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VS勇者×100 ~絶望の勇者と希望の魔王~  作者: 雪中餡
小さな魔王編
5/29

魔王の販売戦略

「それで出来たのが、『これ』という訳か」


「左様でございます。魔王様」


 ふうん。と、魔王は手の中の小瓶を眺めた。

 小瓶には、『睡眠打破Σ』と書かれている。


「ドリンク……のようだな」


「はい。手軽さ、即効性を考えると、

 飲料として体内に取り込むのが最適かと思いましたので」


 カキュッと蓋を捻って外し、煽ってみる。

 何やら薬臭い匂いが鼻孔をくすぐり、

 普段愛飲しているイチゴ牛乳とはまた違った、嫌な甘さが舌に残った。


「……不味いな」


「これでも苦労して飲みやすくしたのですが、

 魔王様が隠れて飲んでおられる飲料に比べると、 劣るのは当然かと」


 む、むぐぐぅ! と魔王は悔しそうに愛らしい顔を歪めた。

 おのれハルピュイアめ、目敏い奴!


「そ、それで? これを飲むと眠気がなくなるのだな」


「はい。持続時間はそれほど長くはありませんが、

 少なくとも羊のダンス程度では眠らなくなります」


 手の中の小瓶をくるくると弄びながら、まったく大したものだ、と魔王は思った。


 迅速に全てをまとめ上げたハルピュイアの手腕も凄いが、

 魔族の技術力のそれは、およそ他種族を凌駕している。

 ドワーフの精製術やエルフの薬学など、一部では劣る部分もあるが、

 やっぱり魔族は凄いのだ。

 そしてその魔族の頂点に立つ我は、とても凄いのだ、と魔王はぺったんこの胸を自慢げに反らした。


「ドヤ顔されているところ申し訳ないのですが、

 これを量産する許可をいただけますか?」


「もちろんだ。——いや、待てよ……?」


 魔王はニヤリと笑った。


 邪悪——

 というよりも子供がいたずらを思いついたかのような無邪気な笑い方に、

 ハルピュイアは何度か見覚えがあった。

 今までにこの笑顔を見た時は、魔界全土に自分の像を設置したいだとか、

 魔界全土からピーマンを撲滅しろだとか——とか、とにかく

 くだらないことを言う前振りだったのだ。


 だからハルピュイアは思った


 あっ。またこの人くだらないこと考え付いたな——と。



**********************



「おっちゃーん! 睡眠打破Σちょうだ~い!」


「あいよ! 216ギルな!」


 ここは魔界から最も近い人間の街『東端の街 アンダーテイル』

 

 人間側から見て東端であって、魔界からは西端に位置しているこの街は、

 周囲を堅牢な高い城壁で覆われた、完全な円形をしている。

 城壁の上からは兵たちが魔界に対し監視の目を光らせており、

 魔物の襲来とあらば即座に部隊を展開する手はずとなっていた。

 魔族側からすると結構ザルだったりするのだが、

 人間族の第一防衛ライン、それがこの街の役目だ。

 

 そんな人間族に取っ手重要なこの街で、あるものが大流行していた。

 

 フードで身を隠した怪しげな商人が大量に持ってきた『睡眠打破Σ』である。

 そこかしかの道具屋に、これを求める兵士たちが殺到しているのだ。


「——うむ!」


「うむ! じゃないですよ魔王さ……マオちゃん! 

 折角作った睡眠打破Σを人間におろしてどうするんですか?」


 道具屋を眺めながら睡眠打破Σの売れ行きに満足気に頷く小さな人影と、

 それを見てがっくりと肩を落とす背の高い人影……、

 ローブで姿を隠しているが、魔王とハルピュイアである。


「ふっふっふ。教えてやろうハルピュ……ハルちゃんよ。

 それは金を稼ぐためだ!」


「はぁ。それはそうでしょうけど」


「やはり我の読み通りだったな。多くの兵士が常駐じょうちゅうするこの街でなら、

 眠たいけど寝れない……! だって仕事だもの!

 そんな悩みを抱えた兵士どもに睡眠打破Σがバカ売れすることはまさに必然!」


「マオちゃんに商才があるのはわかりましたから。それで、何故お金を稼ぐんです?」


 興奮して饒舌に話す魔王とは対称的に、テンションの低いハルピュイアが尋ねた。


「それはだな、ハルちゃんよ。当ててみるがいい」


 うざっ。と内心思いながらそれを隠そうとして、全ては隠しきれなくて、嫌そうな顔をしたハルピュイアが投げやり気味に口を開いた。


「お菓子を買いあさる」


「なっ! その手があったか!?」


「ありませんから。もう面倒なんで答えを教えてください。

 でないと、ベッドの下に隠してあるお菓子、残った羊の餌にしますよ?」


「や、やややヤメロォ! お、お前は悪魔か!? 

 よもや我の命にも等しい宝の山を家畜の餌にするなどと……!」


 ローブに隠れた小さな体から魔力が膨れ上がった。

 

 暗黒大陸の魔法都市で、尋常ならざる魔力を察知した大賢者が、

 国の有識者を集め緊急会議を招集した。

 だが、アンダーテイルには脳筋タイプの兵士しかいなかったので膨大な魔力に気付かなかった。

 

 というかお菓子と同程度とか、魔王様の命ってやっすいですね。とハルピュイアはほくそ笑んだ。


「冗談ですよ。ほら、アイスクリーム買ってあげますから、早く教えてください」


「えっ!? ほ、ほんとだな!? 女に二言はないな!?」


「ありませんから、ほら早く」


 目を輝かせた魔王は、

 ハルピュイアからカップに入ったアイスクリームを受け取ると、

 嬉々として語りだした。


「お金を集める理由はだな……あっま! 

 勇者たちっていく先々で買い物をして装備を整えるだろ? うっま!

 だから先回りして全ての装備を買い占めておいてだな……おかわり!」


「なるほど。せこい割には効果があるかもしれませんね。おかわりはダメです。お腹壊しますからね」


 再び小さな体から魔力が溢れた。

 

 巨大な山の火口で、太古の昔、神によって封印された魔神が、

 強大な魔力の波動に影響を受けて目覚めた。


「じゃあ、ハルちゃんは先に帰っていてくれ。

 折角侵入に成功したのだ、我はもう少し人間どもの街を視察してから帰るとしよう」


「ダメです。そんなこと言って、お菓子買って帰る気でしょう?」


 人類史に残る、如何なる偉大な魔法使いも遠く及ばいほどの魔力が、

 小さな体から放たれた。

 

 その時、魔物すら到達できない遥かな深海の奥底で、

 神すら恐れた原始の存在が咆哮をあげた。


「いちいち怒らないでください。ほら、そろそろ帰りますよ」


 魔王は、未練たっぷりといった目を道具屋の店先に並ぶ色とりどりのお菓子に向けたまま、ハルピュイアに引きずられていった。

 


 その翌日。

 

 魔界から密かに、人間にほど近い姿のものたちが人間界との国境を越えた。

 そして彼らは、行く先々の街や村から武器と防具を買いあさったのだった。

 

 

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