第八話
【一時間目 魔法学の基礎知識】
「えー、おほほんっ! では、最初の問題をー……はい、サクラ様!」
「はははは、はいいぃ!」
「おほほんっ! ではお聞きします。まずは基本中の基本問題から。この世界の面積と国の数、その国々の名称をお答え下さい」
「……うえぇ?! え、えっと、確か……えーっと……」
「?」
「いや、解る! 解るんですよ? そりゃぁ、勿論解りますとも! じょ、常識ですものねぇ。おほほほほほ!」
「…………」
「あ、ちょ、ちょっとお待ちくださいませね? 今、頭の辞書を捲っておりますから! ええー、ええー、えええーと……」
「…………おほほんっ! ……もう、結構でございますよ」
「は、はいぃ……」
腰の曲がった仙人風である白髪先生の視線が痛い。
ここは王城、皇太子の勉学室。
火急の用件で呼ばれた、私達姉弟はさっそく本日から授業に付き合わされているのだったが……。
「…………サクラって頭良くないんだな……」
「……ぐっ」
あああぁ! 皇太子にまでこんな事を言われるなんて……!
皇太子を挟んで、左右に座った私達姉弟。
……ううぅ、皇太子の向こうのカオルの顔が恐ろしくて見れないわ……! 絶対に帰ったら小姑化してる! 恐いよぉ!!
そう、先程の質疑応答でお分かりかと思うが。
何を隠そうこの私。
勉学が大の苦手だったのである!!
だってさぁ、ここ、魔法の国だよ?! 前世で生きてた日本とは全然歴史や文化が違うんだもん!! 今さら新しい国とか歴史とか入って来ないよー!!
私は興味のある事には邁進するが、ない事に関しては見向きもしない!!
……別に褒められることでは無いが。お恥ずかしながら、得意だった音楽と体育は評定五、苦手だった数学と理科、社会は評定一だった。
よく、卒業出来たよなぁ、私……。
そんな遠い目をしている私の前では、先程の躓きが嘘のように、流れるように授業が続けられている。先生の問い掛けに淀みなく答えているのは……そう我が小姑、カオルだ。
「では、魔法学より。おほほんっ、この世界で使われている魔法の基礎とは?」
「はい。四大元素である火、水、風、土を基本として成り立っており、複合魔法としては氷や雷、変わったものでは泥や沼などを使う者も居ると聞き及んでいます。……例外として別格なのは光と闇で、これにつきましては、本人の潜在能力や環境、精神力が関与しており、訓練にて取得するのは困難だと言われております」
「エ、エクセレーント! ブラボー! 素晴らしい!! カオル様は皇太子様達よりも一つお歳が下なのにも関わらず、非常に優秀ですなぁ!! おほほんっ、おほほんっ、おほほんっ!!」
おほほんっ、おほほんっ、うるせーよ!!
ってか、カオルの奴うぅぅ!! 絶対私への当てつけでしょ?! そんなにペラペラ答える必要あった? 少しは姉上を立てろやぁぁぁ!
まぁ完全に八つ当たりだけど! あー、腹立つ!!
私は完全にへそを曲げて、授業を放棄した。
……まぁ、放棄しなくても、もはや私に振ろうと思う人物は誰一人として居ないようだったが。
【二時間目 魔法学における実技訓練】
「くそおおおおっ! 全然力が維持できないっっ!」
「おほほほほほ!!」
所変わって、王城にある魔法術闘技場。
私は自身の持つ風の属性を使って、文字通り髪の毛が逆立つような暴風を撒き散らしていた。
対峙する皇太子は、自分の火の属性を使って、対抗しようとするが、如何せん、風に対抗するには相性が悪い。
吹き荒ぶ強風に煽られて炎を撒き散らすことしか出来ず、苦戦しているようだ。
「おほほほほほ!! どうしましたの? そんな炎じゃあ、私にかすり傷一つ負わせることは出来なくってよ?!」
「くそおおおお!!」
「はあ…………」
私達の攻防を涼しげに見やりながら、カオルは盛大に溜め息を吐いている。三人で対峙しているので、カオルの方にも暴風がいっているはずなのだが、自分の水の属性を上手に使って、身体の周囲に水の膜を張って耐えているようだ。
「おおおお!! 良いぞ! その調子だ、サクラ嬢! うん、君は素晴らしい精神力の持ち主だな!!」
「お褒め頂き、光栄ですわ! 先生ぃぃぃ!!」
魔法体術専門のムキムキ先生に褒められてしまった。ゴリラみたいな外見をしているが、先程のおほほんっ先生よりは断然好みだ。
「おほほほほほ!!」
そう。
私は体育(暴れまくる)のが超得意なのである!! 前世には無かった魔法を使えることは凄く嬉しかったし、私の根性気合いを持ってすれば、皇太子は元より、子憎たらしい小姑すら倒すのは容易いのだっっ!!
……が、しかし。
「あ、あれ? ぐふううぅー」
急激に目眩がして、崩れ落ちる身体。
し、しまった。また魔力を使いすぎてしまった……。
私の唯一……でもないが、弱点がこれだ。魔力を持つ身体に慣れていないのか、ついつい魔力を使いすぎてしまうのだ。
「お、おい、お前っっ!」
「サクラ嬢!!」
皇太子と先生の声が遠くに聞こえる。私は暗転する視界に目眩を覚えながら、意識を手放していった……。
【放課後、課外活動】
帰宅後、公爵家にて。
「姉上、これを」
ドサドサドサ。と、私の目の前に分厚い本の山が築かれた。
「んー? ふぉれふぁ?」
私は夕食の前に、小腹が空いたので、お菓子と紅茶を前におやつタイムの真っ最中だ。
そんな私の前で、カオルが仁王立ちをしている。
……うん、笑顔が怖い。
「これは? ではありません。本日の座学での授業、あの惨状はなんですか? 正直、さほど期待はしておりませんでしたが、あれほどとは思いませんでした。……今まで頑なに私と授業を同席しなかった理由はあれですね?」
「う、うん? いやーそのー」
図星である。
公爵家での家庭学習にて、同じ教師にも関わらず、私は絶対にカオルと同席で授業を受けようとはしなかった。
だって、同席したら勉学不得意バレちゃうもん!! 先生だけなら、立場を利用して脅……いや宥めすかせるけど、カオルには絶対通用しないんもん!!
あぁ、マナーだけは、勉強しといたんだけどなぁ……。公式の場でバレなければ良いと思ったんだけどなぁ……。
それも、これも、あの皇太子が一緒に勉学を!! とか余計な事を言ったせいだっっ!!
私が身勝手な怒りにうち震えていると、カオルから再び声を掛けられた。心なしかカオルの声も震えているようだ。
「……姉上」
「……ん、うん? なぁに?」
「いくら私に隠した所で、魔法大学校に入学すれば、いずれバレましたよ」
「う、うぐっ……!」
「私や皇太子様のみならず、大勢の生徒の前で恥を晒す所でした」
「は、はうぅ……!」
「スカーレット公爵家の恥です」
「ひ、ひいぃ……!」
「姉上は、自分のみならず、私達公爵家の面子も潰すおつもりですか?」
「……………………」
「姉上」
「はい」
「これからは、必ず付きっきりで見て差し上げますから、そのおつもりで。……宜しいですね?」
「はい」
こうして、皇太子との勉学の他に、勉学の鬼と化した小姑によるスパルタ猛特訓(課外活動)が始まったのでした。
……こんな事になるなら、まだ先生の方が良かったよ!! うわーん! ヒイラギ様たーすーけーてぇぇぇ!!
私は生まれ変わって初めて、ヒイラギ様と会えなくても良いから元の世界に帰りたいと思った。
異世界転生、恐るべし。