第7話 風花舞う街で、消え去りし故郷、コウの時間、キョウの都へ
キンッ!キンッ!ザッ!シュバッ!バシュン!
金属同士が打ち合う音、地を滑る足の音、空を切り裂く音、銃を撃ち込む音。
二人が激しく打ち合う。
焼け落ちて崩れたトウバの街。恐らく春華さんが艦隊を率いて出立した時に火を放っていったのだろう。
もしかしたら、僅かに残っていた春華さんの良心が、青黒い変異兵を他所に行かせないためにそうさせたのかも。
ううん、私がそう思いたいだけかもしれない。
イヨ陛下がこの街を完全消滅させる前に、生存者の確認にかこつけて何か形見になるものでも見つけられないかと思っていたけれど、それも難しそう。
だからせめてそう思いたかった。
その朽ち果てた街で二人は戦っている。
空は私たちの心を表したかのように、低く垂れこめる灰色の雲に覆われていて、風は冷たい。
雪華姉さんと千夜さん。二人が戦ったところで何も変わらない。それはここにいる全員が分かっている。
でも、二人は戦っている。
「はぁぁぁあああっ!!」
「やぁぁぁあああっ!!」
雪華姉さんは右手に小太刀、左手に魔力銃のいつものスタイル。
千夜さんは右手に長刀、左手に小太刀の二刀流。
姉さんは碧双月を使っていない。今使っているのは、姉さんが私に買ってくれた小太刀の、その片方。
姉さんが碧双月を使えば、勝負はすぐについただろう。碧双月の光の粒を集めて作った刃は、通常空間のどんな物質よりも硬く丈夫だから、普通の武器なら一刀のもとに切り落とす事が出来る。
姉さんがそれをしないのは、この戦いが、ただ単に勝てばいいものでないからだろう。
言葉では伝えきれない想いを刃に託し、二人は今、戦っている。
バシュン!バシュン!ザッ!シュバッ!ザッ!キンッ!
姉さんが銃で牽制して千夜さんの動きをコントロールしてから懐に飛び込もうとするが、千夜さんはそれを長刀で迎撃する。飛び込んだとしても、姉さんの小太刀は千夜さんの小太刀でいなされ受けられて千夜さんの身体に届かない。そして少しでも間合いが離れれば、容赦ない長刀の突きが打ち込まれる。
一方で千夜さんも姉さんを攻めあぐねているみたいだ。長刀は緩く湾曲した刃に重さを乗せる事で対象を切り裂く武器だから、形状や性質上どうしても重い。重い分小太刀に速度で劣るから、素早さを身上とする姉さんを捉え切れない。
そして何より千夜さんは間合いで姉さんに絶対的に劣る。銃の弾道は戦い慣れた人なら比較的読みやすい。でも、剣より早いその弾速と、比較的威力が弱い魔力銃でも当たれば痛いじゃ済まないその威力が、千夜さんを動きにくくしている。
何度目かの交叉の後、二人が動きを止め、構えたまま互いを見やる.
ふと、視界に白い何かが落ちてくる。
雪だ。最初はちらちらと、そして、段々と激しく降ってきた。
天空から舞い落ちる風花が、崩れた街を白く覆いつくしていく・・・。
そして、二人が動いた。
バシュン!バシュン!ザッ!!
「はぁぁぁっ!!」
ザシュッ!ザシュッ!ザシュザシュザシュザシュッ!!
姉さんの、銃で牽制してからの神速の踏み込み、そして、小太刀六連撃”紅椿”へと繋げる。
「ぐっ!!」
キンキン!キンッ!!ザシュザシュザシュッ!!
三撃を小太刀で弾き、そして三撃は千夜さんの腕を切り裂いた。
「しゅっ!!」
だけどそれは、肉を切らせて骨を断つ千夜さんの戦法だった。
長刀が雪華姉さんの胸元を狙って突き込まれる!!
紅椿を撃って崩れた体勢のせいで回避も防御もままならない!!
「ちぃぃっ!!うぐっ!!」
雪華姉さんは辛うじて身体をずらして致命傷を避けたけど、刃が右胸に突き刺さる。
そして、右胸に長刀を突き刺されたまま、左手の魔力銃を千夜さんの頭に突き付けた。
「ぐっ、チェックメイト!千夜、終わりよ。先に逝ってて。多少遅くはなっても、あたしもその内逝くから。」
「・・・・・・そうね。人はいつかは逝くもの。多少早いか遅いかだけ。」
そして千夜さんは目を閉じる。
「・・・さよなら。」
そして引き金に掛かった姉さんの指に力が込められ・・・
バシュン!!
・・・・・・・・・。
雪華姉さんの左手首と千夜さんの右手首を握りしめるコウの姿があった。姉さんの銃は千夜さんから逸らされ、光弾が天空へと消えた・・・。
「・・・もう、いいだろ?分かった筈だ。皆、被害者なんだよ。そして、加害者は俺だ。お前達がこれ以上傷付く事なんてない。生き終わらせるなら・・・俺にしてくれ。」
「コウ・・・。」
「宏殿・・・。」
ガラン・・・。
ガシャン・・・。
二人の手がそれぞれの武器から離され、地面に落ちる。
「・・・キャンディ、二人に治癒を頼む。」
「・・・うん、任せて。」
地に落ちた武器を、降りしきる風花が白く染めていった・・・。
◇◇◇
『勇敢なるヤーマット近衛第一艦隊の兵士に告げる!我は女王イヨ=ミツルギ。これよりシーマ領トウバの街の破壊措置を行う。”素戔嗚”、起動!』
イヨ陛下の号令と共に変形を始める皇。船首が左右に割れ、斜め後ろへと引き込まれる。そして割れた中央部分から巨大な砲身がせり出してくる。ジェンティアの特装砲と同じだ。
皇の正面を護っている鳳も号令と共に皇の正面から退避する。
私たちはその様子をジェンティアの船橋のモニターで見守っている。
船橋にはコウ、私、キャンディ、姉さんの他に、春華さんと千夜さんもいる。二人はゲスト扱いなので、本来なら船橋には入られないけど、”二人には故郷の最期を見届ける権利がある”として、この時だけコウが許可した。みんな、神妙な面持ちでモニターを見つめている。
『勇敢なるヤーマット近衛第一艦隊の兵士諸士に告げる。我はヤーマットの民と国に仇名す者に容赦はしない。その証を今見せよう。その眼でしかと見よ!。”素戔嗚”、放てえーっ!!』
皇から放たれた純白の光弾が彼方の街に突き刺さり、トウバの街だったものが光の半球に覆われていく・・・。
そして、それが収まった後に残されたのは、半球状に抉れた大地のみだった。
「うぅぅぅぁぁぁああああああ!!」
船橋には崩れ落ちた春華さんの、その慟哭だけが、ただ響いていた。
◇◇◇
トウバの街が消えたその日の夜、夕食を済ませた私は自分の部屋に戻り、シャワーを浴びてからベッドに入った。
姉さんと春華さん、千夜さんは夕食に来なかった。無理もないと思う。
夕食に来たキャンディ、リィエ、そしてコウも、一様に沈んだ顔をしていた。
横になって目を瞑るけど、寝付けない。何度か寝がえりをして眠るようにしてみるが、どうしても眠れない。
私は、寝間着にガウンを羽織って部屋を出て、コウの部屋に向かうことにした。コウと話をすれば、少しでも心が落ち着くのではないかと思ったから。
廊下に出て扉のパネルを操作して鍵を掛け、表示を”不在”に変える。
シュッ。
隣のコウの部屋に向かう為、振り返ったその時、別の部屋の扉の開く音がした。そちらを見ると、春華さんの部屋から姉さんが出てくるところだった。
「あらミウ、どうしたの?」
「うん。ちょっと寝付けなくて。コウとお話しでもしようかなって。姉さんは?」
「春華がやっと寝付いてくれたから、部屋に毛布を取りに戻るところよ。しばらく一緒に寝てあげた方がいいと思ってね。」
「そっか。それがいいかも。ここの部屋のベッド、セミダブルくらいの大きさあるし、姉さんと春華さんなら二人で眠れるよね。」
「そうね。それじゃミウ、また明日ね。コウもまだ本調子じゃないんだし、ほどほどにね?」
「うん、分かった。おやすみなさい、姉さん。」
姉さんと別れて改めてコウの部屋に向かう。コウの部屋の扉のパネルに”不在”の表示はない。呼び鈴のボタンを押して少し待ってみる。返事はない。
ふとパネルを見ると、”UNLOCK”の表示に気付く。あれ?鍵掛かってない?
しばらく逡巡した後、扉の開放ボタンに触れてみた。シュッっと音がして扉が開く。
中を覗くと、灯りが落されうす暗い。ベッドの方を見てみると誰もいなかった。う~ん、どこ行ったんだろう?
あ、船橋の誰かに聞けば分かるかな?夜だから、少し小声で呼び掛けてみる。
「え~と、マイア?聞こえる?コウがどこに行ったか分からない?」
『イエス、マスター・ミウ。只今の担当はメロペーが継続しております。マスターは現在、医療室におられます。マスター・リィエも同席されています。』
医療室?具合、良くないのかな?リィエが診てくれているなら大丈夫だと思うけど、ちょっと見てこよう。
「ありがと、メロペー。医療室に行ってみるね。」
『イエス、マスター・ミウ。』
医療室の扉は廊下を船橋方面に向かった一番奥、船橋へ続く扉のすぐ横にある。
私が医療室の扉の開放ボタンを押して扉が開いたその時、それは聞こえてきた。
「コウ!どういう事なの?!貴方の身体のこのデータ!!これって!!」
「ふぅ・・・みんなが寝静まってから治療していたんだけどな・・・。よりにもよってリィエに見られてしまうとは・・・。」
「誤魔化さないで!!どうしてこうなったのか教えて!!」
あまりのリィエの剣幕に声も掛けられず入口で立ち尽くしてしまった私。
「・・・そうだな。確かに話しておくべきだろうな。お前と、そして、入口にいる三人には。」
はっと振り返るリィエ、そして私も後ろを振り返ると、姉さんとキャンディが立っていた。
「毛布を取りに戻って部屋から出たら大声で叫んでいるから、何事かと思って来たのだけど・・・。」
「わたしも、なんか寝れなくて、船橋で外でも見ようかと思って出てきたんだけど、なんか大声が聞こえて・・・。」
私が扉を開けたから、廊下に声が響いてしまった。
「みんな、食堂に行っててくれるか?着替えてから行くから。」
私たちは頷くしかなかった。そして言われた通り食堂に向かう。
食堂に着いて、二人ずつ向かい合うように座る。
「ねぇリィエ、何があったの?コウの身体がどうとか言ってたけど・・・。」
「・・・私も、どうにも寝付けなくて、コウと話をしようとコウの部屋に行ったんだけど、鍵は掛かってないのにコウ居なくて、それで、治療してるんじゃないかと思って医療室に来たんだけど・・・」
話しているリィエの目から涙が零れ落ちる・・・。
「・・・それでね、コウがRBSで治療しているのを見つけて、状態を確認しようとデータを見たんだけど・・・うぅ・・・うぅぅ・・・・・・」
止めどなく流れ落ちるリィエの涙。コウの身に何か良くない事が起こっているのはそれで分かった。
本当なら落ち着くまで待ってあげたいところだけど、リィエがこれほど取り乱す事なんだから、私も気が気じゃない。
「・・・ねぇリィエ。辛い事でも私たちには話して?みんなでコウを支えていこうって誓った仲なんだし。」
「うぅ・・・ごめんなさい、取り乱して。コウの身体データを見た時、コウの・・・」
「俺の身体の寿命が、あと僅かだと分かった。」
いつの間にか食堂に入ってきていたコウが後を引き継いだ。
「「「え・・・・・・?」」」
コウの寿命があと僅か・・・?その言葉の意味が理解出来ない。ううん、頭が理解する事を拒んでいる。
コウはキッチンへと向かい、しばらくしてから人数分の飲み物、温かいココアの入ったマグカップを持って戻ってきた。それを私たちに配ってから自分も席に着く。
「本当は、春華や千夜も含めて、明日みんなに話すつもりだったんだけどな。」
「・・・それで、リィエの言ってた事って・・・。」
「その話の前に、俺の力、”Chrono-System”について話しておく必要がある。但し、この事は他言無用で頼む。俺が信用おけると判断した人達にしか話せない事だからな。」
そう言って私たちを見回す。その言葉に私たちは息をのんだ。
「”Chrono-System”は対象の時間の流れを操る力。対象の時間を進める事も戻す事も出来る。例えば、春華と戦った時に使った【Mystic-Drive】は自身の時間の流れを数百倍から数万倍に加速する。つまり、みんなが1秒と感じる時間に俺は数百秒から数万秒の事が出来る。逆に俺が1秒と感じる時間は、みんなにとって数百分の1、数万分の1秒としか感じられないんだ。それを常人の10倍強化されている俺がやるんだ、【Mystic-Drive】を使ってる俺を認識するのはほぼ不可能になる。」
私も含めて、みんな言葉もない。普通なら信じられないところだけど、私、キャンディ、そして姉さんはその光景を見ている。春華さんを止めた時、そして左腕を切り飛ばした時、私たちはまったく認識出来てなかった。
「そして逆に、春華を元に戻した【Chrono-Reverse】は対象の時間を巻き戻す。その力で春華が侵食される前の状態に戻したんだ。」
なるほど。あの時何が起こってたかについては分かった。でも・・・
「”Chrono-System”の事については分かったけど、それがコウの身体の状態とどう関係するの?」
そこに繋がらない。どうしてコウが倒れたりするのか。
「それはよく考えれば分かる事だ。みんなの1秒が俺は数万秒になるのだから、みんなが1秒年を取る間に俺は数万秒年を取る。そんな急激な身体の劣化に、いくら強化体とはいえ回復力が付いてこられないんだ。」
「・・・なるほど。でも、1秒が10000秒になるとして、3時間程度よね?寿命がそんなに減るとは思えないけど?」
ようやく落ち着いたリィエが問い返す。確かに、それを100回やったとして300時間。12日と少し程度だ。
「それは【Chrono-Reverse】のせいだ。自分以外を対象にして力を使う場合も、対象の変化させた時間の100倍自分の時間が進む。春華を助けた時、俺は彼女の時間を2か月巻き戻した。つまり、俺自身の時間は200か月、つまり約17年進んだ、という事だ。みんなの所に戻ってきた時点でこの身体の寿命は後約30年程度だった。だから、現時点での寿命は長くて15年といったところになる。”春華一人だけなら再精製が手遅れでも助ける方法はある”と言ったのは、もう一度使えば間違いなく寿命がなくなるからだ。」
強化再精製体の寿命は、身体強化倍率に比例して延びると前にコウから教えてもらった。私の強化倍率は5倍、つまり、身体能力も同い年の女性の5倍に強化されているけど、寿命も5倍に延びている。普通の人の寿命が80年くらいだとすると、私の寿命は400年くらいになる。
そしてコウの強化倍率は10倍。これはRBSでの強化の最高倍率で、コウの本来の寿命は800年だった筈。
でも、その余命があと15年。これは普通の人だと余命1年半と言われたのと同じだ。
「で、でも、再精製すればいいのよね?!」
姉さんが慌てて聞いてくる。そうよね、自分の妹を助ける為に残りの寿命の半分を犠牲にしたって事になるから、心中穏やかじゃないだろう。
「・・・残念だけど、それは無理なの・・・。」
「そんな・・・どうして・・・?」
肩を落とし俯きながらのリィエの無情な一言に、姉さんの顔の血の気が失せていく・・・。
でもどうして・・・あ!
「リィエ、もしかして、コウの身体・・・」
「そう、今の身体が三つ目よ。だから・・・もう・・・・・・」
リィエが前に教えてくれた事。再精製は三回までしか出来ない。
「そんな・・・そんな・・・あたし達のせいでコウが・・・あたし・・・どう償えば・・・・・・」
あまりの事に両手で顔を覆い震える姉さん。姉さんのその言葉に誰も答えられない・・・。
そんな姉さんを抱きしめる人がいた。いつの間にか姉さんのところにコウが来ていた。コウに抱きしめられた瞬間、姉さんの身体がビクッと跳ねた。
「コウ・・・」
「雪華が償う事なんて何もないよ。大切な人を助けるのに、代償を求めるヤツなんていないさ。でも、」
「でも?」
「でも、それが雪華を苦しめるというなら・・・そうだな、一つだけ俺の頼みを聞いてくれないか?」
「頼み?いいわ、あたしが出来る事なら何だって聞いてあげる!」
「なら、君が寿命で死ぬまで、君を大切に想っていた男が、俺がいた事を覚えていて欲しい。それが頼みだ。」
「そんな・・・そんな事でいいの?”俺と結婚してくれ”とか”俺の子供を産んでくれ”とかでも聞くわよ?」
「それは・・・すごく魅力的な提案だけど、今それは言えないな。流石に卑怯過ぎる。」
「・・・そ、そうね、ごめんなさい。あたし何言ってるんだろ・・・。」
「俺はただ、俺らしい生き方をした俺を覚えていて欲しいんだ。”俺”という花が、やがては枯れてしまうと分かっていても、今精一杯咲き誇っていた事を。」
あ、その言葉、いつかコウが言ってた・・・。
「大丈夫!絶対覚えとく!というか忘れられる訳ない!!あたしの事こんなに想ってくれてる男性、今までも!これからも!きっとコウしかいないから!!」
溢れる涙を拭いもしないで、コウに宣言する姉さん。その姉さんを見て、優しい笑顔を向けるコウ。
「ならこの話はこれで終わりだ。まぁ、まだ15年くらいはあるんだ。アイツをさっさと倒して、残りの人生をみんなと穏やかに過ごさせてもらうさ。」
「「「「うん・・・!!」」」」
私たちは努めて明るく返事をした。コウに”幸せだった”と言ってもらえるように支えていく。それが私たちがコウにしてあげられる事だから。
◇◇◇
トウバの街消滅から三日後、私たちはヤーマット国の首都、”キョウの都”に来ていた。
これはイヨ陛下からの指示があったのと、コウの旧知の人、ヒミコ先王陛下に会う為だ。
キョウの都は上から見ると東西約4km南北約6kmの長方形で、ぐるっと街壁で囲まれている。ラロトゥーニュ選王国首都レンデンの4倍以上の大きさだ。街中はきちんと区画整理されていて、たくさんある街路も南北と東西に真っ直ぐ走っている。
街門は、南に一か所と西側にニか所。南門は一般人も普通に利用可能。西門は、街の西側に広がる飛空艇駐機場利用者のみが使える通用門。駐機手続き時に提出した乗員リストの人間以外は使えない。
飛空艇駐機場は、北から三分の二が軍用で、近衛第一艦隊はここに駐留している。当然、厳重な警備がされていて、西門の内の一つはここに通じる軍専用の通用門だ。
私たちは一般用駐機場にジェンティアを停泊させ、前部物資搬入用ハッチを開放して軍の担当官が来るのを待っていた。イヨ陛下が生命の保証はしてくれたとはいえ、春華さんはこの国にとって大罪人だ。拘束され事情聴取されるのは致し方ないことだろう。
しばらくすると、軍の護送用ウィンドライドがやってきた。中から三人の女性兵士が降りてきて、コウの目の前で立ち止まり敬礼する。
「お待たせしました。担当官の橘と申します。階級は二尉です。事情聴取の為、柊春華の身柄を拘束し護送させていただきます。なお、陛下の命により、一名の付添人の同行が認められておりますが、どなたが同行されますか?」
「ご苦労様です、橘二尉。自分がこの船の責任者、コウ=フジイです。付添人はこちらの柊雪華が務めます。」
コウが視線を送ると、姉さんが頷いた。このやり取りの間に、春華さんの両手首には拘束具が付けられていた。
「えっ?!貴方様が”救国の英雄”コウ=フジイ様ですかっ?!お目に掛かれて光栄ですっ!!あのっ!握手して下さい!!」
「きゅ、”救国の英雄”?!誰がそんな事を・・・。」
「先王陛下がおっしゃられたと本にありました!あ、ありがとうございます!!私、もう手、洗いません!!」
「い、いや、洗って下さい、俺の為にも。それにしても、あの人は・・・。」
なんか、すごい事になってるね、コウ?後ろの二人も目をキラキラさせてるし。
「では!こちらの方々が物語の最後にありました、フジイ様の最愛の三人の女性の方々なのですね?!」
んなっ?!私たちの事まで書いてあるの?!どう書いてあるのか気になるぅ!!
「えと、その本には、私たちの事は何と?」
「はい!フジイ様がこの国を立ち去る時、引き留めようとした幼少の陛下に、『俺には最愛の三人の女性が待っているから』、と言われたとか!」
「コウ、そんな事言ったの?」
「・・・イヨに『お兄ちゃん、いっちゃヤダーーー!!』って泣かれた時に、『大切な三人の女性が待ってるんだ、だから帰らないと。』とは言ったが・・・。」
・・・すごい脚色されてるのね。あ、でも、どうせならちょっと読んでみたいかも♪
ん?コウが少し考える素振りをしてから橘さんに向き直った。何を思いついたんだろう?
「橘二尉、付添人の柊雪華はその三人の内の一人なんだ。そして柊春華はその妹。つまり、自分にとっては義理の妹になる。春華は大罪を犯した。それはきちんと裁かれ、罪を償わなければならないが、自分が責任を持って更生させる。だから取り調べの間、彼女達が不当な扱いを受けないようにだけはお願いしたい。よろしく頼む。」
そう言って、コウは深々と頭を下げた。
これには橘さんだけでなく、姉さんと春華さんをも大いに慌てさせた。
橘さんは、憧れの英雄に頭まで下げられて頼まれ、
「お、お顔を御上げ下さいフジイ様!大罪人とはいえ、その辺りはきちんと配慮するのは当然の事ですので!」
とオロオロしてるし、姉さんはみんなの見てる前で堂々と言われて、
「ちょ、コウ!そ、その、そう言ってもらえるのは嬉しいけど、そんな、みんな見てるのに・・・」
と顔を真っ赤にしてしどろもどろになってるし、春華さんに至っては、
「コウ様、私にもそう言っていただけるなんて・・・」
と目をウルウルさせて見つめたりしている。
うんまぁ、私もその気だったし、春華さんも塞ぎ込んでいたから、これからの取り調べの事も考えて安心させるのはいい事だと思うけど・・・。
あ、千夜さんが羨ましそうな顔してて、リィエは恨めしそうな顔してる。
「フジイ様、お二方に面会なさりたい場合はこちらの地図の場所までご足労お願いいたします。それでは、失礼いたします。お二方はこちらへ。」
橘さんはコウに地図を手渡してから敬礼し、春華さん達を連れて護送用ウィンドライドに乗り込んだ。程なくしてウィンドライドが浮き上がり、飛び去っていった。
「さて、俺達は俺達のやるべき事をやろう。まずは先王陛下に挨拶しに、って、リィエ、何て顔してるんだ・・・。」
「だって・・・私、三人の中に入ってない・・・。」
リィエが両方のほっぺたをパンパンに膨らませて上目遣いでコウを睨んでる。気持ちは分かるけど、それ、コウを責めても、ねぇ?
「でもリィエ、それは仕方ないんじゃ?その時、コウはまだ私の中にリィエがいる事すら知らなかったんだし。」
「それは・・・そうだけど・・・。」
「リィエ、だからこれからヒミコ様のところに行くんだろう?ちゃんと紹介するから、機嫌直してくれないか?」
「・・・分かった。ちゃんと私が最初の婚約者だって紹介してよね?」
「勿論だ。ところで、千夜殿も一緒に来てくれるか?二人が連行されてはジェンティアに残っても仕方ないだろうし、ヒミコ様に相談して、今後君が生活に困らないようにしたいと考えている。」
そっか。千夜さん、帰る家もなくなってしまったけど、生活する為の仕事もなくなってしまったんだもんね。千夜さんくらい腕が立つ人なら何かしら仕事を見つけられるだろうけど、”都まで来たから後は自分で頑張って”って放り出すのもどうかと思うし、そういう部分も最後までお世話すべきよね。大元の原因はこちらにあるんだし。
「それなのですが、宏殿。宏殿に折り入ってお願いしたき事があります。」
決意を表すように胸元で手をぐっと握りしめ、コウを真っ直ぐ見つめる千夜さん。あ、もしかして・・・。
「ん?俺に出来る事なら協力は惜しまないから言ってみてくれ。」
「感謝いたします。某、宏殿と共に轡を並べて戦いたく思う所存。どうかお許しいただきたく。」
やっぱり。本当の敵討ちをする為なのか、助けられた恩を返す為なのかは分からないけど、どちらにしてもコウの傍にいないと出来ないもんね。私としても、雪華姉さんに勝るとも劣らない腕の持ち主である千夜さんが一緒にコウを支えてくれるなら嬉しいし。
コウは顎に手を当て、しばらく考えた後、千夜さんに告げた。
「それが君の生きる目的に繋がるなら受け入れよう。但し、一緒に行動している時は、俺の指示に従ってもらうのが条件だ。それでいいか?」
「承知いたしました。この千夜、不束者ですがどうか末永くお傍に置いていただきますよう、お願いいたします。」
千夜さんはコウの前に両膝を着いて座り、頭を深々と下げた。
「千夜殿、分かったから立ってくれないか?ここで土下座はちょっと・・・。」
「宏殿、これから宏殿の事は”旦那様”と呼ばせていただきますゆえ。某の事は”千夜”と呼び捨てに。」
だ、旦那様?!うわ~・・・千夜さん、押しがすごいな~・・・。いや、コウの残りの人生を考えたらそのくらいでないとダメなのかも?!よし、私も頑張ろう!!