魔王さんと羊
「えー……。つまり……、人間どもにはあったわけだな。隠し玉が」
「はい。まさか羊のダンスにあんな効果があるとは」
ハルピュイアは遠征から3日後、何故か羊を大量に連れて帰ってきた。
魔王が理由を聞くと、ハルピュイアは珍しく苦い顔をして状況を説明しだした。
曰く、勇者一行(800人と500人)を見付けて空から強襲をかけたら、
突然羊たちがダンスを踊り始めたそうな。
曰く、その踊りを見た魔物たちの多くが突如として眠りに落ち、
落下していったそうな。
曰く、獅子奮迅の働きを見せたハルピュイアと残った戦力で、
眠った魔物どもをたたき起こし、件の羊を拉致してきたということだった。
「それで、この羊の大群なんだな」
「そうです。今後対策をたてるためにも、
あの不思議な踊りを研究する必要がありましたので、連れ帰りました。
帰路の途中、ドラゴンやグリフォンが我慢できずに
その……ちょっと摘まんでしまったので、数は減っていますが」
魔王の玉座の間は広い。
その広さたるや、人間どもが興じる『やきゅう』が余裕で出来る程の広さだ。
現在その空間には、羊が好き放題うろついていた。
「で、なんでお前はわざわざここまで羊を連れて来るかなあ……」
「戦利品ですので。魔王様に献上するのが当然かと」
ハルピュイアは変なとこで真面目というか何というか、
あれなんだよなあ。と魔王は思った。
まあ、大した被害もなく勇者一行の戦力? を減らせたのだ。
今回はこれで良しとしよう。
問題は——、
「メエエエエエ! メエエエエエエ! ンメエエエエエエ!」
この羊をどうしようかということだ。
「会議だ」
「え?」
「会議だ!」
こうして第一回羊をどうしよう会議が開催されることとなった。
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「あのー。ちょっと状況が掴めないのですが、
これは一体どういうことでしょうか?」
あっちをウロウロ、こっちをウロウロしている羊を目で追いかけながら、
暗闇に浮かぶ一つ目の悪魔、ベアードゥが言った。
説明用に、羊を数頭、会議室に連れてきているのだ。
「ハルピュイア、説明を頼む」
「はい。前回の勇者対策会議で決めたとおり、
私は飛行可能な魔物を率いて勇者一行に戦いを挑み——」
メエエエエ。ンメエエエエエエ。
ハルピュイアの声は、羊の鳴き声に阻まれてほとんど掻き消された。
パチン、とハルピュイアが指を鳴らすと、羊から声が消えた。
鳴いているのに、音だけ聞こえない。
「これでよし——。私率いる航空戦力は、
その多くがこの羊によって無力化されたのです」
破顔して羊を撫でていた雪女の双子が、ピタリとその手を止めた。
「ど、どうやって?」
「羊飼いと呼ばれるものの能力で、羊を操ったみたいですね。——このように」
再びハルピュイアがパチン、と指を鳴らすと
何かに憑りつかれた様に羊が踊り出した。
と、会議の間に集まった、列強の内の何名かが机に突っ伏した。
まさか即死の呪いの類か!? と緊張感が覆うのもつかの間、
なんとも緊張感のない寝息が会議の間に響きだした。
「理屈はわかりませんが、この羊たちのダンスには
眠りを誘発する力があるようです。
流石、ここには耐性が強い方が多いようですね」
再三ハルピュイアが指をパチンと鳴らす。
即座に羊の不思議な踊りが止まった。
「お手数をお掛けしますが、眠ったものを起こしていただけますか?」
気持ちよさそうにいびきをたてているものを、
各々が揺すったり、燃やしたり、爆発させたりして起こした。
「ボスや中ボスを経験したことのある皆様方には効かない睡眠誘発ダンスも、
耐性を持たない多くの魔物たちにとっては脅威となります」
ボスや中ボスというのは、魔界用語である。
魔界に至るために登らなければいけない山の山頂や、洞窟の出口付近など、
主に嫌がらせ目的で勇者を待ち構える役割のことだ。
基本ボスや中ボスは単独で勇者一行と戦うことになるので、
麻痺や魅了、眠り、混乱などの耐性が高くなければ務まらない。
魔王含めて、ボスを経験したことのあるもの以外の、
特に耐性を持たないものたちがみな一様にハルピュイアの言葉に頷いていた。
戦闘中にバッドステータスを付与されることは、ほとんど死と直結なのだ。
「それで……、どうしましょうか、魔王様?」
「へっ? わ、われか?」
ハルピュイアから突然話しを振られて魔王は狼狽した。
何かいいアイデアが浮かばないものかと目を閉じて逡巡する。
と、閃いた! とばかりに目を見開いた。
「大陸にいる全ての羊を捕獲しよう!」
「全ての羊を捕まえる頃には、勇者一行が魔王城まで辿り着きますが、
よろしいですか?」
あっさりとハルピュイアに否定され、魔王は苦い顔をした。
「だ、誰か意見のあるものはおらんか?」
魔王は前回の会議で、困ったら他人任せにすることを覚えた。
味を占めた……ともいう。
「よろしいでしょうか?」
手を挙げたのはダークエルフとクラーケンのハーフであるスプライトゥーンだ。
「うむ。申すがいい」
精一杯の威厳を醸し出しながら魔王が言った。
両腕をくんで、顎をグイッと引いている。
引きすぎて、後ろに倒れそうになったのをハルピュイアが無言で支えた。
「は! 睡魔を抑えるマジックアイテムを作成し、
それを配布するというのはどうでしょうか?」
「ハルピュイアよ。……どうだろうか?」
キリッ! っと表情を引き締めると、魔王はハルピュイアに顔を向けた。
「過去に勇者や仲間たちが持っていたマジックアイテムのなかに、
そういったものがあったと記憶していますが、難しいでしょうね」
「ほう。何故だ? 宝物庫に保管してあるものを複製するだけであろう?」
「そう簡単ではないのです。マジックアイテムの作成には時間と労力、
あとお金がかかるのですよ?
まあ、魔王城で使用されている用途不明金を削れば何とか捻出できるでしょうが……」
「い、いかん! この話はなしだ! 別のものを考えよう!」
用途不明金は、人間の小国の国家予算くらいの額がある。
その内訳は、実のところほとんどが魔王のお菓子代なのだ。
「いえ、着眼点自体は素晴らしいと思います。
なので、高価かつ永続的な効果を持つマジックアイテムではなく、
安価で、短時間でも効果のあるマジックアイテムを作成するというのはどうでしょうか?」
「うむ。我はそれでいいと思うが、他にアイデアのあるものはおらんか?
……おらんな。では、そういう感じで頼むぞ! 我が下僕ハルピュイアよ!」
良い感じにまとめようとした魔王だったが、
——メエエエエエエエエエ! ンメエエエエエエエエ!
その後ろを声を取り戻した羊が通っていった。何ともしまらない。
——そうだ。羊の処分を考えていなかったな、と思い魔王が周囲を見渡すと、
涎を垂らしながら羊の姿を追っている配下の姿が目に入った。
——よし。
「では、会議はここまで! 今からジンギスカンパーティーだ!」
凄まじい歓声の中、第一回羊をどうしよう会議は幕を降ろした。