第7話 ちょっと練習、強襲!お母様
その日の晩、エリーからの遣いが来て、明日のお昼前に中央広場から少し北通りに入ったところにあるカフェで待ち合わせる事になった。確かに北通りなら変なお店はないから安心よね。カフェでお昼を食べてからお店を回るというスケジュール。
夕食を終えて部屋に戻ったら、まずはヒヤシンスのお世話♪花屋で買ったお皿に植木鉢を乗せてお水をたっぷりとあげる。下のお皿に少し水が溜まるくらいに。
くんくん、いい香り♪花が萎れてきたら花芽を摘んであげると球根が長持ちするって花屋の店員さんが言ってたっけ。
次はベッドに寝転がりながら”マンガで分かる魔術基礎”を読んでみる。エーテルの集め方は”腕で細かい糸を巻き取るような感覚”?う~~~ん、いまいち分からない・・・。あ、キャンディに聞いてみよう!
「ねぇ、キャンディ、ちょっといいかな?」
「ん?なになに?」
「この本に書いてある”エーテルの集め方”なんだけど・・・」
「どれどれ?げっ・・・この本って・・・ま、まぁ、いいんだけど。で、何が分からないの?」
「”腕で細かい糸を巻き取るような感覚”っていうのがいまいち・・・。」
「なるほど・・・じゃあ、こう考えて?今日、買い物してる時に通りで”わたあめ屋”眺めてたよね?」
「あぁ、うん、面白かったよね!わたあめ機の真ん中に砕いた氷砂糖入れると周りに糸のようになって出てきて、それを棒に絡めてふわふわのわたあめにしてたよね!」
「あの、糸状になった砂糖をエーテル、棒を腕と考えるの。棒はくるくる回してたけど、エーテルはわたあめにしないから回さなくていいからね?」
「なるほど~、あんな感じかぁ~~~。」
試しに右腕を差し上げて何かが絡みつくような感じをイメージしてみる・・・。おや?腕に何かフワッとした感覚が・・・。
「ミウちゃんすごい!エーテル、ちゃんと集まってきてるよ!まだ多くないけど、ちゃんと毎日練習していけば、魔力銃へのチャージくらいならすぐ出来るようになるよ!」
「本当?!やった!!さすがキャンディ先生、分かりやすかったです!」
「むふふぅ~~~!伊達に先生に鍛えられてないからね~!」
「ところで、さっき本を見た時に『げっ・・・』って言ってたけど、どうして?」
「ぐ・・・忘れてなかったか・・・。その本の”監修”のところ見てみて・・・。」
「え・・・?”監修:キャンディ=サァユ”?!」
「先生に、『たまには後輩に役立つ事しなさい。』って言われて、中等部の魔術基礎の参考用にって・・・。結構売れてるらしいんだけど、まさか身内が買うことになろうとは・・・。」
キャンディは苦笑してるけど、本の監修任されるって結構凄い事だよね?今の教え方も分かりやすかったし。
「ねぇ、キャンディって、先生としてやっていけるんじゃ?」
そう私が言うと、やっぱり苦笑しながら、
「でも、先生なんかすると街に缶詰にされるからねぇ~・・・。ディエミー先生みたいにそれなりの地位になれば調査団を率いたりして多少は外にも出られるんだけどね~。」
と答えた。
なるほど、その気持ちは分かるかも。私も”ずっと街から出るな”とか言われたら嫌だしね。
「そっか。キャンディ、ありがとう。今日はこのくらいにしておくわ。昨日、釘刺されちゃったし。」
「そだね。毎日少しずつ根気よくやるのが実は一番近道だから。”丁寧にエーテルを集め、丁寧にマナに変換し、丁寧に効果をイメージする。”わたしも先生によく言われたよ~。」
「うん、分かったわ。少しずつ頑張ってみる。」
「二人共、話は終わった?それじゃ、寝るとしましょうか。」
「「は~い!」」
◇◇◇
翌日、準備をしてから待ち合わせ場所に向かう。どんな服買おうかな~?私は動きやすいのが好きだけど、どうせならヒラヒラいっぱいの女の子らしいのもたまにはいいかな?「あの人」が見たら喜んでくれるかな?
いろいろ考えながら待っていると・・・あ、エリーが来た!って、あれ?何か人が多いな・・・。エリーにフランさんに、あと3人。
「あ、ミウ、雪華さん、キャンディさん、お待たせしました。」
「ううん、大丈夫だよ。それより、なんか人多いよね?そちらの人なんかエリーと似てるし。もしかしてお姉さん?」
見知らぬ3人の中にエリーに似た女性がいる。金髪ロングヘアーで眼はエリーとは違い両目とも翠色。エリーと同じような仕立ての良い薄い紫色の服装だ。
「あらあら、嬉しい事言ってくれますわね。わたくし、エリーの母親でエルダと申します。ミウさん、エリーと仲良くして下さって、本当にありがとう。ミウさんに出会ってから、エリー、ミウさんの話ばかりするのですのよ?」
ニコニコと優し気な笑みを浮かべて、嬉しそうに話しかけてくれるエルダさん。え?ちょっと待って?エリーのお母様って確か・・・!!
「ちょっ!エリー!!エリーのお母様って、じょ」
「ミウ!!ストーーーップ!!」
エリーに手のひらで口を押えられた。あ、こんな往来で迂闊に言っちゃダメだよね!口を押えられたままエリーに向かって何度か頷く。するとエリーが押さえてた手を放してくれる。あ、姉さんもキャンディも、呆気に取られて固まってる・・・。
「あ、えと、どうなってるの、エリー?」
説明を求めます!!
「ごめんなさい。その、お母様に今日の事話したら、『わたくしも一緒に行くわ!!』と言って聞かなくて・・・。」
すまなそうに説明してくれるエリー。で、護衛付きでついてきたと。あ、護衛の人達も苦笑してる。フットワーク軽すぎです!女王陛下!!
「わたくしも市井の服装などに大変興味がありまして、そうしたらエリーがミウさんと買い物に行くというのでついてきましたの。お邪魔でしたでしょうか?」
「い、いえ、お邪魔だなんて・・・ちょっと驚きはしましたけど・・・。でも、私たち一般人が回るお店ですから、あまり上品な感じではないのですが、よろしいのですか?」
「市井の現状を知っておく事は、わたくしの立場的にも非常に重要なのですよ。華美になり過ぎず、さりとて立場に見合った品位は必要な訳ですから。」
「なるほど。それで、本音は?」
「わたくしもたまにはお忍びしたい!!」
わ!ぶっちゃけた!!まぁ、立場的に自由な時間少なそうだから、分からなくもないかも。護衛の人達、大変だと思いますが頑張って下さい。
「分かりました、エルダさん。一緒にお店巡りしましょう。姉さんもキャンディもいいよね?」
「も、勿論です、エルダさん!今日一日よろしくお願いいたします!」
「あわわ、よ、よろしくお願いしま~す!」
「うふふ、エリーの言う通り、とても良い方達ね。それでいて実力もある。アルスマグナ先生が勧める訳ね。」
「あ、ありがとうございます。それで、私たち今からこちらのカフェでお昼をいただいてから行こうと思ってましたので、ご一緒にいかがですか?」
「あら、ありがとう。ご一緒させていただくわ。こういうお店にも入った事ないから楽しみだわ。」
カフェに入ってめいめいが注文する。エルダさんはエリーに聞いて、エリーと同じものを注文していた。運ばれてきた料理を見てエリーもエルダさんも目をキラキラさせている。みんなの分が揃ってから食べ始めると、今度は二人共目をウルウルさせている。
「世の中にこんなに美味しいものがあったのね!作り方を尋ねたら教えてくれるかしら?」
「あ、料理番の方に料理の名前を伝えれば大丈夫だと思いますよ?」
パンケーキにホイップクリームやフルーツ乗せてあるだけだからね。
「あの、そちらのお料理も美味しそうですわね!」
「あ、それじゃ取り分けますね。こちらも美味しいですよ?こちらも料理番の方に料理の名前を伝えれば大丈夫だと思います。」
ただのタマゴサンドとトマトレタスサンドとベーコンチーズサンドなんだけどね。あ~でも、王宮とかだとこういうのは賄い料理よね、きっと。
食事を終えてカフェを出る時にはエリーはもちろん、エルダさんも上機嫌だった。
「このお昼だけでも来たかいがあったわ♪皆さん、ありがとうございます!」
「お気に召してもらえてよかったです。それじゃ、服のお店に行きましょう。」
「ええ!楽しみだわ♪」
服屋に行ってもエリーとエルダさんのテンションは上がりっぱなし。既に仕立ててある服を試着して選んだりしないんだろうなぁ、立場が立場だし。
お店でもいい素材で仕立てのよいあたりをとっかえひっかえ試着して楽しんでいる。あ、もしかして、お忍び用の服選んでたりする?
エリーは姉さんとキャンディが相手してくれてる。エルダさんより気楽だろうし、そちらは任せて私はエルダさんに話し掛ける。
「すみませんエルダさん。部外者が立ち入った事をお聞きする事を許して下さい。先日エリーと将来について言い争いになったとお聞きしました。出来れば友達としてアドバイスしてあけられればと思っています。差し支えなければお教え願えないでしょうか?」
エルダさんはしばらく私をじっと見つめ、少し視線を外した後、優しげな笑みを浮かべて頭を撫でてくれる。
「ミウさん、貴女は本当にエリーの事を大切に思ってくれてるのね。ありがとう。エリーはね、貴女達のところに行って、”冒険者になる”と言ったの。まだ大して戦いの訓練や魔術の勉強もしていないというのに・・・。それで、貴女達の迷惑になるからやめなさいって。でも、昨日の事で考えを改めたみたい。」
「なるほど・・・なら、私からアドバイスする事はあれしかないですね。任せていただけますか?」
「えぇ、貴女なら変に煽ったりしないでしょうし、お願いしてもいいかしらね。」
「わかりました。」
エリーは試着を終えて代金を支払い(といってもお金を店員さんに渡したのはフランさんだけど)、紙袋を抱きかかえニコニコしている。
「ねぇ、エリー、さっきエリーのお母様から聞いたんだけど、冒険者になりたいんだって?」
「え?あ、うん・・・そうだったんだけど・・・昨日、あんな事になって、私には無理かなって・・・。」
「なら、ちゃんとアカデミーに行って、高等部でディエミー先生にみっちり鍛えてもらうといいわ。」
「えっ?」
「エリーの立場ならお姉さんやお兄さんに代わって国内外を回る事もあるでしょう?その時に世間を知っているという事は大事だと思う。ディエミー先生なら調査団で外に行く事も多いし、人の実力をきちんと評価してくれるから、エリーに実力が付けば同行を許可してくれると思う。私たち、ディエミー先生の調査団の護衛をよく依頼されるから、私たちと一緒にお仕事出来るわ。だからね、エリーはエリーが今出来る事を頑張って!私も私の今出来る事を頑張るから!」
「ミウ・・・ありがとう・・・わたくし、ミウに出会えて、お友達になれて、本当に良かった。」
「うん!私もエリーと友達になれてよかったよ!」
私はエリーを抱きしめた。エリーも私を抱きしめてくれた。
それを雪華姉さんやキャンディ、エルダさん、フランさんが、優しい笑顔で見守ってくれていた。
買い物も終わってみんなで北通りを歩いていた。私たちはディエミー先生のところへ向かう為、エリーたちは王宮に帰る為だ。
「今日はとても楽しかったわ!ありがとう、ミウ、雪華さん、キャンディさん!」
「皆さん、今日は本当にありがとうございました。公的な立場としてもエリーの母親としてもお礼申し上げますわ。」
「いえ、エリーの友達として当然ですから、気になさらないでください。エリー、お互いに頑張ろうね!」
「うん!あ、そうだ!次に王都に来た時には、ミウの”大切な人”のお話聞かせて?私とっても興味あるの!」
「えっ?私、”あの人”の事、一回も言ってないよね?!あっ!姉さんにキャンディね?!もう!勝手にバラすなんて酷い!」
「ゴメンゴメン!まぁでも、女子トークに恋バナは必須だから許して?」
「だからって私のプライバシーバラ撒かないでー!!」
「うふふ、みんな仲良しね。あ、そうそう、皆さんにこれを。これを王宮の門番に見せればすぐに取り次いでくれるわ。」
そう言って紋章の刻まれたメダルを渡してくれる。イングリッド王家に認められた証ね。
「分かりました。大切にします。」
「それでは皆さんお元気で。また会えるのを楽しみにしていますね。」
「ミウ、王都に来たら絶対に教えてよね!」
「うん!絶対に会いに行くからね!」
私たちはエリーとエルダさん一行が見えなくなるまで見送ってからディエミーさんの家に行き、事の顛末を伝えた後、宿に戻った。ディエミーさん、エルダさんの事を聞いた時には頭を抱えていたけどね。(苦笑)
ディエミーさんに手紙の事を聞こうかとも考えたけど、渡してくれた時の様子からやめておいた。あれだけ警戒していたのだから、その場で聞いたらその気遣いが台無しになる。
次の日、私たちはアーシアさんのところへ向かう為の準備、食料や消耗品の買い出しと荷造りに追われた。
アーシアさんの住む館は、王都レンデンから約230km。ベルキットとレンデン、アーシアさんの館を直線で結ぶと直角三角形になる位置で、大陸の西端ぎりぎりの場所にある。途中からは整備された街道もなく魔物も多い為、きちんとした準備が必要になる。飛行する魔物もいるから気を引き締めていかないと。
さらにその翌日の早朝、私たちはレンデンを後にした。ディエミーさんの手紙の事が気にはなるけど、怖がっていても始まらない。油断はしないようにしよう。
Special Thanks
文章校正:風月 雪華さん