アキラ/ブレイズ・ブレイバー
スラム街の一角に、古びた街頭テレビ。
メンテナンスもロクにされず、動いているのが奇跡のようなソレは、親のいないストリートチルドレンたちには数少ない娯楽だった。
チャンネルを変えることもできないから、いつも同じようなコンテンツしか見ることができない。
それでも、子供たちは夢中になる。
辛いことを、わすれられるから。
『やあ、フレンズ!今週もリアルヒーロー・ショウタイムの時間が始まったぜ。』
ボイス・アクターの軽快なナレーションとともに、赤く角張ったパワードスーツに身を包んだヒーローが映し出される。
『今回も、ブレイズ・ブレイバーの活躍、楽しんでくれよ!』
ヒーローが誰かを助け、悪人を倒す番組が始まる。
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「はあっ、はあっ。行き止まりかっ。」
男は息を荒げ、壁を見る。
あの赤いヤツは、まっすぐ向かってくるようだ。
路地は一本道で、高い塀に囲まれている。
もはや、逃げる場所はない。
「好都合だぜ、と」
しかし、男はニヤリと笑い壁に手をつく。
その手は、まるでものなど無いかのように壁に飲み込まれていった。
規格外能力-エクストラ-。
22世紀に最初に発見された超人じみた能力。
発見から200年たった今、人類の半数が持っているとされるそれは、人類に新たな繁栄と、多くの犯罪や事故を生み出した。
壁を抜けの能力を持ったこの男のように、能力を悪用する人間は後を絶たなかった。
「さて、撒いたっと。」
男は軽い足取りで、走り出すつもりだった。
轟々と燃える炎の壁に阻まれるまでは。
「撒いた、と思ったか?」
赤い角張ったスーツ。硬質な素材であると一目でわかる光沢。
炎の壁は、このヒーローのエクストラだろうか。
男は汗をだらりと垂らし、ヒーローを見る。
「残念だったな。ここで逮捕だ。」
ヒーロー、ブレイズ・ブレイバーは男を見下ろし低い声で宣言する。
「わ、わかった。おとなしくするから炎を消してくれ」
男が白旗をあげる。
ブレイズ・ブレイバーが男に手錠をかけ、同時に炎が搔き消える。
「はーあ。俺も年貢の納めどきかぁ。」
男はぼやき、サイレンを鳴らしてやってきた警察に引き渡される。
「これで、背後が少しでもわかればいいが。」
ブレイズ・ブレイバーがボソリと漏らす。
壁抜けの男が盗んだのは、ある企業の研究成果が入ったメモリだった。
エクストラの強化に関する研究、それも非人道的な手法についての研究成果。
研究していた企業は摘発されて、研究成果も厳重に管理された上での盗難。
男は依頼されて盗みを働いたという。
誰が依頼をしたのか。
早急に調べる必要があった。
このとき、ブレイズ・ブレイバーは気づいていなかった。
自らを見つめる、女の瞳に。
「ふふっ、精々あがきなさいな。あなたの頑張りを楽しみにしているわ。」
黒いドレスの女は、黒服の男に車へとエスコートされ、その場を去った。
「ーカット!」
カントクの声が響き渡る。
今日の撮影はこれで終わりのようだ。
ふうっ、と一息ついてブレイズ・ブレイバーはヘルメットを取った。
「アキラ、お疲れさん。」
犯人役の男、ロギジーに声をかけられる。
「本当すげえよな、お前のエクストラ。特殊効果要らずだ。」
「それを言うならロギジーさんの壁抜けだって。本当にするするっと入っていくんですもん。初めはびっくりしましたよ。」
ロギジーもアキラもエクストラを持っている。
二人とも、それを仕事に活かしていた。
ロギジーのエクストラは、壁抜け。
泥棒にも向いてはいるが、それ以上に様々なドラマでの泥棒役として引っ張りだこだった。
本人曰く、犯罪に使うよりこっちの方が儲かる、とのこと。
そして、ブレイズ・ブレイバー役のアキラは炎を操るエクストラを持つ。
「いや本当、便利だと思うぜ。爆薬の使用許可とかいらねえしさ。あんなに凄え燃え方したのに綺麗なもんだ。」
ただし、アキラが操るのは熱はない見た目だけの炎だった。
「普段の生活では何の役にも立たないですけどねー。ヒーローにはさすがになれなかったし。」
「あれ、お前さんヒーロー志望だったの?」
ヒーロー制度。
増加するエクストラ犯罪に対抗するため作られた制度である。
資格制であり、ヒーロー資格保持者は調査権は持たないが、エクストラや銃火器などの凶器を用いた犯罪者に対して攻撃系エクストラ・武器による鎮圧行為が認められている。
ヒーロー制度の広報ドラマ。それが、彼らの出演しているリアルヒーロー・ショウタイムという作品だった。
「一応資格は持ってますけど、この能力じゃ犯罪者は倒せないですからねえ。」
ヒーロー資格は、主に倫理と法律の試験によって取得できる。
もっとも、ヒーローとしての活動は自己責任であり、逮捕に応じて褒賞金がでるだけである。
活動に際する怪我や死亡は一切保障されない。
強力なエクストラ犯罪者の褒賞金は、高額に登るため、一攫千金を狙うヒーローは後を絶たないけれど。
アキラは自分の能力ではヒーローのフィールドには上がれないと考えていた。
身体は鍛えていたから、アクション俳優にはなれたけれど。
ヒーロー資格は、記念メダルのようなものだろう、と思っている。
「まあ、そりゃそうか。」
ロギジーも、納得したようだった。
「ロギジーさんはヒーローになろうとは思わなかったんですか?」
「俺もお前さんと似たようなもんだよ。それこそ泥棒にしか使えねえ能力だしな。」
少し自嘲したような笑みを浮かべた。
もしかしたら、泥棒扱いとかされたことがあるのかもしれない。
自分も放火犯扱いされたことあるし。
そんなことを考えていると、黒いドレスの女性が近づいてきていた。
撮影の最後に現れた悪女役、エレノアだ。
宝石の散りばめられたいかにも悪っぽいドレスを着た彼女は、凄まじい色気を放っていた。
パーティの場でも浮きそうな派手なドレスは、しかし彼女にとても似合っていて自然だった。
「お疲れ様です、エレノアさん。」
「お疲れ様。アキラ君。今日はもう上がってもいいらしいわ。」
わざわざ連絡係になってくれたらしい。
「あ、そうなんですか。ありがとうございます。」
「で、アキラ君。今夜暇だったら飲みに行かない?」
とても魅力的な誘いだった。
アキラだって22歳の男。
年上の色気ある美人にそう言われたらうなづくしかない。
「いいですね。お店は決まってますか?」
なるだけ自然に、を心がけて確認する。
「せっかくだから、いいお店教えてあげるわ。」
なんと、エスコートしてくれるらしい。
「ありがとうございます。ではお言葉に甘えて。」
「じゃ、また夜にね。20時にセントラルパークに来てちょうだい。」
それだけ言って、エレノアはその場を離れた。
「お前、俺のこと一瞬で忘れたろ。」
ロギジーがジト目でアキラを見る。
「嫌だなあ、忘れてませんよ?」
本当はちょっと忘れていた。
「どーだか。まあ、少しは気をつけろよ?ああいう女は大体裏があるからな。」
「ロギジーさん、失礼じゃないです?」
「ばっかおめー、俺はお前より10年くらい長生きしてんだ。ああいう女に痛い目あったこともあるんだよ。」
何かトラウマがあるらしい。
「はいはい。ロギジーさんのだまされ話は今度聞いてあげますから。」
面倒なことを言い出したおっさんを宥めつつ、アキラは帰り支度を始める。後に、ロギジーの正しさは証明されることになる。
もっとも、ロギジー本人にも予想外の形ではあったが。
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「ふー。この格好で帰るのも慣れちゃったなー。」
アキラは独り言を漏らしながら、帰路を急ぐ。
ドラマ用の小道具の一つという位置付けではあるものの、当局がスポンサーをしている広報ドラマである。
使用するヒーロースーツも本物であった。
役者であるアキラも、ヒーロー資格を持っているということが大きな選考理由である。
本物のヒーロースーツは武器として扱われ、使用するヒーロー本人による管理が必要だった。
要するに、アキラ本人が所定の管理場所に運ばなければならないのである
そして、ヒーロースーツは装着したまま移動した方が運びやすかった。
だから、アキラは人気のない通りを、ブレイズ・ブレイバーの姿で移動していた。
リアルヒーロー・ショウタイムは、ヒーロー制度の広報番組であり、本物のヒーロー資格保持者が出演していることもウリの一つだった。
だから、良くあるのだ。
特に少年・少女に声をかけられることとか。
「あなた、ブレイズ・ブレイバーよね?」
今日、声をかけてきたのは。
12、3歳くらいの女の子だった。
特徴的なのは一面銀色の目。
何かのエクストラだろうか。
「ああ、そうだよ。どうかしたかい?」
アキラは役者として、ファンを大事にするタイプだったので、日ごろからブレイズ・ブレイバーとして応じる。
それが、いけなかった。
「お願い!助けて。私、追われてるの!」
「へ?」
若干間の抜けた返事をした後。
アキラは気づく。
黒服の男たちが、こちらに向かってくるのを。
あろうことか、男たちは少女に銃を向けていた。
期待を込めて自分を見つめてくる少女の目。
今にも発砲しそうな黒服たち。
アキラは、少女を抱きかかえ、走り出す。
これが、事件の始まり。
まるで、ドラマのような事件は。
少女と青年の出会いからはじまったのだ。
ノリで書いてみました。