第9話 プリムラ(さくらそう)散る、イーセテラへ
翌日、起きて着替えて”マンガで分かる魔術基礎”を読んでいると、部屋の扉がノックされる。
「ミウ様。朝食の準備が整いましたので、食堂までお越しください。」
「わかりました。ありがとうございます。」
まずは朝ご飯。今日のメニューはロールパンにハムエッグ、グリーンサラダ、オニオンのコンソメスープ。
こんな場所でどうやって材料を調達しているのか不思議に思うけど、あえて聞かない事にする。
ゆっくり食事を摂った後、早速みんなでスターライトのところに向かう。
「は~い、それじゃ格納庫から出すからスターライトでドッキングしてね。」
グォォォォォォン・・・ガコン
ゴゴゴゴゴゴゴ・・・
格納庫の大扉が開き、中から3機のスターノヴァが引き出されてくる。外見は変わってない。まぁ、内部の整備をしてもらってただけなので、当たり前か。
4年ぶりね、プリムラ。あの時はありがとう。また一緒に飛べるね。
「それじゃアーシアさん、始めますね。システムリンク、確認。Nモード、軸合わせ。」
スターライトを操り、ノヴァの前へと移動し、同じ方向を向く。スターライトのシステムをノヴァと接続し、ドッキンク・モードへと移行させる。
ノヴァの機首が上へと持ち上がり後方へスライド、スターライトを収容するスペースが現れる。すると、スターライトがオートでバックしながら浮かび上がりスターライトの機首が操縦席の前面ごと引き込まれてノヴァへと収納される。スターライトの状態では操縦者は馬に乗るように前傾姿勢で搭乗しているが、前面が引き込まれる事により身体がボディレストへと押し込まれて座った状態になる。
スターライトが収容されると持ち上がっていたノヴァの機首が戻り、元の形状へと戻った。
スターライトが収容されたこの状態が”スターノヴァ”だ。スターライトがない状態では”ノヴァ・ユニット”または単に”ノヴァ”と呼んでいる。
「収容および接続確認。外像投影良好。全システム、オートチェック開始。」
スターノヴァ内部から直接外を見る事は出来ない。機体の複合センサーが収集した情報が内壁に投影される仕組みだ。宇宙空間を飛ぶ事も出来る機体で操縦席がガラス張りとか非常識極まりない。
「機動制御、火器管制、リアクター制御、生命維持、情報管制、各システム、オールグリーン。」
MISEによりシステムチェックの結果が網膜投影される。念の為外像投影しているモニターにも表示させて不具合がないか確かめる。
『みんな調子はどう?問題ないならメインハッチ開くわよ?』
「私は問題ないです。姉さん、キャンディはどう?」
『あたしも問題ないわ。シュンランがこの姿になるのも久しぶりね。』
『わたしも大丈夫だよ~。またオキシペタルムでフルバースト出来る~!』
『ちょっとキャンディ、館の近くでやっちゃダメよ?ていうか、フルバースト自体ダメ!』
『えぇ~~~?!』
みんな何だか浮かれてる。まぁ、4年ぶりだものね。
そうしていると、来た時に入ってきた出入口が開いて外の光が見える。
『わたし、いっちば~ん!』
キャンディのオキシペタルムが浮揚を開始して出入口へと向かっていく。続いて姉さん。最後に私。
『まずは館の前で飛行に問題ないか確認してね。飛び出して、そのまま雲海に消えたでは困るから。』
「了解です。パラメータ設定、標準値。姿勢制御、出力上昇開始。待機出力から通常出力へ。」
パラメータとは搭載されているエーテルマナリアクターの出力をスターノヴァのどの機能にどれだけ割り振るかを示す数値。スターノヴァには”攻撃”、”防御”、”機動性”、”速度”、”探知”の5つのパラメータがあり、それぞれが1~10の10段階で設定される。
ただ、戦闘中にパラメータを1ポイントずつ変更している暇はないので、予め設定されたパラメータセットから選ぶようになっている。
各機とも、”標準値”、”巡航”、”狙撃”、”射撃”、”高機動”のパラメータセットがあり、それを選ぶだけで5つのパラメータがまとめて設定しなおされる。
私のプリムラは完全無欠の標準機。パラメータ標準値は全て”5”だ。この数値の割り振りを変える事で機体の特性を様々な事態に柔軟に対応させる事が出来るのが強みだ。
雪華姉さんのシュンランだと、AT8、DF2、MV7、SP5、SE3が標準値だ。シュンランは近距離戦用の機体なので標準値も機動性重視になっていて、相手の攻撃は防ぐより避ける仕様だ。
キャンディのオキシペタルムは中遠距離重攻撃用の為、AT8、DF8、MV2、SP2、SE5が標準値。姉さんのシュンランとは逆に、近付かれる前に叩き潰す仕様。相手の攻撃は厚い防御フィールドで防ぎきる。
出力を上げてまずは真っすぐ上昇してみる。安定感に問題はなさそう。次にゆっくり前進後退、左移動右移動をしてみる。大丈夫だ。
「それじゃアーシアさん、外に行ってみます。」
『あんまり大陸の近くを飛ぶと目ざとい魔物に見つかるから気を付けて。あと、大陸面から上も目立つからやめた方がいいわ。』
「了解です。いってきます。」
方向を確認して加速開始。蒼空が後ろへと流れ始める。
先に飛び出していったオキシペタルムが上昇、下降、右旋回、左旋回と機体の動きを確かめている。
んっふふ~ちょっとイタズラしてみよう~♪
オキシペタルムに接近してパラメータを”高機動”に変更。そしてオキシペタルムの真後ろにピタっと付ける。
「システムを<戦闘訓練モード>に移行。火器管制開始。」
網膜投影で照準が表示され、正面のオキシペタルムを捉える。
『んきゃ?!捕捉警報?!って、ミウちゃん!びっくりしたじゃない!』
「あははは!イタズラ成功~♪って、こっちも捕捉警報?!あ!姉さ~ん!」
『うっふっふ~♪大成功~♪ミウも詰めが甘いわよ~?』
キャンディを引っかけて喜んだのも束の間、姉さんにやられてしまった。でも、みんなで一緒に飛べるの、楽しいな。
別の意味で”きゃっきゃうふふ”していた私たち。気付かない内に入ってはいけない場所に入り込んでいた。
ピピピピピ!
「ん?接近警報?!」
ドォォォン!
「きゃあ!!」
何かがプリムラに激突!ここ空中なのに?!
『ミウ!大丈夫?!って、あれは?!』
『雪華姉!ワイバーンだ!!』
大型の飛行する魔物。その中でも危険度はかなり高い。見掛けは翼の生えた大きなトカゲだけど前足はなく、後ろ足のかぎ爪と尻尾の先の毒針が非常に危険だ。主に標高の高い岩場に巣を作るので普通に生活している分にはあまり出くわす事ないけど、山岳地帯の遺跡とかに出かけるとたまに見かける事はあった。私たちの力なら生身でも倒せなくはないけど簡単に倒せる相手でもない。大きさは個体差があるけど、今出くわしたのはスターノヴァの半分、10メートル程。ワイバーンなら標準的なサイズだ。どうやら、飛んでいる間に大陸に近付き過ぎてワイバーンの縄張りに入ってしまったみたい。
『それでミウ、大丈夫なの?!』
「あ、うん、大丈夫。DF下げてなかったから何ともない。ちょっと衝撃に驚いただけ。さっさとここから離れよう。」
『えぇ~?ワイバーンなんて撃ち落としちゃおうよぉ~?』
『キャンディ、無益な殺生は感心出来ないわ。今回は私達が不用意に縄張りに入ったせいだから、ミウの言う通り離脱するわよ。』
姉さんも私に同意してくれた。魔物とはいえ生命に変わりはない。今回はこちらに非があるのだからこちらが引くのが筋だと思う。
でも、久しぶりにスターノヴァ・オキシペタルムに乗れた事で調子に乗っているキャンディは引き下がらなかった。
『もういい!わたし一人でもやっちゃうんだから!』
『ちょっ!待ちなさいキャンディ!』
姉さんの制止も振り切り、一機だけ反転してワイバーンに向かっていくオキシペタルム。それに気付いたワイバーンも咆哮を上げオキシペタルムに向かう。
『喰らっちゃいなさ~い!』
強化拡散魔力砲がワイバーンを吹き飛ばす。が、距離は開いたけどダメージはあまりなさそうに見える。
「キャンディ、あなた訓練モードのままでしょ?もういいから離脱よ!」
幸いにもキャンディがモードを戻し忘れたお蔭で、ワイバーンもびっくりした程度で済んでいる。今の内にキャンディを引きずってでも連れてかないと。
その時、私の視界がエリーを助けた時のようにモノトーンに変わる。未来視?!
そして視えた光景は・・・充填型強化魔力砲を発射しようとした気配を感じたのかワイバーンは大きく避けて攻撃は外れる。が、目標を外れた光弾が岩壁を直撃し岩の雨を降らせる。そして、その岩の一つがワイバーンの巣を直撃して・・・
『やるったらやるの!<戦闘モード>!喰らえ!充填型強化魔力砲!』
「キャンディ!!ダメェェェっ!!」
ドォォォォォォン!!
未来視で見た光景。岩の雨が降り始める。
咄嗟にパラメータを”巡航”に変更、ワイバーンの巣へと向かう。
「間に合え!間に合え!!間に合えぇぇぇ!!」
そして巣の真上まで来てから”高機動”に。更に手動設定でATを全部DFに突っ込み、巣を直撃する筈の岩塊に体当たりする。
「たかが石ころ一つ!プリムラで押し出してやる!!」
岩塊は岩壁から離れるように向きを変える。なんとか間に合った・・・。
ほっとしたその時、モニターに緊急警告表示!リアクター出力過負荷!
「くっ!スターライト非常緊急離脱!!」
スターノヴァの機首を爆発ボルトで排除してスターライトを離脱させる。直後、リアクターの一つが爆発を起こす!!
ドォォォォォォン!!
「きゃあぁぁぁっ!!」
爆風に煽られてバランスを崩すスターライト・プリムラ。このままじゃ!墜ちる!!
懸命に姿勢を立て直そうとするけど激しい回転が止められない!!
「こんなところで!こんな事で!私は死んでなんかいられないのよ!!」
ガンッ!!
「きゃあ!!」
その時、衝撃と共に機体の回転が急に止まる。急に止まったせいでサイドコンソールに身体をしたたかに打ち付けて悲鳴を上げる。
「いたたたた・・・・・・え?!」
外像投影に映し出されていたのは大きなかぎ爪。そして飛びながら器用にこちらを覗き込むワイバーンの顔。私はコックピットを開放して直接ワイバーンに話し掛ける。
「あなた、私を助けてくれたの?」
グルルルル・・・
唸り声で答えてくれるワイバーン。そっか・・・巣を守ろうとした事、分かってくれたんだ・・・。
「ありがとう。そしてごめんなさい。巣を危険に晒してしまって。元はといえばこちらがあなた達の場所に入り込んだのがいけないのに・・・。」
グルルルル・・・
「ん~と、これてよし。ありがとう、もう普通に飛べるわ。放してもらっていい?」
私の声にかぎ爪をそっと放してくれるワイバーン。そこにおっとり刀で二人が駆けつけてきた。
『ミウ!!』『ミウちゃん!!』
「私は大丈夫。この子が助けてくれたから。ちょっと身体をぶつけて痛かっただけ。」
『あんたはほんとにもう!!心臓止まりかけたわよ!!』
「ごめん、姉さん。でも、見過ごせなかった。こちらの勝手で奪われる生命が。なんて、帝国兵殺してた私が言うのも説得力ないけど。出来れば、もう何も、誰も、殺したくない。もちろん、私も死にたくなんてないから、それ以外の方法がないなら相手を殺すわ。でも、無駄に殺すのもう・・・。」
私の中の私、リィエが教えてくれた。死は運命を変えてしまう。死んだ本人はもちろん、その周りのものの運命まで。そんな事、ない方がいいに決まってる。
『ミウちゃん・・・ごめん・・・わたしのせいでミウちゃんの大切なプリムラが・・・ほんとに、ごめんなさい・・・』
「キャンディのせいじゃないわ。これは私が選んだ事。やり方は反省するけど後悔はないわ。でもキャンディ、これで分かったでしょ?大きな力は扱い方を間違えると悲劇しか生まない。私が目覚めた未来視もそう。だから気を付けて?取り返しのつかない事をする前に。まぁ、出力過負荷して吹っ飛ぶとは思わなかったけどね。さ、館に戻りましょ。あ~・・・アーシアさんに会うのが憂鬱だけど、ね。」
館に戻った私たちは、アーシアさんにこってり絞られ・・・ずに、逆に謝られた。オリジナルの部品でないから耐久性が低い事を伝えてなかった、と。でも、知ってたとしても多分同じ事してたと思う。
そして、イーセテラ行きをどうしようかという話になった。予定では大陸外をぐるっと時計回りに行って、陸地の少ない大陸北側から斜めに大陸を横切ってイーセテラに向かう筈だった。でも、スターライトだと浮揚推進用リアクターが1機しか搭載されてない為、トラブルに見舞われた時に危険だ。
なので、ルートを時計と反対回りに変更し、何かあればすぐに陸地へと退避する事にして、更にオキシペタルムに牽引ワイヤーで繋いでもらう事にした。プリムラのノヴァ・ユニットを失わせてしまった責任を感じていたキャンディは二つ返事で了承してくれた。
あと念の為、スターライト・プリムラを補強してもらう事になった。いくらオキシペタルムの足が遅くても、スターライトよりは桁違いに速い。万が一空中分解でもしたら大変なので、必要なくなったノヴァ搭載用変形機構を廃して機体の強度とそして若干だけど武装も強化してもらった。”スターライト・プリムラ改”といったところだ。
様々な準備(主にスターライト・プリムラの改修)の為に、更に二日出発を遅らせる事になり、その間私は姉さんとキャンディからみっちり特訓してもらえる事になった。
二日後、私たちはアーシアさんに見送られながらアルスマグナの館を後にした。
目指すは東方の大陸、イーセテラ。
◇◇◇
イーセテラ大陸。ラロトゥーニュ大陸の東に位置する柱状大陸。大きさはラロトゥーニュ大陸より若干小さく直径約800km。中央海穴付近が一番標高が低く大陸縁周が標高が高いが、水の供出量がラロトゥーニュより更に多い為陸地が少なく、大陸縁周に沿って大小様々な島が多数存在している。大陸というよりは”群島”と言った方がぴったりくる感じだ。
なので飛空艇に関してはラロトゥーニュよりも技術が発達している。大陸の縁に近いと水の流れが速いので船は結構危険だから。
だけど、漁師はいるし、船の方が運賃が安いので、危険を承知で利用している人たちも多いという。
イーセテラ大陸の国家は一つ。全ての島がヤーマット国に属していて、ここもイングリッド王国と同じで”イヨ=ミツルギ”という女王が治めている。
何でも、”未来の分かる力”を持ってるとか。まさか、ね。
目的地のシーマ地方は大陸の西南西の辺り、イーセテラ大陸の中でも比較的大き目の島。そこを女王から拝領して統治しているのが雪華姉さんの実家、柊家。今は姉さんの2歳下の妹、”柊 春華”さんが領主として治めている。
目的の遺跡はシーマ本島の中央部、領主の館があるトウバの街から30kmほど離れた山の中。
私たちは一旦トウバの街に寄り、準備を整え休息を取ってから遺跡に向かう事にする。
いくら飛空艇の技術が発達しているとはいえ、さすがにスターノヴァで乗り付けると目立つ事この上ないので、近くの海岸沿いの岩場の目立たないところにノヴァ・ユニットを隠してスターライトで街に向かう。
街の入り口の小型飛行艇駐機場にスターライトを預け、徒歩で領主の館へと向かう。遺跡探索の許可をもらう為だ。無断で侵入して捕まったりしたら目も当てられないし。
「姉さん、気が進まないなら宿で待っていてもらっても・・・」
「ううん、大丈夫よ。あたしもね、貴女を見ていて、気が進まないからって避けていてはダメかなって思ったの。」
そうこうしている内に領主の館に辿り着いた。当然、門番が警備している。姉さんは、いつかの破損してしまった小太刀を懐から取り出して門番に見せる。
「お役目ご苦労様。春華に取り次いでもらえるかしら?」
「あ、貴女様は?!しょ、少々お待ちを!!」
小太刀を見た門番が慌てて中に入っていく。そしてしばらくすると・・・
「ひ~~~め~~~さ~~~まぁ~~~!!」
何かうるさいのが来た!!(笑)
「爺や!!久しぶりね!元気そうで何よりよ!でも、姫様はやめて。もう家を出たのだし。」
「いやいや、爺にとっては姫様は姫様でございますから。ところでこちらの方々は姫様の?」
「妹分、といったところよ。若いけど腕は立つわよ?」
「初めまして。ミウといいます。雪華姉さんにはいつもお世話になってます。」
「初めまして~♪キャンディ=サァユです♪雪華姉をいつもお世話してます♪」
「キャンディ~~~?」
「へふはへぇ~~~ひはひ!ひはひ!」
「ほっほっほ!仲がよろしくで結構でございますな!ささ、春華様もお待ちです。こちらへ。」
爺やさんに連れられて、屋敷の奥の座敷へと案内される。何これ~?!紙で出来た扉~?!上には木で出来たレリーフが彫ってあるぅ~!!
「ミウ、これは”襖”というもので、上にあるのは”欄間”よ。後でゆっくり見せてあげるから、まずは当主に挨拶よ?」
きょろきょろしている私を姉さんがやんわり窘める。あぅ・・・。
「姫様。姉姫様をお連れいたしました。」
襖の前で跪き、その向こうに声を掛ける爺やさん。あ、紙の扉だから声って丸聞こえよね?
「爺や。姫様と呼ばないでとあれ程・・・まぁ、いいわ。通して。」
「はっ。」
音を立てずに襖を開ける爺やさん。その向こうは、何かの植物で編まれたような床の部屋で、草のような優しい匂いがしていた。
そして部屋の奥、足の短い平たいテーブルの向こうにその人は膝を着いて座っていた。紫色の髪が腰の辺りまでさらさらと流れ落ちている、雪華姉さん似の美しい女性。服は濃いめの紫色で、同性の私でも見惚れてしまう。
その女性は雪華姉さんを見ると立ち上がり、流れるような足取りで姉さんの元へとやってきた。動きにとても品がある。さすが姉さんの妹さん、私、憧れるな~。
「姉様!お元気そうで何よりです!最近はあまり便りも届かなくなって心配しておりました。」
「ごめんね、春華。筆不精なのは昔からだけど、確かに最近はあまり書いてなかったわね。気を付けるわ。春華も元気そうでよかったわ。しばらく見ない間に綺麗になったし。」
「姉様、おだてても何も出ませんよ?あ、今日の夕餉はご馳走にしないと!爺や!爺や!」
春華さん、本当に嬉しそう。よく見ると姉さんも嬉しそうだ。これが本当の姉妹か・・・いいな・・・。
「え~と、春華、悪いんだけど、私、ここには泊まらないから。勝手に家を出た私が勝手に帰ってきてご飯食べたり泊まってたりしたら家臣に示しがつかないでしょう?貴女を中心に、やっとまとまってきたんじゃないの。」
「そんな?!私、姉様にお話ししたい事がたくさんたくさんありますのに!!姉様、大丈夫です!姉様を悪く言う輩は私が叩き切って差し上げます!!」
「こらこら、貴女が暴走してどうするの!じゃあ、夕餉だけご相伴にあずかるわ。」
「はい!そうなさって下さい!お連れの方もご一緒にどうぞ!」
「ありがとうございます。あ、でも、私たちは・・・どうか姉妹水入らずで・・・」
「ミウ~?変に気を回さないの!貴女達は私の妹なんだから、遠慮なんていいのよ?」
そうは言っても、久しぶりの再会なんだよね?なんか気後れしちゃう・・・。
「あら、姉様の妹分なのでしたら私にとっても妹です。遠慮はいりませんから。え~と、ミウさん、でしたかしら?」
「あ、申し遅れました。初めまして。ミウといいます。雪華姉さんにはいつもお世話になってます。」
「初めまして~♪キャンディ=サァユです♪雪華姉をいつもお世話してます♪」
「キャンディ~~~?」
「たから、へふはへぇ~~~ひはひ!ひはひっへ!」
「うふふ、楽しい妹が出来て、私、嬉しいですわ。お二人ともたくさんお話ししたいので、ぜひともご一緒に。」
「ありがとうございます。それではお言葉に甘えさせていただきます。」
「ミウさんはお行儀がよろしくて大変結構ですね。姉様が気に入るのも分かります。それに綺麗な緋色の髪。羨ましいですわ。」
「いえ、あの、私の方こそ春華さんの髪がとても綺麗で羨ましいです!」
「うふふ、ミウさんは本当にいい娘ね。仲良くなれそうですわ。」
そう言って私の手を両手で優しく握ってくれる春華さん。雪華姉さんとはまた違った温かみのある優しい手だ。
「あ、キャンディは簀巻きにして庭にでも転がしておいていいから。」
「ちょっ!雪華姉!それヒドい!!」
「ま、それは冗談として、それじゃ、春華、夕方にまた顔を出すわね。少し街に用事があるのよ。」
「用事、ですか?」
「貴女に渡してもらった小太刀、私のドジで壊しちゃって、打ち直してもらいに行きたいの。」
壊した小太刀?あぁ、最初に姉さんに出会った時の!そういえば「あの人」も姉さんに言ってたっけ。「形だけ直すなら俺にも出来るけど、これはきちんと打ち直してもらうべきだ。」って。
「姉様、見せていただいても?」
「うん、これ、なんだけどね。」
「これは・・・折れたのではなく斬った、のですわね。」
「敵に突き刺したまではよかったのだけど、抜けなくなちゃって。そこを狙われて危なかったところをある人に助けてもらったの。刃を斬ってもらってね。その後その人に言われたわ。『それが大事なのは分かるが、生命より大事な物はない。君が死ねば悲しむ人がいる事を忘れるな。』って。」
「そうですか・・・姉様、とてもよい出会いをされていたのですね。それで、その方は今?」
「”その人”はこの娘、ミウの”大切な人”なんだけど、今、少し離れてるの。それでね、ミウの面倒を見る代わりにって、これを貰ったのよ。」
姉さんが春華さんに碧双月を手渡す。鞘に入ったままの碧双月を眺め、感嘆の息を漏らす春華さん。そして、碧双月・上弦を鞘から抜いて更に感嘆の声を漏らした。
「この刀は強く美しくて、それでいて姉様を守ろうとする強い想いが感じられます。その方はミウさんだけでなく、姉様の事も大切に思ってくださっているのですね。」
「そうね。ミウやあたしだけじゃなく、そこのキャンディや、出会った人全てを守ろうとする強い意志が感じられたわ。本当に凄い人なの。」
「そうですか・・・。だから姉様が想いを寄せられているのですね。」
「うえっ?!い、いや、あの、春華?確かに好ましくは思っているけど・・・想いを寄せるとか・・・”ミウの大切な人”なんだからね?」
「あら、別に良いではありませんか?ミウさんなら『私と一緒に』と言われそうですよ?」
春華さん、鋭い!確かに言いましたです、はい!そうだ、ここはもう一押ししておこう!
「はい!私、言いました!雪華姉さんとキャンディに、”あの人”が戻ってきたら『みんなで一緒に暮らそう』って!」
「ちょっと、ミウ!あれは”あの人”が帰ってきてから改めてって事になったでしょう?!」
「姉様、私、お義兄様に会えるのを楽しみにしてますわ!」
「ちょっ!春華!退路断つのやめて~!」
春華さん、いえ、春華姉さん、援護、ありがとうございました!
「ま、まぁ、その件は日を改めてという事で、ね?そうそう、春華にお願いがあるんだけど。」
「まぁ、姉様に頼られるなんて嬉しいですわ!それで、どのような?」
「ここから少し山の方に行った所にある遺跡の調査許可を貰いたいのよ。私達の事前調査だと”あの人”の手掛かりがあるみたいだから。」
「まぁ!お義兄様の?!分かりました、許可いたしますわ。」
「だから、呼び方・・・ふぅ、まぁいいわ、それじゃ、また夕方に。」
「はい!お待ちしております。」
そうして館を後にして、私たちは街に出た。
「姉さん、修理してくれる人に心当たりはあるの?」
「ええ、この刀を造った人のところに行くわ。でも、偏屈な人だから、直してくれるかは分かんないんだけどね。」
「きっと大丈夫だよ、姉さん。壊れたいきさつをきちんと話せば分かってくれるよ。」
「だといいんだけどね・・・ま、行ってみましょう。」
その刀鍛冶は街の外れに住んでいるとの事で、街を散策がてらそちらに向かう。
行きかう人の格好や乗り物がラロトゥーニュとはまた違って面白いな。
「姉さん、あの人、木の靴履いてるよ?あ、あれなに?棒のついた箱の中に人が入ってて、他の人が担いで運んでるよ?」
「木の靴?ああ、”下駄”ね。あの箱は”籠”と言って、ああやって目的地に運んでもらうのよ。」
「へぇ~面白いねぇ~♪」
「ねぇねぇ、雪華姉!なんか甘くて美味しそうな匂いがするよ?」
「あれは”蒸し饅頭”ね。食べてみる?」
「「うんうん♪」」
アツアツの蒸し饅頭を頬張ってみる。白いところはモチモチフワフワで、中の茶色ところは甘くておいしい~♪はぐはぐ♪ちょっと、キャンディ、3個は多くない?
餡の付いた指を舐めながら目的地へと歩みを進める。
程なくして、一軒の鍛冶屋に辿り着いた。
「ここよ。ちょっと待っててね?こんにちは~!親方~!いる~?」
「誰だ、大声で呼ぶのは?!お?姫さんじゃね~か!生きてたか!」
「勝手に殺さないでくれる?親方に打ち直しをお願いしにきたのだけど、見てもらえる?」
「どれどれ、見せてみな。こいつは・・・こうなった理由を聞こうかい。」
春華姉さんの時と同じ説明をする雪華姉さん。親方は最初、難しい顔をしていたが、話を聞いて納得した顔に変わった。
「なるほどな。姫さまを助けたその御仁はよく分かってるじゃね~か!武器に魂が宿ってるって事をよ!分かった、置いてきな。代わりのはいるかい?」
「ありがと。代わりは大丈夫よ。”あの人”に貰ったこれがあるから。」
「ほう?ちょっと見せてくんな。なるほど、こいつぁ~いい出来だ。姫さん良かったなぁ!行かず後家にならずにすみそうじゃね~か!がっはっは!」
「ちょっと!親方まで春華みたいな事言わないでちょうだい!もう・・・!じゃあ、お願いするわ。どのくらいで出来る?」
「そうだなぁ・・・三日でやってやらぁ!連絡は春華姫さんのところにするからよ!」
「わかったわ、よろしくね?」
「おう!任せとけ!あ、柄と鞘は持っていきな。家紋入りだからよ。」
「ありがと。それじゃあね。」
無事に依頼出来て良かった。でも、そんなに偏屈そうじゃなかったよ?
「あの偏屈親方があんなにあっさり引き受けてくれるなんて、”あの人”のお蔭かな?」
「え?”あの人”と親方さん、何か関係あるの?」
「あぁ、そういう事じゃなくてね、”あの人”が私に言った言葉が親方を動かしてくれたのよ。”あの人”って、傍にいなくても私達を支えてくれているのね・・・。」
「うん!だからね、姉さん、今度は私と一緒に”あの人”を支えてあげて欲しいの!”あの人”、私たちの想像もつかないような重たい何かを背負ってる。私一人だけじゃ支えてあげられないかもしれない。だからお願い!!姉さんやキャンディやアーシアさんとなら、きっと”あの人”を支えてあげられると思うから!!」
「ミウ・・・そうね・・・真剣に考えてみるわ。”あの人”も貴女も、一人で抱え込んでしまうところがあるから心配だし。それに”あの人”よりいい男ってそうそういないだろうしね。」
「ミウちゃん、ミウちゃんは”あの人”がミウちゃん以外の人と、例えば赤ちゃん作ったりとか、嫌じゃないの?」
「??? 何で?何か困るの?困る事ないから嫌じゃないよ?」
「ミウちゃん、すごいね・・・。そういうところはすごく大人っぽい。」
「? よく分かんないけど、ありがとう。」
「じゃあさ、わたしもいいよ。実はね、わたしずっと憧れてたんだ、”あの人”に。強くて優しくて頭も良くて。わたしね、小さい頃から魔術の才能があったみたいで、故郷の村でも”神様の子供”とか言われてたんだけど、ある日村の大人に大怪我させちゃって、それから村では誰も近付いてこなくなって・・・。お父さんやお母さんも持て余してたみたいで、6歳の時にはアカデミーの寄宿舎に入れられちゃったの。でも、アカデミーでもいろいろやっちゃって、”怪獣”とか”天災魔術士”とか言われちゃって・・・手を差し伸べてくれたのはディエミー先生だけだった。だから”あの人”とミウちゃんとの初めてのお仕事でやっちゃった時、『また嫌われちゃう』って思って・・・。でも、”あの人”は自分でも周りでもなく、一番にわたしの心配してくれて、不謹慎だけど嬉しかった。この人ならきっとわたしを見捨てないでいてくれるって思った。だからずっと一緒にいたいって・・・。でも、ミウちゃんがいるから、って諦めてた。でも、ミウちゃんがいいなら一緒にいたい。だから、いいよ。」
「よかった!これでみんな家族だよね!嬉しい!」
あまりの嬉しさに二人の手をぎゅっと握って歩いた。
今日の宿を確保すべく大通りへと戻ってきた時だった。
「急使だーーー!道を空けろーーー!!」
ものすごいスピードでウィンドライドが駆け抜けていった。領主の館の方へ。
「姉さん!!」
「そうね!春華のところに戻りましょう!」
Special Thanks
キャラクター原案:風月 雪華さん/柊 春華