嫌な思い出
「おら!! サンドバック、さっさと立てよ」と腹を蹴り上げているその男は、顔立ちこそいわゆるイケメンルックだが底意地の悪そうな顔つきでニヤニヤ笑っている
周囲にはおべっか使いと思われる複数の生徒が周りを取り囲んでリンチ状態になっている
全身傷だらけになっているだろうその男は、良く言えば優しげの童顔、悪く言えば気が弱くて何も出来なさそうなそんな顔つきの男が助けを求めるように視線を這わせている
現場をしばらく見ていた俺に気付いた神埼幸子は「どうしたの? ああ、廉也の奴ね」と不快そうな表情で吐き捨てた。「彼を知っているのですか?」と質問すると、彼女は「ええ、名門倉橋家の御曹司、廉也君でしょ? この世界では有名よ? ただ生まれた家を鼻にかけてやりたい放題、姉が生徒会長を勤めて注意はしているんだけどね~」とはぁ~とため息をついた
そしてこちらに振り返ると、「あまり立ち止まっていると鬱陶しい状況になるから、行くよ二郎君」と言われたので「ええ、解かりました」と答えた。なるほど・・・・・・・ あんまり性質の方は変わってないわけなんだな・・・・・・・・・
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ハルタダは幼少より霊力がほとんど無く、両親からは失敗作と罵られ続けていた
霊力とは人間が普段から持っている力で、資質によってその力の強弱は殆んど決まると言われている。良く魔力と言う言葉が使われるが、厳密に言えば魔力はその字が記す通り魔の力、悪魔の力だ。天使は神の法を行使する力から法力、ちなみに怪物が持っている力は妖力だ。霊力や妖力の遥か上位が魔力や法力
1歳上の姉はまさしく天才とも言うべき素質と膨大な霊力の持ち主だった。勉学も優秀にして術式も豊富に覚えており、8歳で簡単な任務は両親から任されるようになっていた。一方1歳下の弟の廉也も既に末端の組織構成員程度の霊力を保有していて、俺が居なければ将来の家督継承者なのになと両親から言われていた。俺はいつまで経っても一般人程度の霊力しか保有していないので、家中の恥さらしとして離れの一画に閉じ込められていた
そして7歳になった頃、両親から呼ばれた俺が居間に行くと分家や強面の人達も大勢居た
座るよう促されたので座ると、まず父である惣一郎から「お前の才能の無さは正直あきれ返った。だがな、だからと言って追放するわけにもいかん。確かに他所の家でも本家に生まれながら才の無い者は分家として自由にやっている者はおるが、それでもその者達は力を持って程度の差こそあれ活躍している」、「でも」僕だって、と言いかけたところで「黙れ、最後まで決定を聞け」と言われて口をつぐんだ
「じゃが我等歴史ある、二大家の一つと言われる我等から、何の取り得も無い一般人以下のゴミが生まれたというのは我慢が出来ん。あの薬師寺の女狐になんと言われるか」そう言うと興奮しているのか息が荒くなった
「じゃからお前は今日から病死になってもらう。どこぞに捨てても良いのじゃが、お前の口から情報が漏れるかも知れんしのう」、その言葉を聞いた時にはハルタダは信じられないというような表情をした
「お、お母さん」と手を伸ばそうとすると母の由紀子は「触らないで!! 汚らわしい」と拒絶され、姉の美樹からは「ゴミはゴミ箱に捨てるのは当然」と興味なさそうに言い放ち、弟の健也からは「兄ちゃんはうちの恥さらしだ」と激高したかと思うと家の特徴である火の霊術の初級である火球を放った
ハルタダはあまりの出来事に身動きが取れずにまともに喰らい、高級であるがゆえに頑丈な窓ガラスを突き破って外にまで吹っ飛ばされた
惣一郎は自分や分家が連れてきた使用人に向かって「始末しろ」と命令し、一斉に追跡を開始した
「うぅ・・・・・・ なんで、なんで僕が・・・・・」、ほぼ全身火傷の様な状態にも関わらず恐怖心から必死に走り続けた。後ろの方から「こっちには居たか?」「いや、駄目だ。くそっ!! 出来損ないだから霊力感知もまともに出来ない」という声が聞えてくる
しばらく走っていると、だんだんと意識が遠のいてきた。しまいには走る事も出来なくなり、歩くのも覚束なくなっている。そして木の根につまずいて緩やかな崖っぽい斜面を転がり落ちた
もう駄目だ・・・・・ そう思った時、一人の美人がいつのまにか横に立っていた。
「うぅ・・・・・」力が入らず呻きながらもなんとか顔を上げて女性を見た。「かわいそうに、こんな子どもが・・・・・・・」、女性は哀れみの言葉を発しながらこちらに近付いてくる
「た、助けて・・・・・・ 死にたくない・・・・・・」、弱った手をさし伸ばそうとしたが力が入らなかった。目の前まで来た女性がかがむと、「今日からあなたは私の息子になりなさい。あなたは私の後継者になるの、分かったわね」、そう言うとハルタダを抱えて帰途についた
それが、後の母親となる大魔女・実は七つの大罪の一つ淫欲にして唯一の生き残り、ヴァーデリンデ・フォン・ローゼン、真の名はアスモデウスと呼ばれる大王位についていた大悪魔だった
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「ま、サンドバック生徒やあの屑に思うところがないわけではないが、今の所あまり目立つ行為はしないほうが良いからな。いや待てよ? 今の連中に法力や魔力なんて解からないのか?」等と益体もない考えを巡らしていた
目の前のクラス委員の少女を見る。やはり淫魔という性質上むしゃぶりつきたくはなるが、性格や異性関係の急激な変化は好ましくはないだろう。ここは我慢しておくか
「じゃあ、私の寮、あっちだから。明日からお互いがんばろうね」
ニコッと活発そうで可愛い笑顔が向けられる
「ええ、解かりました。今日はありがとうございました。ともにがんばりましょう」
「じゃあね~」
そう言って別れた。いよいよ明日から本格的に動かなければならない、気を引き締めてしっかりがんばろうと気合を入れて学校生活に備えた