第1話 襲撃
騒動が一段落し、私たちはトウバに街に戻った。
ジェンティアを街の大型飛空艇駐機場へと移動し、簡単なチェックを済ませた後、私たちは領主の館へと向かう事にする。
私たちは冒険用装備から普段着に着替えた。まだ撃ち漏らした殺戮人形がいる可能性もあるけど、街の警備は厳重に行われているから、とりあえず一安心してもいいかと思うし。
もちろん、念の為に武器は携帯しておく。姉さんは碧双月、私は姉さんに貰った小太刀、キャンディは腕輪ね。
あ、コウも着替えて・・・って、あれ?普段着の下に見慣れないアンダーウェア着てる。
「コウ?そのアンダーウェアは?」
「あぁ、これはFSEの下に着るやつで、耐衝撃、耐刃に優れ、保温能力も高いが吸湿性に優れているから蒸れない。普段着としても着やすいから、何着かを着回してるんだ。ん~、マイア、ミウ達の分の用意は?」
「あと420secondでそれぞれのマスター分の1着目が出来上がります。」
「なら少し待ってミウ達も着ていくといい。」
しばらく待っているとステローペとメロペーが出来たてほやほやのアンダーウェアを持って来てくれた。
「通路に出ているから、着終わったら呼んでくれるかい?」
そう言ってコウは部屋を出て行ってしまった。
「え?別に出なくてもいいんじゃ?」
「ミウ、もう少し羞恥心というものを持ちなさい?」
「姉さん、私だって他人なら恥ずかしいけど、コウだよ?どちらかというと見て欲しい・・・」
「スト~~~ップ!あ、あたし達にも心の準備ってものがあるからね?」
「うんうん!いずれはコウさんと”あんな事”や”こんな事”するっていっても、今はまだちょっと恥ずかしいかな、わたしも。」
「ふ~ん、そういうものなのね。」
そんなこんなで着替えも無事終了。うん!コウが言ってたみたいに、温かくて着心地もいい!これで多少は防御力もあるなんてすごい!これからはずっとこれ着よう!
「皆様の脱がれた衣類は洗濯しておく為にお預かりします。」
「ありがとう、ステローペ。コウ、終わったよ~!」
「分かった。それじゃ、領主の館へ向かおうか。」
この時、コウ以外の私たち三人はMISEを着けるのを忘れていた。それを悔やむ事になろうとは、この時の私たちは知る由もなかった。
◇◇◇
外に出ると辺りはすっかり暗くなっていた。こうなる前に事態が落ち着いてよかったと思う。あの殺戮人形の姿や能力から考えると、戦いが夜にもつれ込んでいたら被害はもっと増えていたに違いない。
領主の館も事後処理に追われているようで騒然としていたが、私たちが功労者である事は知らされているようで、すんなりと春華姉さんのところへ通してもらえた。
「姉様、他の皆様も、今回の事誠に感謝いたします。皆を代表してお礼申し上げます。私共で出来うる事は最大限便宜を取り計らわせていただきます。」
春華姉さんが深々と頭を下げる。
「頭を御上げ下さい領主殿。我々は我々の目的の為にこの街を訪れ、たまたまこの事態に遭遇し対応したに過ぎません。そして、私の大切な仲間である雪華の故郷の危機を黙って見過ごせなかっただけです。どうかお気になさらずに。駐機許可をいただいただけで十分ですよ。あ、駐機料金もきちんと支払いさせていただきます。」
「いえそんな!街の危機を救っていただいた恩人から頂くなど柊家末代までの恥となります!それから、私の事は春華とお呼び下さい、フジイ様。」
「コウで結構ですよ、春華殿。先程も言いました通り、我々の行動は我々の意志で行ったもの。ですから、礼や褒賞などは無用に願います。」
「ですが・・・」
うん、コウは相変わらずね。欲がないというか、依頼を受けて貰う報酬は受け取るけど、自分が勝手にした事で出る褒賞は固辞するのよね。
「んっふっふ、コウは相変わらずよね。春華、コウはそういうのは嫌がる性格だから、ん~そうねぇ~、お流れなっちゃった夕餉を皆でというのはどう?それならいいでしょ?コウ?」
「雪華がそう言うなら俺は構わないよ。」
「分かりましたわ、姉様。それにしてもコウ様は大層誠実な方でいらっしゃるご様子。これならば安心して姉様をお任せ出来ますわ。不束な姉ですがよろしくお願い申し上げます。」
再び深々と頭を下げる春華姉さん。その様子を見てコウが私をジト目で見る。だ~か~らぁ~、それはコウの作った刀のせいだからね?
「それじゃ決まりね。今日明日はバタバタしてそうだから、明後日の夕方でどう?春華?」
「ご配慮いたみ入ります、姉様。ではそのように。皆様のお話しが聞けるのが楽しみですわ。」
「それでは春華殿、我々はこれにてお暇させていただきます。機体の整備等もありますので。何かありましたら駐機場に遣いを。」
「はい、承知いたしましたわ、お義兄様。」
にっこりと微笑む春華姉さん。あ~う~・・・あんまりコウを追い詰めないでくださいよ、春華姉さん。ほら、コウがため息ついてますよ?
「・・・。それではまた後日に。」
領主の館を後にして、私たちは帰路についた。大通りを行くと、そこかしこから美味しそうな匂いが漂ってくる。
くぅ~~~・・・
「あっ・・・」
おなか鳴っちゃった・・・恥ずかし~~~!
顔を真っ赤にして俯いていると、コウが優しく撫でてくれた。
「ふふっ、ミウは今日も頑張ったんだろうから仕方ないさ。船に戻って作ってもいいが・・・雪華、何処かいい店はないか?折角イーセテラに来たんだから食べていこうか。」
「やったぁ~~~!わたし蒸し饅頭がいい!!」
「キャンディ、それ、ご飯じゃないよ!スウィーツはご飯を食べてから!」
「うっふっふ、それじゃ寒いから温かいうどんか蕎麦でも食べましょうか?その後蒸し饅頭も買えばいいでしょ?出汁の美味しい店を知ってるからそこに行きましょうか。」
雪華姉さんに案内され、とあるお店に辿り着いた。入口の看板には”吉平”とあるが、読めない。
「姉さん、入口の看板、何て書いてあるの?」
「あぁ、あんたやキャンディはこちらの文字は読めないわよね。あれは店を開いた人の名前で”きっぺい”と読むのよ。あたしが生まれる前からあって、この街ではうどんで評判の店よ。」
「うどん?」
「ちょっと違うけど、パスタを太くして、スープの中に入れた感じかしら?」
「へぇ~、楽しみ~♪」
姉さんが濃い青のカーテン(後でそれは”のれん”というものだと教えてもらった)を手で払い除けながらくぐろうとした時、
「雪華!!」
コウが姉さんの腕を掴み抱き寄せ、更に店から離れるように後ろに跳ぶ。直後、さっきまでコウと姉さんがいた場所の足元に何かがいくつも突き刺さった。
「ミウ、キャンディ、船に戻るぞ!マイア、聞こえるな?エレクトラ、ターユ、アルキュオネ、ケライノにFSEを着けさせて出撃待機。俺達が駐機場に入ったら出撃させて援護を。但し相手が人間なら殺すな、行動不能にするだけでいい。」
「うん!」
「わかった!」
コウがマイアに指示を出しているが、コウ以外はMISEを着けてこなかったから私たちにはマイアの声が聞こえない。自分達の迂闊さが悔やまれる。
コウの指示に従って、通りを駐機場に向かって駆ける。
「あ、や、コウ!降ろしてくれたら自分で走れるから!」
「いや、抱かれててくれた方が守りやすい。首に手を回して、しっかりしがみ付いててくれ。」
「あ、えと、わ、わかったわ・・・」
あれぇ?姉さん、顔赤いよぉ~?しかもちょっと嬉しそう~?って、ニヤニヤして見てる場合じゃなかった!
「キャンディ!ミウに身体強化!ミウはキャンディを抱えて走れ!」
「了解!」
「え~っ?わたしもコウにして欲しい~!」
「そんな事言ってる場合じゃないでしょ!」
駐機場のゲートが見えてきた。でも何人もの人影が行く手を阻んでいる。どうする、コウ?
「ミウは俺の真後ろに付け!キャンディはミウの身体強化を維持しつつ後方に【シールド】!強硬突破するぞ!」
「「了解!」」
「【エアインパクト】!」
コウが姉さんを両腕で抱えたまま衝撃弾の魔術で人影を弾き飛ばず。前にも言ったけど、エーテルを集めてマナに変換し発動のイメージが出来れば、魔術を使うのに呪文詠唱や身振りは必要ない。開けた道を全速力で駆け抜けて駐機場に突入する。通り抜けざまに倒れた人影をちらりと見ると、目だけが見える黒い衣装を身に纏っていた。
「ん?」
「どうしたの、コウ?」
「あっさりし過ぎてるな、これは・・・。マイア!ハッチを開ける前にセンサーで周囲を探査!船体に何か取り付いてないか確認しろ!」
そうか!狙いが私たちだけでなくジェンティアも含まれてるとすれば、私たちがジェンティアに入ろうとしたところを狙って侵入するのが手っ取り早い!
「やはりか。マイア、開けても侵入されにくいハッチはあるか?」
コウがマイアに入る場所を確認している。ハッチを開けたはいいが、ジェンティアに侵入されては堪らない。
もっとも、ウィスタリアもそうだったけど、宇宙空間での運用も想定されているジェンティアの外部に通じるハッチは、後部格納庫大型ハッチと搭載機発着船デッキハッチ以外は内と外に扉があるエアロックになってるから簡単には入れないんだけどね。
ちなみに、船内から格納庫や発着船デッキへの扉は当然エアロックになっていて、宇宙空間で搭載機を発着船する場合は格納庫もデッキも真空になる。こうしないと発着船がスムーズに行えないから。
なので正規のパイロットスーツは当然、生命維持装置付与圧服。ヘルメットもMISEを着けたまま装着出来るようになってる。
「なら9番を開けろ。但し外側だけだ。人形共が9番に来たら8番からミウ、雪華、キャンディを収容して入れ替わりにエレクトラ、ターユ、アルキュオネ、ケライノを出撃。援護に回してくれ。」
9番?ウィスタリアと同じなら前部物資搬入用ハッチよね。そうか、戦おうと思うとそれなりの広さがないと攻撃を避けたりしづらいもんね。
って、ちょっと待って!それってコウが囮になるって事よね?!
「三人共聞いた通りだ。ここから真っ直ぐ船体後部に向かってくれ。人形は俺が引き付ける。」
「やだ!!私もコウと一緒に行く!!」
「待て待て、話は最後まで聞けって。中に入ったらマイアの指示に従って装備を整えてから9番ハッチ内側に来てくれ。頼りにしてるからな?」
そう言いながら姉さんをそっと降ろすコウ。
「あっ・・・」
姉さん、ちょっと残念そうに切ない声出してる場合じゃないよ?
「わかった!姉さん!キャンディ!行こう!」
コウと私たち三人は別々の方向へと駆けだす。急いで装備を整えてコウの援護に向かわないと!
コウに言われた方へ向かうと、船体後部の側面、地上から3m程のところが開き、昇降用タラップが降りてきた。そして四人のプレアデス達が飛び出してくる。
「四人はコウの援護に・・・」
そう指示を出しかけたその時、視界がモノクロームに染まる。そして、船体上部から2体、黒い人影が降ってきて姉さんとキャンディに切りつける。コウに貰ったアンダーウェアのお蔭で傷はないが・・・。
「エレクトラ!ターユ!上から来る!迎撃!!アルキュオネ、ケライノは雪華姉さんとキャンディの護衛を!姉さんとキャンディはアルキュオネとケライノを連れて船内へ!装備を整えてからコウの援護に向かって!ここは私とエレクトラ、ターユで食い止めるから!」
そう言い放ち、小太刀を抜き、刃に【シールド】を掛ける。程なくして上空から襲い来る人影。だけど先に指示を出していたお蔭でエレクトラとターユがFSEで飛び上がり迎撃する。その間に私たちとアルキュオネ、ケライノはタラップを駆け上がって船内へ。
「姉さん、キャンディ、コウをお願いね!」
「わかったわ!あんたも気を付けるのよ!」
「コウさんの事はわたしたちに任せて!」
「マスター・雪華、マスター・キャンディ、こちらです。」
2人のプレアデスに連れられて船内へと消えて行く姉さんとキャンディ。さぁ、ここは私が守り切るわ!
「マイア、タラップを収納。内扉をロック。エレクトラとターユを8番ハッチの防衛に回して。それと私用の装備、出来ればFSEって、ステローペかメロペーに持って来させる事出来る?」
『可能です。マスター・ミウ用装備は既にマスターが製作完了しています。装着はユニットが自動で行いますが、装着時は無防備となりますので二人共向かわせます。』
「お願いね。それと通路の隔壁を順次閉鎖して。万が一を考えての対策よ。」
『イエス、マスター・ミウ。通路の隔壁を閉鎖します。』
船内に入ったから私もマイアに指示を出せる。後はステローペとメロペーが装備を届けてくれればコウとも通信出来る。
ちなみに、8番ハッチを閉鎖させなかったのはもちろん敵を分散する為。コウの負担を減らさないと!
『マスター・ミウ、マスターから離陸指示が出ました。一旦この場所から離脱します。ハッチから出ないよう注意願います。』
「了解よ、マイア。それならここのハッチを閉鎖して、エレクトラとターユをコウの援護に向かわせて。」
『イエス、マスター・ミウ。8番ハッチ閉鎖。エレクトラとターユを9番ハッチに回します。』
後続をどんどん送り込まれたら敵わないから、一旦上空に退避しようという事ね。開放したハッチから見える街の灯りが下へと流れ始め、その直後にハッチが閉鎖される。
これでステローペとメロペーが来てくれれば、装備を整えてコウの援護に向かえる。そう思ったその時、エアロック内に違和感を感じた。視界には何もいない。だけど・・・
『マスター・ミウ、8番ハッチ内扉前にステローペ、メロペーが到着。通路は一旦閉鎖しています。内扉を開放します。』
「待って!エアロック内をスキャンして!早く!」
『イエス、マスター・ミウ。・・・マスター・ミウ以外に質量を検知。エアロック内光学カメラ、熱センサーに反応がないところから熱光学隠蔽を展開していると推測。警告!対象が相対方位345より急速接近!』
相対方位345って事は自分の正面を0として左斜め前!
「そこっ!!」
ドガッ!
感じた違和感=気配を頼りに蹴りを放つ!何かを蹴り飛ばした感触。硬そうなな感じ。でも、その奥に弾力があるような・・・。もしかして、機械人形じゃなく防具を着けた人間?!
とにかく、蹴りで引き離したこの隙に!
「マイア!内扉開放!ステローペとメロペーに時間を稼がせて!」
『イエス、マスター・ミウ。内扉開放。』
開放された扉からステローペとメロペーが飛び込んでくる。二人はマイアからの情報で相手が確認出来てる。すぐさま見えない相手への攻撃を開始した。
ギンッ!ガンッ!ガキンッ!
硬い物同士がぶつかる音が響く。その隙に私は通路へと出て2人が運んできてくれた装着ユニットへと乗る。
「マイア、装着のサポートをお願い!」
『イエス、マスター・ミウ。下に表示されてます足の位置に立ち、背中を預け、腕を少々横に広げて”エクィップメント”と音声指示して下さい。』
「こう?”エクィップメント”!」
声を掛けるとユニットが動き出し、ブーツ、膝当て、腰当て、籠手、肘当て、肩当、胸当て、そして背部ユニットを装着、そしてMISEを内蔵したヘルメットを装着していく。
腰当ての左右には一つずつ銃の収まったホルスターが付けられていた。でも全体が結構長い。ホルスターの先は膝下まで伸びている。
装着が終わって背中のロックが外され、身体が解放される。いろいろ装着されたが重くはない。今までの装備の方が重いくらいだ。
「コウ、姉さん、キャンディ、聞こえる?8番ハッチから敵が侵入。相手は熱光学隠蔽・・・えっと、要するに目に見えないんだけど、マイアとステローペ、メロペーのサポートで対応出来てる。そっちも気を付けてね。」
『了解だ。ところで、通路の隔壁閉めさせたのはお前か?』
「うん、拙かった?」
『いや、逆だ。いい判断だよ、上出来だ。成長したな、ミウ。』
「えへへ、ありがと!」
やった!コウに褒められた!!嬉しい!!よし!この調子で頑張っちゃうぞ!!
「マイア、8番ハッチの外扉開いて!相手を外に突き落とすわ!」
『イエス、マスター・ミウ。8番ハッチ開放。』
ハッチが開くが外は既に夜の為何も見えない。風だけが吹き込んでくる。その手前でステローペとメロペーが目に見えない相手と火花を散らしている。
私は身体を前屈みにして静かに目を閉じ、心を落ち着かせてから半眼に開く。景色がモノクロームに転じ、この戦いの未来を視る。いくつかの結末。その中から望む未来を見つける。
「ステローペ!メロペー!タイミングを合わせて!いくよ!!」
「「イエス、マスター・ミウ。」」
FSEを一瞬で加速させ見えない敵に突っ込む!到達する寸前でステローペとメロペーが左右に分かれる。
「はぁぁぁあああっ!!」
そして私はそのままの勢いでショルダータックル!確かな手応え!何かが開いたハッチから飛び出していく気配!
「マイア!スキャンして問題なければハッチ閉鎖!9番に向かう通路の閉鎖だけ解除して!」
『イエス、マスター・ミウ。対象消失を確認。他に反応なし。8番ハッチ閉鎖。9番ハッチへの通路の隔壁閉鎖解除。』
「コウ、こっちは終わったよ!今からそっちに向かうね!」
『いや、大丈夫だ、ミウ。こっちも今終わった。よし、一旦船橋に集まろう。』
「了解。ステローペとメロペーは念の為船内の確認をお願い。あと、装着ユニットを戻しておいて。」
「「イエス、マスター・ミウ。船内の確認及び装着ユニットの返却を行います。」」
ふわぁ~何とかなったぁ~・・・。それにしてもこの装備すごい!これからずっとこれ使おう!
FSEを思考制御して、歩きもせずに船橋へと向かう。うん、楽チン!