第8話 訓練の日々、事の真相
レンデンを出発してから半日、街道から外れる直前の宿場町まで到着した。今日はここで一泊する。
レンデンから直線なら約230kmだけど、実際は山脈の高い辺りを迂回する為にイングリッド王国の南、エルズ王国との国境近くまで行き、そこから北西に折り返す形になる。なので道のりは倍以上になってしまう。
スターライトの性能なら山脈を飛び越えて行く事も可能だけど、そういう場所には飛竜などの大型飛行魔物が生息している。スターライトはあくまでスターノヴァのコアユニット、所為脱出艇だから武装が連射魔力砲しかなく、威力は大型の魔物相手だと心許ない。なので遠回りでも穏便に進めるルートを取っているという訳。
物資の補給は必要ないので、スターライトを駐機場に預け、宿を取ってから町から出て魔術の練習をする。先生はもちろんキャンディ。まぁ、部屋で練習してもいいんだけど、あまり褒められた話じゃない。間違って魔術を暴発させて宿を壊そうものなら弁償させられた上に追い出されるし。
まずは前回の復習。右腕を軽く前に伸ばして魔素を集めてみる。前と同じようにフワッとした感覚が腕に纏わりつく。
「うん!前より少し集める量が増えてるね!それじゃ、今日はそれを魔力に変換してみよう!フワッとした感覚を腕に染み込ませる、う~んと、保湿クリームを塗り延ばすと肌に染み込むよね?あんな感じをイメージしてみて?そうすると腕の中に温かい感じがあると思うんだけど・・・どう?」
「うん、ちょっとやってみる。塗り拡げて、染み込むイメージ・・・。」
あ、腕の周りのフワッとした感覚がなくなって、腕の中にほんわり温かい感じが・・・。これでいいのかな?
「うん!出来てる出来てるよ、ミウちゃん!その温かいのを身体の中で移動させてみて?」
「うん?身体の中を伝わせるって感じ?ん~~~・・・こうかな?」
右腕の温かさを胸に、そして左腕に伝わせるイメージ・・・。こんな感じ?
「すごいね!今まで出来てなかったのが信じられないくらい上手だよ!」
「ふぅ・・・・・・。でも、まだまだ集中しないと出来ないわね・・・。」
「それは練習をしていけば出来るようになるから大丈夫!さぁ、もう一度!」
「はい!キャンディ先生!」
しばらく魔力変換と伝達の練習をしてから、今度は雪華姉さんに小太刀での戦い方を教えてもらう。
「ミウ、短剣や小太刀というのは切っ先から10センチのあたりを相手に当てて、刃を切っ先の方へ滑らせる事によって切り裂く武器なの。だから硬い相手はあまり得意ではない事に注意して。まぁ、『あの人』が造ってくれた碧双月は尋常じゃない切れ味だから、大抵のものは切り裂けるわね。貴女は格闘が得意だから、間合いに関しては問題ないと思うの。後は、いかに正確に刃を当てて滑らせるか。その技術を磨けば使いこなせるわ。まずはこの木刀で打ち込みの練習よ!」
「はい!頑張ります!」
近くの立ち木に向かって打ち込み練習。切っ先10センチの辺りで打ち込んでから滑らせる。正確に当ててから身体全体を使って刃を滑らせる感じで。そうか、ガントレットや蹴りでの攻撃でも身体全体をを使って力を伝えないと威力が出ないのと同じで、短剣や小太刀の場合は刃を滑らせる為に力を伝えないといけない訳ね。
「さすがに格闘での戦闘経験があるから飲み込みが早いわね。後は刃を当てて滑らせる感覚を身体に覚え込ませるだけよ。さ、今日はこれまで。明日に備えて休みましょう。」
「ありがとうございました!姉さん!」
「あ、そうそう、これをあげるわ、ミウ。碧双月には及ばないけど、護身用に持っておきなさい。」
「姉さん、これ・・・ありがとう、姉さん!大事にするね!」
姉さんがくれたのは二振りの小太刀。きっと王都出立前に買っておいてくれたのだろう。貰った小太刀を胸に抱きしめる。”あの人”に碧双月を貰った時の姉さんもこんな気持ちだったのかな?
訓練を終え、宿に戻り、夕食を摂ってから早々に休む事にする。王都からここまでより、ここからアルスマグナの館までの方が何倍も注意が必要になる為だ。
翌早朝、いつもの装備に加えて腰の左右に小太刀を佩く。普通、刀は左腰に二振りとも佩くが、私は実際の使い勝手を考えて左右に一振りずつ佩くようにした。
外はまだ暗かったが構わず出発。宿場町から十分に離れてから街道から外れ、北西方向に向かう。MISEにより網膜投影される情報に注意しながら街道を進んでいた時より速度を上げる。午前中には館に着いておきたいし。
途中、魔物らしき反応をいくつも探知したけど構わず進む。高度を上げておけば地上の魔物がこちらにちょっかいを掛けてくる事はないし。
◇◇◇
宿場町を発ってから四半日、目的地の場所に到着した。でも、建物らしきものは見えない。本当に大陸の端も端、崖から下を覗くと遥か下に雲海が見える。あの雲海に入って戻ってきた者はいない。少なくとも巷にはそう話が流れている。
雪華姉さんがスターライトのコンソールを操作すると、MISEに誘導情報が送られてきた。私たちはそれに従い、大陸の外の蒼空へと飛び立つ。
しばらく進むと、突然、蒼空に浮かぶ大きな岩塊が目に入る。そしてその岩塊の上に古風な館が建ってるのが見える。ここが私たちの目的地、”アルスマグナの館”。館の主に許しを得てない者は決して目視でも魔術でも見つける事の出来ない場所。
誘導に従い、館の手前に開いた入口に機体を滑り込ませる。雪華姉さん、キャンディ、そして私の順に侵入し着陸させた。
機体を駐機場所に移動しスターライトから降りると、ディエミーさんに似た妙齢の美女が近付いてきた。
「いらっしゃい。随分ご無沙汰だったわね?探索、上手くいってないの?」
「アーシアさん、ご無沙汰してます。前回の探索はちょっとトラブルがありまして、結局大した成果が上げられませんでした。すみません・・・。」
「まぁ、トラブルは仕方ないわね。それじゃ、次の探索について相談しましょう。雪華さん、キャンディさん、ミウさん、客間の方へお願いしますね。」
「「「はい。」」」
みんなで客間へ移動し、ソファーへと腰掛ける。すると扉がノックされ、お茶とお菓子を乗せたワゴンを押した給仕女の、”自律自動人形”が入ってきた。そして慣れた動作で私たちにお茶とお菓子を給仕し、一礼してワゴンを押しながら退出していく。初めてこの館を訪れた時には、姉さんもキャンディも私も、驚いて腰を浮かせたものだけど、何度か訪れる内に慣れた。
「それで、次の探索先なんだけど、ちょっと遠いのよね。だから館に寄ってもらったという訳。」
「どこなんですか?アーシアさん。」
「イーセテラ大陸のシーマ地方、その山の中よ。」
「!! シーマ地方・・・よりにもよって・・・」
あれ?雪華姉さんが難しい顔を・・・あ、もしかして・・・
「姉さん、もしかしてそこって・・・」
「ええ、あたしの故郷よ。」
雪華姉さんは故郷の領主の娘で長女。本来なら婿を取って領主を継ぐ立場だった。でも、領主は自分に合わないと感じて後継ぎを妹に譲り、家臣が一致団結出来るようにと自分は出奔したと言っていた。確かに戻り辛い事この上ない。
「姉さん、今回は辞退しよう?落ち着かない状態で行っても、きちんと探索出来ないし。」
「雪華姉、わたしもミウちゃんの言うことに賛成だよ。無理してまで行く事ないよ。」
「あんた達・・・ありがと。そしてごめんね。気を使わせちゃって・・・。」
うん、遺跡は他にもあるんだし、ここに無理して行かなくても・・・
「貴女達、その判断で後悔しない?もしかすると、”貴女達の大切な人”の手掛かりがあるかもしれないのに?」
アーシアさんの言葉に私たちは凍り付いた・・・。そして、動揺から掠れた声でアーシアさんに尋ねる。
「ど、う、いう事、ですか?”あの人”の、手掛かり?どうしてそんな・・・」
「貴女達の機体を修復しながら気付いた事があるの。あの機体に使われている技術。それが古代魔工文明の技術に非常に酷似しているの。酷似と言っても、古代魔工文明の技術の方があの機体のものの劣化複製といった感じね。つまり・・・」
「つまり?」
「つまり、機体に使われている技術の方がオリジナルとすれば、ある仮説が浮かぶわ。”貴女達の大切な人”は4年前の事件の余波で、この世界の過去に飛ばされた。そして、貴女達の元へと戻る為に、当時の文明に技術を限定的に供与し、ある程度の地位を得て、何かを制作または建造していたと考えられる、という事よ。もしそうならここは非常に手掛かりある可能性が高い遺跡よ?何せ古代魔工文明の技術開発施設だったのだから。」
あまりの事に私たちは声も出ない・・・。まさか、そんな・・・。でも、そうだとして、何故?
「何故、アーシアさんは、そんな事を知ってるの、ですか?」
「だって、考古学者兼魔工術研究家ですもの。伊達に何年も研究してないわよ?」
軽く受け流された。でも、どうしよう・・・”あの人”の手掛かりは欲しい。欲しいけど・・・。
「あら?意外ね。ミウさんなら真っ先に飛び出して行くような話だと思うのだけど?」
「・・・正直、”あの人”の手掛かりは欲しいです。でも・・・」
手掛かりがあったとして、今の私がそれを見つけても・・・。強くなる為の訓練をまだ始めたばかりで、それを生かせる自信がない。
「ミウ、私に遠慮しているなら必要ないわ。貴女は今までの自分を超える為に努力を始めた。だったら、あんたの姉であるあたしだって、昔の自分を超えて見せないとね?だから行きましょう、イーセテラへ。」
「姉さん・・・」
「ミウちゃん、また一人で抱え込もうとしてたでしょ?大丈夫、一人で難しいなら三人で頑張ればいいの!ね?」
「キャンディ・・・うん、わかった!行こう!イーセテラへ!」
「話はまとまったかしら?それじゃ明日機体の確認と調整をして、明後日出発でいいかしら?」
「それでいいです。姉さん、キャンディ、いいよね?」
「いいわよ。」
「おっけ~♪」
私たちはそれぞれに用意された部屋へと案内された。荷物をクローゼットへと押し込み、鉢植えのヒヤシンスをベットのサイドボードに置く。部屋にはシャワーも洗面台もあるので快適に過ごせる。
普段着に着替えてからしばらくすると扉がノックされ、私が返事をして扉を開けると、大き目の籐籠を持ったが給仕女の自律自動人形が一礼する。
「マスターよりお召し物のお洗濯を言い遣っております。」
「あ、助かります。ちょっと待っててください。」
クローゼットの荷物から洗い物を取り出して籐籠に入れると、給仕女は一礼をしてから部屋を出て行った。冒険者は毎日洗濯したりお風呂に入ったりはしない、というか、それをする場所が少ないのでやれないんだけど、年頃の女性としては気になるので、こういうのはとてもありがたい。
ベッドに寝転びながら”マンガで分かる魔術基礎”を読んでいると、再び扉がノックされる。
「私よ。今いいかしら?」
「あ、どうぞ。大丈夫ですよ。本を読んでただけですので。」
アーシアさんだった。何だろう?扉を開けるとアーシアさんと給仕女が立っていた。
「久しぶりだから、少し話をしよかと思ってね。あ、お茶とお菓子を持ってきて。」
「イエス、マスター。」
自律自動人形給仕女に指示を出してから部屋へと入ってくる。
「貴女が本って、意外ね?どれどれ?”マンガで分かる魔術基礎”?!こ、これまた意外な本ね?」
「”あの人”を待つだけじゃなくて、少しでも自分を磨こうを思いたったんです。」
「そう。それはとてもいい事ね。”貴女の大切な人”もきっとそれを望んでいるわ。ところで・・・」
アーシアさんが一度言葉を切って、私の目をじっと見る。
「ところで、最近、体調に変化はなかった?例えば、寝たまま起きれなくなっちゃいそうになったとか?」
「え・・・・・・?」
何であの事をアーシアさんが?!まさか?!でも、そうだとしてアーシアさんが私にそういう事をする理由が思い浮かばないし、そもそもどうやったかも分からない。
私が黙っていると、アーシアさんの目が少し細められる。目を逸らしたくなったが、ここで目を逸らせば認めた事になる。
「いえ、特には。アーシアさん、何か心当たりでも?」
私のその答えにアーシアさんの目が更に細められ・・・そして、視線が外される。
「いいえ?何もなかったのなら良かったわ。あ、そうそう。今回の施設の探索は十分に注意してね?古代魔工文明施設の中でも最高ランクの重要施設。稼働しているかどうかは分からないけれど、防衛設備も最高クラスよ。”殺戮人形”くらいは覚悟した方がいいかもね?」
”殺戮人形”。あの夢、あ、夢じゃないんだった、未来視の光景が頭をよぎる。
「アーシアさん、私にも質問させて下さい。アーシアさんはどうして私たちを行かせるのですか?」
「んー、貴女達が恐らく私の知る限り最高の冒険者だから、では不満?」
「最高っていうのは買いかぶり過ぎですよ・・・。それならフォルクさんとかディエミーさんとかチェイミーさんとかがいるじゃないですか。」
「あの子達はもう冒険者じゃないでしょ?別に仕事があるんだから。」
「それは・・・そうですけど・・・。」
「能力も性格も信頼に値する冒険者としては、貴女達が一番だと思ってるわよ、私は。」
私たちを買ってくれているのは分かる。分かるけど・・・
不安が顔に出ていたのだろう。アーシアさんが軽く溜息をついたあと、椅子から腰を上げた。
「ミウさん、貴女だけに見せたいものがあるわ。夜、私の部屋にいらっしゃい。」
◇◇◇
夕食を摂った後、私はアーシアさんの部屋へと向かった。姉さんやキャンディにはアーシアさんの部屋に行く事は伝えてある。二人共私一人で行く事に反対していたけど、信用するしかないからと説き伏せた。
―――ミウ、ちょっといいかしら?
廊下を歩いてると頭の中でリィエが話しかけてくる。何よ、こんな時に。立ち止まってリィエの声に意識を傾ける。
―――あのアーシアという女性、私たちと似た感じがするのは気付いてる?
えっ?!どういう事?
―――私という人格が目覚めたのはつい最近だけど、貴女の記憶を見せてもらったから分かる。貴女、”あの人”と幾つかの”世界”を渡ってきたわよね?
うん、そう。私はいくつかの”世界”を回ってきた。”あの人”と共に。
―――じゃあ、どうして”世界”が幾つもあると思う?
それは・・・どうしてかは分からない。”あの人”と一緒にいただけだし・・・。
―――仕方ないわね・・・。じゃあ、未来視を使った時、視る未来が遠い程未来が確定出来なくなるのは何故?
それは”あの人”から聞いた。現在から離れれば離れる程分岐は無限に増えていくから、よね?
―――じゃあ、選ばなかった分岐の先の未来は?どうなったと思う?
えっ?分からないよ、そんなの・・・。
―――・・・貴女ねぇ、もう少し自分の頭使いなさい?他に世界があるのだから、世界が崩壊してない限り続いてるに決まっているでしょ。
なるほど・・・それで、それとアーシアさんの事がどう繋がる・・・あ、もしかして?!
―――そう、貴女が私の生まれ変わりであるように、あのアーシアという女性も私の生まれ変わりかもしれないわよ?
そ、そんな事ありえるの?別の世界に同じ人間が生まれ変わるって・・・。
―――ありえるでしょ?貴女は私が貴女の生まれた世界で生まれ変わって、その後”あの人”にRBSで身体を貰った。あの女性は私がこの世界に直接生まれ変わったのでしょうから。貴女が別の世界からやってきたから出会っただけで。私たちの方が異邦人なのよ。
そうか・・・そうね、外からやってきたのは私たちの方だものね。
―――だからね、あの女性には注意しておきなさい。生まれ変わりじゃなかったとしても、何らかの意図があって貴女に何かしようとしたのは会話から分かったし。まぁ、お蔭で私が覚醒出来たのだから、私は感謝すべきかしらね?
む・・・親切に教えてくれたって、身体は渡さないわよ?!
―――あら残念。
再び廊下を歩き始める私。廊下の所々には紫色のシクラメンが活けてある。そういえば前に来た時にも紫色の花が活けてあったなと思い出す。アーシアさんも”あの人”と同じ紫色の花が好きなのかな。
アーシアさんの部屋辿り着くと扉の前で深呼吸してから3回ノックしてから名前を告げる。
「どうぞ。入ってきて。」
「失礼します。」
アーシアさんの部屋に入るのは初めてだ。研究家と言うからにはもっと雑然とした感じかと思っていたけど、壁の本棚の蔵書が多いくらいで小綺麗な感じだ。
「さて、勿体ぶっても仕方ないから、早速見てもらいましょうか。」
アーシアさんが本棚の本の1つに手を伸ばす。その本を取り出して見せるつもりなのかと思いきや、本の前で手をかざす。
すると機械的な音が響き始め、その本棚自体が壁へと引き込まれて横にスライドし、奥に続く通路が出現した。
「さ、こっちよ。」
呆気に取られている私を促してからアーシアさんはその通路に入っていく。
慌てて追う私。通路の先には扉があり、アーシアさんが扉の脇の壁に手をかざすと、プシューーーッ!という音と共に扉がスライドして開いた。
アーシアさんが私を一瞥してから扉をくぐり、私が入りやすいように脇に避ける。
「これが貴女に見せたかったもの。貴女ならこれらが何か分かるわよね?」
扉の先にあったもの、それは、一言で言うなら“上蓋が透明な直方体の棺“。それが一つ。
「これ・・・ウィスタリアにあった!!」
―――RBS!何でこの女がRBSを?!やっぱりこの女、私の生まれ変わり?!
私の驚く表情に満足したような笑みを浮かべるアーシアさん。
「これは身体を再精製する機能を持つ装置。精神はデータとして一旦装置の記憶領域に保存され、再精製された身体に精神を再書き込みする訳だけど、身体が分解され再精製する前段階で装置を動作凍結させれば時間を越える事が出来るという訳。これは私が”ある人”から託されたもの。滅亡する古代魔工王国”パルテンシア”を越えて未来へ行く為に。」
!! アーシアさんが古代魔工王国の人?!確かにそれなら今までの情報や知識を知っている事に納得出来る。それよりも・・・
「”ある人”?」
「私に様々な知識と技術を教えてくれた師匠。そして・・・」
言葉を切り、目を閉じ、そして、ゆっくり開き、私を真っ直ぐ見つめる。
「そして、私の、”心から愛する人”。」
「!!」
―――!!
「”あの人”、師匠はその未来視の能力でパルテンシアの滅亡を予見し、この館を私に託して旅立った。極秘裏に開発していた高次元空間航行船で。”あの人”は言っていたわ、『”大切な女性達”が待っているんだ。』と。正直、妬ましくも羨ましかった。それ程までに”あの人”に想ってもらえるその女性達が。」
そっか・・・私、そんなに”あの人”に想われてたんだ・・・。
胸が熱くなる・・・。
「ディエミーから貴方達の話を聞いて『もしかして?!』と思ってここに来てもらおうかと思った矢先だったわ、4年前のあの事件は。そして、貴女達が持ち込んできたあの機体を見て確信したわ。”あの人”言っていた女性は貴女達だと。だから貴女達に協力する事にしたの。そうすればまた”あの人”に会えるから。そしてあの時言えなかった事を今度こそ言うわ。」
真剣で真っ直ぐな眼差しが私を射抜く。
「『私も一緒に連れていって!』と。」
これが本当に人を愛した人の眼差し・・・。
「あの施設なら”あの人”が戻る為の手掛かりがきっとある。私にも入れない場所があったから。だから是が非でも貴女達には行ってもらうわ。今まで遺跡の情報を提供してきたのはその力を付けてもらう為。時にはわざと情報を漏洩させてトラブルを誘発させもしたわ。」
いつかのディエミーさんからの手紙の合点がいった。あれ、でもそうすると、あの事は?
「・・・わかりました。遺跡調査はちゃんと行きます。私だって”あの人”に早く会いたい。でも、アーシアさん、どうして今私に明かしたんです?それと、さっき私に聞いた体調の事は?」
「あら、貴女、気付かなかったの?美味しかったでしょ?私がブレンドしたアップルミントティー。」
そういえば、ディエミーさんのところから帰る途中、ふらつくような感じがあったのは・・・。
「ちょっとショック療法してみようかと思ってね。強化再精製体の貴女に効いて、かつ、バレないように仕込むの、中々大変だったんだから。あ、強めの睡眠導入剤だから安心して♪」
ディエミーさんの手紙にあったのはこの事だったんだ。あれ?でも、それだとディエミーさんも知っていたんじゃ?じゃあ、何であんな手紙を?
「『安心して♪』って、死にかけたんですけど?!私!!」
「それには私もビックリしたのよ?でも、見張らせていたあの娘から、その後貴女の様子が変わって、どうやらやっとやる気になったみたいって聞いたから明かしたの。今日は本当は別の遺跡の話をするつもりだったのよ。」
「見張らせるって誰に・・・あぁ、チェイミーさん。そんなの気付きませんよぉ~、誰も。」
チェイミーさんの専門は探索技術と魔工術。探索技術には静音歩行や隠形術がある。そりゃあMISEでなら探知は出来るけど、いつもMISE着けてないし。
リィエが言ってた「私たちと似た感じがする」も、アーシアさん達が再精製体だからって事ね。
「それじゃあ、私からも質問させてもらうわね?ミウさん、ショック死しそうになってから急に変わったのは何故?貴女に何があったの?エリザベス王女救出の時の冷静な対応や先程昼間の話の時に飛びつかなかったのは?失礼だけど、あまりの変わりように驚いたわよ。」
「それは・・・」
リィエと未来視の事、話して良いものか・・・。少し逡巡してから決断。リィエ、貴女の事、話すね。
―――いいのね?正気を疑われるかもしれないわよ?
私はアーシアさんの眼差しを信じる。”あの人”の為に、力になってもらう。
―――”あの人”をこの女に取られるかもしれないわよ?
それを決めるのは貴女でもアーシアさんでも私でもない。”あの人”よ。私は”あの人”を信じてる。
―――なら、貴女の好きになさい。私には止めようがないし。
「アーシアさん、私の中にはもう一人の私がいます。名前はリーエロッテ。彼女、リィエは”あの人”が最初に一緒にいると誓った女性で、私はその生まれ変わり、という事みたいです。」
「!! それは・・・!ミウさん、貴女、適当な事を言って・・・」
「私も驚きましたけど、彼女は私の中に眠る未来視を使い、未来の事を視せて忠告してくれました。うーん、そうですね・・・」
私は何かを感じるように目を閉じる。といっても、これはポーズ。未来視は別に目を閉じる必要はないから。
未来視で少し先を見ると、ここに姉さんとキャンディがやってくるのが見えた。
「あと30秒くらいでこの部屋の扉がノックされます。姉さんとキャンディが私を心配して来てくれるみたいです。」
果たして、30秒後にこの部屋の扉がノックされた。アーシアさんの顔に驚きの表情が浮かぶ。
「は、はい?」
「アーシアさん、雪華です。こちらにミウがお邪魔していると思いますが?」
「え、ええ、居るわよ。どうぞ、貴女達も入ってきて。」
「失礼します。」
返事をして姉さんとキャンディの二人を招き入れる。さすがアーシアさん、その時には普段の表情に戻っていた。
「という事です、アーシアさん。」
「・・・貴女が適当な事言ってないのは分かったわ。」
姉さんとキャンディの二人にも、アーシアさんに私が話した事を伝えた。二人とも声も出ないくらいに驚いていた。でも、信じてはくれた。まぁ、この世界から見たら、ウィスタリアやスターノヴァの方が余程非常識で、二人はそれらに乗ってたのだから、信じてくれるとは思ってたけど。
「アーシアさん、アーシアさんの気持ちはよく分かりました。アーシアさんも”あの人”が帰ってきたら家族として一緒に暮らしませんか?同じ人を好きな者同士、”あの人”の為に協力すればいいと思います。”あの人”と自分達の幸せの為に。きっと”あの人”も喜ぶと思います。」
「・・・そうね。貴女、とてもいい風に変わったわ。分かった。今まで以上に協力し合いましょう。”あの人”の為に。」
「良かった。とても心強いです、アーシアさん。」
「うふふ、それじゃ今日はここまでにして、明日からの作業に備えましょうか。」
私たちは明日からの予定を再確認して部屋に戻った。さぁ、頑張らないと!