過去
二話完結
初恋は隣の家の男の子だなんて、よくある話。
同じ年のひと月違いで生まれたわたしとジャックは、物心つく前からいつも一緒だった。一緒に遊んで、一緒に学んで、家族とよりもずっと多くの時間を共に過ごした。
黒髪と茶髪の両親から生まれたのに、きょうだいの中で一人だけ白っぽい金の髪だった彼。色の薄さは魔力が強い証だ。茶色やもっと濃い色の髪の人しかいない小さなこの町で、ジャックみたいに薄い色の子供が生まれることはとてもとても珍しい。
だけど魔力が強いからといって、魔法が使えるかどうかはまた別。きちんとやり方を教わらないと魔法は使えない。もっと大きな街ならともかく、こんな田舎の小さな村に魔法の使い方を教えてくれる人なんているはずがない。だから彼はちょっと色が薄いだけで、あとはわたしたちと何も変わらないただの男の子だった。わたしの大好きな、優しいただの男の子だった。
わたしたちが8歳になった年の、ある日のこと。
わたしは彼の手を引いて、いつもの遊び場に誘った。そこは町外れにある小さな川。ほとりにある大きな岩に並んで座って、わたしは早速靴をぬいだ。
いつもならこのまま足で水の掛け合いに発展する。なのに、今日のジャックはなぜか表情が堅い。
「どうかしたの?」
尋ねると、ユミナ、とジャックは何かを決意したような声でわたしの名前を呼んだ。
「ユミナ、話があるんだ」
「なに?」
いつになく真剣な様子に少しだけ嫌な予感がしたが、気付かないふりをして聞き返した。
「今、町に騎士の人たちが来てるの知ってるだろ」
「知ってるわよ。向こうの山に住んでたどろぼうの集団を退治してくれた帰りなんでしょ。大人たちがすっごくよろこんでたもの」
「あの人たちさ、明日の朝にはこの町を出るって。それで、――おれも、それについていこうと思うんだ」
「ついていく……?」
彼が何を言ったのかよくわからなかった。
首をかしげてその意味を考える。わたしはジャックに問い返した。
「……どういうこと?」
ジャックは少しだけためらってから、答えた。
「……この村を出て、あの騎士たちといっしょに主都に行って、魔法騎士っていうのになるための学校に入ろうと思うんだ。入学するための紹介の手紙を書いてくれるんだって。それに、その学校に入ったら助成金っていうのがもらえるらしくて、父さんと母さんの助けにもなるし」
「――いやだよ!」
考える間もなくわたしは叫んだ。
「ジャックのばか! なんでそんなこと勝手に決めちゃうの! 信じられない!」
「ユミナ、」
「ばかばか! ジャックなんてきらい!」
なんで。なんでそんな突然。ぐちゃぐちゃの感情があふれてわたしはジャックをキッと睨みつけた。
涙の浮かんだわたしの顔を見て、ジャックの顔が困ったようにゆがむ。
「ごめん……でも、もう決めたんだ」
「いや!」
わたしがいくら駄々をこねても、ジャックはごめんと繰り返すだけだった。
もう、わたしが何を言っても無駄ってわけ?
本格的に溢れそうになった涙をぐっとこらえて唇を噛み締める。
……本当は、知ってる。
ジャックの家はきょうだいが多くて、一人っ子のわたしの家よりも家計がずっと苦しいってこと。
ジャックがわたしとしか遊ばないのは、彼の見た目が他の子には近寄りがたいものに映っているからなのだということ。
ジャックが自分一人だけ髪も目の色も違う家族の中で、町の中で、いつもどこか寂しそうにしていたことも、いつか大きな街に行って魔法使いに会いたいのだと言っていたことも……8年もジャックの一番近くにいたわたしは、全部ぜんぶ知っている。
だけど、だけど。
「ジャックのばか! もうこの村には帰ってこないつもりなんでしょう! ひどい!」
物心つく前から一緒にいた幼馴染が、いつしか恋心さえ抱くようになっていた相手が、こんな形であっさりと自分を置いていってしまうということが信じられなかった。
感情にまかせて拳でジャックの胸を叩こうとしたけれど届く前に手首を掴まれて、そのままぎゅっと強く握られた。
「――帰ってくるよ、絶対。一人前になって、ちゃんとユミナのところに帰ってくるから」
手のひらと瞳の熱が、ジャックが本気でそう思っていることを伝えてくる。
信じたい。だけど、村を出て都会に行った人たちがその後ほとんど帰ってくることがないという事実を知っているからこそ、簡単には信じることができない。
「……なによ、一人前になったらって。それってどれぐらいかかるの。三年ぐらい?」
「ううん……もっと。魔法と、他にも色んな勉強をして一人前の魔法騎士になるまで……十年ぐらいはかかるんだって聞いた」
「なによ十年って! 長すぎるわよ」
ジャックの手を振り払って、わたしは震える声で叫んだ。
十年も経ったらわたしもジャックも十八歳になっている。十八歳なんて、結婚もできるし立派な大人だ。
「十年も、待ってろって言うの? この村で? わたし一人で?」
そんなのあんまりだ。ジャックの友達がわたししかいなかったように、わたしの友達だってジャックだけだってこと、誰よりもよく知っているだろうに。
だけど、ジャックの次の言葉にそんな思考は一気に吹っ飛んだ。
「……おれ、ユミナのことが好きだから。ユミナに、待っていてほしい……だめか?」
「……っ」
顔がカッと熱くなる。
そんな言い方はずるい。なんとなく知ってはいても、言われたことは一度もなかった「好き」をこんな時に使うなんて。
――そんなこと言われたら、わたしだってこう返すしかないじゃない。
だから、今まで胸に留めたまま口にしたことのなかった言葉を、わたしも口にした。
「……わかった、待ってる。わたしも、ジャックのこと大好きだもの」
さっきよりもさらに熱くなった顔が恥ずかしくて落とした視界に入った、二人分の両手。
それを、今度はどちらからともなく取り合った。
十年は、やっぱり長すぎるとは思うけど。でも会えなくたって、手紙ぐらいは書くことができるだろうから。
十年は、長いけど。だけどきっと、大丈夫。――そう、思いたい。