異世界転生=チート主人公 そう思っていた時期が私にもありました
村田亨は夜の道を早足で歩いていた。
というのも、歯を磨こうと思ったら歯磨き粉が切れているのに気付き、コンビニに買いに行ったのだ。
「(まさか補導されたりしないだろうな……)」
時刻は既に23時を回っている。理由が何であれ、こんな時間に警官と遭遇しようものなら……
詳しい条例など調べたこともないからよく分からないが、怖いものは怖い。
亨の影は傍らに続いているガードレールをまたいで、彼と同じペースで歩を進めていた。
左腕の時計をちらりと見る。その時だった
ファンタジーのお約束というべきなのか、悲劇は突然起こった。
急ぐあまり足元がお留守だった亨は突然体勢を崩したのだ。景色がものすごい勢いで前に流れる。
「…………ッ‼?」
息が詰まる。変な声が漏れる。
何が体が起こった痺れる何も気持ち悪い見えない指が何が動かない何が何g何が何が何が何何何n何ッ!?
一瞬で何十もの疑問が頭の中を掻き回し、何一つ処理されないまま霧散する。
「…………」
しばらくして、徐々に五感が回復していく。最初に見えたのは力無く投げ出された自分の右手と、レジ袋から飛び出してアスファルトに転がっている歯磨き粉だった。
「(……あれ……? 何で俺寝てるんだ? ああ……そうか)」
歩道に仰臥しながら、亨は何かに足を滑らせて転んだことに気付いた。
ふわり、とガソリンの臭いが彼の鼻に届いた。
「(ああ……どっかの誰かがこぼしやがったなこれ)」
横倒しになった視界の隅に写っている家の主人が、よく路上でバイクをいじっていることを思い出した。
その時、亨は気付いた。ガソリン以外の臭いがする。何やら……金臭い…………これは…………
「………………血?」
亨の意識はそこで途切れた。
◆◆◆
「んん……」
……何だ、明るい
亨は薄目を開けた。ついさっきと全く同じ姿勢で倒れていた体を起こす。
見回すと、辺り一面何もない、真っ白な空間が広がっていた。
おかしい、さっきまでは夜だったはずなのに。そうだ、俺は歯磨き粉を買いに行って、それで……
「って、ああ!?時間!」
「その心配は無用じゃ」
突然、脇から声をかけられた。見るとそこにはいつの間にか場違いなノートパソコンを載せたスチール机とキャスター付きの椅子。そして椅子に座った少女が不思議な笑みを浮かべていた。
「あんた誰だ? てか、どこから湧いて出た!」
「仮にも神をゴキブリのように扱うとは、罰が当たるぞ、小童?」
神、少女は確かにそう言った。Tシャツとショートパンツ、ダボダボのトレーナーを着た少女がだ。
「……ああ…………」
これはあれだ、痛い電波に犯された可哀想なやつだ
「おい何じゃ貴様いきなり!急に儂を痛い電波に犯された可哀想なやつを見るような目で!」
「うるせぇ人が思ったことを一字一句間違わずに抜き出しやがって!」
「はい神の裁きドーン‼」
「痛ぁッ‼」
少女が怒りの形相で亨を指さした瞬間、虚空から現れたたらいが亨の頭を直撃した。
「フン、話が進まぬではないか」
「痛てて……てめ、あんな古典的な手段を」
「じゃが、少なくとも儂が人間ではないことは分かったろ?」
正直まだ痛い子に見えるのだが、これを言い出したらそれこそ話が進まない気がする。
「で、誰だよあんた。ここはどこだ、俺は何でここにいるんだよ?」
「まあ待て、順に説明してやる」
余裕を取り戻した少女が偉そうな笑みを浮かべて足を組む。
「儂の名はライラという。カファルナウムの地を治める者。死者を導く役も担っておる」
「死者……?そんな神サマが何で俺に」
「決まっておるじゃろ? 貴様もまた死者だからじゃ、村田亨」
「へ? 死者? 俺が?」
「貴様はあの時、歩道に染みていたガソリンを踏んづけてひっくり返りガードレールに後頭部を強打。そのままぽっくり逝ったんじゃよ」
「かっこ悪!?」
「本当、貴様は何で毎回寿命まで生きることができないのか、儂の方が尋ねたいわ」
「毎回って、俺まだ1回しか死んで……いや、それも認めたくないけど」
「貴様の前世の話じゃ。例えば200年前の武士……村田亨之助は馬で小川を渡っている時に落馬、水深20cmの川で溺れて死んだはずじゃ」
「20cmの水でパ二くってんじゃねえよ俺!?てか名前今適当に考えてねえだろうな!」
「他にも1000年前の貴族、村田中将は名月を見ながら歩いていたら足を踏み外して縁側から落ちてショック死した」
「風流ですねえ中将‼」
「ま、ここいらで話を戻すぞ? とにかく最近は天寿を全うできない人間が多いんじゃ。これではせっかくの生命エネルギーがもったいない。そこで神々は考えた」
ぴっ、とライラは亨を指でさした。
「本当なら50年以上の余命を残していた死者の魂を召喚して、人口不足の世界に補充すればいいとの。これを世界間移住計画という。もっともこの案が議会で認められたのは60年前、割と最近でな。ま、ともかく」
ライラは芝居がかった咳払いをして見せた。
「”おめでとうございます! あなたは選ばれ、第二の人生を送るチャンスを与えられました!”」
「第二の……人生?」
「言ったはずじゃ。貴様にはこれから儂が治める世界、カファルナウムに転生してもらう」
「転生? まさかアレか? 唐突に魔王を倒して来いなんて言い出すんじゃないだろうな!?」
「そのつもりはない。魔族もいるにはいるがの、儂としては減少したカファルナウムの人口を補ってもらえれば、他には何も望まん。人間は奴隷ではないしの」
亨が意外そうにしていたのか、ライラは楽しそうに笑った。
「何じゃ貴様、まさか大冒険でもする気でいたのか? じゃがまあ、それも不可能ではない」
「どういうことだ?」
「こちらの都合で呼び出しておいて、タダで知らない世界に放り込むのは気が引けての。転生者にはそれなりの代価を払っておる。これを見てみぃ」
スチール机の上にいつの間にか載っていたタブレットを投げて寄越した。
何とも現代的な神々だった。
「何だ、これ」
画面には妙なものが表示されていた。何というか、RPGのステータス画面のような何かが。
攻撃力、防御力、敏捷、魔力、MP、他にも【正確無比な射撃】など、よく分からないスキルのような代物が所狭しと並んでいた。もっともすべての数値は0で、右端に97000SPと表示されている。
「SP? 何だこれは」
「世界間移住計画が成立するまでに無駄にした余命と、村田亨の余命を合わせて1000倍した数値じゃ。貴様の場合、亨之助や中将の分も加算されておる。誰でも最低50000SPは持っている計算じゃの。ああ、魔法使い目指すんなら【中級魔法技能】【上級魔法技能】のスキルを取っておかんと初級術しか使えん」
「はあ……」
亨はスキルを割り振るゲームをプレイした経験がない。やるのは『この丘からハルダウンして……って俯角が足りねえ!』というゲームだったり、『よし、もう少しで本拠点に凸れ……誰だこんな時にカメラガンつけやがったのは!?』というゲームだけで、ステ割りなどどうやれば良いのか分からない。
「(でもどこにポイントを使うかは考えた方が良さそうだな)」
全部のステータスを均等に割り振ってもいいが、プレイスタイルに合わないスキルなど取ってもポイントの無駄だ。突撃兵がショットガンよりもスナイパーライフルを優先する理由はない。
試しに敏捷のレベルを0から1に上げてみる。消費SPは10
そして1から2に上げるのに必要なSPは100
2から3に上げるには1000SP必要…………
なんでも鑑定団かこれは‼
無言でタブレットを地面に叩き付けようとした亨の右腕にライラがしがみついた。
「止せ!それ高かったんだから止めんか‼」
「何でこんなに極端に消費ポイントが増えるんだよ!」
「親切設計にしたら、儂の世界にぶっ壊れた力を持つ転生者が溢れかえってしまうではないか! ただでさえ過去に3人ほどぶっ壊れが出とるというのに!」
「くそ……」
深呼吸をして画面を見直す。とりあえず敏捷を4まで上げて、他のステータスに目をやる。
残り87000SP
「あ、儂は一応全部に均等に振るのを勧めるぞ」
攻撃と防御、MPもレベル4に上げる。残り57000SP
魔法を使うつもりはないがMPを上げたのには意味がある。画面の隅に見つけたスキル、【超加速】
「おい」
【MPを秒間100ポイントずつ消費し、発動中は1000倍のスピードで動くことができる。再使用には10秒を必要とする】消費SP35000
「(加速はロマンだ)」
「おーい」
超高速近接攻撃とか、燃えるじゃないか! どこかの仮面ライダーの戦闘っぽく、自分以外の全てがスローモーションになるんですね分かります。
半ば衝動買いだった。レベル4のMPが650だったので、6秒だけしか使えないスキルだが。
残り22000SP
残りはMPをゆっくりと自動回復するスキル、【MPリカバリー】
隠れた敵を発見する【看破】
目を強化するスキル【鷹の目】など、役に立ちそうなものを適当に集めていく。
向こうからもこちらの画面が見えるのか、突然ライラが焦った声を上げた。
「おい、加速っておま、周りが遅くなるんじゃないんだぞ? 1000倍のスピードで視界がブレまくるような、作った奴が言うのもアレだが産廃スキルだぞ! 悪いこと言わんから別のにしろ! というかステ割りの話にはまだ続きが……」
「あ、ポイントが半端に余っちまった……え? 何か言ったか?」
「もういいや、好きにしろ……」
ついでに余ったSPは料理だか何だか、とにかく面白そうだと思った物に消えた。
幼いころは外に出るよりも女の子に混じっておままごとをしていた回数の方が多いのは内緒だ。その後もスポーツよりも料理や裁縫が楽しい少年に育ってしまったのだから仕方がない。
その結果できたステータスが、
攻撃力:840
防御力:840
敏捷:840
MP:650
所持スキル
【超加速】【MPリカバリー】【看破】【鷹の目】【料理】【裁縫】【値切り交渉補助】【毒抜き】
『転生』のはずなのに、ここまでゲームのようなものを見せられると、HPという項目が存在しないのが逆に不自然に見えてきた。
「で……ライラ……だっけ、武器的な何かはどうなるんだ?」
「ランダム」
顔を背けて、早口でとんでもないことを口走る神。
「…………は?」
「だから、ランダムと言っておるじゃろ! 仮にも神々が拵えた装備品、そんな物まで転生者に選ばせたら世界のバランスが崩れかねん。故に私が適当に選ぶ、異論は認めん! 後で調整するのも面倒だからな!」
亨が何か言う暇もなく、ライラはスチール机の上のノパソのキーをダンっと叩いた。
異世界の神は、まさかのExcelを愛用していた。
「さて、と……あ…………」
ライラの表情が凍った。
気まずそうな笑みでこちらをチラチラと見ている少女を見て、亨は不吉なものを感じた。
「おい……どうしたのさ」
「一応確認しとくが……貴様、確か上級魔法とかそういうスキル、全く取ってなかったよな?」
「まあ、魔法とか使える気がしないからな」
「…………ご愁傷様、じゃ」
深いため息といっしょに、ライラは右手をこちらに差し出した。同時に亨の左腕が暖かな光を纏った。
「!」
始めは何の意味も成していなかった光が徐々に像を結んでいく。呼び声に応え、亨の左手に顕現する。
神器がついにその姿を現す!
「…………ガントレット?」
まさかの防具だった!
「【スヴァリン】、まあ……防御力はこの儂が保証する」
「防御力はって、どういうことだ?」
「神器にはそれぞれ固有能力とステータス補正があっての……」
渋々、といった様子でライラが言う。
「スヴァリンの固有能力は【死守】、あらゆる攻撃を無効化する」
「あれ? むしろ強スキルじゃないか、それ」
答えたのは乾いた笑い声だった。
「問題はステータス補正じゃよ。攻撃力を1まで減らし、防御力、魔法攻撃を減った攻撃力の数値分上昇させる。ぶっちゃけそれ魔法使い用の防具。しかも転生者は我々が調整したとしても常人よりも強い魔力を持っとるからの、多分向こうで普通の杖手に入れてもオーバーヒートさせて終わりじゃ」
「え……おい、それって」
「現状、貴様は攻撃手段を持っていない」
「詰んだ! いきなり俺の人生詰んだ‼」
「わ、儂のせいじゃないぞ! 貴様が一切話を聞かなかったせいだ!」
先程までは可もなく不可もないステータスだった亨。
before
攻撃力:840
防御力:840
敏捷:840
MP:650
この面白味のないステータスもスヴァリンの手にかかれば、
after
攻撃力:1
防御力:1679
敏捷:840
魔法攻撃:839
MP:650
なんということをしてくれたのでしょう。非常に高い防御力と引き換えに、攻撃らしい攻撃ができなくなってしまいました。
「ライラ、エクセルやり直せ! これ死んじゃうから! 俺また死にたくないから!」
「だ、大丈夫じゃ! わしは戦えと強要している訳じゃないしな! じゃあの!」
「ちょ、おま!」
視界が爆発的に白く光った。 何も聞こえない
◆◆◆
「おい、あんた! ……ダメだこりゃ、気を失ってやがる」
「ん? どうした、そんな大声出して……と、こいつ行き倒れかな?」
「いや、息はある。脈も正常だ」
「まあ、放っとくわけにもいかんわな」
「そうだな。しかし……こりゃあ……」
「ああ、『黒の民』の生き残りかな? とっくに滅んだと思っていたよ」
「にしても変な服装だな。しかもこの左手のは籠手か?」
「まあいいだろ。よし、お前は足持ってくれ」
「あいよ」
異世界ファンタジーを真面目に書いたらどうなるのかをやってみたかったんです。あとパロディになるべく頼らずにコメディを作ってみたい。
というわけで始まったこの小説。他の投稿作品みたいに1話だけ書いて放置、というのを今回はやりますん
今回の主人公は、某佐藤氏とは別の路線で書きたいと思ってるんだけど、どうしても主人公はツッコミにまわってしまう