第1話 見慣れた天井、見慣れない景色、そして私の仲間(かぞく)
「う・・・ん・・・・・・」
カーテンの隙間から漏れ入ってくる朝の光で目を覚ます。
見慣れた天井が見えた。
「また・・・あの時の夢・・・か・・・・・・」
気だるげに身体を起こし、しばしの間ベットの上で微睡む。
私はミウ。今は柱状大陸ラロトゥーニュの西の端、鉱山の街ベルキットで生活する冒険者。
4年前、ここから更に西に位置する別の柱状大陸クラドにあるクラド帝国が飛行戦艦の大艦隊で侵攻してきた。
連合王国艦隊も迎え撃つが、3倍の戦力差はいかんともしがたく敗退。連合王国は帝国に蹂躙されようとしていた。
私と”あの人”、そして2人の仲間は、ウィスタリアと3機のスターノヴァで立ち向かった。
余所者の私たちを温かく迎え入れてくれたこの街の人達を守りたかった。
個々の性能では圧倒的に有利だった私たちだったが、多勢に無勢、次第に追い詰められていった。
”あの人”は”未来視”という力を持っている。
すぐ近い未来から遠い未来、視る未来に制限はないが、現在から離れれば離れる程未来は確定出来なくなると言っていた。
考えてみればすぐ分かる。未来を確定させる、その途中には無数の分岐が存在する。
たった0.1秒以下のズレが未来を変えてしまう事だってある。
そして、現在から離れれば離れる程分岐は無限に増えていくのだから確定出来なくなるのは当たり前だ。
”あの人”はその無数の選択肢の中から”守りたい者全てが生き残る未来”を探し出した。
そしてその未来を掴む為の方法を実行し、私たちを導いてくれた。ひと時の平和へと。
己の身と引き換えにして・・・
ぱんっ!
両方の頬を両手のひらで叩き、目を覚ます。今日は王都からの遺跡調査団の護衛の仕事があった筈。
ベットから降り、水の張った洗面器へと向かい顔を洗う。
そしてタオルを濡らし、身体の寝汗を拭う。
ふと、自分の胸に目がいく。
あれから4年、身体は外見年齢16歳相当に成長していたが、どうも胸だけは成長が悪いような気がする。
”あの人”が帰ってきたらこれだけは文句を言ってやろうと心に決める。
まぁ、毎朝そう思っているのだけれど。
”外見年齢16歳相当”という言い方に違和感を覚えるとは思う。
何故そのような言い方をするのか?それは私の身体が”あの人”に造られたものだから。
私は此処とは違う世界、ケイ素を主成分とした生物が生息する世界で生まれ生きてきた。
ミネラル分が飽和状態になるまで溶け出した海の中、同じような仲間たちと岩場でコロニーを作って生きていた。
見かけは水晶の球を多面体にカットした感じと言えば分かりやすいだろうか。
ある時、大きな嵐が起こり、私1人岩場から放り出され、どこかの海岸に打ち揚げられた。
―――あぁ・・・私、死ぬのか・・・
自ら動く事の出来ない私たちの種族は、海岸に打ち揚げられてしまうと風化で砕けてしまう。
私も死の運命を悟りながら鈍色の空を眺めていた。死に対しての恐怖はなかった。
なぜなら、私たちの種族には感情というものはなかったから。
どれ程の時が経ったのだろうか。
不意に空が陰った。ふと見ると、そこにはこの世界にはない形が見えた。
それが”あの人”だった。
私にはそれが何かは分からなかった。でも、初めて見るその形に興味を覚えた。
”好奇心”。それが私に生まれた初めての感情だった。
”あの人”は遠くを見る目でゆっくり辺りを見回すと、ふと気付いたかのように足元の私に視線を向けた。
そしてしゃがみこみ、両手で優しく包み込むようにして、私を拾い上げた。
「なんだ、風化でボロボロじゃないか・・・」
急に私を優し気な光が包み込むと、ボロボロだった私の外殻が元通りに治っていく。
―――何だろう、これ?
私はますます興味が湧いた。私の知らないものを次々と見せてくれる”あの人”に。
「無機生命体とはいえ生物には変わりないから治癒は効くんだな・・・」
そう言って手のひらの上の私をぐるりと見まわす。
何だか少しムズムズする感覚。後から教えてもらったその感情は”羞恥”というものらしい。
「お前、これからどうする?海へ帰るかい?」
やおら私に尋ねてくる。
私は少し考えた。戻してもらえばまた海の中で生きていける。でも、連れて行ってもらえればもっと沢山の知らないものを見せてくれるかもしれない。
―――一緒に連れて行って欲しい。
そう伝えようとして困る。私たちの種族は体内で発光させる事で情報を伝達する。”あの人”に分かってもらえるだろうか?
とにもかくにも私は一生懸命光ってみた。自分の意志を伝える為に、一生懸命光ってみた。
やがて”あの人”は私を優しく撫でるとこう言った。
「じゃあ、一緒に行こうか。」
伝わった!すごい!分かってくれた!何だか身体が弾むような感覚。”あの人”はそれが”嬉しさ”という感情だと教えてくれた、。
”あの人”は私は入るのに十分な大きさの入れ物に海の水を掬い、その中に私を入れてくれる。
そうして、”あの人”との旅が始まった。
ある時、”あの人”は私にこう話しかけた。「自分を同じような身体になってみたくはないか?」と。
―――なりたい!同じになりたい!!
いつか以上に私は一生懸命光ってみた。
それを見た”あの人”の顔が綻んだ。
「そんなに必死にならなくても、大丈夫だから、落ち着いて。」
”あの人”が優しく撫でてくれる。
自分で動いて、視て、聞いて、触る。すごく興味があった。
何より私にはやりたい事があった。”あの人”が私に笑顔を向けてくれるように、私も”あの人”に笑顔を向けたい。
顔と呼ばれる部分の形が少し変化するだけの事なのに、何故だろう、何度でも見てみたくなる。
そして私はこの身体と、”ミウ”という名前を貰った。”美しく優しい”という意味だと”あの人”が教えてくれた。
それからは何もかもが楽しかった。
見るもの、聞くもの、触れるもの、匂い、食べ物の味、全てが新鮮。
”あの人”もたくさんの事を私に教えてくれた。
身体の動かし方や言葉、いろいろな知識、そして『感情』。
私の中に起こるよく分からない感覚。ムズムズだったりドキドキだったりソワソワだったり。
でも、私にはどうしても分からないものもあった。
ある時、私は横たわる母親の身体に縋り付いて泣く子供の姿を見た。
私には、その子供がどうしてそんな事をしているのか分からなかった。
”あの人”尋ねると、それは”悲しみ”と”恐れ”、そして”絶望”の感情だとは教えてくれた。
でも、よく分からない。自分の中に何も起こってないから、説明されても頭から滑りぬけてしまう。
それからも似たような場面を何度か見かけたが、私にはどうしても分からなかった。
4年前のあの時までは・・・。
”あの人”が私を置いていってしまう・・・!
”あの人”が壊れて無くなってしまう・・・!!
”あの人”のあの笑顔をもう二度と見る事が出来ない・・・!!!
そう思った瞬間、私の中からたくさんの何かが溢れて止まらなくなった。
溢れたものに心が押し潰され、とてもとても苦しかった。
でも、”あの人”の言葉がまた私を救いだしてくれた。打ち揚げられた浜辺から救い出してくれたように。
だから私は今日も頑張って生きる為、手早く着替え、部屋を出て階下の食堂へと向かった。
◇◇◇
「おはよう、雪華姉さん、キャンディ。」
食堂では既に私の2人の仲間が朝食を摂っていた。
二十代前半の私と似た赤い髪で碧色の丈の短めな和装に身を包んだ美女と、私と同じ年頃の金髪で水色のブラウスとキュロットスカートという動きやすそうな衣装の少女。
二人共あの時一緒に戦ったかけがえのない仲間であり家族同然の人たち。
「おはようって・・・大分遅いわよ?早くしないと調査団御一行様が来ちゃうから。」
「そうそう!早くしないとプリンとショートケーキとアップルパイとモンブランとロールケーキ食べてる暇なくなるよ?」
雪華姉さんが、半ば呆れ顔で、キャンディがデザートのスウィーツを頬張りながら応えてくれる。
「や!私そんなに食べませんから!ていうか、食べ過ぎでしょ、それ!太るよ?!」
笑顔でスウィーツを頬張り続けるキャンディに突っ込みを入れながらテーブルにつく。
程なくして朝食セットが運ばれてくる。
今日のメニューはベーコンとレタスとチーズのサンドイッチとポテトサラダ、ポタージュスープ。
朝食を食べながら、二人の顔を眺める。
雪華姉さんのフルネームは”柊 雪華”。姉さんとは呼んではいるが血が繋がっている訳じゃない。
何でも十五歳の時、ラロトゥーニュ大陸の更に東にある柱状大陸イーセテラから武者修行の旅に出て、この街に流れ着いたという事だ。
”あの人”と私が遺跡調査団護衛の仕事を受けた時、たまたま同じ仕事を受けていて出会い、仕事をしながら話す内に打ち解けてパーティーを組むようになった。
雪華姉さんの武器は小太刀と銃。銃とは言っても火薬で鉛の弾丸を飛ばすものではなく、魔力を込めて引き金を引くと銃口から魔法弾が打ち出される魔力銃というもの。
弾丸の用意も必要なく、実弾銃よりも軽くて扱いやすい。
この二つを自在に操りながら、流れるような体裁きで敵を屠っていく。まるで舞を踊っているかのように。
その美貌と気さくな喋り口、確かな技術で、冒険者、一般人問わずファンが多い。
その姉さんが自分から”あの人”にパーティーを組もうと声を掛けたものだから、しばらくの間は大変な騒ぎになっていた。
キャンディのフルネームは”キャンディ=サァユ”。私より一歳年上で、十二歳でラロトゥーニュ王立アカデミー高等部魔術科を飛び級で卒業したという天才少女。
出会ったのは雪華姉さんと同じ遺跡調査団の仕事で、アカデミー時代の恩師に半ば強制的に連れてこられ、調査団の一員として参加していた。
似た年恰好という事もあり、私はすぐに彼女と仲良くなり、それが縁で、というか押しかけられてパーティーを組んだ。
今思えば、多分、早く先生から逃げたかったのだろう。
彼女は特に防御系と治癒系の魔術が得意で、彼女の適格なサポートにとても助けられている。
彼女はスウィーツをこよなく愛していて、暇さえあればスウィーツを食べている。
この朝食も、セットの皿よりスウィーツを食べた後の皿の方が圧倒的に多い。
しっかりしてそうな彼女だが、結構天然なところもあり、時々みんなをコケさせている。
「そうそう、二人とも聞いた?今日の調査団、王立アカデミーのだって。」
食後の紅茶を嗜む雪華姉さんが今日の仕事の話をし始めた。
それを聞いたキャンディのスウィーツを食べる手がピタリと止まる。
ギギギギという擬音がピッタリな動きで、雪華姉さんの方を向くキャンディ。
「え˝っ?!雪華姉、マジで?!え・・・え~と、わたしおなかが痛くなってきたから、仕事休むね!」
そそくさと立ち去ろうとするキャンディの手を、笑みを浮かべた雪華姉さんが、ガシッ!!と掴む。
姉さん、笑みが怖いです・・・
「嘘ついてもだ~~~め!さぁ、部屋に戻って準備するわよ!ほら!さっさと来る!」
「ああぁぁ~~~!雪華姉ぇぇぇ~~~!後生だからぁぁぁ~~~!!」
そのままずるずると部屋に連行されていく。
あの先生、綺麗で優しくて腕も立って、とてもいい人だと思うのだけど、何をそんなに怖がるのだろう・・・?
首を傾げつつ、朝食を終え、私も準備するべく部屋へと向かった。
◇◇◇
部屋に戻った私は、早速仕事の準備をする。まずは着替えから。
一度服を脱ぎ、上は黒の長袖アンダーシャツ、下は足首まである黒のスパッツを身に着ける。どちらも少し厚手の身体にフィットする素材のもの。
次に緋色の袖なしレザーベストを身に着け、同じ色のキュロットスカートを履く。
足は黒のハイソックスを履いた後、やはり緋色の金属製ブーツを装着。
腰にはウエストポーチと銃のホルスターの付いたベルトを銃が腰の後ろに来るように着ける。
この銃、雪華姉さんのものとは違い、火薬で実弾を発射するタイプ。
私はどうしても魔力を上手く扱えず、魔力銃のチャージすら上手くいかなかった為、実弾銃になった。
銃の手入れや給弾など扱いが面倒ではあるけれど、魔物(冒険者は人型をしていない敵性体を魔物と呼称している)の中には魔術防御を持っているものもいるので、姉さんの銃との住み分けが出来て案外良かったかもしれないと思う。
かなり大型で威力もある為、普通なら身長140cmそこそこの女性である私が扱える代物ではない。
でも私の身体は常人より筋力と骨格が強化されているので、この銃を片手でも正確に撃つ事が出来た。
もしかすると、魔力が上手く扱えないのはこの身体強化が原因かもしれないけれど、魔力が扱えない事で困った事があまりないので気にせずにいる。
それよりも、この銃を人前で使うと引かれてしまう事が多く、その方が私にはキツいので必要な時以外は使わないようにしている。
ベルトの締め具合を確認したら、腰まである緋色の髪をうなじのあたりで紐で結び、両腕にこれまた緋色のガントレットを装着する。
このガントレットは、ナックルガードを引き上げてスライドさせる事で指先がフリーになる優れもので、格闘と銃をスムーズに使い分け出来て重宝している。
最後に、緋色のヘッドギアのようなものを頭に装着する。
これは”あの人”と私がMultipurpose-Infomation-Support-Equipment(多目的情報支援装備)、MISEと呼んでいるもの。
本来は空間戦闘機スターノヴァやそのコアユニットである小型飛行挺スターライト搭乗時に情報支援を行うもので、照準補正や速度、高度、方位などを網膜投影し、他のMISEとの短距離通信機能もある。
また、簡易ではある為距離は短い(30m程度)が、熱・光学・電波・音波の複合センサーも内蔵されていて、これ単体でも暗視や動体検知が出来るので頭部の防具代わりに使っている。
色も含めて結構目立つ形状だが、耳部のボタンで不可視化出来るので、パッと見は何も着けてないように見せる事も出来る。
私には緋色の、雪華姉さんには碧色、キャンディには水色のMISEが渡されていて、私たちは仕事の時いつも使っている。
後はリュックに非常食や水筒、応急キット、毛布などの冒険用品を一通り詰めたら準備完了。部屋を出て階下の食堂の入り口へと向かった。
程なくして、2人も食堂の入り口に降りてきた。
雪華姉さんは先程の緑色の短衣和装に私と同じ黒アンダーシャツと黒スパッツを着込み、萌木色の硬い革の胸当てと肩当て、肘、膝当て、ブーツを身に着け、腰には小太刀2本と腰の後ろに魔力銃を履いている。
キャンディも、水色のブラウスとキュロットスカートにグレーのアンダーシャツとスパッツを身に着け、水色ーの柔らかい革の胸当てとブーツ、水色の手袋を着けている。
「はい、おまたせ~♪さ、お仕事行くわよ~♪」
雪華姉さんがいつもの調子で明るく言うが、キャンディはまだベソを掻いていたりする。
「ねぇ~やっぱり行かなきゃダメぇ~?」
私より一応年上だけれど、そうとは思えない駄々っ子ぶりだったりする。
「ダメダメ~!さ、集合場所へしゅっぱ~つ!」
「仕事だから諦めて、キャンディ!」
姉さんと私に両脇をがっちりホールドされ、連行されていくキャンディなのだった。
「あうぅぅ~~~~~~・・・」
Special Thanks
キャラクター原案:風月 雪華さん/柊 雪華
きゃんさゆさん/キャンディ=サァユ