WHISTLE
人間とは相容れぬ存在は、きっと今日も何処かでひっそりと生きている――――のかも知れない。
大抵の人は知らないが、少なくとも私は知っている。
普通の人間なら『死んだ』と言うだろう彼女らは、まだ生きている。
彼女らは蒸気機関車に乗って、永い旅をしているのだ・・・・。
常谷夢志歌は、普段は人間の格好で生活を営んでいる半人半妖である。
妖怪としての種は狢、狸によく似た化生の類である。
彼女はその蒸気機関車【妖魔城急行】の常連客の一人であった。
よく妖狐の鈴緒山居鶴奈と相席し、駅弁として売られている【燗寝飯蛇魑】を食べながら駄弁るのが日課となっていたのだった。
一見上手く生きている様に見えるムジカだが、他の妖怪からは酷く嫌われていた。
というのも彼女は、あまりに奔放過ぎるのである。
ぶらり、と途中下車しては人間界へお散歩しにいくのが趣味となっていたが、あまりに奔放な彼女を心配したイズナはこっそりと、イズナにしか聴こえない特殊な周波数で鳴る鈴をムジカの着物の帯に仕込んで置いた。
イズナの鈴など知りもしないムジカはその日も、人間界へお散歩しに行っていた。
彼女は人間の少女の姿で、のどかな田園風景を歩く。
ほとんど誰もいない中、一人の青年が畑でトマトを収穫していたのを見て、ムジカは少し悪戯心が動かされた。
獣の生存本能、食欲も少々あったのは言うまでもないが。
彼女は道端に散っていた手頃な葉っぱを摘み、頭に乗っけて言った。
「我が身、狸に化けよ」
・・・・ボムン。
語感的に丸い爆発音と共に、少女は消え代わりに狸が一匹、畑へと駆けて行くのであった。
その頃青年は化狸に気付く事もなく、トマトの収穫をせっせとこなしていた。
ふと背後に何かの気配を感じ、そちらを振り向く。
「・・・・狸、でもないな。誰だい?」
「・・・・」
あまりにあっさりとバレてしまったので、ムジカは狸の姿のまま青年の前に出ていった。
「・・何でその姿なの?」
青年の言葉に驚きを隠せないまま、変化が解けてしまった。
ムジカは恥ずかしくなり、青年を直視出来なかった。
「僕、何故か変化を見破れるみたいだなぁ」
「・・あなたは・・何者なの?」
「僕は人間だよ。ちょっと他人とは違うかもだけど。
それは僕からも訊きたい。君は何者なの?」
最早何を言おうとバレる・・そう思ったムジカは、正直に全てを話す決意を固めた。
「私はムジカ・・・・妖怪、狢の末裔よ」