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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

蛇神には血と肉を

作者: 切り裂きフォックス

「はぁ……はぁ……」

 夜を駆け抜ける1つの影、その影はまさに射られた矢のごとく街道を疾走る。

 脇目も振らず、一心不乱に走り抜く。立ち止まることは決して許されない。

 男の心臓はすでに限界まで鼓動を早め、その肺は潜水直後のように酸素を求める。バクバクという音が鼓膜を衝く。

 その目は鬼灯のように赤く血走り、口は切れて一筋の血を垂らしている。

 だが止まることも休むことも彼には決して許されない。それはすなわち死を意味するからだ。

 男は追われていた。

「捕えろ!殺してもかまわん!」

 そんな怒声が背の方向より聞こえるとともに、馬に乗った数人の男が徐々に迫ってくる。

 彼らは死神だ。魂の尾を断ち切らんと各々の槍を持って駆けて来る。

(街道を抜けるのは失策であったか……)

 諦めと後悔の黒い靄が男の胸を覆い始めた。

 もう身体も限界であり、もはや失速を始めている。

 このままでは追いつかれ、無残に殺されるだけだろう。

「かくなる上は切り伏せるのみ。」

 そう呟き、腰の愛刀に手を乗せる。

 当然、1人では多勢に無勢。勝ち目など万に一つもなく、とうに死は避けられない。だが、男は1人でも多く敵をあの世に送ってやると決意した。

 犬死にしては死んでも死に切れぬ、その意地だけが男を動かす最後の力となっていた。

 奴らを1人でも殺すためにはどうしたらよいか。男は思案する。

 闘うための力は今すぐにでも空になり兼ねない。振れて三振りだろう。ならばここで玉砕するが最適か。

 否、敵は馬に乗っており、この街道では間合いには入れず、槍で一突きにされ、一振も入れられずに死ぬがおち。何も為さずに死ぬのだけは勘弁だ。

 なれば馬に乗れない屋内で戦うのが得策か。

 男はそう考え、路の先にある廃神社を目指すことにした。着いたとして振れるは二つ。一振一殺。合わせて二殺は達成しなくては。

 駆けに駆けて廃社の鳥居。もはや、敵との距離は槍2本分まで迫っている。

(必ず辿り着かなくてはならぬ!一人でも多く殺すのだ!)

 社の男2人分はある高さの石段に踏み出す頃には敵との距離はもはや槍1本半ほどになっていた。

「ぬえりゃあああああああああああああああ!」

 がくがくと生まれたての小鹿のように笑う膝を無理やり従わせ、犬や猫のように腕を地に蹴らせ、なりふり構わず四肢を以て石段を登りきる。と、同時に槍が腹を貫いた。

「ぐがああああああああああああ!」

 はらわたに焼き鏝を直に押し付けられたような痛みが走る。だが、倒れるわけにはいかない。獣のような絶叫とともに社の中に扉を破って転がり込む。

「ぐぅっ……。はぁ……はぁ……」

 焼けるような熱く荒い息を吐きながら、ぽっかりと空いた腹の孔を抑え込み、赤子のようにうずくまる。その孔からは赤くべっとりとした滝がこんこんと流れ出ている。

(う、動けぬ……このままでは……)

 とうに体力が底を尽き、もう一寸たりとも動かない。身体はもはや死に体であった。

「もはやここまでのようだなぁ。義清ぉ。」

 粘ついた嫌な声に目を上げると、そこにはにやついた顔の男が見下ろしている。

「松助……貴様……」

「そんなに睨むでくれるな。どうせもうなにもできぬ死に体の癖によ。」

 そう言うと松助は傷ついている腹を蹴った。

「げはっ……」

 息が止まる。血が逆流し口から吐き出される。

 続いて頭、腹、脚と全身に向け、何度も何度も足が踏み下ろされる。

「ほら、命乞いでもしてみろ。義清。」

 骨がみしみしと軋み、悲鳴を上げる。肉がびちびちと裂けていく。視界がぼんやりと白く染まっていく。

(こんな……ところで……)

 悔しさの炎が義清の胸を焦がす。だが、もはや目を開けていられない。全身の痛みが消えていくと同時にその意識は深く暗い闇の底へと落ちていった。



 ―――どこかで声が聞こえる。

「妾の目前で死ぬとは運のいい男よのう。今一度機会を得られるというのだからな。」

 その声は女だった。いや、ただの女の声というには憚られる声である。その声はあまりにも艶っぽく、人を毒のように蝕むのではないかとさえ思われる。

 酷く美しく、されど人に聞いてはいけないとも思わされる禁じられた囀り。伝承に聞く男を誘う鬼の声とはこういうものではないかとさえ感じられるものだ。

「妾を鬼と思うか。あまり間違いというわけではないがな。だが、あのような下賤なものと同一視されるのは不愉快であるぞ。ふむ、まあいい。状況も飲み込まれてはいないだろうしな。まずは妾の自己紹介からとするか。妾は白姫。人々に忘れ去られ打ち捨てられ神から墜ちた蛇の妖である。」

 三途の川を渡りかけているのだ。こんな不思議、不可解なこともあるだろう。俺はそう考えることにした。

「やけに物解りのよい人間であるなあ。まあ、そのほうが話も早い。妾がおぬしに言いたいことは1つだ。妾と取引をせぬか?成立すればおぬしの命を浮世に留めさせてやろう。」

 それは有り難いことではあるが、取引と言ったな。何が目的なのだろう?

「妾は妖。人の命を喰らって生きるもの。ゆえに目的はおぬしが殺した人の魂を喰らわせてもらうだけのこと。ならばお前に損はなかろうよ。」

 なるほど。しかし今俺が殺したいのは松助とその部下、計5人のみだ。その程度の数でいいのだろうか。

「心配はいらぬ。一度人を殺したものは決して人の道には戻ってこられぬ。外道を一歩でも歩けば外道からは逃れられなくなる。」

 どうやら俺が殺すのは5人ではないとみているらしい。だが、そんなことはどうでもよい。今は奴らを1人でも殺すことが先決だ。話を聞く限り俺の損はないようである。だから乗ってみることにした。

「本当に聞き分けのよい男だ。今ここに取引は成立した。さあ、殺せ。妾に血と肉を奉げよ!」

 そう女が高らかに謳うと暗闇の中から純白の大蛇が現れ俺を丸呑みした。



 目を開けると松助がまだ俺を蹴っていた。

「この裏切り者めが。逃げようなどと考えるからこうなるのだ!」

 そういって頭を思い切り蹴り飛ばそうとする。

 指が動く、腕が動く、足も、首も。俺の身体には力が戻っている。どうやら蛇の言っていたことは本当であったらしい。身体に命を強く感じられる。で、あれば当然反撃の開始としよう。

 俺は松助の軸としているもう一方の脚を右腕で掴み、引いてその身体をドシンと床に叩きつけ、その反動で松助に覆いかぶさるように起き上がる。

「ぐげぇっ……」

 潰れたヒキガエルのような哀れな声を上げつつ松助は床に叩きつけられる。肺から空気が漏れ出たのだろう。

 命乞いの時間も与える気はない。そのまま俺は空いている左手で松助の首を絞め上げた。

「ひぃ……ぐぅっ……」

 その顔には血が上り赤く茹で上がっている。その目は状況が理解できないための戸惑いと命の危機に対しての絶望が見て取れる。俺はそのまま左手に力を込め、肉に埋まった硬いそれをボキッと折った。すると松助の身体はビクビクとはねた後おとなしくなる。口からはよだれを垂らし、その身体から急速に生気が失われていく。

 左手のみで首の骨が折れた、どうやら力が増しているらしい。いや、それだけではない。ありとあらゆる感覚が研ぎ澄まされている。松助が外に待たせてあったらしい部下どもの息遣い、心臓の打つ音、体重の寄せ方まで目視もしていないのにわかるようになっている。部下2人が松助を叩きつけた音に反応し様子を伺いに来ることすら把握できてしまう。

 あの蛇もいいものをくれたものだ。

 部下2人が扉に手をかけて開く。その瞬間に俺は扉の前まで駆けつつ愛刀を抜き一振りする。刀が風を斬って更に神速い風となって一条の線となる。それでおしまい。

 2人の首は胴から切り離されボテンと落ちる。死んだ本人すら斬られたことを把握できなかったであろう。

 俺は一陣の風となって他2人も同じように頭と胴を泣き別れにする。ひどくあっけない闘いであった。

「満足である。」

 そんな声が耳朶を打った。甘い甘い蜜のような音。

「いや、満足するには早すぎる。まだまだ殺さなくてはならぬ。」

 人間生き残ると欲がでるものだ。この程度では足りない。父の仇を全て討ち取ろう。奴らの一族、女、子供に至るまで殺し尽くそう。

「やはり妾の見立て通りであった。おぬしは生粋の殺人鬼よ。」

 この蛇には感謝をしなくてはならないだろう。ゆえに殺した人間すべてをこの蛇に奉げよう。

 蛇神様に血と肉を。そのためになら悪鬼にもなろう。

 そう決意すると蛇がからからと愉快そうに笑った。     







初短編でした。できれば感想お願いします。

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