第8話 キョウの都、女王の想い
西門から中に入るとすぐに都内循環ウィンドライドの乗り場があった。レンデンはある程度自分のウィンドライドで乗り入れが出来たけど、キョウの都は許可されたもの以外の乗り入れが禁止されている。なので、移動は徒歩か循環ウィンドライドを使う事になる。
「千夜、君は都の地理には明るいのかい?」
「いえ、某はあまり・・・申し訳ありませぬ、旦那様。」
「・・・千夜、すまないが”旦那様”はやめてくれ。”宏”でいいから。ミウやリィエ、雪華も呼び捨てだっただろう?」
「そういう訳にも参りませぬ。”親しき仲にも礼儀あり”。旦那様は旦那様ですので。」
「むぅ・・・それじゃ、その旦那様からのお願いだ。身内だけの時はともかく、外では”宏”と呼んで欲しい。どうかな?」
「そ、そう申されますと、某が強情を張る訳にも参りません。では、”宏様”とお呼びさせていただきます。」
「”様”も取ってくれると、なお嬉しいんだけどな。ん?キャンディ、どうした?」
キャンディがコウの上着の袖をツンツンと引っ張る。
「ねぇねぇ、わたしも”コウさん”の”さん”取ってもいい?」
「あぁ、勿論構わない。俺としてもその方が嬉しいな。」
「やった♪じゃあ、コウ、はやく行こ?」
はしゃぐキャンディに引っ張られるように、私たちはヒミコ様のいる皇鳳宮へと向かった。って、ちょっと待って!
「キャンディ、歩いていく気?それに、道、分かんないでしょ?」
「歩いて行けなくはないが、結構距離あるぞ、皇鳳宮までは。まぁ、次の停留所まで街を見ながら歩いて行って、循環ライドに乗ればいいさ。」
「さっすがコウ、話わかってるぅ~♪」
「ねぇコウ、コウはこの街詳しいの?」
リィエがコウに尋ねてる。あ、そういえば30年前にいたんだよね?
あ、でもコウ、ポリポリと頭を掻いてる。
「住んでた訳でもないし、詳しくはないな。大まかな地理なら分かるが。まぁ、流石に30年も経っていると色々変わっているだろうから、知っていたとしても店だの宿だのは分からないだろうな。でも、国関係の施設は変わってないだろうし、皇鳳宮になら案内出来ると思うぞ。」
「それじゃ、先にそのヒミコ様にご挨拶して、それから街で物資の調達とかをすればいいわよね。」
綺麗に整備された街並みを歩きながら、この後の予定を話し合う。残念な事だけど、私たちはこの街に観光に来た訳じゃない。姉さんや春華さんの事を考えると遊ぶ気分でもないしね。
しばらく通りを歩くと、次の停留所が見えてきた。ライドはまだ来ていないけど、少し待てば来るだろう。
「ここでの用事が済んだらイングリッドのベルキットに戻って、一旦腰を落ち着けようと思う。俺もある程度先を定期的に未来視しているが、まだアイツの動きを捉え切れていない。なら、少し落ち着いて、装備や訓練を充実させた方がいいと考えたんだ。」
「流石は宏様、先を見据えた慧眼、某、感服いたしました。」
「そうだね。相手がコウと同じなら、少しでも準備を整えたいよね。でも・・・」
でもどんなに準備を整えたとしても拭えない不安がある。相手にChrono-Systemを使われたらコウ以外の私たちは攻撃された事すら分からずに死ぬ事になる。
「相手のChrono-Systemの事を心配しているなら大丈夫だ。アイツはそれを使わない。自分が世界を破滅させた事を確認したいから、自分の寿命を縮めるような真似はしない。だからわざわざ自分で手を汚さずに他人を唆して動かすんだ。」
なるほど。自分は高見の見物を決め込むつもりな訳ね。それにしても・・・
「つくづく最低よね!」
「人間の風上にも置けないですな!」
「人をなんだと思ってるんだろうね!」
リィエも千夜さんもキャンディも一様に憤りをあらわにしている。私だって憤ってるのは同じだけど、私は気付いてしまった。ここでそれを口にする事は・・・
「堕ちても腐っても”俺”だからな。目的の為ならどんな手段も厭わないんだ。」
「「「あ・・・・・・」」」
そう、目の前にいるコウを非難しているのと同じな事に。失言に気付けなかった事で気落ちする三人に、コウは穏やかな笑みを浮かべながら言葉を続けた。
「そんなに落ち込むな。俺にはみんなが居てくれるお蔭でそうならずに済んでいるんだからな。でも、だからこそ覚えておいてくれ。みんなの誰かが傷付くような事になれば、俺は容易くアイツになるだろう。みんなは自分の身を第一に考えてくれ。頼む。」
「「「コウ・・・。」」」「宏様・・・。」
そう言って私たちに頭を下げるコウ。私もみんなも胸が熱くなる。コウが大切に想ってくれてる・・・。
「コウ、それは私たちも同じだからね?コウに何かあったら私・・・。」
「そうだよねぇ~。コウがいなかった間、ミウちゃん、それはそれは荒れてたんだから。暴力的な意味で。」
「ううう・・・否定できないのが・・・」
胸の前で人差し指同士をツンツンしながら俯いていると、私の頭にポンっとコウの手が置かれる。
「誰にだってそういう時はあるさ。やってしまった事は変えられないが、反省し次に生かす事で未来はより良く変えられる。行動する前によく考えられるのが理想だけど、そんな暇ない時もあるからな。」
「うん。」
「それ、わたしも師匠からよく言われた~。『それをやったらどうなるか、よく考えてから魔術を使いなさい』って。」
「その割にはこのあいだ、山のてっぺん吹き飛ばしてたよねぇ?」
「ちょっ!ここでコウにバラすのヒドくない?!」
「先にバラした人が何いってんのかなぁ~?」
そうこうしていると循環ライドがやってきた。コウがみんなを乗るように促して、自分は最後に乗って全員分の料金を支払っていた。なるほど、どこで乗っても降りても一回の料金は同じで先払いなのね。
窓の外の流れる景色を眺める。ふと、通り過ぎる店先に目をやると、本がたくさん平積みにされているのが見えた。
「ねぇコウ、あとで本屋さんに寄ってもいい?」
「へぇ、ミウは本に興味があるのか?いいぞ、寄ろうか。学びたい気持ちがあるのはいい事だ。」
えっへっへぇ~♪コウに褒められた♪
「さて、次の停留所で降りるからな。忘れ物しないようにな?」
「「「「は~い!」」」」
ライドが停止したので降りようと立ち上がると、ほとんどの乗客が同じように立ち上がった。えっ?!もしかしてほぼ全員降りるの?!
「皇鳳宮はキョウの都の観光名所だからな。中には入られなくても立ち寄る人も多いんだ。」
ライドを降り、コウに案内されながら、都の中央を南北に走るスザク大通りを北へと向かう。通りの両側にはみやげ物お店や宿が立ち並び、さすが都の目抜き通りといった感じでたくさんの人たちが行きかっている。
あ、おみやげ屋さんの軒先に本が置いてある!タイトルは・・・”英雄物語”?きゅぴーーーん♪おじさん!これください!!
んっふっふ~♪どれどれ?
”彼の者の名はコウ=フジイ。先王陛下と女王陛下を叛徒共の魔の手から救い、この国に平和をもたらした英雄。これは、その英雄の軌跡を綴った物語。”
うわぁ!ホントに”英雄”って書いてある!つづきは・・・
「おーい、ミウ!何してるんだ?行くぞー?」
「あ、はーい!」
夢中になって読んでたら、コウに呼ばれちゃった・・・。あとでじっくり読もう。
小走りにコウたちに追い付いて、また通りを北に向かうと、向こうの方にに白くて大きな建物が見える。あれが皇鳳宮ね。わっ!周りが見物客でいっぱいだぁ~!
「これは・・・正門から入るのに身分を明かすと面倒な事になりそうだな・・・。通用門に回ろうか。みんなこっちだ。」
「「「「はーい!」」」」
大都市はガイドさんいるとラクだよね~♪
正門から壁沿いに西にしばらく歩くと、正門よりはかなり小さい門が見えてくる。小さいとは言っても荷車が通れるくらいのサイズはあるけど。
ここまで来ると人も少なくなってはいるけど、門には当然門番が二人立っている。
「仕事中にすまない。コウ=フジイという者だが、先王陛下に取り次ぎを願いたい。」
「こっ、これは?!申し訳ありません!!少々お待ちいただけますか?!」
コウが懐から取り出したメダルのような物を門番に見せると、一人が血相を変えて中に駆け込んでいく。
しばらくすると、中に向かった門番が一人の男の人を連れて戻ってきた。髪が真っ白な初老の男性。厳しそうな雰囲気の人だ。
「おぉ!コウ殿!久しいな!イヨ様から話を聞いて、先王陛下も首を長くしてお待ち申しておりましたぞ!」
「お久しぶりです、チョウユウ殿。”首を長くして”ではなく、”手ぐすねを引いて”の間違いでは?」
厳しそうな見た目とは裏腹に、コウに気さくに話しかけてくる。うん!この人、いい人!
「はっはっはっ!そうとも言うな!それにしても、お主は変わらぬのぉ。儂は見ての通り、随分と老いぼれてしもうた。」
「仕方ないでしょう。あのお二人の傍仕えをしているのなら、気苦労も絶えないでしょうから。」
「分かってくれるか!その言葉だけでも、出迎えた甲斐があったというものよ!して、そちらのご婦人達が?」
チョウユウと名乗ったお爺さんが私たちに視線を送ってきたので、軽く頭を下げて挨拶をする。第一印象って大事だしね。
「ええ。自分の大切な女性達です。こちらから、リーエロッテ、ミウ、キャンディ、千夜、そして、今回の一件の事情聴取の為に勾留されてます雪華と春華の6名です。」
「お初にお目にかかります。リーエロッテと申します。チョウユウ様、以後、お見知りおき下さい。」
「初めまして。ミウといいます。よろしくお願いします。」
「キャンディです♪よろしくお願いしま~す♪」
コウに名前を呼ばれた順に改めて頭を下げるリィエ、私、キャンディ。でも、千夜さんだけは慌てふためいてコウとチョウユウさんを交互に見ている。
「え?ええっ?!そ、某も?!そ、その、宏様の?!あわわわわ・・・」
「千夜、何慌ててるんだ?少し落ち着こうな?」
「ひ、ひゃい!しゅみましぇん!!」
肩にコウの手を置かれて、ますますおかしな口調になってるよ、千夜さん?駐機場じゃあんなに大胆だったのに・・・でもちょっとかわいいかも♪
「はっはっはっ!皆、器量良しで結構結構!それでは、先王陛下のおられる離宮へと案内いたす。付いて参られよ。」
チョウユウさんに案内され、離宮へと向かう私たち。蒼く澄み渡った空の下、白壁の宮殿が輝いていて、私だけじゃなく、みんなキョロキョロしてる。
あれ?でも、千夜さんはこっちの人で、キャンディはイングリッドの王宮見てるんじゃ?
「皇鳳宮に入られるのは、基本的に領主とその側近のみ。某の立場ではとてもとても・・・。」
「こっちの建物って、高さよりも横に広いじゃない?だからか、廊下とか庭とか凝っててきれいだよね♪」
なるほど。こっちの人でも簡単には入れない場所で、文化の違いもあるからこうなると。
正王宮の一番外側の廊下を奥の方へと歩いていくと、渡り廊下の先に別の棟が見える。離宮とはいっても、正王宮と同じ敷地にはあるみたい。
私たちは離宮に入ってすぐの部屋で先王陛下がいらっしゃるのを待つことになった。
豪華だけど華美ではない装飾が施された部屋。必要なところにはお金を掛けるけど無駄遣いはしない性格なんだろうな、先王陛下。緊張はするけど、決して居心地の悪い感じはしない部屋だ。
コンコンコン。
「失礼致します。お茶をお持ち致しました。」
侍従の人がお茶とお菓子を持ってきてくれたみたい。あ、キャンディの顔が輝いてる。
持ち手のない円筒形の陶器のカップは琥珀色の飲み物で満たされていて、紅茶のようにも見えるけど、紅茶とは違った香ばしい薫りが鼻をくすぐる。
お菓子の方は、濃い赤紫色の四角い形で、一緒に平たいスティックが添えられている。
「ほうじ茶と羊羹か。中々渋いものが出てきたな。ん?どうした?ミウ、リィエ、キャンディ?」
「えと、これ、食べ方分からない・・・。」
「ん?リィエも見た事なかったか?これは、添えられている和菓子用のスティック、”和菓子楊枝”や”黒文字”というんだが、これで自分の食べやすい大きさに切って、更にこれで突き刺して口に運ぶんだ。ナイフとフォークの機能をこれ一本でやっている訳だな。」
コウが教えながら実演してみせてくれる。へぇ、面白い!
「ねぇねぇコウ、このカップはどうやって持つの?」
「”湯呑み”はお茶の入ってない上の方を親指と人差し指、中指でつまんで持ち上げて、底に手を添えて持つんだ。お茶の入ってる部分を持つと熱いから気を付けるんだぞ?」
これもコウが実演して見せてくれた。両手でカップを丁寧に持ってるからか、動きが上品に見えるね。
コウに倣ってまずはお茶を一口。香ばしさが鼻に抜ける。うん、紅茶よりもクセがなくて飲みやすい。じゃあ、お菓子の方は・・・こうやって切って、ぱくっ♪んん~♪甘くておいし~♪ムースとかケーキとかでも似たような形のあるけど、これは材料の甘味を生かした上品な甘さよね~♪このお茶とも合うわ~♪
他のみんなはどうかな?
コウと千夜さんは慣れた感じで、お菓子、ええと、ようかん、だっけ?を食べ終えてお茶を飲んでいる。千夜さんが嬉しそうなのはなぜだろう?
「普通、高級なお茶というと玉露とかだが、キョウのほうじ茶は一味違うな。羊羹も、いい小豆が使われていて美味い。」
「旦那さ、いえ、宏様はこちらのお茶やお菓子にも詳しいのですね。良かった・・・♪」
リィエは、ようかんを一口サイズに切り分けてから、一つ二つ食べてはお茶を飲んでを繰り返している。
「んぐんぐ、これは・・・疲れた時の頭の栄養補給に最適ね!お茶も覚醒効果のある成分が入ってそうだし、後で買っていきたいわ!」
「家に仕事持って帰っていた時に、俺もよくお世話になったな。」
「え?コウが前に食べてたのって、これだったの?もっと小さかったわよね?」
「コンビニの、安いヤツだけどな。手軽に糖分補給出来て助かってたよ。」
こんびに?なにそれ?おいしいの?
そしてキャンディは・・・
「あま~い♪おいし~♪おかわり~~~♪♪」
「おいおいキャンディ、もうすぐヒミコ様が来られるから程々にな?後で買ってやる・・・キャンディの場合は作った方が早いか?1本なんてペロリと食べそうだしな。」
「え?コウ作れるの、これ?すご~~~い♪」
「流石にここまで美味いのは難しいが、作り方自体はそんなに難しくないんだ。帰りに、出来るまでに食べる分と材料を買っていこうか。」
「うわぁ~~~い♪コウ、だいすきぃ~~~♪」
キャンディの素直さって、ある意味見習った方がいいのかもと思う。
そんな感じでおやつを楽しんでいると、扉の外から声が掛かる。
「先王陛下お見えにになられました。」
侍従さんの言葉にコウもみんなも席から立ち上がる。やがて、私たちの入ってきたのとは別の扉から。侍従を従えたイヨ様とイヨ様がいい感じお年を召したかのようなイヨ様そっくりな女性が入ってきた。
「コウ、久しぶりですね。無事で何よりです。元気・・・ではなさそうですが。」
「お久しぶりです、ヒミコ陛下、いえ、先王陛下でしたね。」
「あら、そんなに他人行儀にならなくても良いではありませんか。私と貴方の仲でしょう?昔のように”ヒミコさん”と呼んで下さいな?あ、”お義母様”でもいいですよ?」
いたずらっぽい笑みを浮かべてクスクスを笑うヒミコ様。コウを”お兄ちゃん”呼ばわりした時のイヨ様にそっくりだ。
それにしてもお若い。イヨ様と姉妹だと言われても信じてしまいそうなくらいに。私もこんな年の取り方したいなぁ・・・。
二人が席に着いてから、私たちも座り直す。すかさず侍従の人が二人にお茶とお菓子を出した。
「イヨなんか大変だったんですから。未来視で貴方が帰ってくるのを知ってから、暇があれば妄想に耽り、今も下着まで取り換えて・・・」
「お、お母様!他にも人がおられるのですから!」
「あら、ごめんなさいね。コウ、皆さんを紹介して下さるかしら?」
チョウユウさんの時と同じように、コウがみんなを紹介してそれぞれが挨拶していく。
一通り挨拶が終わった後、ヒミコ様が小首を傾げて私とリィエを見た。
「ミウさんとリーエロッテさん、双子なのに名字が違うのは、ミウさんが既にコウに嫁入りされているからですね?」
「よ、嫁?!あと、えと、そう・・・なのかな?」
ちらっ♪と視線をコウに送ってみる。これで”違う”って言われたら、私、立ち直れないかも・・・
「入籍や式はしてませんが、そうですよ、ヒミコさん。自分達に手続きとかは関係ありませんしね。でもまぁ、式は挙げたいですね。花嫁姿も見てみたいですから。それに、まだ名前は変えてないですが、リィエ・・・リーエロッテとキャンディも同じです。雪華と春華と、そしてこちらの千夜は、今回の事があったばかりですからね。落ち着いてから改めて意向を確認したいと考えてます。」
花嫁衣裳・・・前にベルキットの街で結婚式見たことあるけど、あれ、着るのかぁ~♪。むふふ~♪あ、リィエもキャンディも嬉しそうにお互い笑顔で顔を見合わせている。千夜さんは・・・残念そうな顔してる。でも、コウの心遣いは分かってくれてるみたいで、悲観した感じではないかな。
「そうですか。それならそこに、ウチのイヨが加わっても問題ありませんね?」
ちょっ、ヒミコ様押せ押せだぁ!!あ~でも、イヨ様のお年を考えると仕方ないのかも。孫の顔も見たいと思ってるのだろうし。
「加わるって・・・イヨは女王なんですから、ヤーマットを離れる訳にはいかないでしょう?」
「なので現地妻という事で♪」
人差し指をピンと立ててにこやかに宣うヒミコ様。
ゲンチヅマ?ナニソレ?オイシイノ?
「意地でもくっつけようとしてますね?ヒミコさん?」
「それはそうですよ。貴方のような”優良物件”、そうそうありませんからね♪」
「俺の場合、”優良物件”というよりは”訳アリ物件”なのでは?」
「その”訳”が自分達に問題なければ”優良物件”でしょう?本人は30年前からその気だし♪」
30年前って、確か9歳だった筈よね、イヨ様。女性って成長早いよね~・・・。
「ふぅ・・・、まぁ、イヨとの約束もありますし、俺もやぶさかでないですが、少しミウ達と話す時間くらい下さいよ、ヒミコさん。(苦笑)」
「あら、ごめんなさいね。私も、少し前のめり過ぎたわね。」
イヨ様との約束?
「「「「コウ(様)、イヨ様との約束って(何ですか)?説明を求めます。」」」」
じと~~~~~~って、みんなで見てあげるね?
「あ~~~、春華の助命と引き換えにだな~~~、俺との間に子供を作らせてくれと、な。(苦笑)」
それを聞いた私たち四人は、きっ!っとイヨ様を睨む。
「イヨ様、それはさすがにやり方が酷すぎるのでは?コウの人の好さと弱みにつけ込むなんて、女性として、というか、人としてどうかと思いますが?」
代表して私が、努めて冷静さを装いながらイヨ様を問い詰める。
さすがのイヨ様も私たちの剣幕に、両手を前に突き出し、首を左右にブンブン振りながら大慌てで弁明し始める。
「ち、ち、ち、違うの!最初は冗談のつもりで言っただけなの!!でも、コウお兄ちゃんが真に受けちゃって・・・!!」
「でも、訂正しなかったんですよね?」
「だ、だって、ホントにそうなったら嬉しいなって・・・じゃあ、ちょっとくらいいいかな?って・・・」
「なら同じ事ですよね?私たち、そういう人とは仲良くなんて出来ません。」
すまし顔で言い放った私の言葉に、他の三人も同じ顔でウンウンと頷く。
イヨ様、だんだん涙目になってきた。今まで見てきたイヨ様と同じ人物とは思えない狼狽えようだ。
「あ、あの、その、やり方が卑怯だったのは謝ります!でも、私もいい歳で、好きな人の子供が欲しくて・・・!」
「ふぅ~~~ん、子供さえ出来れば、コウの事、どうでもいいって事ですよね?現地妻とか言ってましたけど、私たち、コウの事を一番に考えてくれない人とは仲良く出来ません。」
更に追い打ちで言い放つ。やっぱり三人もウンウンと頷く。
イヨ様、イレギュラーには弱そうね。更なる失言を指摘され、顔色が蒼白になり涙を溢れさせるイヨ様。身体も震えてる。
と、コウが静かに立ち上がり、イヨ様の傍に歩み寄り優しく肩に手を置いた。そして、涙目でコウを見上げるイヨ様に頷くと私たちの目を順番に見ながら口を開いた。
「四人共、そのくらいにしてやってくれ。イヨは立場上、普通の人付き合いというのが出来なかった。それに30年前の事で人間不信気味なところもあって、どうしても心の機微に疎いところがあるんだ。だから、冗談なのは分かっていたんだが、敢えて了承したんだ。ただ、アイツを倒すまで待ってもらうつもりだったんだけどな。みんなに黙っていた事はすまないと思う。この通りだ。」
そう言ってコウが頭を下げる。
しばらく沈黙が部屋を満たしていたけど・・・
「「「「ぷっ!あは、あははははっ!」」」」
私、キャンディ、リィエ、そしてヒミコ様が吹き出して笑い始めた。それをイヨ様はキョトンとした顔で見つめてる。
「コウの事だから、そんな事だろうと思ってた。千夜さんの時と同じよね?」
「そうそう、コウが考えなしにそんな事OKするはずないもんね?”ガス抜き”なんだって、わたしもすぐわかったよ?」
「でもまぁ、やり方がやり方だから、イヨ様には少し反省はして欲しかったのよね。」
「すみませんねぇ、皆さん。ウチの娘の為に。イヨも、少しは勉強になったでしょう?気持ちはよく分かるけど、物事を強引に進めると必ずどこかに歪みを生むわ。よく覚えておくのよ?」
そして肝心のコウとイヨ様はというと、
「そんな事だろうとは思ったよ。不自然なくらいツッコミが厳しかったからな。」
「え?え?それではコウお兄ちゃんとの事は・・・?」
私は三人と笑顔で顔を見合せ、うなずき合った。
「本人同士が決めた事ですから、私たちは反対しませんよ。でも・・・」
「でも?」
「コウの事を一番に考えてくれない人と仲良く出来ないのは私たちの本心です。それだけは本当にお願いします、イヨ様。」
「はい!ヤーマット女王、イヨ=ミツルギの名において、コウお兄ちゃんへの愛を誓います!!」
イヨ様の目からまた涙が溢れ出す。でも、これはさっきのとは違った涙。そのイヨ様をコウが後ろからそっと抱きしめ、頬と頬が触れ合う。その温かさをより感じるようにコウとイヨ様が目を閉じる。
しばらく穏やかな時間が流れ・・・そして、その時間は唐突に終わりを告げた。
コウが目を開き、イヨ様から身体を離す。コウの表情が緊迫してる?!
「!! 雪華、どうした?!」
コウが耳の辺りに手を当てて何かを聞いている。あ、不可視化したMISE!しまった!私、またMISE着け忘れてる・・・。キャンディを見ると、キャンディも同じようで苦い顔してた。
「分かった!助けに行く!場所は・・・よし!3秒でいい、耐えてくれ!」
3秒って・・・まさか?!
「Chrono-・・・」
「「「「コウ(お兄ちゃん)!ダメっ!!」」」」
Chrono-Systemを使おうとしたコウを、弾かれるように立ち上がった私、キャンディ、リィエ、そしてイヨ様が止める!これ以上コウの生命を削らせる訳にはいかない!!
「コウ!それはもう使わないで!!コウが生命を削ったって、誰も喜ばないよ!!」
でも、必死に止めようとする私たちを見据え、コウは言い放った。
「生命を惜しんで大切なものが護れないなら、そんな生命には欠片の価値もない。俺の生命の使い処は俺が決める。雪華達が兵士の男どもに襲われている。俺は助けに行く。」
「!! それなら、今すぐ私が命令を・・・」
「そんな事で間に合う訳ないだろうが!!ヒミコさん、一つだけ聞いておく。まさか貴女の差し金じゃないだろうな?」
コウがヒミコ様を睨みつける。ものすごい威圧感。視線を向けられていない私でさえ感じるその圧力をもろに受け、ヒミコ様が一瞬気後れしたようにたじろぐ。これがコウの本気の怒り・・・。正直、怖い・・・。
「貴方の怒りを買う真似をして、私に何の得があるというの?!」
気丈にも威圧感による恐怖を抑えてコウに答えるヒミコ様。さすがにイヨ様に位を譲るまではこの国を率いていただけの事はあると思う。
「その言葉、信じるぞ。話は終わりだ。Chrono-Connect、【Mystic-Drive】」
そしてコウは私たちの前から消えた・・・。