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魔眼の少女と白猫の賢者  作者: 四季 畑
第1章
11/20

第10話

 一週間が立った。新入生たちも学園の授業、人間関係、生活に慣れ始めてきた頃。学園内ではある話題で持ちきりだった。

 その話題とは、推薦者のアルテナについて。

 確かに座学は期待通りだった。推薦者に選ばれる資格は充分にあることが証明された。ただしそれは座学のみであり、魔法の腕は別の問題だ。

 その肝心の魔法はまさかの一桁。学園内で最も少ない数値を出した彼女には様々な噂が流れることになった。 

 曰く、実技のときは調子が悪かった。

 曰く、推薦者として認められたのは魔法薬や魔道具などの魔法以外の腕で、魔法の能力はそこまで高くはなかった。

 中にはこんな噂まで立っている。

 何らかの方法、例えば賄賂や教師、学園の弱みを握ったことで推薦者の地位を手に入れた卑怯者、と。

 これはアルテナを妬む者たちが口にする噂である。能力が高いもの、地位が高いものなど、期待や注目されている人物は時として少なくない嫉妬を受けるものである。

 こちらは一般生徒にはあまり浸透していない。小耳に挟んでも「ハイハイ妬み妬み」と真に受けないのだ。

 無論その考えがちらつかない訳ではないのだが、件の人物の様子からはそんな事をするような人柄には見えないという判断によって信用されなかった。

 今のところ一番信憑性があるとされているのは二番目の噂。魔法薬の授業では教師の質問には淀みなく答え、ルーン文字学の授業では優秀な成績を納めた。

 これはクラスメイトが証人となっている。よってアルテナのあの魔法の結果は仕方がないのではという結論に至りつつあった。

 そしてこんな話題の中心となっている当の本人は――、


 「この文章は三番目の単語をこの部分に置き換えて――」

 「あー、なるほどね。じゃあこの問題は?」

 「これは今日習った文法を応用すれば――」

 「……できた、ありがとう。こっちはもう片付きそうだから自分の事を――」

 「アルテナちゃ〜ん。こっち手伝って〜」

 「……あの子を助けてあげて」

 「分かりました。サウラさん、少し待っててください」


 友人、ミリアたちと課題の消化に努めていた。

 今は夕食前の時間帯。授業が終わり次第真っ直ぐに寮に戻り、ルーン文字学の教師リネアから出された、1日ではとても終わりそうにない量の課題を急いで片付けようとして最初に言い出したミリアの部屋に集まっていた。 

 一番難易度が高いとされるルーン文字学。平日での課題がこのレベルなら長期間の休日ではどんなものを課されるのか、そんな不安を胸の奥に押し込みながら少女たちは目の前の問題に集中した。


 「「「…………」」」


 リーン、ミリア、サウラの三人はチラチラとアルテナに目線を送る。彼女たちは先日の実技の授業について知りたかった。本当にあれが実力なのか、それとも調子が悪かったのか。

 本人が気にしていることなら無理に問いただそうとはしない。勿論、魔法の腕が凡庸だろうとアルテナを軽蔑しようとは思っていない。

 が、あの日の食堂での言葉には別の何かが含まれていたのを三人は感じていた。自分の魔法の腕を卑下するのとは別の何かを。だから一週間が経過しても中々踏み込めずにいたのだ。


 「あの……」

 「「「!?」」」


 アルテナの声に肩を揺らす三人。気付かれているとは思ってなかったので突然の彼女の声に動揺してしまった。

 

 「な、何?わ、私たちは別にアルテナちゃんの事なんて考えてるわけじゃなくて、あの、その……」

 「このお馬鹿!」

 「痛い!何で叩くのミリアちゃん!?」

 「自分からあの日の事が気になるってバラしてどうすんのよ!」

 「わ、私はそこまでは言ってないよぉ〜」

 「……あっ!」 

 「……ったく」

 「あ、あはは……」

 

 サウラが動揺して口走ってしまい、ミリアがそんな幼馴染みの失敗を、彼女の説明を補填しながら咎めつつも自分も同じ過ちをしてしまったことに気付き、そんな二人にリーンは溜め息をつきながら手を額に当てた。

 芋蔓式に友人たちの胸中が露になっていく現象にアルテナは苦笑いするしかなかった。


 「やっぱり、皆さん気になります、よね……」


 すぐ後に顔を俯きがちにして言うアルテナ。

 何度か口を開きかけ、しばらくの沈黙の末に彼女は三人に己の思いを告げた。


 「すみません……。今はまだ少し、話したくありません……。ちょっと勇気がいることなので……、その、それまで待っていてくれませんか?」

 

 小声でそう伝えるアルテナに、三人は微笑みながら頷いた。


 「……そっか……。ん?ってことはあれかい?あの日の魔法は調子が悪かったのかい?」

 「はぁ……。それも含めて話すってことでしょ?まあ、この子が言えるようになるまで気長に待っていればいいのよ」

 「……そうだね。それまで待ってよ?」


 それぞれの考えを言葉にしながらも自分の思いを肯定してくれている友人たちに感謝しながら、アルテナは彼女たちに交じって目の前の難解な課題を片付けていった。

 

 「……」


 ……が、今度は別の事で表情を曇らせていた。それは三人の友人の「運」について。

 アルテナにはその人物を凝視することで運を識別できる魔眼を持っている。以前とは違いこっそりと、友人たちをじっと見つめると、魔眼は相変わらず彼女たちは幸運とは言えないような光景を映し出す。

 いや、相変わらずという表現は少し違うかもしれない。以前よりも不幸を示す光粒が増えているのだ。

 彼女が魔眼を発現してから今までの経験から、この現象はおかしいものだった。

 運とは不規則なものだ。不幸な日が続いてると思えばひょっこりと幸運な日が訪れる。少なくとも一週間も三人同時に不幸が、それも下り坂のように酷くなることは今まで見たことがない。

 これではまるで何者かの手が介入しているような――――。

 

 「ねえアルテナちゃん、この問題は……、アルテナちゃん?」

 「あっ!ご、ごめんなさい。何でしたっけ?」

 「あはは、さっきとは逆になったね」


 考え事をしている最中に話し掛けられてビクッと体が揺れる。聞いていなかったと謝るアルテナに笑うサウラ。


 「どうしたの?さっきのことならまだ言わなくても……」

 「いえ、その事じゃなくて……サウラさんは今日、何かありましたか?嫌な、事とか」

 「えっ?どうかなぁ?」

 「あー、そう言えば最近ついていないかな、私は」

 「アタシもだねぇ」


 アルテナがサウラに今日の出来事を尋ねる。

 アルテナの魔眼には、三人の中で彼女が一番不幸だと知らせていた。もし既に起こってしまった出来事ならどうしようもないが、自分の介入で阻止できるのならそれが一番だと心中意気込む。

 サウラが今日の出来事を振り返っていると残りの二人も会話に加わってきた。

 

 「具体的に聞いても良いですか?」

 「そうだなぁ。今日なら清掃員の人が持ってたバケツの水がかかったり、かな?」

 「アタシはいつの間にか教科書がなくなってたことだね」

 「それあなたが準備し忘れてただけじゃないの?」

 「おいおい、前の日に確認したさ。前にも言ったと思うけど見た目で判断するんじゃないよ」


 互いに今日の不幸を発表し、リーンはミリアに不注意を指摘されるが肩をすくめながら否定する。

 

 「うーん……。私はこれといって特にないかなぁ」

 「……そうですか」


 サウラの返答にアルテナは頷く。

 すると今度はサウラが質問した。


 「もしかして、魔眼が?」

 「……言いにくいんですが……」


 アルテナは一瞬どう返そうか悩み、最初は誤魔化そうとしたが止めた。不安にさせるのかもしれないが、少しでも警戒させれば、もしかすれば不幸を回避出来るかもしれない。そう思った結果、ありのままを伝えることにした。警告することでしか手助け出来ない自分を恨めしく思いながら。


 「もしかしたら結構、嫌な事が起こるかもしれないので、気をつけて下さい……」

 「……そっか……。分かったよ、アルテナちゃん」

 「……具体的なアドバイスが出来なくてごめんなさい」

 「謝らなくてもいいよ。あなたのせいじゃないんでしょ?」


 それに、とサウラは続けた。


 「頑張れば嫌な事は起きない、かもしれないしさ?だから、その、あなたも助けてほしいな、って」

 「サウラ、さん……」


 あはは、と頬を染めて笑うサウラをアルテナは見つめる。

 しばらく二人の視線が絡み合い()()()な空気を醸し出す中、突然「こ、コホン」と咳払いが割り込んだ。


 「もしかして、あなたたちってそういう仲なの?」

 「アタシも、否定はしたくないけど別のところでやってもらいたいもんだねぇ」

 「ち、違うよ二人とも!?」

 「……お気持ちは嬉しいですけど、私もそういうのは……」

 「アルテナちゃんまで!?待って!お願いだから皆私から距離を置かないで!!」


 傍観していたミリアとリーンは微妙な顔をしながら、アルテナでさえも若干顔を赤らめながらサウラから離れようとする。そんな友人たちにサウラは必死に懇願した。

 そんなやり取りの後に、


 「ぷっ、アハハハハハ……!」

 「……アハハ」

 

 最初にリーンが吹き出し、それを境に笑いが伝染する。

 

 「「「「アハハハハハ!」」」」


 一つの部屋に四つの笑い声が重なりあい、その場には何一つ不幸は存在していなかった。

 

 「あはは……」


 しかし、その中の一人の表情に陰りが生まれたことを少女たちは知ることが出来なかった。


 


 ルーン文字学の課題に一区切りをつけ、四人は食堂へ向かっていた。きっかけは課題を進めていたときに突如として部屋に鳴り響いた音。

 少女たちが発生源の方向を見れば、アルテナが腹部を押さえて顔を羞恥の色に染めていたところだった。

 窓を見れば空は暗くなっていたので丁度いいと、休憩も兼ねて夕食にすることにしたのだ。


 「まあ明日はルーン文字学はないし、そんなに焦らなくてもいいんじゃないのかい?」

 「リーンって絶対休みの最後まで課題やらないタイプよね。いい?そんな油断が後悔の火種となるの。さっさと終わらせるに越したことはないわ」

 「だけどアルテナちゃんのお陰で大分進んだよね」

 「いえ、皆さんがちょっとヒントを与えればすぐに解いてしまうので、大した事なんてできてませんよ」

 「おいおい、それはアタシへの当て付けかい?こっちはほとんど進んでないんだけどね」

 「い、いえ!そんなことはないんですが……」


 会話をしながら進んでいると正面からドンッ、とアルテナを軽い衝撃が襲い、バランスを崩す。


 「あっ。ご、ごめんな――」

 

 転ぶことはなく、余所見をした自分が悪いと早々に謝ろうと口を開きかけ、言葉が詰まった。

 なぜならアルテナがぶつかったのは入学式が終わった後の教室で決闘を申し込んだ相手、マルスだったからだ。


 「……」

 

 マルスはアルテナを一瞥しただけで何も言わず、メレンとエーゲルを連れて四人を素通りした。


 「……何だいアイツ、難癖つけてくるかと思ったのに」

 「確かに無言なんて珍しいわよね」


 訝しげな視線を先程の三人、主にマルスの背中に注ぐが、まあいいかと彼らを意識の隅に放り、アルテナたちは食欲を満たすべく食堂へ再出発した。



 「はあ……」


 夕食を済ませた四人は再び凶悪な課題へ向き合おうと女子寮へ向かっていた。その道中でアルテナは息を吐く。それは食事の余韻に対してではなく、食事中に起きた事に対してなのだが。

 

 「こんなに注目されるとはねぇ。落ち着いて食事なんて出来やしない」

 「悪いことなんてしてないのに何か、居心地悪かったね」

 「私たち以外の声ほとんど聞こえなかったわよね」

 「ご、ごめんなさい……」

 「別にアンタが頭を下げる必要はないけどさ」


 食堂での光景を思い出して苦笑いする少女たち。

 アルテナには先日の一件以来様々な噂が飛び交っている。だがそれは所詮噂であり推測の域を出ず、真偽は本人にしか分からない。

 アルテナについて興味が絶えない同学年の生徒たちは彼女、または彼女の友人たちの会話から何か分かるのではないか、そんな考えから彼らは初日の授業以来、盗み聞きという行為に及んでいたのだ。

 勿論そんな無礼な行動を不快に思わないはずがなく、彼女たちは、主にリーンが、獣も逃げ出すような視線で威嚇したのだが、それが去るとしばらくしてまた視線が戻ってくるので、仕方なく無視して食事に集中していたのだった。


 「はあ、正直うんざりね」

 「最近こんな事ばっかりで嫌になるよ」

 「……」


 ミリアとリーンの会話を聞いてアルテナは思う。

 ――そういえばサウラさんには不幸らしい出来事は起こっていない。

 夕食前に魔眼で見た友人たちの運勢。その中でサウラが一番不運だった。

 ミリアとリーンは今日既に不幸な目にはあっていると聞いているのであまり警戒していない。かといって彼女たちを心配しない理由にはならないのだが。

 実はサウラはかなりの神経質だったのか。それで食堂での視線にとてつもない鬱憤を抱えた?そう思いサウラを一瞥するが彼女は普段と何も変わらない表情だ。これをとても演技とは思えず、アルテナはその考えを捨てた。

 立ち止まって思案しても結局大した発想が出ることはなく、魔眼が間違えを映し出したのではという、とうとう迷走に近い考えに行き着こうとして、いけないと頭を振る。


 「アルテナちゃん」


 友人を助けようと頭を悩ませていると、その当人から声をかけられた。顔をあげると、正面にいたサウラが立ち止まって後ろのアルテナに向き合っていた。

 今彼女たちがいるのは女子寮前の石造りの階段。いつの間にこんなところまできたのかと思いながらアルテナはサウラの言葉に耳を傾けようとする。

 

 「あまり悩まないで、私だってちゃんと気を付けるから。それにさ、実はあなたが思ってたより大したことはないかもしれないでしょ?だから、多分大丈夫だよ」


 サウラはアルテナに微笑みかける。それを見て、アルテナは安心した。

 大丈夫だ、自分は一人じゃない、一人で悩まなくてもいい。きっとどうにかなると、そう無条件に信じてしまった。


 「おーい、二人ともどうしたの?」


 立ち止まっていると前からミリアの呼び掛ける声を聞き取る。見れば残りの友人二人は階段を上がりきったところで待っていた。

 アルテナは先に進んだ二人に追い付こうとして、サウラより前に出てしまった。

 サウラもアルテナに続こうとするが―――。


 「……えっ?」

 

 不意に聞こえた友達の声。

 アルテナが振り返ると、彼女の瞳が捉えたのは、


 足を滑らせたような体制で背中から地面に落下し始めていたサウラの姿だった。


 「サウラさん!?」


 アルテナが手を伸ばしてサウラの腕を掴もうとするが、ただ空を掴むのみ。

 支えを失ったサウラは重力に従って上ってきた階段をごろごろと転がり落ちていき、停止しても起き上がる素振りをみせなかった。


 「サウラさん!!」


 急いで友人のもとに駆けつけ名前を叫ぶが反応は返ってこない。意識を失った友人を前にしてアルテナは混乱した。

 

 (守れなかった。油断してしまった。分かってたのに助けられなかった。私のせいだ私のせいだ私のせいだ私の――)

 「……おい!!」

 「っ!」


 自責の念に呑まれたアルテナを現実に引き戻したのはリーンのチョップと叱咤の声だった。

 

 「ぼさっとすんじゃない!とっとと医務室に運ぶよ、まだ空いてる筈だ!」


 リーンの余裕の消え去った声にアルテナはまだ反省するときじゃないと理解する。

 半泣きになりながらも頷き、三人は目を覚まさないサウラを助けるべく行動した。



 



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