第1話 別離(わかれ)の天空(そら)
天空舞花 第1話 改訂版です。
改定前に描かれていなかったコウのパートを入れ、別れた直後からの話に書き直しました。
これから順に1話ずつ改訂していきます。
◆◆◆
「多勢に無勢か……」
天空を覆い尽くしているかのようにすら見える飛行戦艦と戦闘挺。
圧倒的戦力差により、ラロトゥーニュ選王国軍第2、第3航空艦隊は壊滅的な被害を受け、撤退を余儀なくされた。
本来なら、第1艦隊と戦力合流を図ってから戦端を開く筈が、帝国艦隊の侵攻速度が予想外に速かった為、合流する前に各個撃破された形だ。
残存戦力は後退し、急ぎ第1艦隊と合流しつつ、艦隊再編を行ってはいるが、帝国艦隊は既にラロトゥーニュ選王国北西部、コランド王国へと侵攻。地上への空爆ならびに略奪を開始していた。
「やはりやるしかないか…… 全く、この世界も世界だ。自身の存続の為に余所者を取り込むとかありえんだろう…… だが、成功すれば、ミウにも安住の地が出来る。ミウの為にもやってみせるさ」
通信をオフにして独り言ちる。ミウは俺と同じ特別な身体だから耳もいい。下手に呟こうものなら全て聞かれてしまう。それだけは避けなければならない。世界を存続させる為に。
「皆、整備と補給の状況は?」
頃合いを見計らって通信を入れる。
『完了。出撃、可能』
『コッチもオッケーよ!』
『いけるよ! コウさん!』
俺の仲間、ミウ、雪華、キャンディがスターノヴァ型空間戦闘機の再整備と補給の完了を告げてきた。
俺達は今、撤退した選王国軍航空艦隊の再編の時間稼ぎの為に、アステール型高次元空間航行船ウィスタリアと、それに搭載されているスターノヴァ4機の内3機を使用して戦場へと身を投じている。
戦況としては、負ける事はないが勝てない。そんな状態だ。
こちらに決定力が無さ過ぎる。
性能ではこちらが、文字通り桁違いに上の為、こちらが傷付く事は一切ない。そして、近接防御武装の火力だけで相手の飛行戦艦を撃破出来る。
だが、逆に数では圧倒的に劣る。向こうは数千、こちらは1隻プラス3機。桁が3つ違う。
こと防衛戦においては、数の不利は致命的だ。一部が俺達の動きを抑え込んで残りに侵攻を続けられると、こちらは如何ともし難い。
ウィスタリアは所詮、時空を超えて移動出来るだけの船。戦闘艦ではない為、広範囲に攻撃出来る武装を搭載していない。そして、スターノヴァにも大型艦をまとめて撃破するだけの火力はない。
ある方法を除いては。
その方法をやるなら今しかない。相手に分散されては意味がないからだ。
「3人共よく聞いてくれ。3人は出撃後、相手の旗艦部隊までの露払いを頼む。目標部隊に到達後は、そのまま艦隊を突破して離脱。ポイントE225S303H200で合流する。俺の策が上手くいけば、王国軍再編の時間は充分に稼げる。もうひと踏ん張り頼む」
『やれやれ、どうなる事かと思ったけど、やっと一息つけるのね』
『さすがに疲れたぁ…… でも、コウさんの頼みなら、わたし、頑張っちゃう!』
『指示、了解。でも、コウ、策って、どんなの?』
ミウは何か勘付いたか? 流石に娘のように育ててきただけはあるか。本当の事を言うと絶対に止めるだろうから、ここは代案で誤魔化す。
「俺の機体のリアクターを暴走させて自動操縦で射出し、相手艦隊の旗艦付近で自爆させる。旗艦及びその周辺艦をごっそり失えば、流石に暫くは侵攻を止めるだろう」
『大丈夫なの、それ?!』
雪華が驚きの声を上げる。普通なら巻き込まれたら危険だろうな。この船は普通じゃないから問題にならないが。
「大丈夫だ。巻き込まれても、ウィスタリアなら次元遷移フィールドを展開しておけば問題ない。Cリアクターからのチャージも済ませてある。だから、3人は突破後速やかに離脱する事。いいな?」
次元遷移フィールドとは、フィールドの境界に、より高い次元の空間を挟む事でフィールド内外の空間の連続性を無くした領域の事だ。
空間が連続していない以上、時空間を歪める働きのあるモノ以外は、フィールドの外から中、または中から外へ影響を与える事が出来なくなる。
そして、フィールド境界に展開された高次元空間により、次元の壁を突破し、その向こう、つまり、他の世界へと赴く事が出来る。
そうして、世界を越えて旅をしてきた俺とミウは、この世界で国家間戦争に巻き込まれたらという訳だ。
なお、俺とミウは最初から一緒だった訳ではない。俺がここではない別の世界に立ち寄った際、生死の境にあったミウを、文字通り拾い上げ、助けた事により共に旅するようになった。
俺は、有機生命体ではなかったミウに、少し特殊ではあるが、人としての身体を与え、家族のように育てた。
元が人ではなかったからか、感情に乏しいところはあるが、俺の事を敬愛してくれる優しい娘に育ってくれた。
そんなミウだからこそ、俺の隠している事に薄々勘付いているのかもしれない。俺の指示に対する返事に、少しだけ間が空いた。
『……了解。コウ、気を付けて』
「ミウもな。雪華もキャンディも決して油断するな? いくらノヴァの防御フィールドが頑丈でも、不意に体当たりされたら重量差で吹き飛ぶ。慣性制御システムも万能じゃない。くれぐれも注意してくれ」
その少しの間を、敢えて聞き流して3人に注意を促す。
ミウは勿論、この世界で仲間となってくれた、雪華とキャンディにも傷付いて欲しくはない。
『分かってるわ。みんな無事に帰るまでが戦闘だものね』
『コウさん、ぜったいに帰ってきてよ? わたしたち、待ってるから!』
『こらキャンディ! 縁起でもない事言わないの! 帰ってくるに決まってるでしょ!』
態々フラグを立ててくれるか。
キャンディも聡い娘だからな。何か感じてるのかもしれない。
俺がいなくなったら、ミウはどうするだろうか? 泣くだろうか? 怒るだろうか?
3人の中では一番年上の雪華あたりに後の世話を頼みたいところだが、今、それを言う訳にはいかない。雪華の事だから、頼まなくてもやってくれると信じよう。
「よし皆、出撃だ。頼むぞ」
『『『了解!』』』
ウィスタリアの船橋から操作して、スターノヴァ各機を発進位置に移動させる。ウィスタリアに搭載されている斥力場射出機は1機のみ。だが、それは使わない。ウィスタリアの射出機は加速力があり過ぎて普通の人間では身体が持たないのと、そもそも相手が近い為、勢いよく飛び出す必要がないからだ。
「近接防御武装、稼働最大。後部格納庫扉、開放。ミウ、雪華、キャンディの順で発進。You have control.」
『I have control. Cleared for take off. ミウ、スターノヴァ・プリムラ、出る』
大きく開いた後部ハッチから、全長20m、淡い赤に塗装された戦闘機が飛び立つ。
『アイ、ハヴ、コントロール! 雪華! スターノヴァ・シュンラン! 出るわ!』
『あい、はぶ、こんとろーる! キャンディ! スターノヴァ・オキシペタルム! 行きます!』
続けて同じように淡い碧と蒼の戦闘機も飛び立って行く。
3機は一旦ウィスタリアのCIWSの射程外まで離れた後、横に広いV字編隊を組み、ウィスタリアを追い越して行く。
編隊の左前、ミウの駆るスターノヴァ・プリムラはスターノヴァ型で最も標準的な機体だ。火力、速力、機動力、防御力のバランスが良く扱い易い。
機首に搭載された速射魔力砲で小型艦艇を、機体側面に搭載された2門の集束型魔力砲で大型艦艇を撃破出来る。
編隊の右前、雪華の乗るスターノヴァ・シュンランは加速性・機動性に優れた機体だ。武装は機首下及び機体側面に搭載された大型速射魔力砲3門で、一発の威力より手数を重視した装備だ。
そして、編隊中央後ろに位置するのが、キャンディの操るスターノヴァ・オキシペタルム。他の2機に比べ速力と機動性に劣るが、火力、防御力は他の2機の追随を許さず、遠距離砲撃の為の索敵、捕捉能力も高い。機首下の大型拡散魔力砲で近距離の相手を一掃、機体側面に2門搭載された大型集束魔力砲で機体前方一直線上の相手をまとめて撃破する。
しかし、オキシペタルムのその火力をもってしても、この数の差は如何ともし難い。精々道を作るのが精一杯だ。
しかも、オキシペタルムの武装は強力な分、再充填時間が長く、連続で発射する事は出来ない。
その隙を狙って、相手艦隊の小型挺が特攻を仕掛けてくるが、それはプリムラとシュンランが迎撃している。
『うわぁ! 大丈夫だってわかっていても、気持ち的には落ち着かないよね!』
『ほらキャンディ! もう一息だから頑張りなさい!』
弱気が顔を覗かせたキャンディを雪華が叱咤激励する。
そろそろ3人共、身体的にも精神的にも疲労の限界に達しつつあるだろう。さっさとこんな戦いにケリを着けて、3人を休ませてやりたい。
だが、これから俺のやる事に気付いたら、無理をしてでも止めに来るに違いない。念の為に一つ細工をしておくか。
俺は彼女達に分からないように、彼女達のスターノヴァの制御システムに、ある命令を送った。
「よし、充分だ。後は俺に任せて3人共離脱してくれ」
『まだ、いける。もう少し、大丈夫』
「駄目だ。これ以上は巻き込まれる危険がある。3人のスターノヴァでは耐えられない。これは命令だ。離脱しろ」
『……了解。離脱、する』
『コウ、気を付けて……』
『コウさん、待ってるからね!』
3機のスターノヴァは相手艦隊を抜けて離脱していく。
「さて、仕上げといくか」
俺はパネルを操作して、相手艦隊旗艦と思しき大型艦にウィスタリアの進路を向け、同時に、ウィスタリアの主動力源である時流エネルギー変換炉、クロノリアクター(Cリアクター)の安全装置を解除、過剰稼働させる。
クロノリアクターが暴走を始めた事を確認してから、俺は格納庫へと走る。そして俺の専用機であるプロトノヴァⅡへと飛び乗る。
「Cリアクター、EMリアクター、機体制御システム、起動。外像投影開始。DSFジェネレータにCリアクターからのエネルギーライン接続」
3機のスターノヴァには搭載されていない試作型の小型Cリアクターと次元遷移フィールドジェネレータ、そして、スターノヴァの本来の動力源であるEMリアクターを起動してその時に備える。
魔素魔力変換器、エーテルマナリアクターは、3次元空間に漂う魔素、エーテルと呼ばれる波動粒子を取り込み、魔力、マナと呼ばれる精神感応性粒子に変換、装置に組み込まれた魔術的回路により、重力制御による飛行や魔力砲による攻撃、攻撃からの防御に使用する。
但し、EMリアクターが稼働出来るのは3次元空間のみ。時間軸が固定されていないとエーテルを凝集する事が出来なくなる為だ。
だから普通のスターノヴァでは、高次元航行を可能にする次元遷移フィールドを展開する事は出来ない。展開した時点でフィールド内のエーテルしか利用出来なくなり、すぐにEMリアクターが機能停止してしまうからだ。
取り敢えず、リアクターの仕組みはこの際置いておくとする。今、重要なのは、リアクターが暴走するとどうなるか? だ。
EMリアクターの場合、急激に増大したマナが、空間衝撃波を伴って一気に拡散、つまり、大爆発を起こす。
これがCリアクターになると、途轍もない事が起きる。
Cリアクターの核に使用されている時流停滞結晶又の名を虚無結晶。
宇宙が始まる前の、時間も空間もない完全なる虚無を封じ込めたその結晶が砕け、それが解放されると、虚無という世界の傷を埋めるべく、時間と空間を含めた周囲の全てのモノがそこに殺到する。時間と空間は歪み、物質を構成する素粒子も崩壊してしまう為、全ての物質が存在を保てなくなる。そして、崩壊した物質の質量が全て光子とエネルギーに変換され周囲に放出される。そのエネルギー量は凄まじく、影響範囲にある物質は一瞬で蒸発する事になる。
その影響を避けるには、より高次元の空間で自らを包む事、つまり次元遷移フィールドが必要になる。
だが、次元遷移フィールドを展開したからといって無事に済む訳ではない。
時空間の歪曲と物質崩壊という事象の奔流に巻き込まれると、高次元空間に放り出され、時流の中を漂流する事になる。
無限に分岐する時流の中で、同じ場所と時間に戻るのはほぼ不可能。
つまり、もうミウ達と生きて会う可能性はほぼない。
それでも俺はこの方法を実行する。
それが今選べる未来の中で最善だからだ。
まあ、世界に利用されてやる代わりに、多少の奇跡は期待させてもらうさ。
ウィスタリアの制御システムに指示して、プロトノヴァⅡを斥力場射出機に移動し、射出加速度を40Gにセットして待機させる。
これが奇跡を掴み取る為の最初の一手。
射出の時を待つ俺の元に通信が入る。流石に気付くか。本来なら、俺の機体を射出して退避行動に入っている筈がそのまま突入していっているのだから。
『コウ? どうしたの? 何か、トラブル?』
ミウをよく知らない人間が聞けば、至って平然と喋っているように聞こえるが、俺にはミウが焦っているのがよく分かった。
済まないな、ミウ。ずっと一緒に生きるという約束を果たせそうにない。
どうか健やかに生きて欲しい。
奇跡が起きる、その時まで。
◇◇◇
おかしい。
本来なら、既にコウの機体を射出して、ウィスタリアは退避行動に入っている筈。
でもウィスタリアは、相手の旗艦部隊にそのまま向かっている。
何かトラブルでもあった?
焦る気持ちを抑えて、コウに通信を入れる。
「コウ? どうしたの? 何か、トラブル?」
『ザッ……ザザッ…………』
おかしい!
通信にノイズが入っている。
ウィスタリアとの通信は電磁波を使っている訳ではない。重力波のように空間そのものを伸縮させて信号を送る空間波通信。途中に時空間を著しく歪ませるものでもない限りは、空間波は阻害されない。時間軸の固定されていない高次元空間でも、通信内に組み込まれている時系列を示す信号から通信を復元しているから、反応の遅延が起こる事はあってもノイズが入ったりはしない。
そんな通信にノイズが混じる。
それはつまり、著しく空間が乱れている証。
「コウ、応答して。コウ!!」
焦燥感に包まれた私は、思わず声を荒らげてしまう。
『……ザッ……そんなに声を荒らげたお前は初めてだな、ミウ……ザッザザッ……』
「コウ!! 何が、あったの!?」
嫌な予感が急速に膨らんでくる。絶対、良くない事が起きてる!
『時間が……ザザッ……から、手短に……ザッ……』
「コウ!? 今、行くから!!」
『ザッ……来るな。これは俺が視た中で一番いい未来……ザザザッ』
「コウ!!」
急いでプリムラを反転させようとする私。だけどプリムラは私の意思に反してそのまま飛び続ける。
「何で!? どうして!? お願いプリムラ!! 私はコウのところに行かないといけないの!!」
ガチャガチャとハンドグリップを操作するが、反応はない。
その時、ヘッドアップディスプレイの隅の表示に気が付いた。"AUTO PILOT"。
「自動操縦なんて、設定してないのに!? 早く、解除しないと!!」
ハンドグリップの傍に付けられているキーを叩き、自動操縦を解除しようと試みるが上手くいかない。
「どうして!? どうしてよ!? コウ!!」
どうしても解除出来ず、力任せに拳をキーに叩きつけた。
そして、外の様子が投影されている操縦席の内壁に縋り付き、少しでもウィスタリアを見ようと後ろを振り返る。強化された私の視覚でも見える訳ないのに。
『ミウ、よく聞いて……ザッ……遺跡を探……ザザッ……次元ビーコ……見つけ……ザザザッ……すれば、お前の元に帰られる。頼ん……ザザッ……』
「コウ!? お願い!! 返事して!! コウ!!」
その直後、遥か後方に見える相手艦隊から漆黒の球体が拡がり、そして閃光と共に全てが消えた……
「コウ……ずっと一緒に……約束した……いやぁ…………嫌ああああっ!!」
◆◆◆
ミウとの通信が途切れた時、俺は俺の身に宿る能力で、今がその時だと分かった。
「プロトノヴァⅡ、射出!! ぐうぅぅっ!!」
普通の人間ならとっくに死んでいる加速が俺の身体をシートに押さえつける。
1秒で空気の壁を突き破り、ウィスタリアを飛び立った直後、ウィスタリアの機関部付近から漆黒の球体が出現し、急激に拡がる。そして、その漆黒の球体に向かって全てのモノか流れ込み始めた。
まず、周りにある空気が吸い込まれ始め、相手艦隊の小型挺も一緒に吸い込まれ始める。そして発生した凄まじい乱流により、大型艦もバランスを崩し、互いに衝突を繰り返しながら吸い込まれていく。
一歩間違えば激突して終わりかねないその中を、まるで道でもあるかのように、俺は真っ直ぐ天空を目指す。
不意に速度が落ちる。虚無に時空間が喰われ始め、周囲の時空間が歪み始めたのだ。このままでは俺も虚無の餌食となる。
「出力リアクターをCリアクターに切り替え。DSF展開。姿勢制御。いくぞ! "未来視"!!」
"未来視"。それが俺の身に宿る能力。
これからあり得る未来全てを視るこの能力は、無制限に使うと、そのあまりに膨大な情報量により、脳神経が焼き切れてしまう。それは強化された脳を持つ俺でも同じ事だ。
だから、対象や条件を限定し、視る情報量を減らす事で何とか使いこなしている。
今回、設定した条件、それは、"この世界の過去に跳ぶ事"。
それが、ミウの元に戻る為の絶対条件で、この世界が俺に求めた事だからだ。
「ぐあぁっ! 流石に情報量が多い! だが! ここで折れる訳には! いかないんだ!!」
限界を越える為に死力を振り絞って探す。
「ミウ!! アイツの元へ!! ……っ!! 見つけたっ!!」
無数の未来のその一つ。俺が望んだモノ。
「姿勢制御! 仰角3! 右に2! Cリアクターフルドライブ! いっけえええっ!!」
DSFごと虚無に飲み込まれるプロトノヴァⅡ。そのまま高次元空間に突入する。
時間軸が固定されていない為、光が目に届かず何も見えない漆黒の空間。その中で俺は3次元空間にプロトノヴァⅡを復帰させる為の手順に入る。
「相対時流速-33! 時流同調開始! -25! -18! -12! -7! -4! -2! -1! 現界!!」
開ける視界。まず目に飛び込んできたのは天空の蒼。目を下ろすと何処までも続く白亜の雲海。
そして、その雲海から天空に突き出た岩の柱。
その柱の上部中心には穴が開いており、そこから止めどなく水が湧き出し、穴の周囲に海を形作り、そして柱の周囲へと流れ落ちている。流れ落ちた水は途中で霧と変わり、雲海へと消える。
この柱こそがこの世界の大陸。この世界に生きるものは全てこの柱の上で暮らし、生を営んでいる。
「どうやら、最初の奇跡は掴み取れたようだな……」
ここから、ミウの元に戻る為の戦いが始まる。
◇◇◇
「コウ……一人は……嫌だよ……コウ……」
あれから3日経った。
あの翌日。私、雪華さん、キャンディの3人は、コランド王国の南、ラロトゥーニュ選王国首都のあるイングリッド王国の都市、ベルキットへと来ていた。
正確には、雪華さんに連れて来られた、だけど。
ここは私とコウがこの世界に来て初めて立ち寄った街で、雪華さんやキャンディと出会った街でもある。
ベルキットはラロトゥーニュ選王国内でもイングリッド王国内でも西部に位置し、山岳地帯の只中にある。この山岳地帯には良質な金属鉱石を産出する鉱山が複数あり、金属精錬や運送の為に山から流れ出る川の傍に作られた都市がベルキット。
ここに連れて来られた理由はいくつかある。
1つ目は、鉱山の多いこの場所ならスターノヴァを隠しやすい事。
コウの行動により帝国艦隊はほとんど壊滅した。けれど同時に、地上にも甚大な被害を及ぼした。大地は大きく抉り取られ、人の住める場所も大きく減じる事になった。当然、主謀者の捜索が始まるのは自明の理。そこで雪華さんは、戦場から離れたベルキットに戻り、スターノヴァを隠す事にしたという事した。
2つ目は、生活費の工面がし易いという事。
鉱山以外にもベルキットの周辺には"遺跡"というものが存在する。約5000年前に栄えたという古代魔工文明の遺跡。現在より高度なEMリアクターを使った機器が眠っていて、当然ながら高く売れるので、生活費を工面しやすいという事だった。
3つ目の理由は、2つ目の理由と似ている。遺跡から入手出来る機器からスターノヴァの交換部品を入手したいという事。コウが消え、ウィスタリアがなくなってしまった事で、スターノヴァのメンテナンスの方法がなくなってしまった。
4つ目は、2つ目と3つ目の理由から、身を隠しやすいという事。遺跡を探索して生活の糧を得る者を、"トレジャーハンター"、"ルインハンター"、略して"ハンター"と呼ぶが、ハンターには訳ありの人間も多い。困った事情を持った人間が紛れ込んで隠れるにはうってつけだ。
この世界に来た当初、私とコウもハンターをしていた。身分の貴賤を問わずに、犯罪者として登録されていなければ簡単に身分証明を手に入れられ、活動資金も得られるハンターという職業は、この世界での身分のない私達には都合が良かった。
その活動中、遺跡の中で窮地に陥っていた雪華さんとキャンディをコウと私が助けた事が2人との出会いだった。
そして私達と雪華さん達はパーティーを組み、数々の困難を協力して乗り越え、互いに信頼を得、そして私達は雪華さん達に自分達の素性を明かしウィスタリアに招待した。
最初2人はとても驚いていたけど、すぐに馴染んで、特にキャンディは、この世界の水準を遥かに越える技術の数々を、目を輝かせて学んでいた。さすが選王国国立アカデミーを飛び級して史上最年少首席で卒業しただけはあると思う。
そしてあの日、最初は様子見をしていたコウが、急に自分達で帝国艦隊の足留めに行くと言い出した。
多分、コウの特別な能力、"未来視"で何かを視たのだと思う。
私達には「足留めするだけでいい」と言っていたけれど、今思えば、あの時からこの結末になる事をコウは知っていてその未来を選んだ筈だ。
それに思い至り、私の目から涙が溢れ、胸が絞られるように痛んで苦しくなった。
それを雪華さんに訴えると、それは"悲しい"と"寂しい"という感情なのだと教えてくれた。
以前、コウは言っていた。「自分の手の届く限り、知り合った人達に"悲しい"や"憤り"という感情を味合わせない為に、俺は時と世界を越えて旅をしている」と。
初めてその感情を覚えて、その言葉の意味がようやく分かった。
こんなに苦しい気持ちは、誰も味合わない方がいい。
そうか……それを私に分からせる為に、コウはこの未来を選んだんだ……
そして私はそれから泣き続けた。
悲しくて、そして、悔しくて……
私がもっと強ければ、もっと努力していれば、コウはこんな未来を選ばなくてもよかったのに、コウがいなくならなくてよかったのに、と。
「ミウ、少しは落ち着いた? ご飯、持ってきてあげたから食べなさい。もう3日も食べてないんだから、倒れちゃうわよ?」
「そうだよ。ミウちゃんが倒れちゃったら、コウさんが悲しむよ?」
宿の部屋で膝を抱えて泣き続ける私の所へ、雪華さんとキャンディが食事を運びながら入ってきた。
私を世話してくれる2人の言葉に、私は頭を振った。倒れたっていい。コウのいない世界にいる意味なんてないのだから。
雪華さん、一つ溜め息を吐くと、おもむろに言葉を続けた。
「ミウ、あなた、コウが死んだと思ってる? あたしはそうは思わない。コウはそんな簡単に諦める人じゃないわ。コウと最後に話したのはあなたよね? 思い出して。コウは何て言ってたの? きっとそこに、大切な事がある筈よ?」
雪華さんのその言葉に、私は顔を上げた。
コウとの最後の通信。記録がプリムラに残ってる。
スターノヴァ自体は廃坑に隠してあるけど、足になるものがないと不便だから、スターノヴァのコアユニット兼脱出挺であるスターライトを分離して街まで乗り付けていた。今は街の駐機場に預けてある。宿からなら通信が届く筈。
私は右耳の辺りに手を翳し、中指で何かを押す仕草をしながら呟く。
「音声command。System、80時間前からのMISE‐Kとの通信Logを表示」
すると、目に見えている景色に重なって、半透明の四角いウィンドウが開いて、何かの文字を羅列していく。
私、雪華さん、キャンディはある装備を不可視化して頭に着けている。
Multipurpose‐Information‐Support‐Equipment。多目的情報支援装備、MISEと呼んでいるその装備は、私の音声命令に従い、あの時通信した音声ファイルの一覧を表示した。
「音声command。System、音声ファイルNo.382以降をplay。playした音声をMISE‐S、MISE‐Cにも転送」
少しして、あの時の通信の音声が再生され始める。
ちなみに、MISE‐Kはコウ、MISE‐Sは雪華さん、MISE‐Cはキャンディが身に着けている物を指している。
『コウ? どうしたの? 何か、トラブル?』
『ザッ……ザザッ…………』
『コウ、応答して。コウ!!』
『……ザッ……そんなに声を荒らげたお前は初めてだな、ミウ……ザッザザッ……』
『コウ!! 何が、あったの!?』
『時間が……ザザッ……から、手短に……ザッ……』
『コウ!? 今、行くから!!』
『ザッ……来るな。これは俺が視た中で一番いい未来……ザザザッ』
『コウ!!』
『何で!? どうして!? お願いプリムラ!! 私はコウのところに行かないといけないの!!』
『自動操縦なんて、設定してないのに!? 早く、解除しないと!!』
『どうして!? どうしてよ!? コウ!!』
『ミウ、よく聞いて……ザッ……遺跡を探……ザザッ……次元ビーコ……見つけ……ザザザッ……すれば、お前の元に帰られる。頼ん……ザザッ……』
『コウ!? お願い!! 返事して!! コウ!!』
音声ファイルが終わる寸前の、コウの最後の言葉。あの時は気が動転していて頭に入って来なかったけれど、これは!?
私、馬鹿だ……コウがきちんと言ってたのに……私に"頼む"って言ってたのに……
「ほら!! コウが言ってるじゃないの!! あなたに頼むって!! こんなとこで悄げてる場合じゃないでしょ!!」
「そうだよ!! 早くコウさんが帰ってこられるように頑張らないと!!」
キャンディの言う通りだ!! 早く遺跡に行かないと!!
私はベッドから飛び降りると、そのまま部屋の外へ駆けていこうとして……倒れた。
「遺跡に……行かないと……コウが、待ってる……」
「ばかっ! 何言ってるの! そんなヘトヘトな身体で行けるワケないでしょ! まずはご飯食べなさい!」
「それにしっかり休んで、ちゃんと準備してからだよ! そんなので遺跡行っても何も探せないよ? その"ジゲンビーコ"が何かもわかんないし」
2人にベッドに連れ戻されると、雪華さんからシチューの入った器を渡された。確かに2人の言う通りだ。満足に動けない身体で遺跡に行っても何も探せない内に帰ってくる羽目になる。
私は受け取った器の中身を食べ始める。
しばらく何も食べていなかった私を気遣って、ほどほどの量に抑えてくれてあったシチューを食べ終わると、猛烈な眠気が襲ってきた。
「ミウ、今は眠りなさい。起きたら遺跡探索の作戦会議よ? あたし達も協力する」
「わたしだってコウさんに会いたいんだから、いっしょに頑張ろう?」
「ありがとう……雪華さん、キャンディ……」
そのまま私は眠りに落ちた……