をもたらせることも想定していた。

 マルスは自分が周りの生徒に好評ではないことは知っている。しかし放っておけば何もしないただの嫌な奴と、居るだけで不幸をもたらす疫病神、どちらの方が嫌われる相手なのかは明白だろう。

 始めはここまでの即効的なものを計画していなかった。他生徒に嫌がらせをして自分の発言を信じさせようとしても簡単ではなかっただろう。長々と続け、少しずつアルテナの魔眼に対する嘘を信じ込ませようとしていた。そうすれば最初は信じなかった者も疑い始める筈だから。

 しかし次の日、嬉しい誤算が起きた。アルテナの魔法の弱さ、致命的な欠点。

 あれを知った生徒は、アルテナをどうにかして認めようとしていても心の奥では失望していた。そのために予想していた時期よりずっと早く彼女を敵視、忌み嫌うようになったのだ。

 マルスはアルテナが気に食わなかった。だがそれだけでたった一人を嵌めるために長期的な計画を作りはしない。

 それが常人ならば。

 リーンが以前アルテナに説明したようにマルスの家、グレッツェル家は他人を蹴落とす事で噂が立つ程だ。目的は邪魔な存在を排除するため。それもある。

 本来は……趣味だった。

 彼の先祖が誰かを嵌める悪事に手を染めていく内に、その行為事態に悦びを得るようになってしまった。そしてグレッツェル家の子孫は誰かを陥れずにはいられない悪趣味な人間ばかりの存在に成り下がったのだ。

 アルテナは、そんな悪趣味に巻き込まれただけだ。


 「わ、私――」


 アルテナは、「私の魔眼はそんなものじゃない」と弁明しようとして、出来なかった。

 既に彼女に突き刺さる視線は敵意や嫌悪に満ちていた。どれも彼女を糾弾するものばかりだ。

 この場所にアルテナを味方する者はいなかった。

 もはや、誰にも悪意は止められない。


 「……っ!」


 悪意が作り出した脚本に顔が蒼白になる。孤独感に蝕まれ、耐えられなくなり、気付けばアルテナは逃げ出していた。


 「うわ!……えっ、アルテナ?」

 「おい、アルテナ!どうしたんだい!?」


 逃げる途中で何人かの生徒に見られる。聞き慣れた声に呼び止められた気もするが、答えられる余裕はなかった。

 後に噂が捻曲がり、推薦者アルテナの認識はこのようなものとなる。


 ――卑怯な手段でこの学園に入り込んだ疫病神、と。



 暗い自室でアルテナは寝込んでいた。

 どれくらい眠っていたのだろうか、本人にも分からない。

 もうあの教室は彼女を受け入れる場所では無くなっている。

 しかし、アルテナにはそれでもいいと感じていた。

 ――これでよかったのかもしれない。

 ――そもそもが間違っていたんだ。

 ――こんな()()()()が普通の生活を送ろうとしていたことが。

 少女が目を閉じ、過酷な現実を受け入れようとしていた、そんな時、コンコン、とドアをノックする音が響く。


 「……アルテナ、いるかい?」


 リーンの声だと分かるとそっとドアを開き、部屋に光が舞い込む。後ろにはミリアが控えており、どちらの顔も決して愉快な表情をしていなかった。


 「……悪い」


 アルテナの顔を見ると直ぐ様頭を下げるリーン。


 「何があったかは大体分かった。アタシたちは否定したけど、その、アタシはバカだから結局やり込められてしまったからね……」

 「……リーンさんが謝る必要、ないですよ……」

 「あの野郎、『疫病神と一緒にいたらどうなるか分かんねえぞ』だと!?ふざけやがって!!」


 その時の様子を思い出しているのか、リーンは拳を握りしめ震えさせる。今にも壁に叩き付けそうな様子だった。


 「……」

 「……ミリアさん?」


 そこで今までやり取りを黙視していたミリアが前に進み出る。


 「……あいつの、マルスの言ってたことって、本当?」

 「なっ!おい、アンタ!まさかあんな奴の言うことを信じてんのかよ!?」

 「あなたは黙ってて」


 友人を疑うミリアにリーンが食って掛かるが、ミリアはそれを手で制し、アルテナに目で真偽を問いかける。

 問い掛けられたアルテナはその虚偽の噂を、


 「……ええ」


 一瞬の間の後で、短く頷きながら肯定した。


 「なっ!?」

 「……そう」


 リーンは大口を開けて驚き、ミリアは静かに声を発す。少女たちの間に沈黙が訪れ、それを破ったのはミリアだった。


 「……ごめんなさい」


 ただそれだけの言葉を残し、ミリアは去る。

 その行動が絶交を意味していたことはアルテナにも分かった。


 「おい、ミリア!」

 「いいんですよリーンさん」

 「……っ!アンタも何であんな嘘言ったんだよ!」


 呼び止めようとするリーンをアルテナは遮り、今度は苛立たしげな形相でアルテナを睨み付けた。

 

 「どちらにしろ、別れてくれた方が良いんです」

 「は?」

 「だって、私と一緒にいたら今度は友達にまで被害が出るじゃないですか」

 「だから、アタシはそれも覚悟してるって――」

 「……昨日みたいなことか起こっても、それが言えます?」

 「……!」


 サウラが階段から転がり落ちた出来事。あれもマルスたちの仕業なのだろうとアルテナは予想していた。頭の打ち所がよかったからサウラは助かった。

 逆に言えば、もし打ち所が悪かったら、最悪目を覚まさなかったかもしれないのだ。

 それがマルスの恐ろしい所だ。命の危険さえあるような『イタズラ』を平気で行う。その辺りは考えていたのか、それとも家の力でどうにかなると思っているのか。人を貶めることに躊躇をしない執着をアルテナは危ぶんでミリアを遠ざけたのだ。

 彼女を遠ざければ釣られてサウラも離れて行くだろうから。きっとミリアが上手く言ってくれるだろうと信じて。

 ――そう、これでいい。自分は間違っていない。

 アルテナはそう自分に言い聞かせながらリーンと向き合う。


 「……リーンさんも、私から離れて下さい」

 「私と一緒にいたら、あなたも危険な目にあいます」

 「私は大丈夫です。一人でも上手くやっていきますから」


 そう言ってリーンを説得するアルテナに彼女は――笑った。


 「へっ。嫌だね」

 「!?」

 「アタシは指図をされるのが嫌でね、アンタの命令を聞くなんて御免だね」

 「でも、私と仲良くしてたらリーンさんも……!」

 「知ったこっちゃないね。誰が何と言おうが、アタシがアンタといたいから一緒にいるんだ」

 

 逆に聞くけど、とリーンは質問する。


 「アンタは一人が嫌なのにアタシを一人にするのかい?」

 「……へ?」

 「誤魔化せてるって思ってたなら甘いよ。背中に隠してる腕、……震えてるじゃないか」


 リーンが言った通り、アルテナの腕は震えていた。明日からの悪意への視線に一人で耐えきれるかどうか不安だったために。


 「それにアタシだって、アンタ以外に仲良しな奴なんていないしね」

 「……ミリアさんたちと一緒にいれば……」

 「へっ。友達がピンチなのに見捨てる奴なんてこっちから願い下げだよ」

 「ミリアさんは、サウラさんがいるから……!」

 「分かってる。だけど、それでも……さ」


 そうしてリーンは笑いながらアルテナの肩を叩く。


 「別にアンタが気にすることなんて何もないさ。さっきもいったけど、アタシがアンタと一緒にいたいからいるんだ。……嫌われ者同士楽しくやってこうじゃん?」

 「あっ……」

 

 眼が熱くなる。次には涙が溜まり、一筋の線となって頬を伝い、そして零れた。


 「……泣くなよ」

 「……泣いてませんよ……!」


 服で目をこすって誤魔化すが、中々止まらなかった。

 嬉しさで溢れる涙を拭きながら誓う。

 ――頑張ろう。

 それだけのシンプルな誓い。しかし心を奮い立たせるには充分だった。

 魔法の能力を高め、周囲の人間に認めさせる。一人残ってくれたリーンに肩身の狭い思いをさせないために。

 ――そのためにも私は……。  

 アルテナは自分の手の平を見つめ、握りしめた。





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